でも後に好きになる エクボが相談所の手伝いのために身体を借りて来た時、報酬として呑み屋に行くのはすっかり恒例になっていた。
借りてくる頻度は月に一度あるかないかくらいのささいなもので、だからこそエクボと呑みに行くと、いつもいつもではないからと霊幻は酒の量がつい増えてしまう。気安さと、軽快な会話の応酬も気持ちいい。つまり楽しいのだ。エクボと酒を交わすのが。
エクボは四百年この世に腰を据えていると豪語するだけあって、その風格は年長者のものだ。だからなのか、霊幻はエクボに少しくらい子供扱いされてそれほど嫌な気持ちにはならなかった。
例えば、呑みに行って酔った時にぐらぐらと首の座らない頭を大きな手で包むように撫でられること。それから、自宅アパートまで律儀に送ってくれる時に手を繋いで引いてくれること。そうして気が緩めば自然と頬も綻んだ。
その綻びは、詐欺師には似合わないあどけない笑い、けれど霊幻という男にはよく似合っていた。
外にいる間体裁を保っている霊幻のこれを見れるのは自分だけなのだと思うと、随分懐かれたものだと思うし、得も言われぬ優越をエクボは感じた。
もっと色んな顔を見たいと欲が膨らんでくる。こんなうっかり誰かに見られるような酔った姿ではなく、誰の目にも触れない、そんな。
こんな気安い相手ができたのはエクボにとって初めてで、そう思ってしまうのも仕方なかった。
ある日、いつものように酔いつぶれた霊幻をアパートまで送ったエクボはその欲を抑えきれなかった。そもそも悪霊だ抑える必要がどこにある。
朦朧とした意識の霊幻をベッドに転がしネクタイを外して首元を緩めてやる。ここまではいつも通りだ。
そして酒で赤く染まった頬でへらりと笑った霊幻が言う。
「ん〜、えくぼ、あんがと。も、寝るだけだから、だいじょぶ」
送ってくれた感謝を口にすればいつもならエクボは帰るのに、帰れなかった。エクボは霊幻の緩めた首元に再び手を伸ばす。
いつも通りじゃない、それ以上をしたらどんな顔が見れるのだろうか、とエクボの喉は勝手に唾を飲み下していた。
渇望している証拠。
エクボは霊幻のワイシャツのボタンを外し始めた。
「え、ちょっ! なんだよ」
霊幻が力の入らない手でエクボを押しやろうとするが、その手も握り込む。
「もっと色んな顔見せろ。他の奴が見たことないような」
エクボのゆっくりと言い聞かせるような声音にハッとして、霊幻は押し返す手を緩めた。
霊幻もいい歳だ、それがセックスを意味してるのはすぐわかった。けれど嫌悪なんて微塵も感じられなかった。体を開いてもいいと思うほどにエクボには気を許しているらしい。
何より、寂しかった。本当の自分を出せない以上誰かと深い関係になるのも怖い。だからと言って独りが平気なわけでもない。
寂しさに人肌は蜜よりも甘い誘惑だ。
霊幻は喉をごくりと鳴らして、エクボの手をゆるりと握り返した。
「エクボならいいよ」
好きだとか、そんな優しい感情はなかった。互いに望むものが一致しただけ。
それでも、お互いを許しあっているのがまざまざと感じられる一夜を過ごした。