強火キラ担の集い「あっ!やっべぇ、もう集会の時間じゃん!」
「集会?」
ルナマリアがミレニアムの休憩室でくつろいでいると、隣で雑誌を片手に寝っ転がったていたシンが文字通り飛び起きてわたわたと慌てだした。今日は特にブリーフィングなどの予定は入ってなかったはずだとルナマリアは首を傾げる。
「そ、強火キラ担の集い。ルナも行くか?見学自由だぞ?」
「ツヨビキラタンノツドイ?」
なにそれ?新しい装備だろうか?よく分からないけどちょっと気になる。そう思ってルナマリアはシンについて行ってしまった。好奇心は猫を殺すとも知らずに。
ミレニアム内の会議室は申請すれば趣味の集まりなどにも使える。今日はそこで強火キラ担の集いが開かれるらしい。
道中にルナマリアがシンから聞いたところによると「強火」は熱心なファンのことで○○担は○○担当、○○さんのファンという意味らしい。つまり強火キラ担の集いとはキラ・ヤマト准将の熱心なファン達の集まりという意味らしい。
……ついてくるんじゃなかった。ルナマリアがそう思いつつシンに続いて部屋に入ると結構な人数が集まっていた。
室内を見渡すと知っている顔も、コンパス上層部の顔もある。……この人たち、隊長のファンだったんだ。とルナマリアは内心驚いていた。
よく見るとハインライン大尉までいる。あの人忙しいはずなのに、こんなことしてていいの?とルナマリアは思ったが、シンによると大尉もなかなかの准将強火らしい。マジか……。
「ルナマリア?あんたなんでいんの?」
シンの後ろで所在なさげ気に佇んでいるルナマリアに気付いたアグネスが声をかけてきた。奇しくもヤマト隊の隊員が揃ってしまった。
「そういうアグネスこそ。あんたまだ隊長を狙ってんの?いい加減諦めなさいよ」
アグネスはキラの肩書きに惹かれてしつこく言い寄っていた。そんな彼女がここにいることにルナマリアは呆れている。
「ルナマリア。私は気付いたの。愛されるためには、まずこちらから愛さないとって」
「……そうね。それは正しいと思うわ」
アグネスにしてはマトモなことを言っている。しかしその愛するとは強火キラ担の集いに参加することなのだろうか?よくわからない。
大型のモニターの下でハインライン大尉が何やらたくさんの機材を操作している。
室内の照明が間接照明に切り替わり、大型モニターにはキラ・ヤマト准将が大写しになる。途端に周囲の人々が口々にざわめき出す。
「キラたんきゃわわ」
「これは1億キラキラ」
「キラたんは存在してるだけで5000兆キラキラ」
「それな」
オタク達の気持ち悪い会話に内心ドン引きしているルナマリアの横で、自分の彼氏と同僚が「隊長マジかわゆす」と他のオタクと完全に同化している。ルナマリアは物理的にも一歩後ろに下がった。
「……ねぇ、キラキラって何?」
「煌めいているキラさんの単位」
「……単位」
「ちなみに立ってるだけの状態で100キラキラだから」
「立ってるだけで……」
どうしても気になってルナマリアが「キラキラ」の意味をシンに尋ねるとそう答えられる。……え、どうしよう。ついていけない。そう思ったが、賢いルナマリアは黙っていた。
「あっちのモニターは?」
「リモートで参加してるみなさんだ。地球ともプラントとも繋がってる」
「へー、そうなんだ」
シンに大型モニターに対面する形で並べられてる小型モニターを指させば、ことなげにそう言われる。ルナマリアの想像よりこの会の規模が大きくて密かに恐れおののいた。
「キラたんってのはキラさんの愛称なんだけど、俺らのことを言うキラ担とはイントネーションが違うんだ」
「へー、そうなんだ」
水を得たオタクは頼んでいないこともペラペラと喋りだし、ルナマリアは適当に相槌を打つ。
「だいたいいつもみんなで隊長の写真を持ち寄ってわいわい言ってる感じかな?」
「へー、そうなんだ」
……それって隠し撮り?それは犯罪にならないのだろうか?とルナマリアは思ったが、一応プライバシーを考慮して着替えや入浴。また隊長本人を不快にさせるような撮影は禁止されてるらしい。……隠し撮りしてる時点でプライバシーも何も無いと思うのは自分だけなのだろうか?とルナマリアの常識が歪み始めた。
