お肉大好き 右手には不格好に握り込まれた箸。左手には白米がこんもり盛られたお椀。目の前の小皿にはタレが注がれていて、そこに肉が置かれてはなくなり、置かれてはなくなり。
「一郎、これも食えや」
対する俺の左手にはビール、右手にはトングを握って時折ビールをあおりながら一心不乱に肉を焼き続け、出来た肉を一郎の返事を待たずに小皿にパスしている。
ここはどこにでもある焼肉のチェーン店。はじめにコースを選び、そこから90分だか120分だかの間端末で注文が頼み放題になる。
高い店に行くことだってできるが、わざわざ値段も手軽なチェーン店を選ぶのは目の前の一丁前に遠慮を覚えてしまった子供に腹いっぱいになるまで食べさせるためだ。
「一郎君、野菜も食べましょうね」
先生は俺が焼かない野菜を焼いては一郎の小皿を中心に俺や乱数の小皿にも野菜を盛っている。俺は自分の皿の上に盛られたピーマンを無言で一郎の皿に移す。
「ボク野菜いらなーい」
タッチパネルをいじりながらそう言った乱数は唐揚げやポテト、ビビンバなど新しい肉が焼けるまでの一郎の繋ぎを注文している。
「乱数君はさっきからアイスばかり食べているから尚更食べるべきです」
「ほら一郎新しい米が来たよー」
乱数は先生を無視して一郎に白米がこんもり盛られた茶碗を差し出した。一郎は咀嚼に必死で返事の代わりなのか頭をぶんぶん縦に動かし茶碗を交換した。
先生は乱数に野菜を食べさせるより一郎が喉を詰まらないように飲み物を取りに行くことを優先したのか溜息をつきながら席を立った。
俺が肉を焼き、先生が野菜を焼き、乱数がオーダーをする。このフォーメーションによって、限られた時間の中で食べ盛り1人満腹にすることができる。これはそういう戦いなのだ。
メロンパンなんて食ってたから、はじめ一郎は少食なのかと思っていた。しかしMCDの時に大食い対決をした時、食べようと思えば食べれることを知った。
けれどそれ以降、度々メシを奢る機会があったが沢山食べる=高いという図式が成り立っているのかおかわりをすることはあれど限界まで食べる、ということはなかったので一郎の胃の本当の実力をTDDが思い知ったのは乱数が行きたいと騒いで4人で行った食べ放題に行った時だった。乱数曰くビュッフェと呼ぶそこはどちらかというと甘いものが有名な店だったがパスタやカレーをはじめとしたご飯ものも豊富に揃えられていた。そこで乱数が巫山戯て一郎に「好きなだけ食べても値段は一緒だから思う存分食べていいんだよ?」と言ったのだ。
そして2時間後、店から食材が消えた。
しいたけを残して。
唖然として末っ子を見つめる俺たちをよそにアイツは満面の笑みでこう言った。
お腹いっぱい!
それからTDD皆で外食をする時は食べ放題に行くことが増えた。特に、食べ盛りの男子高生が好む焼肉は候補に上がることが多かった。
自分たちの食事そっちのけでひたすら肉や野菜を焼いているのだからこっちの腹はもちろん全く膨らまない。しかし、会計の時に一郎が腹いっぱいっスと笑うのを見ると結局しょうがねぇな、なんて思ってしまうのだ。
それに、未成年を施設に送り届けた後に2次会という名の飯を食いながらお互いの健闘を称え合う会があるからなんてことなかった。
◆◇◆
「二郎、三郎! いっぱい食えよ!」
通路を挟んだ向かいの席には食べ盛りが3人。俺の目の前には量より質を求めるクルーが2人。
壁が崩壊して、TDDのわだかまりは解けた。
けれどじゃあ昔のように戻るのか、といわれるとそんなことにはならない。会話をしてもどこかよそよそしくなってしまい、結局最後は自分チームメイトのいる所に戻ってしまう。そんな時期にシンジュクで銃兎と理鶯とメシを食べようと店を探している時にばったり出くわしたのだ。山田三兄弟に。
こんなとこで何してんだよ。うるせぇメシ食いに来ただけだわ。あっそ。なんて以前より勢いのない攻防をしていると
「よければ一緒にどうですか? 奢りますよ?」
銃兎が思いがけないことを言い出した。
「奢り!? やった!」
「なにか裏があるんじゃ……?」
「いや、俺たちめっちゃ食うんで……」
「ならなにかの食べ放題とかにしますか?」
「悪いっスよ」
「親睦を深めると思って歳上に花を持たせてください」
「……じゃあ、ゴチになります」
話を手早くまとめた銃兎は振り返ると
「お前らいい加減仲良くしろよ」
そう言って山田三兄弟を連れて店を探し始めた。
そしてたどり着いたのはどこにでもある焼肉のチェーン店だった。一郎が手際よく肉や野菜を焼き弟たちの小皿に盛っていく。次男はエグい位盛られた米を食べながら肉を次々に消費していて、三男は傍らで端末で追加の肉やビビンバやなんだを頼みながら盛られた肉を消費している。しかし二人とも共通してそれはそれは幸せそうに肉を頬張っていた。
「凄い食べっぷりですね……」
「うむ、きっともっと大きく育つな」
「これ以上でかくなるんですか……?」
「もう見てるだけで腹がいっぱいだ……」
そう言って銃兎は酒をあおった。
俺はそれをイライラしながら眺めた。銃兎と理鶯は兄弟の食べっぷりに感心していたが、俺様はとんでもない事実に気づいてしまった。
コースが始まってから既に30分は経っているのに、一郎の傍の白米が、全く、減っていない。
一郎の胃のポテンシャルの高さを考えれば既に5杯目に入っていないとおかしい。これは天変地異である。その事実にイライラするがしかし理由もわかる。今の一郎は自分が食べることより弟たちに食べさせたいという欲望の方が強いのだろう。コイツは弟たちが肉を美味そうに頬張る姿を嬉しそうに眺めながらひたすら肉を焼いているのだ。昔の自分のように!コイツは知ってしまったのだ。自分が用意したメシを美味そうに食べるのを見る事の喜びを!
