むちむちな先生が可愛い!璃月の伝統をふんだんにあしらった装いは、鍾離のお気に入りである。
帰宅したら丁寧に埃を払い、時にはブラシをかけ、毎日着るものでも大切に衣装棚へしまう。
今朝も洗いたてのシャツに袖を通してボタンを留めた。
……ところで、違和感を覚える。
「む……?」
日々繰り返される動作であるため変化に気づきにくかったが、鏡を見て確信に変わる。
どうしたものだろうか、とため息をついた。
◇ ◇ ◇
「服にはダーツと呼ばれる縫い目がある。これは布が平面であるのに対して着る者の身体が立体的であるため、身体の線に沿った形にするのに必要だからだ。男性服ならばズボンの後ろ、腰の辺りにあるな。女性服はそれだけでなく脇腹のあたりにもダーツがある。理由は男性よりも女性の方が上半身に凹凸があるためだ。つまり男性用の上半身の服はあまり立体的に作られてはいないということになる」
「……えっと、何の話?服の構造?」
帰宅早々、部屋着ではなくシャツ姿の鍾離に出迎えられたタルタリヤは困惑した。
愛しい妻は腕を組んで眉間に皺を寄せ、仁王立ちしていた。明らかに機嫌が悪い。
「お、俺何かしたかな?ごめん、心当たりが……」
鍾離は難しい顔をしたままタルタリヤの手を取り、あろうことがそれを自身の胸に持っていった。
抵抗するまもなくタルタリヤの手は鍾離の胸筋に触れてしまった。
「えっ、ちょっ、いくら夫婦でもセクハラは良くない…………ん?」
鍾離の胸に触れたことがないと言えば嘘だ。むしろ毎夜揉んで撫でて吸っている。
しかしそれは灯りを落とした部屋の中で、性的にかなり興奮している状態で、だ。頭がマトモな時に触れるのはこれが初めて。
胸筋というのは力が入っていない時は柔らかいものだが、鍾離の胸は少々感触が違った。
タルタリヤは当てていただけの手を動かして確認する。
「鍾離先生、なんか……おっぱいおっきくなった?」
「お前のせいだが?」
指が沈み込む。
それも「ふにっ」という程度ではない。「むにゅん♡」と指のへこみが明確に分かるほどのボリュームがある。
気づけばタルタリヤは両手で鍾離の胸を揉んでいた。
むにゅむにゅ、もにもに。気持ちはパン職人である。実態は男の胸を揉みしだく変態だが。
「俺の身体は本来不変で、怪我も早く治るし成長も老化もない。しかし人と婚姻するにあたってそれでは良くないだろうと人に寄せた作りに変えた。簡単に言えばホルモンや生理現象に関してだな。性欲を覚えるように変えたのもこれに含まれる。そして人の身体は外界から定期的に刺激を受けると変形するようになっている。分かりやすい例を言えば公子殿の指に弓矢を扱う故にできたマメだな。その他にも料理人の腕の筋肉が発達することや……」
「俺が先生のおっぱいとお尻揉みまくったから身体がむちむちになっちゃったってこと?」
好き勝手に胸を揉ませていた鍾離の眉間のシワが深くなる。
「……デリカシーがないのか、公子殿」
「先生に言われたくないけど」
なんせ、初夜で〝欲情するのか〟と雰囲気も浪漫もない発言をぶちかました張本人だ。
動物の繁殖行為か?とツッコミたくなったのは今では良い思い出である。
今ではキスから始めたりそれとなく指を絡めてくれたりと情緒たっぷりのお誘いができるまでに成長した。自身の手腕を褒めてやりたい。
「一度手を離せ」
「ええ〜?ダメ?もうちょっと揉ませて!」
「後でだ」
可能ならば揉むだけでなく顔を埋めて深呼吸をさせてもらいたいが、ベリッと無情にも手を剥がされてしまう。
鍾離はそのままネクタイに手をかけ、解いて首から外した。
「見ろ」
「言われなくてもガン見ですけど。やっぱり大きくなったね。ちょっと乳首浮いてない?うわえっち……えっち過ぎて外に出て欲しくないレベル」
「よく見ろ馬鹿者」
「えっ?何?乳首も触っていい?」
「ボタンを!よく見ろ!!」
鍾離のシャツはタルタリヤの物より色が薄く、透けやすい。ベストがないと僅かに桃色が見える。
大変いやらしくて眼福。タルタリヤの股間に会心ダメージが入った。
前かがみになりかけながら鍾離のボタンに目をやると、ボタン同士の間が菱形に開いている。
「……隙間できてるね」
「そうだ」
「指突っ込んでいい?」
「折られてもいいのなら」
「一本くらい安いかなって思うくらいには魅力的な隙間だよ」
「貴様の頭の中には俺の胸のことしかないのか」
