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    teimo27

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    teimo27

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    ガスト×マリオン。
    3部前に書いたお話です。モブが出てきます。捏造多数です。

    ■あらすじ
    AAAヒーローになったガストとメジャーヒーローになったマリオンがノースセクターのメンターに指名された。ガストは研修チームが解散してから一度もマリオンと会っていなかった。それは二度目の恋の相手がマリオンだったからだ。彼を忘れるために距離を取っていたのに、再び共同生活が始まる。

    Crimson Glory一.

    「失礼しました」
     司令から任命を受けた後、ガストは司令室を出ると新しい家へと向かっていった。荷物は既にすべて運んである。身一つだけの移動は楽だ。
     エレベーターに乗り込むと指定の階のボタンを押す。少しだけ浮上していく圧を感じながら、静かに小さな箱が上昇していった。
     指定した階に近づくと箱は速度を緩め、チーンと機械音を鳴らせて扉が静かに開いた。
     エレベーターからでると懐かしい気持ちが込み上げてくる。数年前のルーキーだった頃に何度も歩いた通路だった。
     ガストは数メートル進んだところで止まる。
     部屋の扉の前に立つと持っていたルームキーで鍵を開けた。
     すると懐かしい室内が目に飛び込んできた。 
     戻ってきたのだ。
     一歩室内に踏み込む。懐かしいと思っていたが、記憶にあるよりも家具は真新しい。だが、室内のレイアウトは以前ガストが住んでいた頃にそっくりだ。落ち着いて無駄なものがないレイアウトを決めたメンターの趣味が変わっていないということだろう。
     ガストはリビングから視線をはずして別の扉の方を向いた。その扉の前まで進みドアノブを回して中に入る。
     まだ部屋には段ボールが積まれているものの、家具の配置は指定通りだ。
     隣のスペースの状況はここと似たり寄ったりだった。同室者はまだきていないようだ。
    「さあて、先に部屋の中を片付けるか」
     部屋を早めに片付けておかないと、ルーキーに示しがつかないと言われ同室者から鞭打ちされるかもしれない。
     ヒーロー活動に支障がでないように手加減してくれると思うが痛い思いはしたくない。
     数年前よりも打たれ強くなったとはいえ、避けれるものは避けたい。
     ガストが部屋の片付け初めて二時間ほどたったところで扉がガチャリと空いた。
    「先に片付けてたのか、感心だな」
     ガストが振り替えるとそこにはかつてのメンターがいた。
    「マリオン!」
     久しぶりに会えた嬉しさから自然に声が張り上げた。
     マリオンは以前よりも顔つきが少しシャープになっていたが、中性的な美しさは健全だった。いや、顔つきが大人びたことで、色気が加わりさらに美しさが増している。
     最年少メジャーヒーローのうえ、更に美貌が加わりマリオンの人気はエリオス内でトップクラスを誇る。
     同期のヒーローであるフェイスは女性人気トップだが、マリオンの場合は老若男女に人気があり、特に男性人気が高かった。
     その理由はわからなくはない。ガストもまたマリオンに魅入られたひとりなのだから。
     昔の甘く苦い記憶が蘇ってくる。
    「久しぶりだな、ガスト」
    「ああ、久しぶり……っ⁉ おわっ!」
     鞭が飛んできた。ガストが寸前のところで避ける。
    「ッチ!」
     避けられたことが悔しかったのか、マリオンが舌打ちした。
    「ちょっと、マリオン、落ち着け! コントロール! コントロールだ!」
    「ボクは落ち着いている。メンタルコントロールも完璧だ」
    「どこがだよ! 完璧なら、久しぶりに会った元メンティーにいきなり鞭打ちしない!」
     ガストが叫ぶもののマリオンはそれを無視した。
    「ボクが完璧といえば完璧なんだ。だいたいこれはボクに怒られることをしたオマエが悪い」
    「えっ、俺何かしたっけ?」
     考えてみてもガストにはなにも身に覚えがない。
     マリオンと会うのは本当に久しぶりなのだ。第十三期研修チームが解散してから一度も会っていないのだから。
    「オマエ、本当にわかってないんだな」
    「え?」
    「ガスト、ボクと最後に会った時に伝えた言葉を覚えているか?」
    「最後って、研修チームが解散したときだよな」
    「そうだ」
    「何だっけ……」
     直ぐに思い出さないガストに苛立ちが隠せないのか、マリオンの纏う空気が重くなっていく。
    「えっと確かあの時は俺とレンとドクターとマリオンがいて、別れの言葉をそれぞれ伝えて……」
     ガストとレンはルーキーらしくメンター二人に感謝の言葉を送った。そして、ヴィクターからは巣立つルーキーへ激励とサブスタンス含めて困り事はいつでも相談に乗ると告げられたのだ。初めて会った時には信じられないほどの、メジャーヒーローらしい言葉をもらってガストは密かに感激していた。
     だが、今は過去のメジャーヒーローの言葉に感激している場合ではない。
     その後のマリオンの言葉をガストが必死に思い出そうとする。
    「確か、マリオンからはボクのメンティーとして恥ずかしくないヒーローになれ……だったか?」
     ルーキー研修後、細かいミスはあったもののガストの評価は悪くない。マリオンの及第点はできている自信がある。
     だけど、マリオンの目標設定が、ガストが考えているよりも高かったならばそれは怒られても仕方ない。甘んじて罰を受けよう。
     だが、マリオンの怒っている理由は違っていた。
    「違う。その後だ」
    「あと?」
     ガストがきょとんとする。その様子からガストが覚えていないことを察したマリオンの眉尻が上がった。
    「忘れたのか?」
    「えっと……」
     思い出そうと努力してもなかなか記憶が戻らない。マリオンのメンティーとしてふさわしいヒーローになること。その後何かを言われた記憶はあるけれど、その中にマリオンが気にするほど重要なことがあった覚えがない。
     多分ガストが些細なことと聞き流してしまった言葉がマリオンにとって大事なことだったのだ。
     ガストは観念して素直に忘れたと白状した。
    「悪い、マリオン。忘れちまったみたいで、もう一度教えてくれないか?」
     正直に謝罪したガストにマリオンはなにか言いたそうな素振りを見せたが、何も言わずに、はあと呆れたようなため息を吐いた。
    「……定期的に連絡しろと言ったんだ」
    「えっ、それだけ?」
    「それだけ、じゃない! レンは時々連絡をくれたぞ。それなのにオマエは全く連絡を寄越さない」
