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    MondLicht_725

    こちらはじゅじゅの夏五のみです

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    MondLicht_725

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    2/1 続き追加

    何でも屋な夏×追われてる五の転生パロです。
    特殊設定ありです。なんでも大丈夫な方のみどうぞ。
    続きは随時追加していきます。

    #夏五
    GeGo

    【夏五】残照(途中) 頭の中で、知らない歌が流れる。
     知らないはずなのに、どこか懐かしいメロディ。思わず口ずさんでしまう、そんな曲。
     歌詞は曖昧で、途中でメロディだけになって、よく笑われた。
     流行りの曲は、全部アイツが教えてくれた。


     ―――アイツって誰だろう。


     首を傾げる。物心ついたときから、そんなことを教えてくれる友だちなんてひとりもいなかったのに。
     ”記憶力”はいい方だ。
     けれど、ずっと頭の中に棲みついているソイツの、名前も顔も思い出せないのだ。







    「いたか!」
    「いえ、こっちには…」
    「クソ、あのガキどこ行きやがった!」
    「ま、まずいですよ、早く見つけないと、俺たちがこ、殺される」
    「んなこたァわかってんだよ!そっち探せ!絶対に探し出せ!」

     忙しなく右往左往する足音を、息をひそめてやり過ごす。バタバタと、耳障りな音が妙に響くのは、建物が古いせいか、アイツらがなりふり構っていないせいか。――まぁ、両方だな。
     なんとか潜り込んだ狭い空間で息を潜めながら、ヒートアップしていく声がさっさと去ってくれることを祈る。
     出口への道筋は、すべて頭の中に入っている。あとはただ、邪魔者がいなくなるのを待つだけだ。
     薄くて頼りない壁1枚を隔てたすぐ向こう側。右へ左へと駆けまわっていた連中は、この場所に気づくことなくやがて遠ざかっていく。階段をのぼる音が聞こえたから、上か下か、どちらかへ移動したのだろう。
     チャンスだ。軽く押すだけで蓋の役目をしていた壁は簡単に倒れる。単純で、脆い、でも誰も知らない。こんなところに隠し部屋――というより隠し空間を作っていた前の主に感謝する。たぶん、他の誰かに知られたくないお宝でも隠してたんだろう。ついでに、無駄にでかい建物にしたことも。おかげでヤツラがあっちこっち駆け回っている間に隙が生まれた。
     どこになにがあるのか完璧に知っているのはきっと、以前設計図を垣間見た自分だけだ。あれはもう燃えてしまったから、今の主だってわからない。カラクリが好きだったらしい前の主によって造られた秘密の抜け道だって、知っている者はほとんどいない。きっと蜘蛛の巣やら埃やらが詰まってるだろうが、些細なことだ。
     あと少し――もうそこに、自由が待っているのだ。







     君は、空から人が降ってきた経験はあるだろうか。

    「夏油さん!」
    「―――は?」

     私は、ない。
     つい、さっきまでは。


     咄嗟のことに体は上手く反応できなかったのだと思う。
     なにかが私に向かって落ちてくるらしい――視覚が拾った情報はすぐに伝達されて、脳は一応理解した。
     この間、ほんの1秒未満。
     けれど理解して取った咄嗟の行動は――両手を広げて、受け止めることだった。
     ここで見事キャッチ、となれば格好がつくのかもしれないが、あいにく落下物は想定していたよりも重さもタッパもあった。重さとタッパに関しては、私自身も人並み以上にあるはずなのだが、ソレは思ったよりもでかくて、支えきれずに落下物もろともに地面に転がる羽目になった。
     なんだってこんな災難に巻き込まれることになったのか。尻と腕に強い衝撃を受けながら、つい数分前のことを思い返す。

