甘い甘いキスの味 燐音が上機嫌で持って帰ってきた、膨らんだ買い物袋から見覚えのある赤いパッケージが見えた時点で、何となくそんな予感はした。
「ニキきゅん〜俺っちとポッキーゲームすンぞ♪」
バサバサと大量の箱がテーブル上に転がる。
「わぁ、どうしたんすかこんなに?」
「今日も今日とて燐音くんはパチで大勝利を収めたンだけどよォ。十一月十一日はポッキーの日だって隣のおっちゃんが言ってたンだよ。そして、ポッキーといえばポッキーゲームっしょ!」
「ま〜た変なの覚えてきて……」
「いンや、存在自体は前から知ってたけど。今までは気軽にできなかったろ?」
ポッキーゲームは互いが口を離さずに食べ切った場合、キスをすることになる。どうせニキのことだからえげつない速さでポッキーを食し、勢いのままぶちゅっとキスしてしまうことが燐音には容易に想像できた。だから"キスは結婚してから"を信条としていた燐音にとってはそう易々と手を出せるゲームではなかった。
「今だったらキスしちまっても問題ないもんなァ?」
ニキを抱き寄せてゆったりと目を細める燐音。ニキの頬をやわく撫でる左手の薬指には契りの証のシルバーリングが誇らしげに嵌っている。
「別に僕ぁ結婚前だってポッキーゲームしてもよかったんすけどね?」
「ごちゃごちゃうっせェ。さっさとやンぞ〜!」
「っていうか普通に食べたいんすけどぉ……」
ニキの言うことなど無視して、燐音は意気揚々と個装を開ける。ふわりと広がる甘いチョコの匂い。ぐぅと鳴るお腹を抑えて、ポッキーを咥える燐音の正面に渋々腰掛ける。チョコの部分を咥えてニキにはプレッツェルの部分を差し出してるところがなんとも燐音らしい。早くしろ、と目で急かしてくる燐音にため息をつきながらニキは端っこに齧り付いた。
サクサクサク。お腹が空いていたニキはポッキーゲームの情緒を楽しむ間もなく食べ進め、あっという間に口内へと収めていく。燐音との距離が近づき、やがて唇同士が軽く触れるとポッキーを折ってそっと顔を離した。
「もぐもぐ。うーん、やっぱり安定の美味しさっすねぇ」
「はァ? もうなくなっちまった。おい、もう一本やンぞ」
「まぁ、美味しいからいっすけど」
再びポッキーを咥えた燐音。ニキもその端を咥えると、サクサクと食べ進める。今度は先程よりもしっかり唇が触れた。
「もう一本食べたいっす!」
食欲が刺激されたのか、食べる勢いは止まらない。今度はふに、と唇が触れ合う。
「まだいけるっす〜♪」
楽しくなってきた。どんどん勢いが増していく。今度はちゅ、とリップ音を立てて唇が触れ合った。
「はいはい次〜♪」
食欲がどんどん膨らんでいく心地がする。食べるスピードもどんどん増して、今度は唇が触れ合った時にちろ、と燐音の唇を軽く舐めてしまった。
「……なは、美味しいっすねぇ。次」
燐音は何も言わずに微笑んで、ポッキーを咥えてニキに差し出す。今度は触れ合った燐音の唇を反射的にペロリと舐め上げた。
「次」
ポッキーがなくなって、今度は軽く唇を食む。
「……次」
ポッキーがなくなって、今度はしっかりと唇を食む。
「……」
ポッキーがなくなって、今度は燐音も唇を薄く開けて粘膜同士が触れる。
「……ん」
ポッキーがなくなって、ちゅく、ちゅくと先程よりも長く粘膜同士が触れ合う。
「……もっと」
ポッキーがなくなって、今度は舌同士が絡み合う。
つかの間舌同で戯れあって、今まで通り燐音が離れそうな気配がしたのでニキは咄嗟に燐音の袖を掴んでその唇を追いかけた。
(美味しい、美味しい)
チョコレートの味がする燐音の口腔内を舐め回す。舌同士が絡み合えばお腹がじんわりと満たされるような心地がした。
いつの間にか閉じていた瞳を開いて燐音をそっと見れば、炎を灯した天色の瞳が食い入るようにニキを見つめていて、たじろいたニキは思わず唇を離しかける。そんなニキに目を細めた燐音は、ニキの後頭部をがっちりと固定してキスを深める。
しばらくそうして熱を交換しあって、唇を離して至近距離から見つめ合う。
「美味しいっす、燐音くん」
「なァ、まだポッキーたくさんあるけど」
「……ポッキーは、もういいから……」
「……いいから?」
「……ね、続き、しましょ?」
答えを待つ前に燐音の唇にちゅ、と触れて上目で強請る。笑みを深くした燐音はニキの頭を優しく撫でると離れていたわずかな距離を詰めて、再びそのあまい唇を塞いだ。