Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    trv_kogi17

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    trv_kogi17

    ☆quiet follow

    続き

    みえるイヌピー(仮)22、

    「つか今なんでその話したんだよ!?」
    「この空気が耐えられなかったに決まってるだろ」
    「はぁ!?」
     ぐわんと音が反響して、九井は片耳を抑えた。もっと静かにこいつは喋れないのか。舌打ちをする三途にあれに気付かれるぞと言えば、ぐっと眉を顰めて口を閉じた。
     それから二人で無言でそうっと扉のない朽ちた部屋から廊下に視線を向けた。
     そこに静寂はない。だが視界には誰も映らない。何も映らない。ほうっと二人そろって息を吐く。
     未だにどこからか聞こえる軽い足音。恐らく二人を探し歩いている音なのだろう。ぴちゃり、ぴちゃりと液体の零れ落ちる音と、子供の足音。黒い子供の形をした何か。
     珍しく九井と三途が一緒に現場に出たときだった。
     佐野からの命令でも無ければ、九井は仕事場とそこから数分のマンションの自室以外移動する事は殆どない。身の安全を考えての引きこもり生活だ。たまに外の空気でも吸って来いと強制的に外に出されるが、それも半日がせいぜいだった。梵天の金庫の鍵である九井はまあ仕方ないなとその生活に理解も納得もしていた。
     それにマンションや職場の一室にジムもあればプールもある。地下には射撃場も隠されているので酷い運動不足になることもない。食べたいものがあればウーバーに頼んで下の者に受け取って貰えばいい。
     その引きこもりである九井が態々出る必要のあった仕事。ボス直々に指示され、組織の二番目の男を護衛に付けるとまで言われ。正直、ボスの言葉であっても九井は立場的に断る事は可能だった。けれど何を思ったのか、是と言ってしまった。
     あの時断っていればよかった。そうすればこんな糞みたいな事に巻き込まれる事もなかったのに。
     ぴちゃんぴちゃんと水音がする。同時にぺたんぺたんと止まらない足音が廊下からずっと響いている。あれはぐるぐるとこの廃墟の中を歩きまわっている。
     本来の目的であった仕事自体は無事に終わり、この廃ビルで取引に使われたチップの中身は既に九井が確認を終えている。取引相手は洋々と廃ビルを後にしたが、データの確認を終えたと同時に三途が部下に連絡をしたので既に事故か何かで処分されている事だろう。取引相手がこの後警察に垂れこむという情報は部下によって裏どりが済んでいた。
     取引が終わればさっさと帰っていれば良かったのだ。外の世界は碌な事がない。こんな所でラップトップを開く前に迎えの車に乗ればよかった。そうしていれば今頃職場の空気清浄機が大活躍する自室で優雅にジャスミンティでも片手に仕事をしていただろうに。
    「おい、」
    「どうした?」
    「あれ」
     最初にその子供を見つけたのは三途だった。指さした先にそれはいた。
     一瞬、廃墟に紛れ込んだ子供かと思った。迷子か何か、ここに迷い込んだのかと。けれど一目見て違うと気付いた。明らかに子供の形をしたそれは異形だったのだ。
     頭が半分へこんだ、微妙に形の崩れた子供の形をした黒いもの。
     それが現れた場所には人が隠れる隙間も無ければ、物もない。突き当りには壁しかなかった。三途は九井が声を出す前に拳銃を構え、一発その頭に向かって発砲したが何の手ごたえもなく子供は歩いてくる。近づいてくる。
     人の形をしたような何か。背中が冷たくなって、咄嗟に逃げるぞと言うと三途もこれはやばいと思ったのか素直に身を翻した。
     ここは廃墟だ。数年前に不渡りを出して社長が首を吊って潰れたビルの跡だった。取引前に部下に下調べとして現地に向かわせて写真を取らせていたし、九井自身も取引前まではちゃんと廊下や建物の中を自らの目で見ていた。それは三途も同じく。