     仕事を終えて、後輩であり同僚でもある灰原雄と帰路についていた。まだ日が暮れる前、こんなにも早く終わったのは随分久しぶりだ。
     今回の目的地はいつもより遠くて、交代で運転しながら数時間かけてやってきた。長い時間一緒にいても話題は尽きないようで、ほとんど話し続けていた灰原に相槌を打ちながらの道中だった。
     同僚と言ったって、私が働いている事務所には3人しかいない。

     所長の夜蛾という、10は年上の厳つい男。
     私――夏油傑。
     高校時代の1つ下の後輩である灰原雄。
     以上である。

     この事務所の表向きの看板は、いわゆる「なんでも屋」だ。ホームページだって持っている。ちょっと懐かしさを感じる作りだが、それでもなぜか付いてるカウンターの数字は増えていくし、依頼のメールだって届く。
     大半は他の探偵事務所と同じように、失せ者探しや身辺調査を行う仕事だ。まあ、実際の探偵事務所がどんな仕事をしているのかなんて本当は知らないんだけれど。とにかくついついイメージしてしまう、映画やドラマのような大事件に関わることなんて滅多にない。滅多に、というか私自身はない。今の仕事を始めてちょうど3年、解決した内容と言えば、ペットの捜索やら浮気調査やらが大半だ。所長の夜蛾は何度かそういう案件も扱ったことがあるようだが、自慢話をするような人ではないので内容までは知らない。
     そんなわけで、今日も灰原と2人、いなくなった猫の行方を探す依頼を無事遂行したばかりだった。
     往復の移動だけで丸1日。ビジネスホテルに寝泊まりすること3日。内容的にはよくある依頼だが、単純なようで意外にも難しい。すぐに見つかるかもしれないし、1か月たっても手掛かりすらつかめないこともある。予定もはっきりと決められないから、融通が利くホテルを選んで滞在した。
     調査の基本は足だ、と昔の刑事みたいなことを言う所長の方針に従って、猫が現れそうなところを調べて歩きまくった。同時に、この短期間でも地元の人々と作り上げることができたネットワークを駆使して情報を集めた。
     結果、今回は幸運にも3日目で無事に発見し、捕獲して飼い主に届けたのだ。大事な家族なのだと泣きながら礼を言われたら悪い気はしない。
     だから、せっかく県境を2つばかり越えて長距離移動してきたんだから、なにかこのあたりの名物でも食べに行こうかと機嫌よく話しながら歩いていた。そうしたら灰原が唐突に、最近見た映画の話をし始めた。
     えーと確か―――ああそうだ。「ノストラダムス」。
     1999の年、7の月、空から恐怖の大王が降ってくるっていうあれだ。

    「なんか久しぶりに聞きましたよ、ノストラダムス。僕ら子供の頃流行ってましたよね、終末論だのミレニアムだの」

     確かにそんな話あったな、なんて考えていたら突然、灰原が叫んで、そして。
     頭上から恐怖の大王――もといでかい人間が降ってきたのである。

    「夏油さん大丈夫ですか!」
    「あ、ああ。なんとか」

     実際はあちこち痛むが、動けないほどじゃない。とにかく一体なにが降ってきたのかと腕の中に抱えたままのモノ――人間を確認し、素直に驚いた。
     そこにいたのは大王というよりも、天使と言われた方が納得してしまいそうなほど、綺麗な顔をしていた。

     ――いや天使って。

     我ながらなんて恥ずかしい比喩をと頭を抱えたくなるが、口に出していないのでセーフだろう。
     とにかくこの天使サマ、顔は極上に綺麗なのに、とにかくでかい。見たところ、男。たぶん、私よりもタッパはありそうである。
     そしてなによりも目を惹いたのは。

