敵にトドメを刺される。そう思った瞬間に天空から降り注いだ光がシンに突き付けられたライフルを撃ち落とす。
「フリーダム!?……キラさん!?」
翼を広げた特徴的なシルエットを見間違うはずがない。
天使のような救世主の姿に「これで助かる」「もう大丈夫だ」と歓喜や安堵に沸く周囲を他所に、シン・アスカだけは奈落に突き落とされたような気がしていた。
あれだけ憎んで、あれだけ憧れた機体とパイロットだ。遠目にもその動きで間違いなくキラ・ヤマトだとシンにはわかった。
「シン、怪我はない?」
ノイズの混じった通信で、懐かしい声が損傷したデスティニーを気遣う。どこかのんびりとした場違いな声はあの頃と何も変わっていない。
「……は、はい。機体だけで、俺は無傷です」
「そう、良かった。……大丈夫。僕が守るよ」
翼を煌めかせて一瞬で上空に舞い上がる。その近くには赤いモビルスーツ、ジャスティスもいる。
「アスランもいるのか。……なのに、キラさんを。……キラさんが、また、フリーダムに。モビルスーツに乗ってっ、こんなところにっ」
また、あの人をモビルスーツに乗せてしまった。
争いを嫌うあの人を兵器に乗せ、優しいあの人を戦場に連れ戻してしまった。
誰よりも戦場が似合わないのに、誰よりも戦場で強いあの人を。
「……ごめんなさいっ、俺じゃ、守れなくて、ごめんなさいっ!」
シンの視界が涙で歪む。託されたのに、頼まれたのに、ミレニアムを、コンパスを守れなかった。
あの日からずっと、あの約束を守って来たのに。
どうして自分はこんなにも無力なんだろう。
どうしていつもなんにも守れないんだろう。
これでは形見の携帯電話を握りしめていたあの頃と何も変わらない。
「クソッ」
ヘルメットのバイザーを一瞬だけ外して拳で乱暴に涙を拭う。
泣いてる暇なんてない。
一秒でも早く、一体でも多く敵を倒して、あの人の負担を減らさなければ。
そう思ってシンは機体の損傷状況と武装を忙しなく確認する。
「……エンジン、異常なし。……計器、異常なし」
機体が破損した状態での、裏技みたいな操縦方法は昔、キラからたくさん教わった。その時はただ「すげぇ!」としか思わなかったシンも、それだけキラが過酷な状況で戦い続けた証だと今ならわかる。
「……スラスター、予備とバーニアの流用でなんとか。……武器、よし、まだ使える!」
推進力は下がるが、なんとか動ける。少ないながらも武器も弾薬もまだある。
まだ戦える。まだやれる。まだなんにも終わっちゃいない!シンは決意を込めて眼光を鋭くした。
「敵の陣形が乱れた!動けるやつは俺について来い!」
「……っ!は、はい!」
もう助かったと思って気を抜いている者が。フリーダムとジャスティスの戦闘に見とれている者が。シンの通信を受けて我に返る。慌てて動き出した僚機を置き去りにして戦場を駆ける。
機動力の落ちた今、中央に行っても的になるか、二人の邪魔になる。
ジャスティスとフリーダムに気を取られているものを後ろからチクチクと刺す。
カッコ悪い。みっともない。無様。自分で自分が情けなくなる。
それでも、何もしないよりもマシだ。
少しでも早く状況を終了して、あの人を助けるんだ。
油断すると溢れそうな涙に歯を食いしばる。口の中が切れたのか、血の味がする。
シンはあの機影と、あの声に安心してしまった自分が一番許せなかった。
「アスラン!!」
戦闘終了後、ジャスティスから降りて来た人影にシンは怒りのまま走り寄り、胸倉を掴む。
「なんでキラさんを止めなかった!?」
あんたならそれが出来ただろう!?あんたがそれをするべきだった!!と睨みつける。
「……キラをモビルスーツに乗せたこと、言い訳はしない」
いつも通りの涼しい顔に見えて、アスランにとっても苦渋の決断であったのはシンにもわかった。
「クソッ!」
アスランを突き飛ばすように手を離し、シンは頭を掻きむしった後に項垂れた。自分の無力感をこの人に押し付けても何の意味もない。
「……すみません。八つ当たりです。俺だって仕方ないってわかってます。でもっ!」
でも、あの人は戦っちゃダメなんだ。また擦り切れて今度こそ本当に壊れてしまう。
だからこそ、本当は嫌なのに、寂しいのに、側を離れることを選んだんだ。
シンといればキラはシンを守ろうとするだろう。そして、また守られてしまった。
いつになったら、あの人を守れるようになるのだろう。自分の不甲斐なさが嫌になる。
自己嫌悪で俯くシンに、アスランはかける言葉を持たなかった。
「シン」
「……キラさん」
フリーダムから降りて、こちらににこやかに歩み寄るキラのに名前を呼ばれた。シンは変わらない笑顔のキラに泣きそうになる。細さも儚さもそのままだ。
「……助かりました、キラさん。ありがとうございます」
「うん。無事で良かった」
泣き出す前に頭を下げたシンにキラはただニコニコと笑ってる。傷を隠すところも変わってない。いっそお前のせいだと責めてもらった方が楽だった。そう思うシンに後ろから「アスカ隊長」と声が掛かり、シンは「失礼します」と二人に頭を下げて去って行った。
「シンと俺に謝るんだな」
「え?なんで?」
シンも立派になったな、とその背中を見送っているキラに仏頂面のアスランの声が掛かる。
「いつも俺だけシンに怒鳴られる。お前だけ感謝される。不公平だとは思わないか?」
「えっと、何の話?」
本当に話がわからないキラは首を傾げて、アスランにため息をつかれた。