石油王になりたいけどここって石油あるの? 俺の名前はアレイド・リーチ。石油王を目指す事に人生のほとんどを費やしてきた、ごく普通の17歳である。そして今俺は、魔法士養成学校の名門として名高いナイトレイブンカレッジに入学し、そこの先輩に挨拶をしていたところだ。
白髪に赤の瞳が特徴の、太陽みたいに明るい人はカリム・アルアジームといい、その隣の黒髪黒目の、どこか蛇を思わせる妖艶さを持った人はジャミル・バイパーという。彼らは主従関係で、俺は元々、薬師としてカリムくんの家に雇われていたので昔からの知り合いだった。
久しぶり、などの挨拶もそこそこに、俺は衝撃の事実をカリムくんに教えられた。
俺の兄弟がここ、ナイトレイブンカレッジに二年生として通っている、と。
「マジ?」
「あぁ。すげー似てるから入学した時はびっくりしたぜ!」
「……そ、そのことって二人に言って、」
「言ってない」
ジャミルくんが即座に否定した。さすがはジャミルくん。並々ならぬ事情があることをどうやら察して気を回してくれたらしい。後でお礼の品をあげねば。
「そっか、あの二人もナイトレイブンカレッジに……」
俺は幼い二人の姿を思い出した。最後の記憶は六歳の頃だから、今はもっと大きくなっているんだろうな、と考える。ちょっと会いたいかも……いやでも嫌われてるしここは関わらない方が吉か……。
「兄弟、なのか」
「……うん、まぁ血は繋がってるよ。でも、兄弟らしいことなんてひとつもしてないし、まともに話すことすらしないまま俺は熱砂に言っちゃったからね」
ジャミルくんの問いに答えると、少し気遣うような視線をカリムくんに送られる。
「アレイドは会いたいと思わなかったのか?」
「うーん、なんとも。さすがに両親の事は気にかけてたし、連絡も偶にしてたけど……会いたいとは思わなかったしなぁ」
「そういうものか?」
「俺はずっと熱砂で生きていくつもりだったから。熱砂の暮らしが楽しくて、故郷のことすらもちょっと忘れてたけど……多分あっちも、なんにも気にしてないよ。 元々そんなもんなんだよね、ウツボの人魚って」
俺がそう笑うと、そうか、と短くカリムくんが返事をした。心優しい彼にわざわざ自分のことを心配させてしまったことに申し訳なさが募る。
だがしかし、心配されてないというのは事実である。そもそも会話すらまともにしておらず、幼い頃に家を出ていった兄弟など他人同様であろう。しかもファーストタッチが最悪でだ。むしろ「兄弟なんていたっけ? 死んだと思ってたわ(笑)」と言われるかもしれない。
「まぁ、同じ寮だから必然的に話すようになるだろうがな」
「……ん?」
待って???? その口ぶりだとさ、もしかしてもしかしてだけどさぁ??????
「その……二人ってオクタヴィネル寮なの……?」
「おう! そうだぜ!」
ニカッ、とカリムの笑顔が輝く。
嘘やん……。あの二人に慈悲ってあるの??? いやでも育っていく過程で身につけたのかもしれないしな、うん。
「寮長がアズールなんだから気づいていると思っていたが」
「寮長とあの二人にどんな関係が???」
「幼馴染だろ? レイドは会ったことないのか?」
「知らないですね……」
俺は先程寮内の案内をしてくれた寮長の姿を思い出した。緩やかなウェーブのかかった銀髪に、故郷の海のような少し暗い青色の瞳。
にこやかに微笑みながら寮についての説明をしてくれた彼を見て、優しそうな人だなぁと思ったばかりなのである。
それが、あの双子と幼馴染? しかもなんかカリムくんの話ぶりだとかなり仲良さそうだし?
「もう関われないの確定じゃん」
寮が海の中にあるというだけで俺のテンションは激ローなのだが、そこに兄弟がいる+寮長もヤバい人っぽい、で俺のライフはゼロだ。今すぐ熱砂に帰りたい。帰れないならスカラビアに行きたい。
「その、なんだ。頑張れよ」
「ジャミルくん〜〜〜〜〜!! もう俺やだよ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「あっはっは! 今度スカラビアの宴に招待するから、な?」
「うたげ……」
喚き散らす俺の頭を、カリムくんがぽんぽんと叩きながら素晴らしい提案をしてくれた。
宴。つまり熱砂成分である。行くっきゃない。
「……がんばります」
「あぁ! じゃあまたな、アレイド!」
*
気が重い。
俺は寮部屋の窓から海を見つめながら、ため息をついた。もう何もかも嫌すぎる。
……とりあえず教科書でも捲っとくか……。
俺が荷物の中から魔法薬学の教科書を取り出していると、不在だったルームメイトが部屋に帰ってきた。
「あ、おかえり、」
「あ〜〜! お前どこいってたんだよ!!」
声をかけるものの、ルームメイトの大声でそれはかき消された。びし、と彼の指先はアレイドの顔を指している。
「鏡舎……だけど」
「鏡舎ぁ? 何、他寮生に知り合いでもいんの……あ、いたな。あれスカラビアの寮長だろ? アジーム家の長男」
こく、と頷いたアレイドに、彼は「いいなぁ〜」と心底羨ましそうな顔を向けた。
「どんなツテがあったらあんな大富豪とお近付きになれんだよ。……あ、もしかしてお前いいとこのお坊ちゃん?」
「いや、違うけど」
アレイドの返事に彼はふぅん、と興味なさげに目を細めて、「あ、」と思い出したような声をあげた。
「お前、副寮長に探されてたけど」
「え?」
「あーそっか、お前いなかったもんな。お前が出てったあと、副寮長が部屋の見回りに来たんだよ。そんで、お前のこと探してた」
何の用だろ。初日から目をつけられるのはやめておきたいのでさっさとその副寮長の所へ行ってしまおう。
「副寮長ってどこにいるんだろ」
「副寮長の部屋じゃね? たしか寮長の部屋の隣」
「おっけ、ありがと」
「はいはーい」
親切なルームメイトには後でお礼をせねば。ジャミルくんといい俺にはお礼をしなければならない人が多い。つまりいい人に囲まれているということだ、素直に嬉しい。
部屋を出て、俺は寮内の地図を見ながら廊下を歩いた。この寮はそもそもの人数が少ないのもあるのか、とても静かだ。廊下には俺の靴音しか聞こえない。
ちょっと緊張するな、と背中を丸めて歩いていると、カツン、という、俺のとは別の靴音が後ろから鳴った。
他の寮生かな、と思ってそのまま歩き続けようとしたが、その靴音はどんどん近づいてきた。
随分と急いでるんだな……でもちょっと怖いな……。
俺が気持ち早足になると、その靴音もまた速くなる。マジで何!?
