どこかでモノ音が聞こえた「それでな、おかしいなとは思ってたんだけどやっぱり冷蔵庫の中身の減りが早い気がするんだよ。だから恐る恐る今月の食費を計算してみたら……やっぱり増えてるんだよ! 食費が!!」
「気づかないうちに……!? 怖すぎます!」
「えー俺体重計乗れないかも」
「解説の波羅夷さん、これはどんな霊の仕業なんでしょうか」
「食いすぎたろ、お前らの」
「「「怖えー!!」」」
リビングに三兄弟の悲鳴が響く。その声につられて笑う3人の酔っ払い。
年明けに行われた成人式で一郎と空却がめでたく成人した。そこで学ランを着ていた頃の一郎と空却とチームを組んでいた簓が元MCDで成人のお祝いをしたいと声をあげた。左馬刻が多忙だったため一郎と空却の成人式からは少し間が空いてしまったが、春が目前に迫ってきた本日、ようやくその日を迎えた。集まった場所がイケブクロだったため、一郎の提案で二次会は山田家で行うことになった。夜中の訪問にも関わらず弟2人も起き出してきて歓迎し、折りたたみのローテーブルを持ち出してくるとその上にお菓子やジュース、お酒を広げ、みんなで2度目の乾杯をした。慣れないアルコールでテンションが高めな一郎と空却、そして未成年組は深夜にも関わらず元気いっぱいに騒いでいる。
左馬刻と簓の大人組はすぐ傍のダイニングテーブルの上に広げたツマミと酒を開けながら、4人のはしゃぎっぷりをしみじみ眺めたり、たまに会話に加わったりしていた。
4人の話題はコロコロ変わったが、いくつ目かの話題で最近見た某ホラー特番の話になり、あの話が怖かった、この話がゾッとしたと言い合っているうちにいつの間にか怪談大会が始まり、冒頭の一郎の話に戻る。
「一郎が死んだら死因はショック死やな! 食費だけに」
「食費は、笑い事じゃないんです……」
「山田家のエジソン謙遜のヤバさを知らないな」
「エンゲル係数な……」
三郎が諦めたようなため息を吐いた。
「よしじゃあ次は簓の番だ。今のよりすげぇのぶちかませよ」
空却が持っていたポッキーを杖のように持ち、簓の方向に向ける。
「お、まかせとき!簓さんのトーク術を披露したるわ!」
簓は立ち上がり、彼がよく持ち歩いている扇子を得意げに広げ、芝居がかったふうに息をついて顔を上げると、その表情は普段見る簓ではなくテレビで見る簓の顔だった。
「これはマネージャーに聞いた後輩の女芸人の話なんやけど、ある日その子がバラエティの撮影終わりに楽屋に戻ってスマホを開こうとしたらなんやパスコード間違えてしもたんやって。そしたら『複数回失敗をしたから30分ロックします』って画面になってしもて、あれーおかしいなぁ思たらしいけどそん時はあんま気にせぇへんかったんやって」
「けどその現象が頻繁に起こるようになってこれはなんかおかしいって事で楽屋にこっそりカメラを仕掛けたら……」
「その子のマネージャーが『ちがう、ちがう、ちがう』って言いながらその子のスマホをずーっと弄ってる姿が映ってたんやって!」
「うわぁ……1万通りを馬鹿正直に試そうとするなんて……」
三郎は若干斜め上の方向の反応をして怖がった。
「解説の波羅夷さん、今のは」
一郎が空却に問いかける。
「どう見ても百パー人災だろ」
「えー、こわ……」
「その人大丈夫だったのか?」
二郎が簓に心配そうに話に出てきた女性の安否を聞く。
「マネージャーはもう捕まったから安心やで!」
いつの間にか通常運転に戻った簓が椅子に座り直し笑いながら缶チューハイを持ち直した。
「けど俺も朝とか寝ぼけてアラーム止めようとしたらうっかりロックされたりすることがよくあるな」
「アニキ実はあんま朝強くないもんな」