    「うわぁ、綺麗な目ですね!天使が降ってきたのかと思いました」

     私が思っていたことを、あっさり灰原が口にする。ヤバいと思った感想でも、灰原なら許されてしまいそうな雰囲気に内心ため息をつきながら、改めて腕の中の男を観察する。
     黒のTシャツとジーンズを身につけた体はひょろりと長い。が、それ以前にかなり特徴的な人物だった。
     耳を覆うほど長く伸びた髪は真っ白で、意図せず目の前にある生え際を見るに染めているようには見えないので地毛なのだろう。そして、さっきからじっとこちらを窺う、遠慮の欠片もなくじろじろ見つめてくる目は――形容しがたいほど綺麗な青い色をしていた。

     刹那、くらりと眩暈がする。
     視界が、ブレる。

     この奇妙な感覚は、生まれたときからたびたび見舞われていた。例えるなら、自分の中にある殻が割れて中から別のなにかが這い出てくるような――そんな感触。
     けれど結局今回も、その何かははっきり出てくることはなく、違和感だけを残して去っていく。
     軽く、頭を振る。モヤモヤを追い出そうと昔から無意識にやってしまうので、両親には癖だと思われているらしい。

    「君は、一体」

     どうにも逸らされる気配のない視線が居心地悪くて、私の方が白髪の向こう側へ逃げるように目を向け――理解する。
     この街は緩やかな斜面に住宅街があり、すぐ目の前には傾斜ブロックが積み上げられている。この上にもまた住宅があり、道がある。つまりこの男は、あの5m以上はある傾斜ブロックの上から飛び降りてきたというわけだ。天ではなく。
     とても高い、というほどではないが、飛び降りるにはなかなか勇気がいる高さでもある。なんだってそんな無茶をしたのかと尋ねようと口を開いたとき。
     ベタベタと、視線と同じく遠慮のない手が私の胸やら二の腕やらに触れた。そして。

    「オニーサン、すごい鍛えてんね。なんの仕事してんの?」

     人の上に落ちてきて、謝罪も心配もなく、第一声がこれである。
     一瞬呆気にとられたがすぐに気を取り直して――そもそも未だ私の上からどくつもりがないのも問題だ――もっと言うことがあるだろうと、無礼な手を跳ねのける前に。

    「俺たちは、何でも屋です!」

     隣に立っていた灰原が、笑顔でサムズアップして見せた。
     いや待て、その前に言うことがあるだろう!

    「へぇ、何でも屋――ラッキーだな」
    「なにが!?」

     私の苛立ちに気づかないのか無視ししているだけなのか、マイペースにうんうん頷いた白髪の男は。

    「じゃ、依頼してもいい?」
    「は!?」
    「俺さ、いまおっかないおじさんたちに追われてんの。だから――匿って?」

     にっこりと、極上の笑みを浮かべた男の向こう側で、タイミングよくドスの聞いた声が複数近づいてくるのがわかって、さっきとは違う眩暈がした。










     連絡を受けてから約10分。出先から真っ直ぐ現場に向かうと、すでに複数のパトカーが停車して付近の封鎖を行っていた。規制テープの前に立つ制服警官に身分証を見せて中へ進む。
     街はずれに放置された、かつてはなにかしらの工場が入っていたらしい廃ビル。今はただガランと広い空間だけが広がる1階部分の一角に、警官と鑑識が右往左往している。
     一応立ち入り禁止の看板は建っているが、フェンスの入口に弛んだ鎖がぶら下がっているだけで、誰でも自由に出入りできる状況だった。もちろん、監視カメラなんてものも設置されていない。後ろ暗い連中にとっては恰好の隠れ場所だ。
     犯人がここに放置したのは発見を遅らせるためだったのかもしれないが、自分たちが簡単に出入りできた場所に近所の好奇心旺盛な子供たちもまた侵入する可能性があることが抜けていたらしい。

    「七海!早かったな」
    「ええ、ちょうど近くにいたものですから」

     先に到着していた同僚が、こちらに気づいて軽く手を挙げた。隣に並んで、忙しなく作業している鑑識を見つめる。その隙間から時折覗く横たわった被害者が動くことは二度とない。

