【夏五】コンビニスイーツ 以前なら、素通りしていた。気にすることもなかった。単純に、好きでも嫌いでもない、興味がなかったからである。
自動ドアをくぐると、いらっしゃいませ、という機械的な声がかかる。レジにいたのは初めて見る若い男で、いつものおばちゃんはどうやら休みのようだった。
今日はやめといた方がいいかも。
仕方なく、アルコールコーナーを素通りしてコーラと茶のペットボトルを籠に放り込んだ。
都心から離れた辺鄙な村のさらに奥にある学校に在学する身となれば、徒歩で買い物に行ける場所も限られている。このコンビニもそのひとつだ。何度も訪ねていれば、店員とも自然と顔馴染みになる。客の大半は学校関係者なのだと、1番顔を合わせるおばちゃんは言っていた。
いけないことだとわかっていながら、ときどき籠に紛れ込ませるアルコール缶に目を瞑ってくれる、とてもありがたい存在だ。
でも、今日はなし。今日はハズレ。そういう日もある。
菓子コーナーでスナック菓子を適当に選んで、レジに向かおうとして――途中で思い出してまた方向転換する。
目的は、デザートコーナーだ。コンビニオリジナルのケーキやらプリンやらが並んでいる場所。以前は、見向きもしなかった。
「やっぱりあった」
補充される前なのか、数はさほど多くはない。プリンが1つとロールケーキが2つ、チョコ入りクレープ、シュークリームにエクレア。その半分に、値引シールが貼ってあった。
何度も通っているうちに、この時間帯に来ると高確率で値引シールに遭遇するとわかっていた。
さすがに全部は無理なので、ロールケーキとシュークリームを籠に入れる。もちろん、値引シール付きのやつだ。安売りしてたから、なんて口実は必要ないとわかっているのだけど。
これでようやく、会計だ。
ありがとうございましたー。相変わらず機械的な挨拶に送られて、外に出る。空は赤く染まっていた。片道徒歩数十分、歩いている途中で陽が沈むことは確実である。
途中まで、呪霊使っちゃダメかな。
歩く体力は十二分に残っているが、早く帰りたかった。今日は午前の任務だけだと言っていたが、貴重な一級術師、突然呼び出されることもある。そうして数日戻らないことも珍しくはない。おかげでこの前買っていったプリンは、結局自分で食べる羽目になった。
値引シールが貼ってあるってことは、期限が早いってことだ。わかっているのに、性懲りも無くまた買ってしまった。
どうか寮にいますように。早足になりながら、やっぱり呪霊を使ってしまおうかと考え始めていたときだ。すぐ横で、黒塗りのセダンが停まる。見慣れた、高専専用車である。
「傑!今帰り?」
開いた窓から顔を出したのは、今まさに頭を占めていた親友だった。聞けば急遽任務が入って、今帰りなのだという。
なんというラッキー。誘われるままに、空いていた隣へ乗り込んだ。
「何買ったん?」
聞きながら、答える前に勝手に袋の中を漁り始める。1番上に入っているのは。
「シュークリーム!あ、ロールケーキもある」
キラキラと、期待に満ちた目がこちらを見るので、思わず笑ってしまった。
「安くなってたから、君も食べると思って」
「さっすが傑!な、今食っていい?あ、お前どっち?」
右手にシュークリーム、左手にロールケーキ。真正面には輝かんばかりの笑顔。
真ん中がいいな、とはさすがに言えず。
「どっちも食べていいよ。でも帰ってごはん食べてからにしな」
「別にいいだろ、ハラヘッタんだって」
正論はいらねぇ。舌を出した。注意したって聞かないのはいつものことである。
袋を開けて、100円もしないシュークリームに食らいついた五条家の坊ちゃんは、この上もなく幸せそうに笑うので、ついついまた次も買ってこようと思ってしまうのだ。
小さな頭が、揃って同じ場所を見ている。視線の先には、ずらりと並んだ様々なデザート。数年前より確実に、多種多様になった。
その中でも、ほとんど変わらないものもある。例えば、大きなシュークリームとか。真っ白なロールケーキとか。
「1つだけなら、いいよ」
両手でひとつずつ頭を撫でて言うと、片方は朗らかに、片方は控えめに笑う。双子なのに、性格は対照的だった。
何にしようかと悩む姿に苦笑しながら――過去に思いを馳せる。
今でもときどき、この場所で足を止めることがある。もう必要ないのに。
何を買っていっても喜んでいたあの笑顔は、今は遠い。
「私、これ!」
「わ、わたしはこっち」
飲み物しか入っていない籠に、シュークリームとロールケーキが追加される。割引シールは、まだ貼られていない。そんなことを気にする必要もなくなった。
今もまだ、好んで食べているのだろうか。不意に過ぎった顔に首を振って、双子を連れ、レジへ向かった。