「おしりのこともちゃんと考えてるよ!」
謎の主張をしながらも、タルタリヤの目線は魅惑の隙間に釘付けだった。
乳首が浮いていることからもわかるが、鍾離は肌着を着ていない。シャツの上にベストとコートを着ているからだろう。
艷めく生肌が光を放っていた。
「普段はネクタイをしているから見えないが、シャツにこのような隙間ができてしまうのは良くない」
「そうだね。道行く人たちが殺到するかもしれない。先生の谷間に」
「真面目に聞け」
「だって……えっちすぎる……!」
とうとう我慢の限界に達したタルタリヤが鍾離に抱きついた。
腰から尻にかけてなぞるように手を滑らせ、ぴったりと肌に張り付くズボンを確認する。
「コラ……!」
「おしりもピッチリだね。ヒップラインが丸見えだ。もうこれ実質着てないのと同じじゃない?」
「俺が全裸で往来を歩いているような物言いはやめろ」
「通行人みんな殺さないといけなくなるな」
「真顔で何を言っているんだ」
───うっわ先生のおしり柔らかすぎ……枕にして売ってくれ全財産払うから。
胸よりも質量があるそこを両手で捏ねほぐす。
服の上からでは満足できずベルトに手をかけたところで振りほどかれてしまった。流石に調子に乗りすぎたらしい。残念。
「前から先生のコートが捲れるたびに見ちゃいけないものを見ちゃったような、ラッキーなような感覚はあったんだよね」
「コートはあくまでコートだ。スカートではないぞ」
「でもあのブワッて風で舞い上がるところとかスカートみたいなもんだよ」
「お前は本当に何を言っているんだ」
頭がゆだっている自覚はある。
愛しい嫁の垂涎ものの肉体が目の前にぶら下がっていたら突進したくなるだろう。
だが、嫁を盲愛していようと腐っても執行官。タルタリヤは精神力だけで理性をつなぎ止めた。
「で、本題は何?先生の身体がますますえっちになったご報告?それともお誘い?」
「両方違うな」
「そりゃ残念」
鍾離はいつものくせで腕を組んだ。むちぃ♡と胸筋がその腕で形を変える。
目をそらすが凝視するか一瞬だけ迷い、タルタリヤは後者を選んだ。
「多少の変化は構わないのだが、装いにまで影響が出るのは放っておけないだろう。どちらかを調節する必要がある。簡単なのは身体を元に戻すことだが……」
「えっ!?ヤダヤダ戻さないでよっ!俺が育てたおっぱいとおしりだよ!?所有権を主張する!」
「俺の身体だが???」
「生産者権限ってことで」
「生産者も俺だが???」
タルタリヤはすがりついて懇願した。
せっかくえっちに育った身体を神の権能一つで無かったことにされてたまるものか。
「服ならいくらだってオーダーメイドしてあげるから!そのままでいよう?ねっ?」
「む……そこまで言うのなら」
「ッシャア!!!」
「そ、そんなに喜ぶことか……?」
拳を天高く突き上げた。
尋常ではない喜びように、鍾離は困惑する。正直いって引いている。我が夫ながら随分な変態性癖をお持ちだ。
「あのね、冗談じゃなくて俺は本気で嬉しいの。先生の身体に俺を残せたみたいで。えっちだし男冥利に尽きるよ」
「痕だけでは物足りないか」
「十分だと思ってたけど、先生の身体が俺に応えてくれた気がするから」
形を変えるほど積み重ねてきた証。二人が愛し合ってきた軌跡。
タルタリヤの愛と独占欲の結果が鍾離の身体には刻まれている。
「すごく満たされるし……興奮する」
いい加減、お預けはやめて欲しい。
鍾離の胸を触らされた時から興奮しっぱなしで、股間がズキズキと痛んできた。
タルタリヤの両眼が欲で満ちている。
鍾離は視線をうろつかせたあと、ごくんと喉を鳴らした。
彼だって、平常心ではいられなかった。
胸や尻が目視できるほど大きくなったということは、それだけ閨で可愛がられたという意味。
そこを刺激されたら誘発されても仕方がない。
「今日は女の子みたいに胸だけでイってみる?それともお尻と太ももを撫でてたっぷり焦らそうか?もちろん、最後は全部美味しくいただくけどね……♡」
舌なめずりをする獣に、鍾離は笑って腕を広げた。
「好きにしてくれて構わない。……この身体で、公子殿が望むままに応えよう」
結局二人は似た者夫婦。
鍾離の身体が変わったように、タルタリヤの欲は鍾離にしか反応しなくなった。
目に見えない形かつ鍾離は意図的であることを考慮すると……厄介なのは果たしてどちらだろうか。