    「もしや、被害者は」
    「ああ。確認はこれからだがおそらく、3日前失踪した例の警備員だろう」

     発見された遺体は、紺色の制服を着ている。大手警備会社の制服だ。この3日間、何度も確認した写真の中の男も同じ制服を着ていた。まだ間近で見てはいないが、髪の色や体格からしても間違いないのだろう。残念ながら。
     被害者男性は、とある会社で警備員の仕事をしていた。夜勤で、いつもどおり社内の見回りに出て―ーそのまま行方不明になった。同じく夜勤だった同僚が、いつまでも戻らないことを不審に思い探しに行くと、持って行ったはずの懐中電灯と血痕だけが残されていたのだ。
     捜査の結果、血痕は彼のもので間違いないようで、なんらかの事件に巻き込まれた可能性があるとして捜査が始まった。裏口から何者かが侵入した痕跡が発見されたが、これと言った手掛かりはなく、社内には防犯カメラが設置されていたがこちらも残念ながら侵入者の姿は映っていなかった。数は多いはずだが、そのうちの半分が点検のために作動していなかったことが災いした。

     ―――いや、おそらく犯人はそのことも知っていたのだろう。

     半分は止まっていたとはいえ、半分は機能していたのだ。そのどこにも映っていないということは、そういうルートを知っていたということだ。侵入経路も、確実に人目につかない場所を知っていたし、警備員の巡回時間も把握していたらしい。
     本来は、誰にも出くわさずに「本当の目的」を達成していたのだろう。しかし不運なことに被害者は、同僚が起こしに来るまでうっかり転寝していたらしく、予定の時間より30分遅れて見回りに出たのだ。
     その30分が、命運を分けた。

    「まだ確定ではありませんが――ヤツラの犯行で被害者が出たのは初めてですね」
    「ああ。ま、時間の問題だったけどな」

     作業を終えた鑑識と入れ替わって被害者へと近づく。恐怖で引き攣ったように見える表情のままこと切れている遺体に、まずは静かに手を合わせた。
     ここ数年、都心では謎の窃盗団が暗躍していた。これまで被害にあったのは数十件、業種や規模も盗まれたものもバラバラだ。一見すると別々の事件のように思えるが、これらすべてには共通点がある。
     ひとつは、会社の死角を確実について侵入し、防犯カメラに映ることもなく目的のものだけを盗み出していく鮮やかな手口。
     もうひとつは――これが1番の特徴だが、ヤツラは必ず「印」を残すのだ。すべてお見通しだと言わんばかりのパッチリ開かれた「目」の絵を、必ずどこかに描いていく。
     だから警察の間では、「目玉強盗」などと呼ばれていた。
     自己顕示欲の高い、個人ではなく組織ぐるみの犯行。今のところわかっているのはそれだけである。
     そして3日前。次のターゲットになった会社にも同じ「目」のマークが残されていたが、盗まれたものはなく、代わりに――血痕を残して警備員が姿を消したのだ。捜索は続けられていたが、今日事態は最悪な結果になってしまったらしい。
     これまでと同じくもともと殺すつもりはなかったのだろう。目的はあくまで別の何かで、犯行前に印を残したものの盗み出す前に遅れてやってきた警備員に遭遇した――七海の推測はそんなところだ。
     衝動的に殺したのか、目撃者がいたら最初から始末するつもりだったのかまではわからないが、とにかく最初の犠牲者が出た。
     そして経験上、一度一線を越えてしまえば躊躇はなくなる。次の犯行時、慎重さは薄れ新たな被害者を出すことを厭わない可能性は高くなるのだ。

    「なにか手掛かりが残っていればいいのですが」

     そうじゃなければあまりにも報われない。彼には、妻とまだ幼い子どもがいた。今も帰ってくることを待っているであろう家族が、いる。
     小さくため息をついて、ただ空を見つめる虚ろな目を見た。













