てーくんぬいの先生が可愛い!「璃月の商人魂、ヤバいな……」
タルタリヤはとある露店の前で立ち止まり、そう呟いた。
目の前には山のように積まれた茶色のふわふわたち。丸い手足、大きい頭、柔らかい角を持つそれの商品名は───〝仙祖の亡骸抱き枕〟
「いやどういうこと?死体抱えて寝ろって?この国の神様だよね?璃月人の感性が全く分からないんだけど」
「しっかり買ってきているのに文句をつけるのか」
「だって……可愛かったから……」
帰宅したタルタリヤの腕に収まるぬいぐるみは、璃月全土を揺るがした送仙儀式から着想を得た逸品だ。
彼はそれをソファの上に置き、まじまじと観察する。
「偽物とはいえ、俺以外が先生を抱き締めて寝るなんて不愉快極まりないな。圧力かけて販売停止にしようかな」
「璃月の商業に手を出さないでくれ。そもそも俺ではない」
「だってこれよくできてるよ。細部まで作り込まれてるし手触りがいい。先生……っていうか岩王帝君への並々ならぬこだわりを感じる」
「死体のぬいぐるみとして売っているのにか」
「それはそうなんだけど」
二人の新居は鍾離のお眼鏡にかなった品物で統一されているため、可愛らしくデフォルメされたぬいぐるみは少々浮いていた。
しかし、鍾離はここを〝二人の〟空間であると認めているためタルタリヤが購入してきたものを排斥しようという気持ちにはならない。
鍾離は契約外のことに関してはわりと寛大である。
タルタリヤは部屋着に着替えた後、ソファに乗せていたぬいぐるみを膝の上に移動させた。
手袋を外した手で隅々まで触診するように撫で、キラキラと目を輝かせて愛でる。
「はあ……ほんとよくできてる。可愛いな、この丸っこさ」
「………………」
「肉球まである。あったっけ?そこまで見てなかったなぁ。うわ、お腹柔らかい」
「………………」
「あのカッコイイ龍をこんなに可愛くしちゃうんだから、デザイナーは天才だよね。目玉商品も納得だよ」
「………………」
訂正する。
鍾離は、契約外のことと夫に関すること以外には寛大である。
タルタリヤの隣に座っていた鍾離が音もなく立ち上がり、金色の粒子を纏いだした。
そして、カッ!!!と一面を真白く染める光を発する。
「えっ!?何!?先生どうしたの!」
一流の戦士が持つ反射神経で目を閉じたタルタリヤだったが、瞼を隔てても視界がチカチカする。
自宅で寛いでいたら妻が突然発光しました、なんて誰が予想できようか。
光が止むと、ちょこんと鍾離がいたところに仁王立ちする四足歩行の謎生物がいた。
タルタリヤが抱えるぬいぐるみとほぼ同じ、違いをあげるなら体表に毛がなくて柔らかそうなつるりとした鱗であることくらい。
てってってっ、と短い手足を動かしてタルタリヤの元までやって来た謎生物は、太いしっぽを振りかぶった。
「ぐるるるるッ!」
敵対した獣のような唸り声をあげて、しっぽはタルタリヤの膝の上に陣取っていたぬいぐるみを叩き落とした。
綿が詰まったそれは当然だがなんの抵抗もなく吹っ飛び、部屋の隅に転がる。
ひと仕事終えたらしい謎生物───もうまどろっこしいのではっきり言うが、姿を変えた鍾離はぬいぐるみに代わってタルタリヤの膝によじ登り、さあ撫でることを許す、と言わんばかりに丸くなった。
しっぽの先のふわふわした部分がパシパシとソファを叩いて催促する。
タルタリヤは顔を両手で多い、真横に倒れた。
「無理。何。可愛いの許容量を遥かに超えた。無理です無理無理。は?可愛いのもいい加減にして?」
「きゅう……?」
「声まで可愛くなるの何なの!?キレていい!?」
「きゅ……きゅぅ……?」
身体に対して大きめな頭が傾けられる。
声帯まで変わったのか、可愛らしい鳴き声が聞こえてきてタルタリヤは悶えた。
「ぬいぐるみに嫉妬して姿変えちゃうのも、撫でろアピールも、動きも、鳴き声も、何もかもすんごい可愛いよ鍾離先生!可愛いが毎日自己ベスト更新していくね!とりあえず撫で回して抱き締めて頬ずりさせてくださいッ!!!」
顔を真っ赤にしたタルタリヤが衝動のままに鍾離を腕の中に囲う。
満足気な鍾離は、ふすんっと鼻を鳴らしてしっぽを優雅に振った。
「かわい。ぷにぷにふわふわ……」
「きゅうう」
「角は硬いけどツルツルで手触りいいし」
「くるる……くるるる……」
「あはは、ここ好きなの?」
タルタリヤの膝に乗って丸くなる鍾離は、表情の変化こそ乏しいが、しっぽの動きでご機嫌な様子は丸わかりだ。
普段の姿ではなく、ぬいぐるみを模した可愛らしい姿であるためか、鍾離はタルタリヤによく甘えた。
腹にぐりぐりと頭を押し付けたり手にじゃれついてみたり。
穏やかな喉の音を響かせながらコロリと寝返りを打ったところで、身体の下にある固いものに気がついた。
「!?」
「あ」
鍾離が膝から飛び退いた。
鶏冠のような部分がブワッと逆立ち、しっぽも警戒心を強めて真っ直ぐ伸びる。
タルタリヤは慌てて弁解するが、証拠はしっかりとズボンを押し上げているので誤魔化しは効かない。
「いや、これは……喉の音が似てたからッ!思い出しただけで!!」
「ギュアァ……」
「急に低い声になるじゃん。違うから。そういう特殊な性癖があるわけじゃ、」
───あるな。うん。全然ある。先生ならどんな姿で何しててもそういう風に見ちゃう。
閨の時の鍾離も、終盤になると喉を鳴らすのだ。
恐らく人としての理性よりも本能が上回るせいだろう。
音から連想して兆してしまったタルタリヤだが、では今の鍾離に全く欲情しないのか?と言われれば否である。
「……撫でられて気持ちいいってことは、ちゃんと感じるってことだよね?」
「ギュッ!?」
不穏な空気をまとったタルタリヤに、鍾離はしっぽを翻してソファから飛び降りる。
扱いに慣れない手足でちょこまかと逃げる鍾離を舌なめずりしながら追いかけた。
噛みついて身を捩る鍾離を押さえつけて弄り倒し、とろとろにしてから人型に戻った彼を美味しくいただいたのは、また別の話。