    「あー、悪かった……」
     身に覚えがあったガストが謝る。
    「ノースセクターから離れたとたんに、白状になったな」
    「悪かった!」
     一切連絡をしなかったガストが悪い。頭を下げて謝罪する。
    「その、言い訳になっちまうけど、忙しくて……」
     忙しかったのも連絡を取れなかった理由のひとつである。心苦しい思いをしながら伝えると、それが表情にでていたのか、マリオンに睨まれる。
    「オマエというやつは……」
     鞭――正確にはマリオンのサブスタンスで血液を鞭のような形状に変化させたものがでてきそうな状況にガストが慌てる。
    「わあー! マリオン、コントロールだ!」
    「さっきも言ったがボクはコントロールできている。これは、血の掟を破ったお前への罰だ」
     血の掟とは、マリオンが定めたルールのことだ。これを破ると鞭打ちの刑になり、ガストはルーキー頃に何度もこの罰を受けた。
     たがら、この刑の酷さを身をもって知っている。
    「マリオン、落ち着こう!」
    「ボクは落ち着いている」
     そう言いながら、マリオンの目は獲物を前にした猛獣のようだ。思わず、ガストは後退りする。
    「マ、マリオン……」
     縋るようにマリオンを見つめると、さらに増した美貌が微笑んだ。
     直後飛んできた鞭にガストの悲鳴が上がった。


     室内にある家具を避けて的確に対象だけに狙いを定める芸当ができるのは、マリオンだけだろう。
     ひりひりする腕や肩を擦りながら、ガストはマリオンのありがたい言葉を正座しながら聞いていた。正座は日本独自の座り方の一つでガストには馴染みがなかったがルーキー時代に偶然正座のことを知ったマリオンに取り入れられたのだ。主にマリオンの説教をされる時は正座で受ける決まりがある。
     この正座はなかなか侮れなかった。長時間座っていると足が痺れるのだ。立てないほど足が痺れる経験は正座が初めてだった。正しい座り方をすれば足は痺れないらしいが、今のところガストは全敗である。
     腕がひりひり痛む上に足まで痺れてきた。もうルーキーではないはずなのに、まるでルーキー時代に戻ったようだ。
    (なんかこれ、ものすごく懐かしいよな……って、懐かしんでる場合じゃない。俺はルーキーじゃなくてメンターになったのに、ルーキーの前でルーキーみたいに扱われたら……いや、マリオンもさすがにそんなことはしないはず……しないはずだよな⁉)
    「あの、マリオン」
    「なんだ?」
    「いや、そろそろ足が痺れてきて……」
    「だからなんだ?」
    「なんだ? じゃなくて、」
    「ボクの話を聞いていたのか? もうルーキーじゃないんだから、いつまでもルーキー気分でいられるのは困る」
    「俺としてはそのつもりはないんだけどな」
    「オマエにそのつもりがなくても、そう見えるんだ――」
     マリオンの説教が続くが足が痺れてきてガストの耳には入ってこない。せめてこの時間が早く進めばいいのにと、ふと顔を上げたガストの視界には元メンターの美しい顔が入ってくる。
    (やっぱ可愛いよな)
     マリオンは男臭さを一切感じないまま成長した。二十代半ばになっても女顔のままだ。あれから身長はほとんど伸びることなく平均よりも小さい。だが、制服の下に鍛え抜かれた身体があることをガストは知っていても着やせしてしまうため可愛らしい女性に見えてしまうのだ。
     男だとわかっていてもつい見てしまう。好みの顔が、一番好きな顔が目の前にあったら見るのは当たり前だろうと開き直った。
    「おい、いつまでボクの顔を見ているつもりだ」
     視線が煩かったのかマリオンが眉を顰めた。そんな顔も可愛いと思ってしまうガストの頭はやばいところまで来ている。
    「ボクの話を聞いてたのか?」
    「悪い、足が痺れてきてあんまり頭の中に入ってなかった……ははは」
     ガストが馬鹿正直に言った。
     そんな言い方をすればまたマリオンの機嫌を損ねることになるのはわかっているのに、学習しない男だ。笑ってごまかそうとしているけれど、当然誤魔化されるほど甘い男ではない。
    「どうやらもう一度鞭打ちされたいようだな」
     マリオンが再び鞭を取り出した。
    「いや、それはもういい……本当にもういい……!」
     足が痺れてまともに動けない状況で鞭に打たれたらただの的になるだけだ。
     ガストの必死な様子が伝わったのか、ぶつぶつ文句を言いながらマリオンが鞭を収める。
    「助かった……」
     ガストが安堵した瞬間、再び危機がやってくる。
    「決めた」
    「え、なにを?」
    「ルーキーがやってくるまでまだ時間がある。だからボクはお前を鍛えなおすことにした」
    「え、鍛えなおす?」
    「ボク直々のトレーニングを受けさせてやる。言っとくが、ルーキーの時のように甘くする気はない」
    「いやいや、ルーキーの時に甘くしてくれたことがあったか?」
     ガストの脳裏ある思い出のマリオンとのトレーニングはいつも厳しかった思い出しかない。あれで甘いとしたら、一体どうなってしまうのか。
    「マリオン、頼む。程々でいいから……程々でいいから!」
     大事なことなので二回言った。だが、マリオンが素直にガストの言うことを聞くはずがない。
    「今日からのトレーニングは楽しみだな」
     美しく笑うマリオンを見て、ガストの背筋が凍り付く。
    (俺、ルーキーたちが来るまで死ぬかもしれない)
     ガストは楽しそうに笑うマリオンを絶望の表情で見ていた。


    「マリオン……もう、ぎぶ……」
    「オマエ、それでもAAAヒーローか? これくらいのトレーニングに付いてこれないでどうする?」
    「いや、その通りだけど、まじで休ませて……」
     マリオンのトレーニングは一言で言うと過酷だった。ルーキー時代のトレーニングもしんどかったが、あの頃のマリオンがAAヒーローだったのに対して、現在はメジャーヒーローでマリオン自身も成長しているのだ。そんなマリオンからさらにパワーアップしたトレーニングを受けてガストの体力は残り僅かだった。
    (今、イクリプスの襲撃で出撃になっても動ける気がしない……)
     ガストはへとへとなのに同じくらいトレーニングで動いていたはずのマリオンはぴんぴんしている。基礎体力の差であることはわかっているが、ルーキーの頃からなかなか埋まらない差だった。
    「やっぱマリオンはすげーな」
    「なんだ、突然」
    「トレーニングを付けてもらって、改めてマリオンがすごいって思ったんだ」
    「当たり前だ。ボクは強いからな」
    「俺もこの三年で頑張った方だと思うけど、マリオンはそれ以上に頑張ったんだな」
    「……」
     ガストが正直に告げると、マリオンが微妙な顔をした。その反応にまた余計なことを言ってしまったのではないかとガストが焦る。