    「夏油さん、本当にいいんですか?」
    「今更捨てていくわけにもいかないだろう?」

     バックミラー越しに後部座席を窺う。ちょうど見える位置に、頭をシートに預けて爆睡かましている男の顔が見えた。口を開けて眠りこけていても綺麗な顔をしている。さぞかしモテることだろうと言ったら、人のこと言えないでしょと灰原に苦笑された。眉間を寄せる。
     あれをモテると言っていいのか、昔から疑問だった。
     物心ついたときから他人とかかわることが苦手で、人が多い場所に行くと具合が悪くなる。それなのになぜか、私には人が近づいてくるのだ。どんなに邪険にしても、拒絶しても、である。
     あんなのは、一種の呪いだ。
     それ、他の人の前では言わない方がいいですよ。冷めた声でため息交じりに告げたのは、同じく高校時代の後輩で、灰原の友人だ。今は都内で刑事なんて因果な商売をやっている。

     まいった、本当にどうしたものか。未成年――ではないよな。

     ヤバいヤツラに追われているから助けてほしいと頼まれて、裏付けるように近づいてくる複数の足音とドスのきいたいかにもな声に、咄嗟に男の手を掴んで走り、車を目指していた。受け止めた衝撃で体のあちこちが痛んだが、気にする余裕なんてなかった。本能的に、本当にヤバそうだと悟ったからだ。こういう勘は大抵当たる。
     無事に車までたどり着いて追っ手が来ないことを確認し、ほっと息をついたところで事情説明を求めた。
     けれど、男はなかなか口を開かなかった。話したくないならそれでもいい、希望する場所に送ってあげる――そう告げた私に、小さく笑って答えた。

     ――俺、帰る場所なんてないんだよね。

     以来、貝のごとく口をつぐんでなにも話そうとはしない。これは厄介な案件だと咄嗟に感じ取ったが、すぐそこまで追手が迫っている中に捨てていくわけにもいかず、結局謎の男を乗せて車を出した。今後のことについて2人だけの手には余ると判断して一旦事務所に連れ帰ることにしたのだ。彼が言ったことが嘘か本当かの見極めは難しい。もしかしたら単に家出人が家に帰りたくないだけの嘘なのかもしれない。ま、それだと実際に近づいていた「やばいおっさんたち」の説明がつかないんだけど。
     予定していた名物めぐりはなしになったが、仕方がなかった。灰原も納得済みだ。数日間棲家としていたビジネスホテルに寄ってさして多くはなかった荷物を回収し、チェックアウトまで済ませてすぐに街を出た。
     そして今は、都内へと戻る高速道路の上である。

    「この状況で爆睡できるの、結構大物ですよね」
    「同感だ」

     ヤバいやつらに追われてていて、初めて会った男たちの車に乗せられ見知らぬ場所に連れていかれる――私なら、こんなに呑気に眠りこけるなんてことはできない。
     それとも――好意的に考えるとすれば、それほどまでに限界だったということなのか。
     本当は移動中に、可能な限り話を聞いておきたかったのだが、熟睡してる相手を起こすのは忍びない。
     まあそれも所長立ち合いのもとで聞けばいいかと思い直し、今はただ無事にたどり着くことに集中した。
     幸いにも、怪しい車が追いかけてくる様子はなかった。












    「―――い髪に青い目、ですか」

     中から聞こえてきた声に、ドアを叩きかけた拳が止まる。誓って言うが、盗み聞きしたわけじゃない。ドアは少しだけ開いていて、漏れてきた音が勝手に耳に入ってきたのだ。
     とはいえ、まだ誰かと会話をしている中に突入するのも気が引けて、でも用があるのは中の人で。その状態のまま動けなくなった。結果、その後の話も自然と耳に入ってくる。
     声からして、中に居るのは部長に間違いない。他に誰かがいる気配はないので、電話口で話しているのかもしれない。部長が畏まって話す相手など、限られている。
     最初の部分は聞こえなかったが、青い目、という言葉ははっきりと耳に残った。その単語が妙に気になってしまうのは、現在進行形で追っている事件に深く関係あるからだ。