「まあ、俺は着替えとか一緒だから生で見れてるけどな!」
「……へー、そうなんだ」
殴りたい。この笑顔。変態行為をドヤ顔で自慢するな。シンの馬鹿。一瞬、ルナマリアはシンが覗いてることを隊長に言いつけてやろうかとも思ったが、冗談かシンとルナマリアの痴話喧嘩だと思われて笑って流されてしまいそうだったのでやめた。
「いつもご苦労だな。親衛隊長」
「ありがとうございます。でも、今週はちょっと曇らせ案件があって……」
シンが年嵩の職員に声をかけられている。親衛隊長?曇らせ案件って何?疑問に埋め尽くされているルナマリアを他所にキラ担達の話は続く。
「なんと!それはどのような?」
「プラントじゃ珍しいコネ入局の二世議員が、自分の実力不足を棚に上げて隊長に嫌味を言ってたんですよ。隊長、自分のことは何言われても気にしないんですけど、そいつクライン総裁の悪口まで言ってて、隊長、『僕のせいで、ラクスまで悪く言われちゃったね』って落ち込んでて……」
痛ましそうに話すシンの証言に、会場の方々から怒声が上がる。
「二世議員許すまじ!!」
「地獄に落ちろ!いや落とす!」
コンパスのみならず、ザフト軍にも強いパイプを持つ人物がそう叫ぶとシャレにならないからやめて欲しい。他にも「天誅!」とか「抹殺!」とか「キラたんのために!」とか物騒な発言が多く、まさかこの人達、本当には殺らないよね?とルナマリアは言いようのない不安を覚えた。
「……でも、憂い顔のキラたんからしか摂取できない栄養素が……悩ましい」
「確かに、思い悩んでいるキラたんは麗しい。……だが、キラたんの敵は我らの敵!絶許!!」
いきり立つオタクの中に変な性癖の奴らも混じっている。……栄養素って、隊長は食べ物じゃないんだから。いや、こいつらにとっては主食なのか?と、ルナマリアには理解し難い世界に戸惑っていると、ハインライン大尉の早口が割り込んできた。
「ご安心を、その件につきましては既に報復済みです。その馬鹿ボンボンの恥ずかしい性癖はとっくに把握してましたので、その恥ずかしい写真をプラント中のネットワークに匿名でばら蒔いておきました。これでもうプラントで政治活動をするのはほぼ不可能と言っても過言では無いでしょう。無論、いくつものサーバーを経由し、完全にこちらまでたどれないように万全の対策をしているので発信者の特定は不可能です。そちらもご心配なく」
ハインライン大尉怖い。「よくやった!」「それなら安心だ」と沸くキラ担の中でルナマリアはハインライン大尉は絶対に敵に回しちゃいけない人物だと改めて思った。
「ていうか、あんた親衛隊長なの?」
「ふ、……まぁな!」
「あんたの方が配属がちょっと早かっただけでしょ?」
「俺の方がお前より隊長からし・ん・ら・い・されてるんですー!」
「なんですってぇ!?」
ドヤ顔のシンと不満気なアグネスがくだらないケンカをしてる横で、ルナマリアは軽い目眩を覚えていた。
まさか自分の彼氏が妖しげな集会に参加しているだけではなく、変な役職にまでついてるなんて思いもしなかった。
いや、シンが強火キラ担なことだけはルナマリアも知っていた。確かにヤマト隊長はシンとって恩人で、レイが死んだ後に沈み切っていたシンに笑顔を取り戻してくれたことにはルナマリアも感謝してる。
でも彼女である自分を差し置いて隊長隊長キラさんキラさんとちょっと懐きすぎでは無いだろうか?
私だって!ずっとあんたの側にいたじゃない!?私もあんたのために結構頑張って来たつもりなんですけど!?と思わなくもない。
今もモニターに映る隊長の写真に目を輝かせてるシンに、ルナマリアはつい胡乱な目を向けてしまう。だけど、暗い顔してるよりは笑っていてくれた方がいいとルナマリアは自分に言い聞かせた。
「おお!これは!」
「……あーんしてる。尊死」
「まつげ長!伏せ目がちだとまつげ際立つ!……おふっ、ふつくしい」
「5000兆円あげたい!」
いつの間にか画面には大きく口を開いて、差し出された一口サイズのチョコを食べようとしている隊長が映ってた。このネイルはアグネスだろうか?