    「オマエは変わってないな」
    「え、そうかな……?」
     ガスト自信は三年間で成長したと思っていたが、マリオンから見てその成長が足りていないのかもしれない。成長したなと褒めてほしいわけではないが、成長が見られないと思うと地味に落ち込む。
    「まあ、以前よりも多少はまともになった」
    「え?」
     ぱっと顔を上げてマリオンを見つけると少しだけバツの悪そうな顔をしていた。
    「でも、ボクの隣で戦うのにはまだ足りない。これくらいで満足されては困る」
    「となり?」
     訳が分からずガストが聞き返した。
    「お前はボクと同じくメンタ―だろ? いつまでもルーキーの気分でいるなと言ったはずだ」
    「あーそうだな。俺も頑張らないと」
     ルーキーだった頃は、マリオンの隣で戦うことはほとんどなかった。どちらかというとレンと連携を取ることがほとんどだった。マリオンのスピードについていけるのはメジャーヒーローであるヴィクターだったため、マリオンも彼と連携している方が多かったのだ。
     ヒーローになって三年の差しかないが当時はその差がものすごく遠くに感じていた。
     でも今のガストはマリオンと同じメンターの立場にある。ルーキーの頃よりも確実に強くなった。もう、足手まといではない。
    「よし、もっと頑張るか」
     マリオンとのトレーニングは厳しいが、的確な指導をしてくれる。これからルーキーたちの指導が始まるのだから、彼らにカッコ悪いところは見せたくない。
     ひーひーと悲鳴を上げていたのに自己解決して突然やる気を出したガストに、マリオンは怪訝そうな目を向けたがトレーニングへの意欲があることは良いことだ。すぐに次のトレーニングに移ることにした。
    「次は走るぞ」
    「え、今から?」
    「当たり前だ。ボクは毎日最低十キロ走っている」
     これまでのトレーニングルームで二時間みっちりと扱かれたばかりなのだ。トレーニングのやる気はあっても、身体がついていかない。
    「ちょっとその前に休憩を……」
    「今、休憩しているだろう」
    「そこを何とか! もうちょっと!」
    「十分後に出発するそれまで体を整えておけ」
     すると、マリオンはタオルを持ったままトレーニングルームを出て行った。
     十分が休憩として適した時間なのかはわからないがやること済ませて少しでも身体を休ませたい。
     やるべきは水分補給とトイレである。
     重い身体を動かしてトレーニングルームを出ると自動販売機のところへと向かった。そこでスポーツドリンクを買うと一気に飲み干した。
     窓から見えた天気は晴れ。もう初夏を過ぎて日中は日差しが厳しい時期になってきた。今の時期は夕方を過ぎてもなかなか気温が下がらない。熱中症対策に水分とキャップは携帯したほうがいいだろう。
     キャップを持ってきてたかなと考えながらペットボトルのスポーツドリンクをもう一本購入してトイレを済ませてトレーニングルームに戻ってくる。約束の時間まであと三分しかなかった。荷物の中からキャップを探すが見つからない。部屋に戻って取りに行く時間はない。仕方ないのでタオルで代用するかと考えているとマリオンが戻ってきた。
     マリオンはここを出て行くときには持っていなかった何かを右手に持っているのが目に入る。。
    「ガスト、用意はできたか?」
    「もうちょっと休みたい――うそうそ、もう出発できる!」
     素直な気持ちを伝えたら睨まれた。
    「だったら行くぞ。外はまだ暑いから水分補給はできるようにしておけ」
     ペットボトルを軽く振るとマリオンが頷いた。
    「あとそれとこれだ」
     マリオンは右手に持っていた何か――帽子をガストの頭にかぶせた。
    「どうせ用意してなかったんだろ。これを持っていけ」
     恐らく帽子を持っていないガストのために、わざわざ自室まで戻って取りに行ってくれたのだ。トレーニングルームと研修ルームの往復には数分かかる。ガストが床でへばっていた間にマリオンは休むことなく帽子を取りに行ったことになる。
    「サンキュー、すっげー助かった!」
    「なんだ?」
     自分を凝視する瞳に気付いたマリオンが眉を上げた。
    「いやー、マリオンは休憩しなくていいのかなって……」
    「ボクは問題ない。オマエと違って体力はまだ残っているからな」
    「だよなー……」
     はははとガストが苦笑いをする。ガストとマリオンはそもそも体力が違うし強さも違う。つい、自分の時と同様に考えてしまうのは、マリオンが年下だからか。
    「何をボケっとしている。いくぞ」
     休憩を取っていないにも関わらずきびきびと動くマリオンの後姿をガストは眩しそうに見つめてその後を追った。


    「つ、疲れた……」
     ランニングを終えへとへとの身体を引きずりながらガストは自室へと戻ってきた。途中までマリオンと同じスピードで走ってしまい体力が完全に尽きたのだ。気力と根性で完走した後、ガストは十キロをあの早いペースで走ったにも関わらず平然な顔をしていたマリオンは自分と異なる生き物だと思った。
     ガストはベッドに倒れた後完全に動けなくなっていた。
     もう、動きたくない。小指の一本ですら動かすのが億劫だ。
     汗もかいているし、シャワーを浴びてすっきりしたい。でもその前に少しでも失った体力を取り戻さないとこの後何もできない。
     今日のトレーニングは終わったのだ。もういいやとガストは眠気に身を任せた。


    「……スト……ガスト! いい加減起きろ!」
     肩を揺さぶられてガストの意識が浮上する。半分だけ開いた目の先には、マリオンの姿が見えた。
    「あれ? マリオン?」
    「あれ、じゃない。さっさと起きろ」
     呆れている顔ですら美しい。覚醒しきっていないガストは元メンターの顔に見惚れていた。
    「オマエ、まだ起きてないだろ」
     マリオンの腕が伸びてガストの鼻を摘まむとそのまま思いっきり引っ張った。
    「いっ!」
     ガストの反応を見てマリオンがすぐに手を離す。
    「起きたか?」
    「起きた……」
     ガストがズキズキ痛む鼻に手を当てながら答える。
    「早くシャワーを浴びて来い。トレーニングをした後、直ぐに寝るな。オマエのことだからろくに汗の処理もしなかったんだろう。風邪をひくぞ」
     マリオンはトレーニングの後処理をしないまま倒れていたガストを心配して声をかけてくれたのだ。ありがとうと礼を言おうとガストが見上げたとき目を見開いたまま固まった。
     シャワーを浴びて火照ったマリオンの頬は薄っすら赤く染まっていた。髪はしっとりとしながら艶も出ていて美しい。ガストを訝しげに見ている顔もただただ可愛く見える。さらに、マリオンの愛用しているシャンプーの香りが漂ってきてガストの鼓動が跳ねた。
    「……」