「でも毎朝寝坊されず起きるいち兄は流石です」
「コイツ俺と一緒の時は寝坊ばっかだぞ」
「うるさいアオヒツギサマトキ!」
「さっきから隙あらばノロケようとしてかなわんわ……」
「一郎、テメェも指紋認証にしたらいいじゃねぇか。便利だぜ」
「指紋にすると寝てる時に左馬刻がスマホ見ようとするからなぁ。まぁどうせパスコードも知ってんだろうけど」
「あたりまえだ」
「そろそろ通報しません……?」
三郎の本気の問いかけに苦笑いした一郎は
「よしじゃあ次は左馬刻!とびっきりの恐怖郵便頼むぜ!」とマイク代わりの空になったペットボトルを持って左馬刻に向けた。
「郵便? なんだそりゃ……元締めしてるキャバクラのNo.1嬢が行方不明になって舎弟共に探させてたんだけどよ、最近やっと見つかったけどm「ストップ! ストップ! ストップ! 」」
「……で、犯人も捕まえたんだが実はそいつはs「うわぁあああああああ!!」」
一郎が両手で左馬刻の口を塞いで叫ぶ。
「それは、一般人は、知らなくていい話だ」
「ひゃっはにんへんがひひはんたひわりぃよは」
「これ最後まで聞いたら一生モンのトラウマになるで……」
「ヤクザ怖……」
「純粋無垢な未成年がいるんだぞ!そういう裏社会の話はNGだ! じゃあ次二郎いこうか!」
一郎が勢いよく二郎を指さした。
「はい!五郎さん!」
二郎が勢いよく立ち上がる。
「2ヶ月くらい前かな、学校の後ダチとサッカーしてたから遅くなっちまって急いで帰ってたんだよ。あたりは日も落ちかけて結構暗かったかな?やっと家が見えてきたところで遠目にだけど家の屋上に人影が見えたからアニキかなって思って手を振ったんだよ。けど振り返してくれなくてさ、変だなーって思いながら家に帰ったんだよ。そしたら」
「ウチのエプロンつけたアオヒツギサマトキが『おい、洗濯物が溜まってんじゃねぇか! 今から洗濯するからジャージだせ!』って言ってきてさ、あまりにもウチに溶け込みすぎてて怖かったって話」
「なんておぞましい話なんだ……!!」
三郎が自分を抱きしめながら叫んだ。
「カレーも作ってあったし」
「お前たちも左馬刻のカレー好きだろ?」
「アニキはフツーにメイトに行って留守にしてたし」
「予約したDVDが届いてて……」
「もう慣れちゃってきてる自分にも恐怖した」
「なんか……悪かったな」
「謝らないでください!いち兄!」
「なんで家事手伝ってるだけでこの言われようなんだ?」
左馬刻は不服そうに苦言を呈した。
「なんや一郎と左馬刻が付き合い始めてもう結構経つっちゅーに、まーだ左馬刻は弟君たちに認められてないんか」
「まぁ、あんだけいがみ合ってるところを見てたんだから当然っちゃ当然だよな」
呆れ気味の簓に対し空却はどちらかというと弟たちの味方のようだった。
「ほらほら、今は喧嘩じゃなくて肝試しをしてるんだろ? 」
一郎は後ろから恋人に抱きしめられながら弟たちを宥める。
「そ、そうでしたね! 僕としたことが、すいませんいち兄」
「いいんだ、その話はまた今度しような」
三郎の頭を撫でた一郎は気を取り直すように一息ついた後、おきまりの番組のMCの台詞を口に出す。
「では恐怖郵便を読んでくれ!さぶちゃん!」
「はい! 五郎さん! 」
三郎もまたおきまりの台詞を返すと立ち上がって周りを見渡した後、ゆっくり語りだす。
「これは、ある兄弟に起きたお話です。ある夜のことでした。弟はその日、夜遅くまで勉強をしていました。深夜の4時くらいかな、明日も学校があるし、さすがにもう寝ようと思った弟が着けていたヘッドフォンを外したら、長兄の部屋側の壁の向こうから微かに喋り声が聞こえるんです。内容は上手く聞き取れなかったんですが、弟は兄が誰かと電話してるんだなって思いその日はそのまま寝たそうなんです」
