アスランだからいっかな?って思って「キーラァ?」
ミレニアムの格納庫に並ぶモビルスーツ。その中のひとつのコクピットでキーボードを叩いているキラにアスランの苛立った声がかかる。
「あれ?アスラン?どうかした?」
「どうしたもこうしたもない!お前が俺との約束すっぽかすから、わざわざ迎えに来てやったんだろうが!?」
「え?約束って午後でしょ?」
労働基準法がどうのこうのと強制的に取らされた半休で、アスランと出掛ける約束をしていたことはキラも覚えていた。
「とっくに午後だ!この馬鹿!」
アスランは約束の時間から一時間以上経過している腕時計をキラの眼前に突きつける。キラはプログラマーの集中力で昼食も取らずにコードを打ち込み続けてしまったようだ。
「あ、本当だ。……えっと、ごめん」
「まったく!電話にも出ないし!まあ、多分忘れてるだけだとは思っていたけど。もしかしたら何かあったんじゃって心配するだろ?」
「ええ?電話なんてなかったよ?……あ、端末部屋だ」
着信履歴を確認しようとキラがポケットを探っても何も入ってない。充電したまま携帯端末を部屋に忘れて来てたことにようやく気付いた。
「そんなことだろうと思ったよ。まあいい。予約には間に合うから、着替えて、ついでに端末とって来い!」
「予約?」
「お・ま・え・が!食べたいって言ったスイーツビュッフェを!お・ま・え・のために予約してやったんだろうが!俺が!わざわざ!そんなことも忘れてたのか?」
予約って何?と首を傾げるキラに、アスランが眉間のシワを深くする。
お・ま・えと強調する度にアスランがキラの額を小突き、キラが「痛っ」「痛っ」と小さく呻く。
「出掛けることはちゃんと覚えてたもん」
「でも出掛ける先は覚えてないと?」
小突かれた額を押さえて、ムッと頬を膨らませてアスランを見上げるキラに、アスランは呆れて鼻で笑う。
「だって、アスランに任せておけばいいかと思って」
「お前なぁ?」
人任せなキラに頭が痛いと眉をひそめるアスランに、口を尖らせたキラが反論する。
「そうは言うけど、僕があれしたいとかこれしたいとか言ったって、どうせすぐ君はダメって言うじゃん!」
「それはお前が実現的じゃないことばかり言うからだ。プラントにいるのにオーブの店に行きたいとか、無茶なことばっかり言うだろう?お前?」
「そうじゃない時だってあるもん!自分の思い通りにならないと気が済まないの君の方でしょ!?」
「お前がいい加減で無計画過ぎるだけだろ?」
「君が頭でっかちで融通が利かないだけでしょ?」
「何だと?人を待たせておいてその態度か?」
「だから、それは悪かったって言ってるじゃん!」
「悪かったて態度じゃないって言ってるんだ!」
売り言葉に買い言葉でヒートアップしていく二人の声に、近くの人が気になって視線をやるが、それがキラとアスランだとわかると「なんだ、またか」と作業に戻っていった。
「シン、あんたアスランがいるからって、とりあえず反発するのやめなさい」
キャットウォークの手すりを握り締めて、アスランの後ろ姿を睨みつけてるシンにルナマリアが呆れて声を掛ける。
「だって!あれ!」
「隊長と話してるだけじゃない?」
シンが指をさす先ではアスランとキラが話している。多少語気は荒いが、あの二人が言い争っているのはわりといつもの事だ。
「隊長があんな風に粗雑に扱うのはあいつだけなんだよ!」
「……まあ、確かに」
幼馴染の気安さからか、キラはアスランに対して「アスランうるさい」「アスランしつこい」「邪魔だからどいて」「うっとうしい」などのそれなりの暴言を吐いたりと、雑な扱いをしている。今も掴みかかるアスランの手をうっとうしそうに払っている。
他の人相手なら最初から言わないか、もう少し言葉を選ぶ。
階級が下でも、部下が相手でも偉ぶったところのない人だ。戦闘時などの命に関わること以外で声を荒らげることも滅多にない。
そんなキラ・ヤマトが珍しく喧嘩腰で話すのが、アスラン・ザラだ。
アスラン自体も多少偉そうなところはあるが、冷静沈着な頭脳派のため、どうでもいい人間相手には突き放すように冷淡になる。
例外はキラとシンとイザークぐらいだろう。
アスランにとっては喧嘩するほど仲がいい相手というわけなのだが、少なくともシンは自分とアスランが仲がいいとは微塵も思ってないだろう。
「なんか、こう、あいつが隊長から信頼されてる感じがして腹立つ」
「実際に信頼されてるんでしょ?幼馴染なんだし」
お互いにこれくらいしても愛想をつかされる心配がないと思っているからこそ、粗雑な扱いをしている。長年の実績に基づいた確かな信頼がそこにある。
シンほどではないまでも、誰も入り込めない二人の間柄を見て、なんとなく羨ましくなったり、寂しく思う気持ちはルナマリアにもわかる。
「……あーあ、俺も隊長に約束すっぽかされてぇ」
「あんた本当に大丈夫?」
ルナマリアとのデートの時は十分待たせたぐらいで遅いと文句をつける癖に、シンは相手がキラなら二、三時間平気で待ってそうだ。そんなシンのことがルナマリアは呆れを通り越して心配になって来た。
二時間以上待たされたうえに「ごめん、寝坊しちゃった」と現れたキラに「全然大丈夫です!」とか言ってるシンがルナマリアには容易に想像出来てしまった。あまりにもキラに盲目的ではないか?