     反応のないガストがまだ寝ぼけていると思ったのか、マリオンの眉間に皺ができる。
    「ガスト? 目を開けたまま寝るな」
     マリオンは躊躇なくガストの顔に手を伸ばすとまた鼻を掴んで握った。
    「いっ! 起きてる! マリオン、起きてるから!」
     反応を見せればマリオンの手は直ぐに離れた。
    「ぼけっとしてないで早くシャワーを浴びて来い。それが終わったらストレッチをして身体を解せ」
     わかったとガストが答えようとしたとき、自分の身体に起こったイレギュラーなことに気付いてぎょっとした。
    「嘘だろ……」
     ガストが蒼褪める。
    「ガスト? オマエまた聞いてなかったのか?」
    「聞いてる! わるい、今からシャワーを浴びてくるから!」
     ガストは出しっぱなしになっていたパジャマ代わりにしているジャージを掴み、ケースから下着類を引っこ抜くと脱兎のごとく部屋から飛び出た。
     そして急いでシャワー室へ入っていく。入り口の扉に鍵をかけると、ガストはボトムの中をそっと広げて覗き込んだ。主張しだした下半身を見て、絶望の表情を浮かべた。
    「ハハハ……勃ってる……」
     半勃ちであるが、ガストの下半身は間違いなく勃っていた。
    「はあ……」
     ずるずるとガストはその場でしゃがむと両手で顔を覆った。瞼を閉じれば脳裏に移るのはマリオンの顔。
    「この年であんなに可愛いのはありえねえ」
     マリオンの中性的な容姿は二十歳を過ぎればもう少し男臭さが増すと思っていた。だが、何年たってもマリオンは出会った時のまま可愛い。年齢を重ねて色気が加わったことで可愛さと美しさが増しているのだから質が悪い。
     可愛くてもマリオンは男だ。そのうえ、年下の上司だ。性格はストイックで自他ともに厳しい。気に入らないことがあればすぐに鞭打ちしてくるし、トレーニングもメンタルが削られるほど厳しい。口調もきつくてへこまされることも多い。
     でも、ガストはマリオンが厳しいだけではないことも知っている。
     研修期間の時間の経過と共にマリオンとの距離はどんどん近くなっていた。一緒にゲームをすることや、出掛けることも増えていった。
     家族の前でしか見せなかった笑顔を自分に向けてくれた時にガストは再び恋をしたのだ。
     ガストはマリオンが好きだ。
     研修チームの頃からずっとマリオンに恋をしている。
     このように、マリオンで勃起することも初めてではない。研修チーム時代も時々同じことがあった。その度にマリオンに対して後ろめたくなりぎこちなくなってマリオンに不審がられるところまでがセットだった。
     マリオンは男だ。そのあたりにいる女の子よりも可愛くても男だ。女顔なことも気にしていてマリオンに可愛い、キレイは厳禁だった。
     そのうえ、エリオスの寵児と呼ばれるのに相応しいほどの強さを持っていた。マリオンのトレーニング量はかなり多い。メンティーとして彼の傍で見ていたガストはそのえげつないトレーニングのことをよく知っている。
     だから、マリオンが華奢に見えても服の下に鋼の肉体を持っていることを知っていた。体脂肪率はガストよりも低いかもしれない。ガストもヒーローになってからトレーニングは欠かさずにやってきた。それでも、サブスタンスの扱いも身体能力もマリオンには遠く及ばないのだ。
     自分よりもはるかに強い男。年下の上司。性格もキツイ。トレーニングもキツイ。何もかもが厳しい。
     いくら顔が好みでも好きになる要素よりも敬遠する要素の方が多いにもかかわらず、ガストはマリオンに恋に落ちたのだ。
     でも、ガストがこの気持ちを伝えるつもりはない。
     きちんと確認したことがないが、マリオンは自分のことを性的対象として見ている男たちを嫌悪している。好きだと伝えたところでマリオンに受け入れてもらえないことはわかっていた。
    (あんな目でみられたら、さすがに俺も立ち直れない……)
     数年前の記憶が蘇ってくる。マリオンに欲情を向けて蔑まされた目を向けられた男のことを。
     だから、ガストはこの気持ちをマリオンに知られるわけにはいかないのだ。
     マリオンに「気持ちワルイ。もう二度とボクの前に顔を見せるな」と見限られたら二度と立ち直れなくなってしまう。それだけは絶対に嫌だ。
     この気持ちに蓋をして隠すためにガストはマリオンから距離を取ったのだ。マリオンに連絡をしなかったのは単純にマリオンのことを忘れたかったからだ。
     離れていればこの気持ちも諦めることができる。忘れることができるとあの当時は思っていた。
     ガストは女の子が苦手だ。でも可愛い彼女が欲しいとずっと願っている。
     恋を忘れるには新しい恋をすればいい。
     幸いガストはイケメンで女性に迫られることが多い。ただ、美人系の肉食女子よりも可愛い子の方が好みのため迫ってくる女子からは逃げ回っていた。これではだめだと思い、弟分に好みの女性を紹介してもらったこともある。彼女を作ることに前向きになって行動してみたがうまくいかなかった。
     女の子の苦手意識の期間が長かった弊害なのか、女の子を前にするとうまく話せないのだ。頑張ってみたがどうしても逃げ出したくなってしまう。一度逃げてしまうと、その後もずるずると逃げてしまって紹介してくれた弟分からは呆れられた。
     女の子が苦手になった原因の初恋の子――マリオンだと判明してから、女の子に対する苦手意識がもう少しマシになったと思ったのにこの体たらく。
     彼女が作れないなら、男を恋人にするかと血迷った時期もあったが、マリオン以外の男を恋愛対象として見ることができずこちらも撃沈した。
     結果、マリオンから離れていた三年間の彼女はゼロ。恋人がいない期間イコール年齢の記録を更新中だ。
     三年ぶりに会ったマリオンに身体が反応していた。恋心が薄れていることを期待したが無理だった。
    「俺こんなんでマリオンと一緒に暮らせるのか……?」
     ルーキーの頃はマリオンと同居はしていても部屋が分かれていた。だが、マリオンと同じくノースセクターのメンターになり部屋が同室になったのだ。つまり、ルーキーの頃よりもマリオンと過ごす時間が増える。
    「いや、無理だろ」
     ガストが頭を抱えた。
     この気持ちをマリオンに悟られるわけにはいかないのだ。二人きりになる時間を極力減らすしかない。
     マリオンはガストが考えるよりもチームメンバーのことを見てくれている。距離を取っていることを怪しまれないようにしないといけない。
     なかなかハードなことだが、マリオンに嫌われることに比べればずっといい。
    「あー、こいつをどうにかしないと……」
     ガストが下半身に視線を落とす。一向に収まらない息子の様子に、はあと溜息を吐いた。定期的に自己処理をしていても、まだ二十代半ばで性欲は人並みにある。
     ガストは立ち上がると重い身体を引きずってシャワールームへと向かって行った。




    二.