     そもそもここは廃墟ではあるが、一応警備も入っていれば管理会社も存在している。ほどほどに朽ちさせてある取引用の作られた廃墟のようなものだ。全ての会社の後ろには梵天がるのだが。
     廃墟には窓枠すらなく、部屋には扉も何もない。なにかあればガラスの嵌っていない窓から最悪逃げ出す事もできる。だからこそ一階での取引だった。
     しかし。廊下に出てみるとそこはきっちりと窓に硝子が嵌められ、透明な板一枚の所為で外までも距離が非常に遠く感じられた。
     外の景色はこの廃墟に入る前と変わらず、日が沈もうとしてる直前の赤い空をしていた。
     夕日の赤に染められた三途が無言で窓に銃を構えて引き金を引いた。ただの窓硝子。けれど硝子は割れる事無く、傷すらついていなかった。銃弾は足元に塵みたいに転がった。拳を窓に打ち付けても何も変わらない。
     だろうな。思わず冷静に言いかけて飲み込んだ。 
     ホラーゲームでも、ホラー映画でも。そういう系で閉じ込められた場合、簡単には出られないのが定説だ。当然出口は見当たらない。
     目の前にあるのは露骨に昇れと言わんとばかりの罠のような階段だけだ。
     あれは追いかけてくる。追い詰められるのがわかっていながらも、二人はそこに足をかけるしかなかった。
     上の階も窓枠には硝子が嵌り、割れそうにはない。ただ扉のない、古びた部屋が幾つかあったので、階段から一番遠いその部屋に二人して飛び込んだ。
     二人して荒い息を整えて、スマホを見る。予想通り通信はどこにも繋がらず電波はどこにも存在していない。
    「なんだあれ。なあ、てめえあれの顔みたか」
    「見るわけねえだろ」
     恐ろしくてその顔は見れなかった。反社だって怖いものは怖いのだ。人間よりも幽霊の方がずっと恐ろしい。
    「顔も何もなかったぜ」
     目も鼻も、口も何もなかった。真っ黒ののっぺらぼうだと三途が髪をぐしゃりと掻きながら吐き捨てた。
    「聞きたくなかった!」
     この状況を打開するには特に手段がない。なんだ塩でも持ち歩いてれば良かったか。ぼそぼそと言葉を返して、打開策はあるのかなんて言われて。ふと頭に浮かんだ不可思議なそれ。
     不可解。不可思議。そうだ。こんなのは初めてじゃない。あの時。幼馴染に助けられたそれ。
     自分が巻き込まれたそれが一度だけだったのか、そうでなかったのか、乾の視線の先にいるそれが見えていなかった九井にはわからない。幽霊なんていねえ。九井に、そして乾本人が自分に言い聞かせているような言い方で、視線をすっと逸らした。
     どこからか焦げた臭いがする。ぷんと燃えた何かの臭いが鼻について気持ち悪い。
     ぴちゃん、と水音がする。それがどんどんと近づいてくる。黒い塊はさっきは部屋の前を通り過ぎて、廊下の突き当りで引き返して行った。
     けれどそのうち三途と九井が隠れる部屋にもやってくるだろう。何故かそう理解してしまった。
    「どうする」
    「どうって……つかここで吸うなよ」 
     三途は疲れた顔のままはあと煙草の煙を吐きだした。
     どうやら九井が視線を離した瞬間、口寂しくなったのか手持無沙汰になったのかさっさと煙草に逃げたらしい。過去を穿り返すような嫌な臭いの正体はこれだったのか。中身が合法かどうか知らないが副流煙を喰らうのは簡便だ。
    「オカルトは管轄外だっつーの」
    「そのまっぴピンクの頭は十分オカルトだけどな」
    「白髪がなんか言ってる。まじうける」
     ふっと顔面に煙草の煙を吹きかけられ、思わず咽てから大きく舌打ちをした。ここからの打開策が無さ過ぎてもう無理だ。そもそもこの男と二人で外出とか元から無理だった。つうかこの世界から抜け出せない原因の一つにこの男とその元隊長に脅されたとかあったようなかったような。
     びっと三途の中指が立ち、九井は冷静に、ゆっくりと懐に手を入れた。
     廊下をあるくそれに気付かれるとかすっぽり頭の中から消え去って、拳銃のグリップを握る。こいつをおとりにして、あの化け物の前に差し出して一人で逃げればどうにかなるのでは。冷静に考えよう。とても冷静に。
