相思相愛、蜜の味 椎名ニキには、最近困ったことがあった。
新婚である彼には最近カッコイイ旦那さんが出来たのだが、悩みの種はまさしく彼だった。
「ニキきゅん♡」
あるときは料理中のニキを後ろから抱きしめて甘えるように。
「なァ、ニキ」
あるときは二人きりになった楽屋でこっそりと。
「ニキ〜」
あるときは部屋まで待ちきれなかったように、マンションのエレベーターの中で衝動的に。
「ニキ……」
あるときは組み敷いたニキを熱っぽい瞳で射抜きながら情熱的に。
燐音は日常のふとした瞬間に、ニキにキスをしてくるようになったのだ。それはもう、今まで我慢していた分を取り戻すように、隙あらば唇を塞いでくる。
最初はニキも嬉しかった。密かに待ち焦がれていた、燐音とのキスができるのだから。しかし、最近はちょっと変なのだ。燐音にキスをされる度に、胸がとくとく高鳴ってむずむずと変な気持ちになってしまう。
今も、二人揃ってテレビを見ながら燐音はニキの頬に口付けしてきた。ニキの心臓はとくん、と小さく跳ねる。
「……燐音くんって、ちゅー大好きっすよね」
とうとう我慢できなくなって、ニキは照れ隠しのようにぶっきらぼうに呟く。しかし、その言葉とは裏腹に頬はやんわりと朱を帯びていた。
「そりゃあなァ? やっとお前とキスできるようになったんだし」
燐音は得意顔で笑うとまたひとつ、ニキの頬に口付けを落とす。ニキの口からは「んぃ〜……」という鳴き声が漏れた。
「それに、ニキだって好きじゃん。俺っちとのキス」
「えっ」
なんで分かるんすか、と思わずニキは目を大きく見開いて呟く。そんな反応に燐音はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「お前、無意識だったの? キスしてほしそうな顔も、キスした後の幸せそうな顔も、全部『燐音くんとのキス、大好きっす♡』って顔に書いてあんぜ?」
天城燐音には、最近嬉しいことがあった。
新婚である彼には最近カワイイお嫁さんが出来たのだが、喜びの種はまさしく彼だった。
「今日はね、燐音くん好みの味付けにしてみたんす」
あるときは料理に凝らした工夫を褒めてほしそうに。
「えーっ! お醤油買ってきてくれたんすか⁉ ちょうど切らしてたんす!」
あるときは感謝の意を伝えるために。
「なんか、口寂しいっす」
あるときは物欲しそうに自身の唇をふにふにとつつきながら。
「燐音くん……」
あるときは熱に溶けきった瞳で組み敷いてきた燐音を扇情的に見つめながら。
ニキは、日常のふとした瞬間に燐音にキスを求めてくるのだ。
キスが欲しいと言葉にすることは少ない。ただじっと、何かを求めるような目で燐音を見つめてくるのである。
燐音からは何も受け取ってこなかったニキだ。そんな彼が、燐音の愛情の表れであるキスを求めてくることの愛おしさと言ったら。
燐音は嬉しかった。待ち焦がれていたニキとのキスを、今は堂々とできるのだから。しかも、好きな子も同じようにキスを求めてくれる。こんなに喜ばしいことはない。
今も、二人揃ってテレビを見ながら燐音はニキの頬に口付けをした。ニキはぴくりと肩を震わせると、頬をじんわり赤く染めて視線をうろうろと彷徨わせる。
「……燐音くんって、ちゅー大好きっすよね」
照れ隠しのようにぶっきらぼうに呟かれたそれは、恥ずかしさと共に嬉しそうな色が滲んでいる。そんなカワイイ反応を見せつけられたので、燐音はニキに教えてやったのだ。
「お前、無意識だったの? キスしてほしそうな顔も、キスした後の幸せそうな顔も、全部『燐音くんとのキス、大好きっす♡』って顔に書いてあんぜ?」
ニキは目を見開いたまま固まり、じわじわと耳まで赤くさせると「そうなの?」と小さく呟いて、唇をきゅと引き結んだ。
「だって、ほんとに好きだろ? 俺っちとのキス」
両手でニキの頬を挟み込むと、そのまま親指を彼の下唇に添える。
「……んむ」
期待に満ちた瞳で見上げてくるニキに微笑みながら、ゆっくりと顔を近づけてみる。条件反射といったように、ニキの期待に満ちた瞳がその瞼に隠されて、つんと唇がわずかに突き出された。
そんなニキの素直な仕草に燐音は笑みをこぼしながら、自身の唇を優しく重ねた。ちゅ、と軽いリップ音を鳴らして唇を離すと、ニキはどこかじれったそうに、そっと目を開ける。
「ほら。甘ァ〜い、とろとろのおめめになってンぞ?」
ニキの熱っぽく潤んだ瞳を見つめながら、するりするりと頬を撫でる。余裕たっぷりの表情で、ニキがどんな可愛らしい反応を見せてくれるのか。燐音はこの状況をすっかり楽しんでいた。
すると、今までされるがままだったニキがじっと燐音を見たかと思えば唐突にくすりと小さく笑みを零す。
「なはは。なるほどっす!」
「……ァ?」
「あのね、燐音くん。燐音くんも、おんなじっす」
ニキは自身の頬を撫でる燐音の手に自身の手を重ねながら、愛おしげな目で彼を見つめる。
「僕とのキス、大好きって顔」
「……はァ?」
「今だって、蜂蜜みたいにトロトロの目ぇしてる。舐めたら甘そう」
「……」
「なは、燐音くん、いつもキスした後そんな顔してるんす。やっと分かった。僕とのキス、大好きなんすね?」
ニキの言葉に目を丸くした燐音に、ニキはただただ嬉しそうに微笑む。今度はニキが燐音の両手で挟み込むようにして、そっと彼の顔を包み込こんだ。
「なら、僕たち相思相愛っす」
嬉しそうに顔を綻ばせるニキに、呆気にとられたような顔をした燐音の頬がじんわりと朱を帯びていく。なんだかむず痒そうな顔をした後、一つため息を吐いた。
「あーあ。やっぱニキには敵わねェや」
「んぃ?」
首をかしげるニキに、燐音は眉を下げて柔らかく微笑む。
「……そうだなァ。俺っちはニキとのキスが大好きだし、ニキだって俺っちとのキスが大好きだもんなァ?」
「うん。好きっす」
「相思相愛だし、win―winってコト。さァ、このことから、俺っちたちは何をすればいいか分かる?」
切れ長の瞳を細めながら、ねっとりとニキを絡め取るように見つめる。ニキはぱちくりと目を瞬かせた後、はにかんだように頬を染めて笑った。
「お気に召すまま、たっくさんキスするっす」
「きゃは、正解」
甘い蜜をたっぷり含んだような視線が至近距離で絡み合えば、あとはその甘露に溺れるだけだった。
くっついた唇をそっと開いて互いの舌が絡み合う。角度を変えて、何度も何度も。触れたところから熱が生まれ、幸福感に身も心も溶けていく。
「りんねくん……」
甘い吐息がニキの唇から零れて落ちていく。それすらも逃さないように、また一つ、二人の距離は縮まるのだった。