     配属されたルーキーは二人とも、自信家でやんちゃだった。お互い似たような性格でアカデミーの頃からのライバルらしい。
     彼らを見ていると弟分で同期のヒーローであるアキラを思い出す。アキラとは定期的に連絡を取っていて、よく会うヒーローの一人だった。
     マリオンも初めてルーキーに会ったときに後輩ヒーローの顔を思い出したのか、アキラみたいだとぼそっと呟いていた。
     そのルーキーたちだが、メンターたちとの仲は良好だった。マリオンのトレーニングにも何とか食らいついていて、骨のあるところを見せている。当初マリオンの厳しい指導についていけるのか、ルーキーたちのことを心配していたが、それは杞憂だった。マリオンのトレーニングを受けた後にも自主トレーニングをしているのだ。ガストよりも根性がありそうだ。
     マリオンの方も、やる気に満ちているルーキーたちが気に入っているのか、誘われると時間が許す限り自主トレーニングに付き合っている。
     ルーキーたちが配属されてから数週間後。細かいトラブルはあったものの、概ね平和だった。マリオンの指導で着実に成長しているルーキーたちが挑んだ最初のLOMは、セクターランキング一位の好スタートで幕を閉じたのであった。
     その翌日。
     ガストがリビングに行くと、珍しくマリオン一人だった。いつも、リビングで騒いでいるルーキーたちがいない。
    「あれ? マリオンだけか?」
    「二人とも今日は出掛けると言ってただろう」
     マリオンが何を言っているんだと呆れた顔をした。
    「あー、そういえば昨日他の同期のルーキーたちと遊びに行くって言ってたっけ」
     ルーキーたち――第十五期のヒーローは同期の仲が良い。アカデミーの頃から付き合いのあったメンバーでトライアウトに合格したらしく、休みが合うと同期同士で出掛けたりするのだ。平日でもよく他のセクターの部屋の行き来をしている。ガストが仕事から戻ってくると、他のセクターのルーキーがリビングにいることがよくある。今まで絡みのなかった他のセクターのルーキーたちともそれで仲良くなった。
    (失敗したな……)
     マリオンから視線を逸らしながら、ガストが頭を掻く。
     ルーキーたちが不在ということは、ガストはマリオンと二人きりになる。だから、ガストも用事があると言って、マリオンから離れようとした。
    (弟分の一人くらいは急に呼んでもきてくれるだろうし)
     ガストが自分も外出することをマリオンに伝えようとしたとき、先に口を開いたのはマリオンの方だった。
    「ガスト、オマエは今日休みだったな」
    「そうだけど、」
    「それなら、今日はボクに付き合え。言っておくが、これは命令だ」
    「いや、ちょっと、いきなり付き合えって言われても……」
    「今日はなにも用事がないと昨日言ってだろ? それだったら、ボクに付き合っても問題はないはずだ」
     マリオンの指摘通りだった。昨日確かにガストはリビングでチームメンバーと話しているときに、今日の予定はないとはっきりと伝えていた。
    (なんであんなことを言ったんだ)
     ガストは頭を抱えた。昨日の発言を後悔してももう遅い。
     マリオンはなかなか返事をしないことで気分を害して、「ボクと出掛けるのは嫌なのか?」と眉尻を上げてガストを睨んでいる。その様子だけだと、ガストを誘っているようには到底見えないが、ここで肯定しないと鞭が飛んでくる。
     ガストの頬が引きつった。部屋の空調は調整されていて暑くないはずなのに、背中には嫌な汗が流れた。
    「いや、あの……」
     とはいえ、マリオンから距離を取ると決めたのだ。ルーキーがいない二人きりの状態でマリオンと一緒に出掛けることはできない。
     どうやって断ったら、マリオンは納得してくれるのか。
     いくら考えてもいい方法が見つからず焦っていく。
    「これは命令だといったはずだ。オマエに断る権利はない」
     煮え切らない態度のガストに、マリオンが止めを刺す。
     恐らくこの様子ならばガストがいくら言っても聞く耳は持ってくれない。取れる選択肢は一つしかないのだ。
    「……わかった。それで、俺は何に付き合えばいいんだ?」
    「行けばわかる。あと十分で出るから、それまでに支度をしろ」
    「え? 十分⁉ せめて三十分!」
     ガストはまだ外出できる準備ができていない。まだスエット姿である。ガストが支度に時間がかかることを知っているのに、わざと短い時間を指定したのだ。
    「十分だ」
    「そこを何とか!」
     土下座する勢いでガストが頼み込む。
    「……二十分だ。それ以上、待たない」
    「マリオン、ありがとう!」
     ガストが礼を言うと急いで自室に戻る。その慌ただしい様子をマリオンが静かに見ていた。


    「ここって、エリオスミュージアム?」
     マリオンがガストを連れてやってきたのは、旧研究所――現エリオスミュージアムだった。このミュージアムはエリオスの歴代のヒーローの衣装や活躍の記録が展示されていて、ファンの間で人気の施設だ。
     今日は平日だったこともあり客はまばらだった。エリオス内でもトップクラスの人気を誇るマリオンがいても騒がれることはなかった。
    「ここで何をするんだ?」
     マリオンはガストの質問には答えずに、ミュージアムの中に入っていった。ガストは戸惑いながらもその後に続く。
     マリオンがやってきたのはミュージアム内にある庭園が見えるカフェだった。そこで、マリオンは自分とガストの分のドリンクを買うとカフェの奥まった席に座った。
     ミュージアム内では子供の頃よく聞いていたヒーローアニメの主題歌がかかっていた。その曲を懐かしく思うだけの余裕は今のガストにない。
     ガストは好きに飲めと手渡されたドリンクとマリオンを交互に見比べる。
    「えっと、マリオン?」
    「……」
     マリオンに付き合えと言われてこのミュージアムに連れてこられたのに、肝心の当の本人はだんまりだった。そのうえ、怒っているのか厳しい表情を浮かべている。
    (俺ここまで来て怒られるのか……?)
     ガストがメンターとなってからも、マリオンの気に入らないことをすればメンティーたちの前でも容赦なく叱られる。
     色々思い出の詰まったエリオスミュージアムで叱られるのは嫌だが、ガストがミスをしたことが原因ならば仕方ない。甘んじて受け入れよう。もう何を言われても大丈夫なようにガストが腹を括った頃に、マリオンが口を開いた。
    「……オマエ、最近……いや、メンターになってからボクのことを避けてるだろ」
     叱責ではなく、質問だった。
    「え? ……いや、そんなことないけど……」
     想定外の内容にガストの反応が遅れる。そして図星を突かれて目が泳いでしまったのをマリオンは見逃さなかった。
    「あるだろう。オマエがボクと二人きりになるのを避けていることに気付かないとでも思ったか? 二人きりの時にボクが誘っても断ってくるくせに、ルーキーたちがいる時は誘いに乗る。ここまであからさまな態度を取って、ボクを避けてないとでもいうつもりか」
    「……それは、マリオンの誤解だっ! 俺がマリオンのことを避けるわけないだろ」
    「休日も弟分に会いに行くと言っていないことが多い。帰ってくるのもボクが就寝するぎりぎりの時間だ。毎回こうなのに、たまたまだというつもりか?」
    「う、それは……」
     たまたまではなくわざとのため、否定できない。ガストが言葉に詰まっていると、マリオンは話しを進めた。