しばらく経っても、靴音は未だについてくる。後ろを振り返ってみようかと思ったのだが、俺は水の次に幽霊が嫌いだ。もしそういう類のものだったら俺は簡単に意識を手放すだろう。
副寮長室にさえ行ければいい。それまでの我慢だ。
俺がまたスピードを一段階上げると、あちらもまたスピードを上げた。もうダメだ。俺は今まで律儀に廊下を歩いていたのだが、それも限界を感じ、走ることにした。
しかし悲しいかな、俺は気づけていなかった。
追いかけてくる系の怪異は、こちらが走り出した時からが本番であるということを。
靴音はコツコツ、という音から、今ではダンダンという凶暴な音に変わっている。怖い。怖すぎる。
俺は階段を駆け上がった。そして、副寮長室への最後の廊下に足を踏み入れる。
俺も全力疾走、あちらも全力疾走。
死にたくない!!!!!! の一心で走り続け、ついに副寮長室のドアノブに手をかける。緊急事態なので突然の入室を許してください副寮長様!!!!!!
──がしかし、無慈悲なことに。ドアノブはビクともしない。カギ が かかっている !
「嘘でしょ!?」
「……それは、こちらの台詞ですよ」
半泣きでアレイドが叫んだのと、後ろで声がしたのは同時だった。
え、とアレイドが振り返る。
そこにいたのは、ゴールドとオリーブのオッドアイと、ターコイズブルーに一束ブラックのメッシュが入った髪を持つ──アレイドとよく似ている──青年であった。
「おや、僕のことを忘れてしまいましたか?」
「……まさか」
目を細める笑い方も、声変わりの終わった低い声で紡がれる敬語も、なにも覚えがないけれど。
でも、よく知っている。
「久しぶり、ジェイド」
「ふふ、お久しぶりです。アレイド」
*
その後フロイドにも会って、アズールにあの「ナーラ・シャロン」であることがバレるとか、3・4章オバブロに巻き込まれる話とか、佐藤氏が転生してた話とか、色々書きたいけど体力がない。
○アレイド・リーチ(17)
転生主。前世は石油王を目指すカナヅチの高校三生。
魔法薬を作るのも魔法を習得するのも夢を叶えるために必要なただの過程でしかなく、それがどんなにすごいことなのかを力説されてもいまいちよく分からない。魔法士? 薬師? そんなん知らねぇ俺は石油王になる。
ナイトレイブンカレッジに来たのは普通に友達(カリムとジャミル)がいるし学生も楽しいしまぁいいかとなったため。あともしかしたら本物の石油王がいるかもしれないので。会ってあわよくば石油王になる秘訣を聞きたい。
海への執着? ないよそんなの。だってカナヅチだもん。俺は石油王になる。
○カリム・アルアジーム
アレイドは命の恩人。全く関係の無いカリムを危ない目に遭ってでも助けようとしてくれたのが純粋に嬉しかった。ユニーク魔法ももってるし、魔法薬も作れるし、すげぇな! と尊敬してもいる。オレの自慢の友達! 石油王はよく分かんねぇけど!
アレイドが海に帰りたいなら帰してやりたいと思っているが、寂しいのも事実。
○ジャミル・バイパー
アレイドには魔法薬に関しては叶わないと思っている。他は俺の方が上になってみせる。
従者として主人より下にいろと育てられたジャミルには、突然現れて魔法薬作りの才能を見出されアジーム家に雇われたアレイドの自由さが眩しいし、妬んでいる。しかし彼には彼なりの事情があることも察している。
アレイドが海に帰りたいなら帰ればいい。したいことしろ。でも突然いなくなったら許さない。
○ジェイド&フロイド
アレイドのことは、たった一人で生き残った強い兄だと尊敬している。でも見下してた分気まずくて、素直になれなかった。突然陸へ行ってしまったのがすごく寂しくて、直前までの自分らの態度が情けない。
あのすごい兄ならNRCに入学しているかもしれない、と思っていたが、NRCにもRSAにも、どの養成学校にもいなくてしょんぼり。でも見つけた。嬉しいね。
え? 海に帰ってくるでしょ?