翠色の煌きだらりと力が抜けて垂れ下がった左手、その腕には注射痕が複数存在している。澱んだ瞳と恍惚に浸っている表情から察するに有り余る。確かに、情報としてはあった。彼の悪癖はマスターたる彼女や技術顧問を担当しているレオナルド・ダ・ヴィンチ等から聞いてはいた。聞き伝えと実際、目にするのでは全くといっていいほど違うものだ。老齢の私なら呆れながら、この男の面倒を見たのだろうか。
落胆と失望、そして僅かな高揚感。退屈から逃れたいが為にその優秀な脳細胞を死滅させ悦に浸っている。
認めよう。この酷い有様な光景が、私には美しいと感じたと。宿命の敵、未来の怨敵、私の対となる男。この男は美しい。
「シャーロック・ホームズ」
呼びかければ、どろりと濁った目が私を捕える。ああ、この灰がかった緑の瞳は、澱んでも損なわない。
だらりと垂れ下がった左手を掬い上げ、その掌に唇を落とす。騎士の如く優しく、刻みつけるように触れる。
ぺちりと間抜けな音を立てて、払われる。まるで虫でも払い落とすような仕草だった。実際、彼にとっては虫を払った程度のことなのだろう。
「やめたまえ」
冷淡な声が拒絶の言葉を吐く。暗く濁んでいた瞳が、徐々に理性を取り戻していく。ああ、私を見ている。
「あなたは美しいな」
頬をひと撫でし、優しく両手で頬を包み込む。値踏みするように私を見据えている。不愉快そうに顰められた眉さえ美しい。
美しいものを手折ってしまいたくなるのは仕方がない衝動だろう。
「ホームズ」
頬に添えていた両手を首へと移動させる。この男の体温はひどく冷たい。冷水にでも浸かっていたのかと思うぐらい冷えきっている。
「あなたが欲しい」
グッと指に力を込めて、頚部を絞める。首を絞められているというのに、冷めた目付きで私を見上げる姿にゾクゾクと何かが込み上がる。
ああ、死さえもこの男の美しさを損なうことはできないのだろう。