「でもそんな事がそれから何回もあって、流石に兄が寝不足にならないか弟が心配になって来た頃に事件は起こったんです。
その日も話し声が聞こえてたんだけど、ふと声が途切れて兄の部屋の扉が開く音がしたんです。足音は階段の方に向かって行きました。弟は兄に寝不足にならないように声をかけようとして自分の部屋の扉を開けました」
「けど、その足音の主は、兄じゃなかったんです。弟は見てしまいました。白髪の男が静かに階段を降りて行くのを」
ごくり、と誰かが息を飲む音が聞こえる。
「……弟は動転して声をかけず扉をしめてしまいました。それ以来、弟はなるべく遅くまで夜更かししないようにしてるそうです」
……終わりです、と三郎が言うとまばらに拍手が起こる。三郎か少し照れながら席に座りなおすと全員の視線がまだ怪談をしていない空却に集まる。
「空却は話さんの?」
「拙僧は解説だからな。テレビの解説役も怪談はしねぇだろ?」なぁ、一郎?空却が意味ありげに一郎に問いかけるとそれに応えるように一郎がおもむろに立ち上がりヒプノシスマイクを取りだした。
「よし! じゃあ全員の話が出揃ったところで、アレやっとくか!」
一郎の声に約1名を除いた全員が待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。
「アレだね兄貴!」
「アレってなんだよ」
「やりましょう!」
「いっちょかますか」
「簓さんもやったるでー!」
「だからアレってなんだよ!?」
4人は一郎と同じように揚々とマイクを取り出した。訳が分からないままに左馬刻も釣られて自分のマイクを取り出す。全員がマイクを持ったのを確認した一郎は特番でお馴染みの呪文を唱えた。
「イワコデジマイワコデジマ まじ怖 五字切り!」
「皆!」
「祈!」
「……探?」
「驪?」
「獲!」
「珠!」
「月!」
「星!」
「召!」
「舞!」
「弱気退散!」
「喝「「「ニルヴァーナ!!!!」」」
全員で気を放つようにマイクを目の前に掲げ決めゼリフを叫ぶ。
「これがやりたかったんだよな!」
「なんか途中からいろいろ混ざってもうてよう分からんくなってしもたな……」
「アオヒツギサマトキが全然違うこと言うから釣られちまったんだよ」
「そーだそーだ!」
「おい約2名が明らかに俺に向かって放ってきてたぞ」
「祓いたいんじゃね? テメェを」
お祓いをして緊張が解けたのか全員が好き勝手に感想を言い始める。怪談をしていた時に漂っていたどこか不安になる雰囲気はこの場にはもうどこにも存在しなかった。
「それにしても今回出てきた話は実体験の話が多かったな! 三郎の話も本当にあったら怖いよな」
「え、でもこれアニキの話でしょ?」
「ん?」
「俺もアニキの部屋で聞いたことあるよ、話し声」
その場にいた全員の視線が一郎に集まる。
「…………え、これ俺の話?」
「二郎のバカ、せっかく僕がぼかして話したのに」
「いや、全然ぼかせてなかったからな?」
「え、本当に俺の部屋の話なのか?」
一郎は困惑したように弟たちを交互に見る。そこにすかさず左馬刻が寄ってきて耳元で囁く。
「怖いなら兄さんが一緒に寝てやろうか、五郎くん?」
「いや、耐えてみせるぜ!」
「そこは甘えろよ」
「解説の波羅夷さん、これはどういう霊の仕業なんでしょうか?」
二郎が空になったコーラの瓶を空却に向ける。
「ん〜〜? 霊じゃないなそれは」
空却は一郎を見たあと上の階の方に視線を動かしながら言った。
「つまり、人間の仕業っちゅーことか?」
