ある少年大統領の謝罪と誓い今回、私の至らなさで、反乱を止められなかったことを謝罪します。
ピリカに住む民の方々。本当に申し訳ありません。まだまだ復興の最中ですから、大変なことも多いでしょう。
ピシアを解体しろ、ギルモア将軍やドラコルル長官を処刑しろ、方々からそのような声が現在も聞こえてきます。皆さんが辛く怖い思いをしながら生活されていたのですから、当然です。
しかし、クーデター前こそ国防に携わり、彼らがピリカ星の平和を守り抜いていたこともまた事実です。
実際、ピリカ星の軍隊はこの辺りの星の中でも、群を抜いた軍事力を誇っています。
ピリカ星の歴史は長いですが、その間ずっと彼らがこの星の治安を維持してくれていました。
だからこそ、我々は本当の意味での【平和】を知っていたのです。
戦いはできる限り避けなければなりません。
それが政治です。
しかし万が一、他国が攻めてくることがあれば、我々はこの星と数多ある命を守るために戦わねばなりません。その場合、素晴らしい軍事力、並びに国防力を失うのは、非常に惜しい。安全を守るには、武力も時には必要になると、今回のクーデターから身をもって私は感じたのです。
今後、もし今回と同じ、またそれに類するような事態が起きた場合には直ちに今回のクーデターに携わったピシア幹部全員の公開処刑を実行します。
そして、その際は彼らと一緒に、私の公開処刑も決定しています。私の命も彼らと共に消えてなくなる。
その時は、大統領でありながら自国の軍隊すら管理できない未熟な私に責任があります。
私の年齢なんて、そんなの関係ない。過去と同じ失敗を繰り返しては、二度と大統領を名乗る資格はありません。
ですから、ピリカに住む皆さん。
私からも謝罪します。お願いします。
今回は、どうか、どうか彼らをーーーーー。
◇◇◇
暗くかび臭い独房。一人きりだ。罰を与えるというよりは私を監視するために用意された部屋に近い。
話の聴取時間以外はやることも無く、余暇時間にテレビをつけていた時だった。
速報の効果音が流れ、画面上部に【パピ大統領緊急会見】の文字。
一体何かと思えば中継が流れ、あの凛とした声が私に届く。
パピ大統領は、またしてもそんな綺麗事を大真面目な顔で。
「何を馬鹿げたことを仰る」
私はテレビを消し、独りごつ。
さっさと我々を処刑すればいいものを。そうすれば国民の反感を買わずに済むのだ。
もし何かあれば自分も一緒に処刑になるなんて、あまりに非現実的ではなかろうか。そんなの、ピリカの民が受け入れるわけが無い。
国民の信頼厚い、史上最年少のパピ大統領が処刑?笑わせる。
どうせまた我々が同じようなことをしてもパピ大統領が処刑なんて形で裁かれることはない筈だ。
精々周りから「ほら見た事か」としつこい説教を聞かされてそのうち風化していく程度。
ピリカの民は本当に大統領を信頼し、慕っている。
大統領という社会的地位とはいえ、まだ幼い大統領に全責任を取らせて命を奪うなど、卑劣なことはしない。
結局止められ、我々だけが処刑されて終わりだろう。しかしまたこの真っ直ぐな大統領は約束を守ろうとする。絶対に。例え処刑を止められたとしても、その時は自死すら選ぶだろう。
その時、独房の重たいドアが開いた。
「この荷物を持ち、着替えて外へ出ろ」
どうやら、言い方からして私はもう事実上の釈放になるようだった。大罪を働いたというのにあまりに早すぎる。それに、大統領も今謝罪したばかりだ。
ましてやこんな1日も終わる頃に、釈放なんてあるだろうか。
違和感があったが私は言われた通りに服へ着替えて、荷物を持ち、収容施設から久しぶりに外へ出ることなる。
ピリポリスはちょうど夕方で、燃えるような夕焼けが広がり、白い壁や階段は唐紅に染め上げられていた。
落陽が差し掛かっている。
ふわりと生温く、優しく包み込むような風が私の頬を掠める。
ちょうど生物の命を感じる温かみに、私は一人の人物を思い浮かべた。
「…パピ大統領、か」
前に偶然触れた時にこんな体温だった気がする。まだ子供体温だからかあの時は私よりも温かいのがわかった。
こうなった以上周囲が容認しないだろうし、もう直接はなかなか会えないだろうが。
収容施設の階段を下ろうとすると、その下に小さな影。
これはもしや、いやきっと。絶対に。
独房生活で怠けきった足だったが、自然と階段を降りるスピードが速くなる。
一段ずつ近づいていくにつれて顔がはっきりしていくため、早く降りること以外考えられない。
息も切れたが構わず走り続けた。
徐々に見えてくると、やはり、その影の主はあの小さな大統領のものだった。
「はぁっ、はぁ……!」
「そんなに慌ててどうしたんだ、ドラコルル」
「だっ、大統領……何故っ、おひとりで…」
官邸からさほど離れていないとはいえ、護衛も付けず、たった一人でこんなところまで。あんな会見をした直後だ。反感を買い、大統領の身に何かあってもおかしくはないのに。
「僕の会見は見たかい?」
「ええ、見ましたとも。貴方はまた無駄なことをして。はじめから私と将軍を処刑すればそれで良かったのです」
「…僕は君を失う訳にはいかないよ、ドラコルル。ピリカ星には君の力が必要だ」
ほら、と渡されたのは何かの鍵だ。見たことの無い形状のもので、仕事では見たことも使ったこともない。おそらく、真新しいので既存の鍵をコピーしたものとわかった。
「早く帰ろう、僕たちの家に」
「それはどういう意味ですかな?」
「今日から僕達は一緒に住むんだ。君が何か企てられないように監視するためにね」
「監視は好きになさるがいい。しかし私と貴方が同居など補佐官や大臣は許可しないでしょう」
「僕は本気だ、で通したよ。二人とも最終的に折れた」
「全く、貴方という人は」
「ははは、僕だってもう処刑台に括られるのはごめんだからね。ましてや次は君やギルモア将軍と並んで処刑されるだなんて寒気がするよ」
そう言って大統領は笑い、私より少し先を悠々と歩く。その姿は私よりも大分小さいはずなのにとても頼もしい。
夕焼けで大統領の影が伸びる。彼はこうしてまた一回りも二回りも成長していくのだろう。
この人の監視下に置かれるのは何故か嫌ではなかった。
「早く帰ろう。お腹すいたよ」
「ええ」
すぐ隣を歩けば私の影が大統領の影にすっと重なり、二人で一つとなる。
私たちのバラバラに別れていた人生の道も重なった瞬間だった。