     懐から取り出した拳銃は掌にすっぽりおさまる小型サイズだ。にやにやと笑う三途のその眉間にぶっぱなしたとして。いや、違う。足を狙って動けなくして化け物の前に放り出せばいいか。お供え的な。人身御供だったか。
     まあどうせそんな事は出来ないけれど。
     三途は鼻で笑ってから煙草を足で消し、九井は懐に拳銃を仕舞った。
    「で、どうする。そいつ、」
     どすん、と廊下から異音がした。いや、異音というには聞きなれた音だ。思いっきり所謂バールのような物で殴りつけるような。同時にごつん、と重い足音。ずっと甚振るように自分たちの傍を離れなかった足音とかではなく、中身を伴った体重のある音。
    「はあっ?????」
     二人して同時に部屋から首を出す。相変わらず窓の外は紅で、廊下も血液よりももっと鮮やかな赤に染められている。廊下にぽつりと立つ誰か。あの黒い子供じゃない。人間だ。血の通った、けれどここにはいない、居てはけない筈の人間だった。
    「イヌピー????」
     服を夕日で赤く染めて九井の声に振り返る姿は、まるで絵画だ。後でその話を報告した時に隣で三途にきっしょとか言われようが、九井にはそう見えたのだから仕方ない。
     けれど。表の世界で清く正しくバイク屋で働いている筈の幼馴染が廃ビルで鉄パイプ片手に歩いているとか何。足元に転がる黒い塊は。
     気が付けば廃ビルは足を踏み入れた時と同じように窓には硝子もなく、廃墟というに相応しい姿だ。
     つかお化けにビビり散らかしている反社二人とためらいもなくお化けに鉄パイプフルスイングする堅気って何。向こうに転がってるのあれ頭じゃん。
    「ココ、と誰だてめえ」
     乾は九井を見つけ、それから三途を見て不思議そうに首を傾げた。いや首を傾げたいのはこちらだしやっぱり絵になるねイヌピー。
    「……おいあれお前の元飼い犬だろ。どういう事だよ」
    「イヌピーはイヌじゃない!!!!!!!!」
    「うっせえわ!!!」
    「いやてめえらがうるさい」
     三途の声につい言い返したら乾が足元の黒いものを蹴り飛ばしながら呆れた顔をした。
    「イヌピー、どうして」
     久しぶりだとかどうしていただとか。十数年ぶりでも一目でお互いがわかって。しかし口からでた言葉はそんな再開の言葉ではなかった。
     鉄パイプを担いだ乾はなんだそんな事かと頷いた。
    「見回りの警備員」
    「ええっと?」
    「ここの警備のバイトだ。まだ本業のバイク屋だけじゃ食ってけねえし」
     ほら、と乾が見せた左腕に巻かれた腕章には確かにここを管理していた警備会社の名前があった。この廃ビルの管理は灰谷の表の会社で、警備はそこの息のかかった所だ。
     けれど今日は取引があるから見回りも何もなかった筈である。
    「定期的に沸くからな、あれ。たまに駆除してくれって頼まれるんだ」
     そんな黒い益虫みたいな言い方をしなくても。
     このビルに現れる黒い子供のようなもの。乾に詳しく聞いてもあれが何なのかわからないらしい。ただ徘徊するだけのやつ。ここで子供が死んだとか何かの呪いだとか。そんな事は知らないが、とりあえず殴れば暫くは大人しいらしい。
    「だって、知る必要もねえだろ」
     そういう時の乾の視線は相変わらず遠い。いつか見た顔と同じだった。
     けれど銃でどうにもならなかったのに鉄パイプで殴ればおっけーってどういうことだ。三途が鉄パイプを借りて振りまわしたが、何の変哲もない鉄パイプらしくドン引きしながら乾にそれを返していた。
    「あ。もしかして、あの黒いのの頭がへこんでたのって」
    「ああこの前も殴りつけたからな」
     戻らなかったのか。これも戻らないと二つ相手にする必要になるのか。面倒だな。黒い何かの頭と胴体となんでも無いように乾は眉を顰めながら呟く。
     まじかよと落ちた言葉は三途と九井、どちらのものだっただろうか。