キラ・ヤマトなら絶対に言わないと思うが、もし「悪いけど死んで来て」とか言われてもシンは二つ返事で引き受けそうだ。シンはもはやキラを尊敬しているというより崇拝しているようで時々怖くなる。万が一の時は殴ってでも止めなければとルナマリアは密かに決意した。
「降ろしてよ!自分で歩けるから!」
「こっちの方が早い」
とうとうコクピットから引きずり出されたキラがアスランに米俵のように抱えられて運ばれている。
ジタバタともがいて、バシバシとアスランの背中を叩いているキラに、当のアスランは微動だにしない。
「恥ずかしいよ!」
「降りれるものなら降りてみろ」
「ぐぅ……」
腕力はもちろん、体術でもアスランの足元にも及ばないキラは諦めて無駄な抵抗をやめた。
手持ち無沙汰なキラは足をブラブラさせて、時々間違えたフリをしてアスランの腹を蹴ってやった。だが、分厚い腹筋に阻まれてダメージが通らない。アスランは気にすることも無くスタスタと大股で歩いている。
「あ、シーン!ルナマリアー!後はよろしくー!」
アスランに担がれながらシンとルナマリアに気付いたキラがにこやかに手を振っている。
それに「了解です!」と敬礼を返すルナマリアの横で、同じく敬礼をしたシンが嬉しそうに「はい!」と応えてる。ルナマリアは見えないしっぽがブンブン振られている風圧を感じた。
シンの馬鹿。単純。ガキ。でも、それがこいつの良いところでもあるんだよね?とルナマリアは苦笑した。
お昼には遅く、お茶の時間にはまだ少し早い店内は人もまばらで、他の客とも席が離れててくつろげる。料理もゆっくり選ぶことが出来た。
キラは遅くなってかえってよかったじゃんと思ったが、口に出せば絶対アスランに怒られるから、黙ってケーキを口に運んだ。
「アスランもケーキ食べなよ?」
せっかくのスイーツビュッフェなんだからと、ケーキばっかり取って来たキラと対照的に、アスランは箸休めに置いてあるご飯系ばかり取って来ている。
「逆にお前は肉とか野菜食え。どうせ昼飯食ってないんだろう?ほら」
「ん。……あ、美味しい」
アスランに差し出された一口分のチキンソテーを素直に口にすれば、自分好みの味付けでキラは喜んで咀嚼した。
「お前の分も取ってこようか?」
「うーん、色々食べたいから、君の一口ちょうだい」
「了解。ほら」
「ん」
スプーン一杯分のオムライスは卵が半熟でチーズも入っている。こちらも好きな味でキラの口元が自然とほころぶ。
「美味いか?」
「うん!」
アスランの選んで来た料理の間違いの無さに、流石だなと感心しながらキラは雛鳥のように次々と餌付けされた。アスランも甲斐甲斐しくキラの口に食事を運んでいて、本当に親鳥のようだ。
「ほら、野菜も食え」
「はーい」
野菜はあんまり好きじゃないんだけどなぁと思いながらも、キラはアスランが差し出した多めにソースのかかっているブロッコリーに齧り付いた。
「それにしても、お前。そんなに欲張って食べ切れるのか?」
美味しそうだったものを全部のせて来たと言わんばかりの山盛りの皿に、アスランは心配する。どう見てもキラが食べ切れる量じゃない。
「余ったら君に押し付けるから、大丈夫」
「お前なぁ……」
最初っから自分を当てにしてるキラにため息をつくアスランだったが、正直に言うと、キラに頼られるのは悪い気はしない。
口ではしょうがない奴と言っていても、その表情には喜色が滲んでいる。
「だってアスランだし、いっかなって思って」
「まあいいけど」
アスランは甘いものが特別好きでは無いが、食べられないと言うほどでも無い。残して廃棄される申し訳なさに比べれば、自分が片付けた方が良いだろうと覚悟を決めた。
「でしょ?はい、あーん」
「はいはい」
キラは早速、半分ほど食べて飽きて来たチョコレートケーキをアスランの口に押し込んで処分した。
そうやってイチャイチャと食べさせ合いっこをしてる二人は周りから見ればカップルにしか見えない。しかし、本人達は自分達は親友だと疑っていなかった。
幸か不幸か、普通の親友はそこまでしないと、この二人は知らなかった。