付き合っているフェイジュニ♀(SS)「おチビちゃん、そんなに見ても結果は変わらないよ」
先程届いた紙を見つめたまま動かなくなっているジュニアの背中に向かってフェイスが呟いた。
「ウルセー! クソDJは黙ってろ!」
だが、黙っていろと言われて素直に従うほどフェイスは素直な性格はしていない。
「おチビちゃんが小さいのは今に始まったことじゃないのに」
「チビじゃねえ! 俺だってあともう少しでっかくなる予定だ!」
「でっかくってどれくらい?」
「……170センチ以上」
ジュニアが小さく呟いた言葉はしっかりとフェイスの耳に届いた。そして、ジュニアの背後から覗き込むように持っていた書類――健康診断の結果を覗き込むと、少し小ばかにするように鼻で笑った。
そこに書いてあった身長は159センチ。去年の数値は158センチだったためこの一年間で1センチしか伸びなかったようだ。
男性と異なり女性の成長期は早い。まだ十代半ばであるジュニアが、これから10センチ以上背が伸びるとは思えない。
「おい、今馬鹿にしただろ」
「してないよ。そんな日が来たらいいよね」
「絶対した! いま馬鹿にした! キーー! 俺の身長はまだ止まってないからなー!」
「はいはい」
「ちょっと背が高いからってバカにしやがって! 俺のを見たんなら、お前のも見せろ!」
「見せろってなにを?」
「これだ! これ!」
ジュニアが突き出したのは持っていた健康診断の結果だ。ジュニアが見ても特段面白いことはないと思うが、別に見られても困ることはない。フェイスは机の上に渡されたまま放置していた紙を取ってくると、はいと言って手渡した。
「どれどれ……って、なんでクソDJの身長が伸びてるんだよ!」
「ああ。そう言えば伸びてたっけ」
測定したときに結果も教えてもらったが数週間前のことでフェイスはすっかり忘れていたのだ。
ジュニアも測定時に結果を知ったはずなのに、そんなはずはないと往生際が悪い態度に笑うなというのは無理がある。そういうところが、ジュニアらしいと言えばらしいが。
どれどれとジュニアが見ていた紙を覗き込むとそこに書かれていた身長は昨年よりも2センチ高くなっていた。
フェイスの身長は特別高くはないが低くもない。服のサイズも豊富にあるちょうどいい高さのため、ジュニアのようにあと10センチ以上高くなりたい願望はない。
そのため、フェイスの身長が数センチ伸びたところで感動することはないが、そのどうでもよさそうな反応がジュニアの癪に障った。
「ふぁっく! なんでどうでもよさそうなクソDJの方が身長伸びてるんだよ……! 納得がいかねー!」
「そんなのこと言ったって伸びたものは伸びたんだから仕方ないじゃん。おチビちゃんも悔しかったら牛乳飲んだから?」
「クソDJが牛乳飲んでないこと俺は知ってるからな!」
ジュニアの言う通り、子供の頃ならともかくヒーローになってから毎日牛乳を飲む習慣はない。研修中の食生活は各自に一任されているため、バランスの取れた食事をしていたわけでもない。それでも身長は伸びる時は伸びる。
「おチビちゃんって、本当に俺のことよく見てるよね」
「なっ……クソDJだって俺のこと見てる……」
ジュニアが視線を逸らしながらボソッと呟く。その耳が少しだけ赤くなる初心な様子にフェイスが小さく笑う。
「彼女のことを見るのは当たり前だと思うけど」
「……! だったら、俺だって、か、か、かれしのこと見るのは当たり前だ……」
フェイスとジュニアが恋人同士になって数週間経つが、恋愛初心者のジュニアは恋人やり取りには一向に慣れなかった。
そんな態度が可愛くて、ついついフェイスはからかってしまう。
「またからかっただろう!」
「からかってないって」
「いーや、絶対に笑ってた!」
「そんなの彼女と一緒に居るんだから笑うでしょ」
「俺で遊んで、だろ」
ジュニアは自分が恋愛初心者であることも良く知っている。だから、恋人同士のやり取りもうまくいかず、ぎこちないものになってしまう。彼女が何人もいたフェイスに比べたら、誰だってそうなる。いつも余裕綽々のフェイスにいつかぎゃふんと言わせてやると心に決めているが、残念ながらまだその目標は達成されていない。
でも、恋愛初心者だってフェイスがジュニアをからかっているときの笑みとそうではない時の笑みの差には気付く。
その時、フェイスが自分の方へジュニアを引っ張って、太ももの上に乗せた。そして後ろから覆うようにジュニアを抱く。
突然移動させられたジュニアが文句を言う前に、その耳元にフェイスが囁いた。
「おチビちゃんで遊んだのは本当だけど」
「おい」
「俺としてはおチビちゃんの身長は今のままでいいと思ってるんだよね」
「よくねえよ、ヒーローなんだから身長が高いほうがいいに決まってる」
「そう? 別におチビちゃんはパワータイプじゃないし、小さくても問題ないと思うけど? それにマリオンは俺より低いけど、俺よりも強い」
ヒーローの中でも小柄でジュニアが憧れている人物の名前を口に出すと、ジュニアは「それはそうだけど……」と困ったように口をもごもごさせた。
ジュニアの言う通りヒーローの身長は低いよりも高い方が有利になるが、本人の努力次第では体格の差は簡単に覆る。現に、ジュニアはルーキーの中で最年少の女性ヒーローでも、実力はルーキーの中で劣っているわけではない。むしろ、ジュニアのサブスタンスの能力は他よりも高い。
「おチビちゃんは小さくても強いよ」
「小さいは余計だ」
「女の子でも強い」
「うるせーよ」
褒められて嬉しいのに、ジュニアはすぐに素っ気ない言葉を口走ってしまう。けれど、喜んでいるのはフェイスに伝わっていた。
「赤くなっちゃって可愛いい」
ちゅっと音を立てながらふっくらとした頬にフェイスがキスをすると、ジュニアの身体が一瞬で硬直する。
付き合って早数ヵ月。一通りのことは済んでいるのにいつまでたっても恋人同士の触れ合いに慣れないジュニアの様子に、フェイスが喉で笑った。
初心だねと思いながら顔中にキスを落としながら、ジュニアの身体を包み込むように抱きしめれば、だんだんと強張っていた力が抜けていく。
そして細い首筋に顔を埋めて甘噛みする。
「んっ」
漏れてしまった声にはっとした様子でジュニアが口を手で塞ぐがもう遅い。真っ赤になって恋人を見つめる瞳には今までなかったものが含まれてる。
先程までここに居た生意気な子猿はどこへ行ってしまったのか。
少しだけ残念な気持ちと、目の前の少女の視線を独り占めする優越感がフェイスの中に生まれる。
「おチビちゃん、好きだよ」
愛の言葉をささやけば、ジュニアは目を泳がせてそわそわしながらも、はっきりとフェイスを見ながら自分の言葉で気持ちを伝える。
「俺も……好きだ」
ありがとうと伝える様に、フェイスは唇を塞いだ。