    「それに、部屋でボクと二人きりにならないようにいつもボクが寝るまで部屋に戻ってこないな。最初はルーキーたちと打ち解けるためだと思ったが、今も継続しているな」
    「……」
    「極力ボクと二人きりになる状態を作らないようにしているのに、ボクの誤解だとオマエは言い張るつもりか? ボクが誤解するわけないだろう」
     マリオンの攻める視線に耐え切れず、ガストが目を逸らした。マリオンが言い切ったのはガストの態度から確証を得たからだ。マリオンに気付かれないように慎重にやってきたつもりだったが、早々にバレた。
     マリオンは見ていないようで、きちんとガストのことを見ている。ガストが考えている以上に、ガストのことを知ろうとしてくれているのだ。
     これ以上言い訳をしても、マリオンの様子ではガストの言うことを信じてくれないだろう。
     誤魔化すか、腹を括るか。
     迷った末、ガストは後者を選んだ。
     今日は誤魔化せたとしてもまた同じように追及される日はやってくる。いずれバレるのだ。マリオンに軽蔑されるのか早いか遅いかの差である。
     マリオンがガストのことを嫌がれば、今後二人きりになることもない。ルーキーの前では今まで通りしてほしいが、どうしても難しければメンターを交代すればいい。物理的に距離を取れば、マリオンの恋心を忘れる日がいつかやってくる。そうなれば、以前のような元チームメイトの関係に戻れるかもしれない。
     ガストは先が長い苦しい道を選んだ。
    「悪い。マリオンの言う通り俺はマリオンのことを避けてた。二人きりならないようにしてたんだ」
    「なぜ、そんなことをする必要がある?」
     ストレートに返される。理由を聞いてくることはわかっていたことだが、伝えると決めてもなかなか言葉が出てこない。
    「その……マリオンからすると聞きたくない嫌なことだと思うんだけど……」
     ガストが言い淀んだ
    「なんだ? はっきり言え」
     ガストの心境を知らないマリオンが言う。
    「……俺はマリオンのことが好きなんだ」
     正真正銘の精一杯の告白だった。
     フラれる一択しかないガストにとって甘酸っぱく気持ちもドキドキもワクワクもない。ただ、悲痛な気持ちしかなかった。
     それが表情に出てしまい告白をしているにもかかわらずガストの顔色は悪い。だから、マリオンは好きだと言われてもそれが告白だと直ぐに入ってこなかった。
    「は? 何を言っている」
    「あ、いや、だから……」
     告白が通じていない。もう一度告白をすべきなのか焦っていると、マリオンから催促された。
    「早く言え」
     苛立っているのが声の様子からわかる。
     ガストが諦めてもう一度言った。
    「だから、俺はマリオンが好きで……」
    「それで?」
    「それでって……だからマリオンのことを避けていたんだ」
     何でここまで言わなければいないのか。ガストは元々メンタルが強い方だ。ヒーローになってからさらに鍛えられてもっと強くなった。簡単にへこたれないだけの精神力はあるはずなのに、既に心の中はボロボロだった。
    「どうして、ボクのことが好きなら、ボクから離れようとするんだ」
    「え? いやだって、マリオンは嫌だろう?」
    「別に嫌じゃない」
    「はあ? いや……マリオン本気で言ってるのか?」
     ガストが信じられない目でマリオンを見た。
    (だって、マリオンは男に恋愛感情を向けられるのは好きじゃない……あ、もしかして勘違いしてるのか……?)
     その可能性にガストの背筋が凍る。
     マリオンに好きだと伝えたが、好きの種類を明確に伝えていなかった。恋愛感情ではなく友情や人として、ヒーローとして好きだと思われているのだとしたら、マリオンが嫌だと感じることもない。
     同性から好きだと伝えられたとしても、直ぐに恋愛感情に結びつけるものは少ないだろう。伝え方を間違えたガストのミスだ。
    「マリオン、その……俺の言い方が悪くて勘違いをさせたみてーだ。悪い」
    「どういうことだ?」
     意を決してガストが告げる
    「俺の好きは恋愛感情だ」
    「え?」
    「マリオンは男から好かれるのは嫌だろう。だから、マリオンから距離を取ったんだ」
     マリオンが何かを言い返す前に、ガストが矢継ぎ早に告げた。メンタルが強くてもマリオンに心底から気持ち悪いと言われるのは嫌だった。
    「俺と同室は嫌だろう? メンターを辞めれないか俺からも司令に頼んでみるから、マリオンからも司令に聞いてほしい」
     頼むと頭を下げた後、ガストは足早にここから離れようと立ち上がる。
    「俺は先に戻るから……」
    「待て!」
     立ち去ろうとしたガストを止めたのはマリオンだった。
    「オマエがメンターを辞めるのは許さない」
    「いや、でもマリオンは俺と一緒なの嫌だろ?」
    「それは……でも、メンターを辞めるのはダメだ」
    「俺がいたらマリオンの負担にもなるし、俺も色々辛いし……」
    「ダメなものはダメだ! だいだい、ボクの許可なく勝手なことをするな!」
     マリオンが声を荒らげる。ミュージアムにいた係りの者や数人いた来場者たちの視線がガストたちの方に向かった。
    「マリオン、ちょっと落ち着け。コントロール、コントロールだ。ここで騒ぐと迷惑になるから」
     ノースセクターのヒーローたちが公共の場で騒いでいたことを目撃されたくない。それは、マリオンも一緒だったようで、言いたいことをぐっと我慢して口を閉じた。
    「戻るぞ。この話の続きは部屋でする」
     マリオンは手元のドリンクを一気に飲むと立ち上がった。カップを返却すると出口に向かって行く。
    「マリオン待ってくれ!」
     ガストも慌ててカップを戻すと、先を歩いているマリオンの元へ走っていった。


     エリオスタワーのノースセクター研修ルームに戻ってきたガストとマリオンは自室で対峙していた。
    「話の続きだが、オマエがメンターを辞めるのは却下だ」
    「さっきもそう言ってたけど、マリオンは俺のことが嫌じゃないのか? 俺はマリオンのことが好きなんだ」
    「別に嫌じゃない」
    「エリオスミュージアムにいた時に同じ質問をしたときは間があったよな? それって俺が傍にいるのは嫌だってことなんじゃないのか?」
    「あれは……ちょっと驚いただけだ……オマエがボクのことを、恋愛感情で好きだって言うから」
    「マリオンは、男にそういう感情を向けられるのは嫌だろ?」
    「嫌だ。気持ちワルイ」
    「だろ? だから、俺がマリオンの傍にいないほうがいいんだ」
    「だから、どうしてそうなる! ボクはオマエのことが気持ちワルイなんて言ってない」
    「言ってなくても俺が傍にいたら、マリオンはそういう気分になる。だから俺はマリオンの傍にいないほうがいい」
    「オマエ、ボクのことが好きなのにボクから離れるのか?」
    「いや、だからそれは――」
     ガストはマリオンのことを想って言っているのに、マリオンはなかなかその考えを認めようとしなかった。
     同性に性的な目を向けられるのはマリオンにとって屈辱的なはずなのに、なぜガストを傍に置こうとするのか意味がわからない。
    「オマエはボクの傍でメンターをやればいい」
     ガストとマリオンの付き合いはそれなりに長い。チームワークの連携も取れるし、マリオンがどういう人間なのかガストはよく知っている。だから、共同生活が必要なメンターとして重宝しているのだ。変わりの他のメンターがマリオンの要求するレベルに達しているのかもわからない。それだったら、ガストの方がマリオンは都合がいいのだ。だから、引き留めている。