     現在世間を騒がせている、通称・目玉強盗。やつらは必ず、犯行現場に印を残す。そこまでは公開されている情報だ。ただ、捜査関係者しか知らないこともある。
     ぱっちりと見開かれた目は、常に青いのだ。
     数件発生している中で、他の色だったことはない。だから些細かもしれない会話でも気になる。
     今の話が今回の事件に関係ある話なのか、それともまったくの別件なのか。

    「――わかりました、それらしき人物の情報があればすぐに」

     会話が終わる。それから一息ついた後で、七海は当初の予定通りドアをノックした。すぐに返事がある。開いていたドアを押して一礼し顔を上げると、ちょうど持っていたスマートフォンを机に置いたところだった。なんとなくそちらに目を向けないようにしながら、手早く用件だけを伝える。
     捜査本部の準備ができた――もともと七海がこうして部長室まで来たのは、時間になっても姿を現さない上司を、頼まれて呼びに来たのだ。

    「もうそんな時間か、すぐに行く」
    「では、私はこれで」
    「ああ、君」

     呼び止められるとは思わず、踵を返そうとした中途半端な恰好で顔だけを部長に向ける。

    「君は、白い髪に青い目の男を見たことはあるか」
    「……白い髪に青い目、ですか」
    「うむ。そして君と同じくらいか、もっと大きいらしい」

     それは、ついさっき部長が誰かしらと話していた内容と同じである。なるほど、聞き取れなかった部分は「白い」、であったらしい。

    「それは、地毛で、ということでしょうか」
    「そこまでは――どうだ、そういう男は多くいるものかね?」

     質問の意図を考える。キャリア入庁とはいえ、組織の中ではまだまだ若手だ。名前を覚えられてはいないが、この見かけで変に目立ってしまっている自覚はある。入庁当時は周囲からの好奇な視線を常に感じていたが、時間の経過とともにすっかり慣れたようでそういうことはなくなった。が、完全に消えたわけではない。
     稀有な見かけの者同士、交流があるとでも考えているのか――まぁ、十中八九部長はそこまで考えてはいないのだろうが。

    「私が知る限りでは、見たことはありません」

     白髪、青い目、長身、男。
     決して広くはない交友関係を思い起こしてみても、該当する色はない。
     特に残念がる様子もなく、男は小さく頷いた。

    「そうか。それなら―――」
    「え?」
    「いや、なんでもない。すぐに行くよ、ありがとう」

     一方的に切り上げられて、中途半端に開いたままの扉の前でもう一度礼をし、廊下に出た。連れてこいとは言われていないので、行くと言うのならばちゃんと来るのだろう。
     捜査本部への道筋を戻りながら、今のやりとりを思い返す。
     七海は耳がいいと思っている。だから本当は、最後に部長が言った呟きもちゃんと聞こえていた。

    ―――それなら、すぐに見つかるだろう。

     電話の相手は、「白い髪に青い目の男」を探している…?

    「七海、部長いたか?」
    「は――ええ、すぐに来るそうです」

     考え事をしている間に、いつのまにか本部に戻っていたらしい。さっきのことがなぜか妙に気になったが、今は置いておいてこちらに集中しなければならない。
     ■■会社警備員殺人事件。連続窃盗事件は、ついに殺人事件へと発展したのだ。












     気持ちよく爆睡している相手を起こすにはどうするべきか。あれこれ考えていたが、すべて杞憂になった。
     事務所に到着したのはすっかり日も暮れた頃、2台分しかない駐車場の1つに車を停めてエンジンを止めた瞬間、後ろで眠りこけていた白髪の男が目を覚ました。

    「着いたよ」
    「―――ここ、どこ」

     随分と久しぶりに、少し寝ぼけた声が言葉を発する。そこに警戒心はまるでなく、出会ったばかりの私たちを信用してしまうほどのお人よしなのか、他の理由からなのかいまいちわからない。