そういえばバレンタインの時、隊長に半ば無理やりにチョコを食べさせてたな。隊長は細くて羨ましいを通り越して痩せすぎて心配だったためにルナマリアも隊長を取り押さえるのを手伝った記憶がある。
「流石はヤマト隊だな」
「これはヤマト隊にしか撮れんな」
ヤマト隊は別にヤマト隊長の写真を撮るための隊じゃないんだけどな。と褒められても素直に喜べないルナマリアをよそにシンとアグネスは得意満面のようだった。
『皆さん、お疲れ様です』
その時、モニターに映し出されたラクス・クラインに思わず敬礼して背筋を伸ばした。今はコンパスの総裁としてではなく私人として私服で通信しているようだったが、いつもの癖と、ラクス・クラインの持つ威厳のようなものに背筋が伸びている者は他にもいた。
『皆さんにはいつもキラをあたたかく見守っていただき、とても感謝しておりますわ。わたくしも離れていてもキラの元気な様子がうかがえて、嬉しく思います』
この会、クライン総裁公認だったのか。まあ、確かに。勝手にこんなことしてたらクライン派が敵に回るからな。
クライン派は規模も大きく色々手広くやっている。潜伏している諜報員も多く、クライン派の全貌を知るものは誰もいない。
その現トップであるラクス・クラインの愛するキラ・ヤマトに手を出すことは龍の逆鱗に触れるようなものである。
『そのお礼として、休日のキラの様子を皆さんにもご披露いたしますね。これからもキラをどうぞよろしくお願いいたしますわ』
「おお!!」
「一生ついて行きます!ラクス様!」
歓声に沸くオタクどもの前で大型モニターに自宅でくつろぐ私服の隊長が次々とスライドされていく。ある種の正妻マウントのようにも思えるが、みんな喜んでいるみたいだからいっか。とルナマリアは悟りを開きかけていた。
そこにアスランとペットロボットのメンテナンスをしている隊長が口元に手をやって笑っている写真が上がると会場が一際騒然となる。
「100億キラキラの笑顔!」
「幼馴染ぷまい」
「やはりキラたん笑顔にさせ選手権の最強はアスラン・ザラか……」
何その選手権。アスランもそんなので最強になっても嬉しくないんじゃない?……いや、案外喜ぶかも。ミネルバにいた頃からキラキラキラキラうるさかったし。とルナマリアはかつての上司を思い出す。
そんなこんなで集会は終わり、げんなりしたルナマリアはホクホクと満足そうなシンと帰って行った。
今までルナマリアは気が付かなかったが、よく見ると隊長の周囲には常にキラ担がいて、スパイさながらに隊長の姿を隠し撮りしている。
真剣な表情でコンソールを叩いている隊長。
書類を見て困った表情を浮かべている隊長。
欠伸を噛み殺している隊長。
ストローを咥えている隊長。
ソファでうたた寝している隊長。
トリィと戯れている隊長。
その隊長がいったい何キラキラなのかはわからないが、それぞれキラ担達にはたまらない隊長なのだろうと、ルナマリアは察した。
「隊長、その……」
「ルナマリア?どうかした?」
あなたパパラッチに狙われてますよ。などと言えるはずもなく、言ったところで敵の首魁がラクス・クラインでは隊長に逃げ場などない。
「……えっと、その、……いつもお疲れ様です」
声を掛けたものの言うべきことが見つからなかったルナマリアはとりあえず当たり障りのないことを口にした。とはいえ、今のルナマリアの本心でもある。
四六時中監視されて、本当にお疲れ様です。隊長。強く生きてくださいね。
「え?どうしたの?急に?……ふふ、でもありがとう。ルナマリアもお疲れ様」
なるほど、これが2000キラキラの笑顔か。確かに煌めいている。
頭を撫でられながら微笑まれたルナマリアもキラの笑顔が素晴らしいことには同意した。
キラ担の奴らによると直属の部下に向ける笑顔は慈愛に満ちているらしく、キラキラ度が高いらしい。ルナマリアには違いがよくわからなかった。
近くにいた強火キラ担になったアグネスがルナマリアを撫でているキラの写真を素早く撮ると、何事も無かったかのように爪を弄っている。
アグネス、あんた本当に変わったわね。でも今の方が楽しそうだからまあいっか。とルナマリアは考えるのをやめた。
世の中には理解しなくてもいいことが沢山ある。賢いルナマリアはそれをわかっていた。