     
     まだ見回りがあるからと鉄パイプを素振りする乾をそのままに、三途と九井はその場を離れた。後ろ髪は引かれまくり、本当は乾をこんな所に一人でおいていくなんて非情な事はしたくなかった。けれどここに居るのはこいつだけだし別にここの警備初めてじゃねえし邪魔だと言われ、九井は泣く泣く迎えの車に飛び乗った。
     スマホの電波はビンビンで、コール一つで繋がった電話先によると取引相手は無事着衣水泳で沈んで行ったらしい。首領への報告は二人して頭を名悩ませたが、素直に見たものを全てを伝えた。乾の事もだ。
     ここで隠した所で今更何になる。九井の執着は乾の元にあるのは当然の様に嘗てを知る者達は理解している。それに自分が伝えなければ三途が伝えていただろうし、どっちにしても佐野の耳には乾の存在は伝わるだろう。
     まあつまらなそうにそうかとだけ頷かれて、それで終わりだったが。
     死者がこの世界にいるのか。身近な者の死を知る人間は一度はそれに縋りたくなったりするだろう。ボスは欠片も興味を示さなかったけれど、まあ本当の所はわからない。
     話を聞いていた鶴蝶はちょっと興味深そうに、灰谷兄弟は二人して薬でもやってんのかって目で見てきたので月末の給与は色々と天引きしてやる。
     幼馴染は見える人間だった。本人は否定したけれど、しかし九井の知らない世界を乾は見つめていた。
     じゃあ今回は。どうして三途と九井があの黒い子供に遭遇したのか。いや、一度だけ。乾と一緒にいたときにそれらしく事に遭遇したことはあった。波長があうとそういうことに巻き込まれる事もあると読み漁ったそういう本に書いてあったが、今回はそれに自分達が巻き込まれてしまっただけなのか。
     この世界に幽霊が存在するなら。やはり自分は聞かなくてはならないのだ。
     あの人は、彼女は。赤音さんはそこにいるのか。
     九井は乾の職場の出入口の監視カメラを覗き見する。今日も昼前から出勤する乾の姿は、どこも可笑しな所はない。
     どこからか焦げた臭いがする。モノが燃えたあとの臭い。思わず九井は臭いの出所を探して、吸いかけの煙草を見つけて立ち上げる。誰だ人の仕事場で煙草を捨てたのは。候補が多すぎて絞りきれないだろ。
    「もしも幽霊がいるなら。俺達の傍にいない筈がないと思わねえか」
     なあココ。監視カメラを見上げて乾が小さく笑った。


    next→いぬぴーのたーん

    「なあ赤音」
     黒い塊。人の形をした何か。常にそれには焦げたにおいが纏わり付いている。
     乾はそれを見るたびに炭化した皮膚と、膨張し顔の原型の無くなった姉の最期の姿を思い出して目を背けたくなる。
     愛は呪いだ。親友は姉を諦められなかった。だからこんな形で赤音はここに留められている。

     赤音が恨むとするなら。それはきっと親友じゃなくて自分の方だ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works