    「ここは、祓ったれ本舗。あなたのお悩みなんでも祓ってみせましょう――っていう、なんでも屋の事務所兼住居」

     一見すれば、ただの民家である。看板も、「夜蛾」の表札の横に小さく「祓ったれ本舗」の看板が出ているだけだ。大抵こういう事務所は複合ビルの一角を借りることが多いが、所長の夜蛾は私たちが住み込みで働けるようにと中古の物件を買い取り、事務所兼住居にした。
     1階部分が事務所で、応接室や資料室、キッチンなどがあり、2階に3人分の居住スペースがある。敷地はそこそこ広く、ぐるりと石塀で囲まれた広い庭には家庭菜園なんてものもある。
     1番のご近所さんでも数百メートル先で、しかも昼でも稼働しているのか怪しい工場が一軒。裏には山が広がっていて、見渡す限り民家はない。多少大声を出したところで、近所迷惑にはならない。
     買い物のために車で30分の遠出をしなければならないのは面倒だが、人付き合いが苦手な私にはちょうどよかった。

    「てっきり、どっかのビルにでも行くのかと思った」
    「依頼者は大抵同じことを言うよ」

     車を降りるなりきょろきょろ周りを見渡す青年に苦笑しながら、中へと促す。古い民家を改造しただけあって当時の名残はあちこちに残っているらしく、以前訪れた依頼者は玄関入ってすぐの応接室を見渡して懐かしいと笑っていた。私はその世代からはもっと後なのでいまいちわからないのだが、当時同じつくりの家に住んでいたというご婦人が言うのでそうなのだろう。
     どう見ても同じくらいか下に見える青年が同じ懐かしさを感じるとは思えないが、青い目は玄関を入ってすぐにまたあちこち見渡した。
     ――そんな珍しいものじゃないと思うけどね。
     むしろ殺風景で寂しいくらいだ。それとも、彼が今まで暮らしてきた場所はまるで違うところなのだろうか。

    「待っていたぞ。彼が、そうか」

     土足のまま上がれるようにした入ってすぐの扉――応接室から、この「祓ったれ本舗」の所長である夜蛾が顔を覗かせた。姿を見るだけで大抵の依頼者はビビってしまうので――まあ背丈がある私もそうだが――ほとんど姿を見せることはないのだが、今回は事情が事情だ。それに、こんな状況で飄々としている青年がビビるとも思えない。
     案の定、青年は驚いた様子もなく、ただじ、と夜蛾を見つめる。観察している、と言った方が正しいかもしれない。不躾ともいえる視線を気にすることなく、夜蛾は応接室の中へと促した。

    「あ、俺お茶淹れてきますね!」

     そう言いおいて灰原がひとり奥の方へと消えていく。気を利かせた、というよりは、少し前に貰った和菓子の存在を思い出したに違いない。そろそろ賞味期限が近いはずだ。
     結果、応接室で私と夜蛾がテーブルを挟んで謎の青年と向かう合う形となった。

    「簡単な状況は傑から――ああ、彼のことだが、聞いている。まずは君について聞かせてほしい」

     まず、君の名前は。我々はなんと呼べばいい。
     短くはない付き合いだからこそわかるのかもしれないが、夜蛾はいつもよりもできるだけ威圧しないよう柔らかく話している。まるで生徒を諭す教師のような口調だ。出会ったばかりの頃、私もまたこんな風に声を掛けられたことを思い出す。感情に任せて大学を中退して、ふらふら街を彷徨い歩いていた頃だ。
     青い目が一度私を見て、もう一度夜蛾へ戻る。
     数秒なのか数分なのかわからない沈黙の後、車の中では一切説明をしようとしなかった口が、ようやく開いた。


    「―――悟。俺の名前は、五条、悟」

     

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