山田一郎、引きこもる 夕焼け小焼けの音で瞼を持ち上げる。窓の外は鮮やかなオレンジ色で今が夕刻であることを教えてくれた。
壁が崩壊してから数年。目まぐるしく日々は過ぎていき二郎と三郎が進学のため、イケブクロを離れることが決まった。兄弟で過ごす最後の夕飯に「遠くにいても耳に入るぐらい萬屋として頑張るからな」と意気込む俺に弟たちは困ったように首を振り、どうか『やりたいことをやって欲しい』といった。
やりたいことってなんだろう。弟たちの願いならば当然それは叶えてやりたいけれど、一郎にはそれがよく分からなかった。
はじめは昔外国の友達に話したように世界を見に行こうかと思った。けれど行きたい国や場所を見つけようにもどうにもやる気が起きない。パスポートの取得も面倒だった。結局一郎はとりあえず始めたはいいものの一向に進んでいなかった荷造りさえも諦めて、トランクの中身を床にひっくり返した。
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