拘泥手紙はもうすぐハロウィンだよ、我が弟と言う文で締めくくられていた。自身以外に読む人間がいれば、大変困る内容なので蝋燭の火で燃やす。パラパラと灰と化し、兄の手紙は消えていく。
死を偽り、かの教授の残党を処理し続ける私への気遣いだろうか。
この生活もいつか終わりを迎える。安全を確保出来れば、私はあの霧の街に、彼の元に帰るのだ。
「死者の魂が戻ってくる、ね」
ならばあの男の魂も戻ってくるのだろうか。あの滝壷へと消えていった男。私を最も楽しませてくれた男。私の運命。
「……」
馬鹿馬鹿しいとカウチに横になり、瞼を閉じる。
あの男を殺したのは、紛れもなく私なのに。
夢を見る。夢を見た。霧の街を目まぐるしく駆け巡る彼との冒険の思い出。僕の親友。必ず守ると誓った。いつかキミの元へ帰る。それだけが僕の――。
「許さない」
鮮やかな青い蝶に囲まれ、彼の姿が視認できなくなる。穏やかな日々は消え去り、あの瀑声に支配される。
「私の全てを奪って、お前だけがのうのうと生き残り、幸せになるだと?」
大量の蝶の合間から手が伸びてくる。手首を掴まれ、引きずり込まれる。ああ、この手袋は。
「覚えていろ、シャーロック・ホームズ。我が宿命よ。どれほどの時がかかろうともお前を殺す。私は私の正しさを必ず証明してやる」
真っ逆さまに落ちていく激しい瀑声の中で、彼だけの声が明瞭に聞こえる。
「せいぜい束の間の幸福に浸っているがいい、名探偵」
目が覚めれば、カーテンの外はまだ暗く、深夜だということが分かる。どれほど眠っていたのか。妙に疲労を感じ、ブランデーでも飲むかと蝋燭に火を灯す。
「はっ……」
手首には赤い痕が浮かんでいた。手の形がくっきりと刻み込まれている。
くつくつ、と笑みを零し、私の手と彼の残した痕を重ね合わせる。死しても、薄れない執着が愛おしく、哀れだった。
「ああ、楽しみにしているよ。ジェームズ・モリアーティ教授――私の運命よ」