簓の問いに空却が答える前に三郎が机を叩き勢いよく立ち上がって叫んだ。
「当たり前だ! 犯人はこの中にいるんだから!」
突然の三郎の行動に全員が呆気に取られたように三郎を見る。
「なんや推理ショーが始まったで」
「流れ変わったな」
「いいか!? 僕は男を見た次の日の朝、家を出る前に家の内鍵がかかってる事を確認したんだ!」
「なんで?」
二郎が頭にクエッションマークを浮かべて問いかける。
「鍵を開けっ放しにしてたなら外部犯の可能性があるからだろ」
その問いに空却が答える。
「そうだ! けど鍵はしまってた。 つまり、犯人はうちの鍵を持っている奴ってことになる」
そこまで言って三郎は左馬刻を睨むと、そのまま指をさして言い放つ。
「そして、家族以外でうちの鍵を持ってる白髪はお前だけだ! 碧棺左馬刻!」
「ナ、ナンヤテー!?」
「おぉ、ホントに探偵っぽい」
簓がわざとらしく驚き空却は三郎の語りに感心したような様子だった。
「なるほど! つまり、アオヒツギサマトキがアニキの部屋に俺達に内緒で遊びに来てたってことか!」
二郎が合点がいったように頷いた。
「そうだ!いいか、アオヒツギサマトキ!僕たちはお前のことが気に入らない。けど 僕たちはいち兄の幸せを1番に願ってる。だからいち兄に僕たちのせいで肩身の狭い思いはさせたくない。それに、お前はいち兄が選んだ相手なんだ」
三郎は苦虫を噛み潰したような表情をしながらも言葉を続ける。
「だから…….だから、次からはコソコソ入ってこないでちゃんとインターホンを押して堂々と入ってこい!そしたら、僕も二郎も、歓迎してあげなくも、ない……」
「さぶちゃん……!!」
「三郎……大人になったな……」
一郎は感激のあまり涙を流し二郎は照れ隠しをするように鼻をこすった。三郎を抱きしめる一郎と二郎の姿に簓は「盧笙に教えんと!」と言いながら写真を撮り空却はポテチを1枚とった。左馬刻はというと三郎の歩み寄りに感動しながらも、けれどあっさり言い放った。
「……いや、それ俺じゃねぇけど」
「…………へ?」
「うん?確かに、俺左馬刻と最近会ってないな。電話はたまにしてたけどそんな夜遅くまでしてなかったと思う。な?」
「あぁ、さっきの嬢のせいで本当に忙しかったんだよ。だから一郎に会うのも今日が1ヵ月ぶりだな」
「え、じゃあ……声の正体は……?」
「やっぱり幽霊でもいんじゃねぇここ?」
「だから霊の仕業じゃねえって」
「三男坊の気のせいだったんじゃねぇか?」
「そんな訳ないだろ!」
「なら外からの侵入じゃないとすると……」
「……内側?」
一郎のひと言に全員が黙りこんだ。
「……あ」
「なんだよ簓」
「いや、なんでも」
「いいから言えって」
「いや、そういえば一郎、さっき冷蔵庫の中身がやたら無くなる言うてたな……って」
「……つまり?」
「それって、その白髪の男が夜中に冷蔵庫から食料を盗んでたからじゃないんかな、なんて……」
「「「…………」」」
「なぁ」
空却が一郎のスマホをコツン、と指で叩く。
「そいつも夜中にお前のスマホのロック開けようとしてたんじゃねえか?」
「…………」
一郎はあおい顔でそっと左馬刻の腕に抱きつくと甘えるような声で囁いた。
「……四郎にいさん今日は朝まで一緒にいて?」
「お、やったじゃねぇか左馬刻」
「俺様もっと違う雰囲気でそのセリフは聞きたかった……!」
「ふざけてる場合じゃないですよいち兄!警察に通報しないと!」
「三郎落ち着けって!」
「せや!俺ら酔っ払ってるしもう夜も遅いから明日改めて考えようや」
「明日まで待てって言うのか!? だってその話が本当なら今もこの家に誰かいるかもしれないんだろ!?」
全員が動きを止めて耳を澄ませた。