    「俺はマリオンとチームワークができるから、引き留めてくれるのはありがたいけど、やっぱり俺がいない方が――」
     ガストの言葉を遮られる。
    「ボクの言葉を聞いていなかったのか? オマエは今まで通りメンターを続けて、ボクと過ごせ」
     マリオンの命令を聞いて、ガストが盛大な溜息を吐いた。
    「……わかった。マリオンの言うとおりにするけど、俺はマリオンのことを性的な目で見てる。それでもいいんだな?」
    「好きにすればいい。だいたい、オマエが何をできる? ボクはオマエに何かされるほど弱くない」
     マリオンは強い。ガストより小さくても手も足も出ないほど強いのだ。ガストが襲ったところで返り討ちになるだけだ。
    「わかった。マリオンに何かする気はないけど、できるだけマリオンが不快にならないようにするよ」
     その言葉を聞いたマリオンがフンと鼻を鳴らす。
    「ようやく理解したか」
     望みどおりになってマリオンの口元が弧を描く。
     その姿はガストがノースセクター研修チームに留まることを喜んでいるように見えて、ガストが苦虫を噛み潰したような顔をする。
     マリオンの近くにいる許可がもらえたことを喜ぶべきなのか、離れられなかったのを嘆くべきなのか。
     マリオンとガストが恋仲になる未来がない。だから、傍にいても辛いだけだ。マリオンの傍で、マリオンに恋人ができる瞬間を目撃したら、とそこまで考えてガストはあることに気付いた。
    「マリオンって好きな子がいるのか?」
    「どうしてオマエにそんなことを答えなくてはいけない」
    「ほら、好きな子の好きな人は気になるだろ」
     世間の99%は同意してくれそうなことを口にしてみたが、マリオンには理解されなかった。
    「バカバカしい」
     マリオンが冷たく告げる。
    (俺、マリオンに告白したよな? もう少し優しくしてもいいのに……って、そういえば、マリオンの恋愛話を聞いたことがない)
     同期のヒーローたちは二十代半ばの結婚適齢期だ。まだ同期の仲で結婚している者はいないが、彼女の存在はいくつか耳にしている。一歳下とはいえ、マリオンも今まで付き合った人が何人かいてもおかしくない年齢だが、マリオンに恋人ができたという噂を一切聞いたことがなかった。
    「……もしかして、マリオンは好きな子がいない?」
     その予想は当たった。
    「ボクに恋人は不要だ」
     マリオンが言い切った。この言い方だと、今まで一度も恋人ができたことがないのかもしれない。
    「え? もしかして今までも一度も好きになった子がいなかったってことか?」
    「だったら、なんだ? オマエはボクがどうやって育ったのか知っているな? 幼い頃からボクの周りには大人しかいなかった。その状況で、好きになるわけないだろう」
    「いやいや、優しくしてくれる大人の女性に惹かれたり……」
    「大体そういう女はノヴァ狙いの女だ。そんなのにボクが好きになるわけない」
     マリオンは育ての親であるノヴァを慕っている。ノヴァを取られると思ったマリオンは近づいてくる女性を敵認定してほとんど寄せ付けなかったのだ。そのことをマリオンの口から説明されて、ガストは幼少期の彼が女性を追い払う姿が浮かんできた。
    「ははは……っ! じゃあ、マリオンは本当に……」
    (好きになった子はいないんだな……)
     もし、マリオンに好きな子の話をされたら、片思い中の身としては色々しんどい。よかったなとガストが言葉を途中で止めてしみじみ思っていると、マリオンに不審な目で見られた。
    「なんだ? ニヤニヤして気持ちワルイ」
    「……マリオンに好きな子がいないってことを知って安心したって言うか……」
    「……? ああ、オマエはボクのことが好きだから、ボクに好きな人がいないと知って嬉しくなったということか?」
    「まあ、そういうこと……」
     告白済みであるがマリオンの好きな人が気になる理由を面と向かって言われてガストの目が泳いだ。マリオンに不快にならないようにすると宣言したばかりなのに。
     やばいと内心ガストが焦っていると、マリオンはフンと鼻を鳴らした。
    「そんなことを気にするなんてバカバカしい」
    「いやいや、好きな子のことは気になるだろ」
    「ボクは気にならない」
    「それはマリオンが恋をしたことがないからだろ……あ!」
     つい出てしまった言葉を後悔しても遅い。
    「それ何だ? ヒーローに必須のことでもない。僕には不要なものだ」
     恋は必要ないと告げる言い方が引っかかる。
    「不要って……マリオンだってその内結婚したりするだろ?」
     マリオンはヒーローとして非常に優秀だ。容姿も端麗なため非常に人気のあるヒーローである。マリオンは毎年実施している某アンケートでは結婚したいヒーローの上位にいつもいるのだ。結婚適齢期であるマリオンと本気で結婚したいと思っている市民は多い。
     マリオンの結婚式は永遠に来ないで欲しいが、いずれ嫌でもそんな日がやってくるのだ。言いながらガストがへこむ。
    「ボクはしない。ボクの家族は、ノヴァとジャックとジャクリーンだけだ。それ以外はいらない」
     マリオンが断言する。
    「マリオン……」
     頑ななマリオンの様子に、ガストはこれ以上この件で会話をするのは止めた。色々気になるところはあるものの、マリオンが結婚を考えていないことを知れたのだ。マリオンの結婚式を当分の間見なくても済むことが分かっただけでも、ラッキーといえるだろう。
    「色々変なことを聞いて悪かったな。またメンターとしてよろしく頼む」
     ガストが軽く頭を下げた。メンターを続けてもいいのか、マリオンの傍にいて本当に良いのか自分の中で葛藤があるが、続けると決めた以上メンターの仕事を中途半端でやりたくない。
     ガストはメンターとして未熟だ。心を入れ替えて、一人前のメンターになれるように頑張るつもりだ。
    「……もう二度とメンターを辞めるなんてふざけたことは言うなよ」
    「もうそんなことは言わない」
    「もし、また同じことを言ったら、もう二度と言えないようにボク直々にわからせてやる」
     何をどうわからせるつもりなのか。ガストは気になったが怖くて突っ込めなかった。マリオの前でボロボロになって倒れている自分の姿が想像できたからだ。出ていないはずの鞭の音がうっすら聞こえてきて背中に嫌な汗が流れた。
    「ははは……そんなことにはならねぇと思う」
     軽く笑ったガストの頬が引きつる。次にガストがメンターを辞めると告げた時は、死ぬ覚悟をしないといけないのかもしれない。
    「思う、だと?」
     曖昧な言い方はマリオンの気に障ったようだ。アメジストの瞳がきつく睨んでくる。
    「すみませんでした! もう、二度とメンターを辞めるなんて言わない!」
     この通り、許し欲しいと頭を下げて誠心誠意謝罪をすると、マリオンの溜飲が下がった。
    「いいか、二度とボクの手を煩わせるな」
     ガストがコクコクと首を左右に振れば、マリオンに「行くぞ」と言われた。
    「行くってどこに?」
    「これからはオマエをもっと鍛えることにした」
    「ええ? なんで⁉」
    「ボクには元メンターとして、オマエをまともなメンターにする責任があるからな」
     元々ガストがメンターになったのは、マリオンの推薦があったからだ。それを聞いたときは純粋にマリオンに認められていたようで嬉しかったが、マリオンが推薦した以上ガストを一人前のメンターにする義務が彼にはあるということらしい。
     一応メジャーヒーローにはAAAヒーローの指導も役割として入っている。基本的にAAAヒーローのメンターは、ルーキーの指導とメジャーヒーローからチーム運営について学ぶのだ。当然ガストもメンターのノウハウやメジャーヒーローを目指すために必要なことをマリオンから学んでいる最中である。
     だからマリオンが言っていることには一つも間違いがないのだが、このままついていってもガストの明るい未来が見れる予感がしないのだ。
    「マリオン、今日は休日だろう? トレーニングも大事だけど、休むことも大事だ。俺もマリオンもせっかく休みが重なってるんだから、たまにはノヴァ博士やジャックとジャクリーンを呼んで夕飯を一緒にしないか? パンケーキは……さっき食べたし、あ、クレープパーティーとかどうだ? 面白そうだよな⁉」
     マリオンのしごきを回避したいガストが冷や汗をかきながらあれこれ提案してみる。
     ここでマリオンにわかったと言わせられなかったら、この後に待っているのは地獄の訓練だ。
    「マリオンもジャクリーンとパーティーするのは久しぶりだろ? 俺もノヴァ博士たちと色々話したい!」
     両手を付けて頼むと必死にお願いすると、マリオンが気持ち悪そうな目でガストのことを見た。完全に引かれている。だめかもしれないと諦めかけた時、マリオンが「わかった」と言った。
    「え?」
     今聞いた言葉が信じられなくて、ガストがぽかんと口を開きながらマリオンを見る。
    「……え、え、いいのか?」
    「ボクも最近ノヴァたちと食事を一緒にしていない。オマエがそこまで言うなら、別に構わない」
     配属されたばかりのルーキーたちのことを気遣って、ノースセクター研修チームではできるかぎりチームメンバーと食事を共にとっているのだ。メジャーヒーローであるマリオンは多忙なため一緒に食事を取れる機会が少ないが、できる限り参加をしていた。
     ガストが入所した時と比べると天と地ほどの差であるが、そういうこともあってマリオンが家族と食事をする機会も以前に比べると減っていたのだ。
    「ボクは今からノヴァに伝えてくる。言い出したのはオマエなんだから準備を手伝え」
    「マリオン、ありがとう! 必要なものは俺が買ってくるから、マリオンは会場の準備を頼む! あ、欲しいものがあったら連絡してくれ。それじゃあ、行ってくるな」
     ガストはマリオンの返事を待たずに研修ルームから飛び出した。
     ジャクリーンが参加すればパーティーの準備であれこれ華やかにしたいと言いだして会場設営が始まる。そうなったらマリオンは間違いなくジャクリーンの手伝いをするため、研修ルームから離れられなくはなるはずだ。そのうえ、クレープは具材の準備が必要になる。その下ごしらえをしていたら、今日のトレーニングの時間は取れなくなる。
     明日のトレーニングのメインはルーキーたちだ。マリオンはメジャーヒーローと何かと多忙なので、ルーキーたちのトレーニングの後にガストにトレーニングを付けてくれることがあったとしても、時間の制約で長時間はできないはずだ。
    (今日さえ乗り越えれば大丈夫なはずだ……多分だけど)
     事前に休日に予定を入れておけば、マリオンも予定をキャンセルして休日にトレーニングに付き合えと無茶なことは言わないはずだ。その分平日のトレーニングがきつくなる可能性はあるが、丸一日マリオンのトレーニングに付き合うことに比べたら、楽だろう。
    (それにノヴァ博士たちと話したいのは本当のことだし)
     メンターに就任してからジャックやジャクリーンとの交流は再開したが、ノヴァとは立ち話を少ししただけで、ルーキーの頃のようなお茶を飲んでまったりとする時間はまだ取れていなかった。
     ガストはマリオンとヴィクターがメンターだったので、第十三期のヒーローの中ではノヴァと交流が深い方だった。ラボに遊びに行ってノヴァお手製のお菓子を振舞ってもらうこともあった。ノヴァはルーキー時代にお世話になった一人なのだ。ルーキー研修が終わった後も、ノヴァがガストのことを気にかけてくれていたことも知っている。
     だから、久しぶりにゆっくりとノヴァと話がしたいと前々から思っていたのだ。
    (クレープパーティーって適当に言ったけど、マリオンにも楽しんでもらえたらいいな)
     マリオンが一番柔らかい表情をするのは家族の前だ。メンターに就任してからマリオンは難しい顔をすることが多かった。完璧主義で自他共に厳しいマリオンは周囲に隙を見せることをよしとしない。付き合いの長いガストの前でもいつも自分を律している。
     この辺りはガストがルーキーになった頃から変わらないが、変化した一面もある。それは感情をコントロールできるようになった点だ。ガストの前では以前のように怒りをぶつけることはあるものの、ルーキーの前では極力出さないようにしていた。メンターにも厳しいのは今まで通りだが、理不尽なことで声を荒げることはほとんどない。やんちゃなルーキーたちは時々自分たちの力を過信して突っ込んで怪我をしてマリオンに叱られることはあるものの、基本的にマリオンの言うことを聞く素直さを持っていた。トレーニング好きの根は真面目だったこともあり、二人ともマリオンには可愛がられている。ガストにとっても可愛い後輩であり、二人とも気持ちのいい青年である。
     とはいえ、共同生活を一度経験していても初めの内は手探りで進めていくためそれなりに疲れるのだ。マリオンは優秀で抱えている仕事も多い。負担が増えてたとしても優秀さゆえに一人で対応ができてしまうのだ。ただ、そうなってくるとマリオンは自由な時間が削られていくため、ストレスは溜まっていく。
     以前、大事な家族と過ごせない。趣味のピアノも弾けなくてマリオンがかなり苛々しているときがあった。その時はガストがルーキーたちのとの間に入って事なきを得たが、それ以降できるだけマリオンの負担がかからないように、ガストもできる範囲でフォローをしている。
     今回のクレープパーティーも、マリオンとの地獄のトレーニングをやりたくなくて思い付きで話したことだったが、元々そろそろジャクリーンたちとパーティーをしてマリオンに楽しんでもらいたいと考えていたのだ。
     計画より前倒しになってしまったが、どのみちやりたいと思っていたことだ。早まる分には問題ない。
    (ジャクリーンはクレープを作りたいっていうだろうから、色々トッピングできるのを買ってくるか)
     ガストは生クリームチョコソース、フルーツとクレープパーティーに必要な材料を頭の中で思い浮かべる。甘いのに飽きた時のために、食事系のクレープの具も買っていったほうがいいだろう。ルーキーたちは甘い物も食べるが、途中で甘い物は飽きたと騒ぎそうだ。
    (サーモンとかを入れても美味しそうだな)
     好物のサーモンベーグルを思い浮かべる。ベーグルのところをクレープで代用しても美味しそうだ。
     今日が楽しい一日になる。そんな予感がする。
     ノースセクター研修チームに集まってくるメンツの顔を思い浮かべながら、ガストはスーパーに急いだ。
     楽しいクレープパーティーの翌日、ガストはマリオンから「オマエはメンターとして足りてないから、今日からボクが直々にトレーニングする」と宣言され地獄を見ることになるのだが、この時のガストはまだそのことを知らず、楽しそうに買い物をしていた。
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