俺は思わず立ち上がり、一郎の腕を掴む。
「なに……?」
驚いた一郎をそのまま立たせる。
「銃兎、理鶯、交換だ」
「え?」
「しょうがないですね」
「腕がなるな」
察しがいいのか2人は一郎が座っていた席に座る。
「私たちはもうお腹がいっぱいなので交代しましょう」
「親睦を深めるのが目的であるしな。お手柔らかに頼む」
俺は一郎を乱暴に向かいに座らせると持ちっぱなしになっていたトングを奪う。
代わりに箸と減ってない米が盛られた茶碗を押しつける。残念だが、俺様がそばにいる限り、お前にその役目はまだやれねぇんだわ。
「お前、今日はもう箸と茶碗以外持つんじゃねえぞ」
◆◇◆
「おら」
「むぐ」
タレが入った皿に出来上がった肉を遠慮なく盛る。
一郎は俺の言ったことを守り右手に箸、左手に茶碗を持って肉と米をかき込んでいる。時間は入店してからそろそろ1時間が経過するだろうか。効率が悪い。心の中で舌打ちをした。当たり前の事だが、肉が焼が焼きあがるより肉を食べる方が早い。すると必然的に、肉を待つ時間が出来てしまう。その間一郎は米を食べてる訳だが、せっかく焼肉に来たのに米ばっか食わせるなんて有り得ない。しかし野菜は肉よりも時間がかかるし端末を動かす時間すら惜しいのだ。たまに目線で俺も焼くぞ?と訴えてくるのをこちらも眼力で手ぇ出すなと訴えながら一心不乱に肉を焼く。イライラはまだおさまらない。
通路の向こうの席では銃兎が大量のポテトで時間を稼ぐというダーティな手を使っていた。
それに弟たちが焼肉のタレで味変をしながら抵抗している。その横で理鶯がおよそ焼肉店では拝めないような火柱をあげさせながら塊の肉を焼いている。一体なんの肉なんだ……!
横の席の連携を見ると昔の思い出が脳裏に浮かぶ。例えば、肉を焼いている間に誰かが注文をしてくれたら、誰かが野菜を焼いてくれたら。脳裏に2人の男が思い浮かぶ。呼び出してしまおうか?しかし長い間ギスギスしていたのにこんな理由で呼び出すのか?こんな、気安い仲のヤツらがダチを呼び出すような理由で?
けれどボックス席で騒ぐ4人の姿が過去の自分たちの姿に重なった瞬間、どうしようもなく堪らなくなって乱暴にスマホを取りだした。
『30分以内にシンジュクの〇〇に来い!!』
残り時間はあと1時間ちょっと。これは時間が差し迫っているから仕方なく、仕方なくだ!
初めに現れたのは先生だった。必死に肉をやき続ける俺と食べ続ける一郎を暫くボケっと見た後「……栄養が偏ってますよ」と言って俺の隣に座り、放置されていた野菜を焼き始めた。次に来た乱数は唖然、とした表情をした後、「匂い着いたらどうすんだよ……」と呟きながら一郎の横に腰かけ端末を持つと次々に注文をし始めた。
一郎はその間も忙しく咀嚼をしていたが、にまにました顔を隠せておらず、その顔に無性に腹が立ったので俺の皿に盛られたピーマンをトングで雑に掴むと一郎の口に勢いよく突っ込んでやった。
◆◇◆
「ごちそーさん!」
「……ごちそうさま」
一郎の弟たちの声が元気よく店の外で響いた。
「お粗末さまでした……」
「いい食いっぷりだったぞ」
銃兎と理鶯は疲れきっていたが、どこかやりきった顔をしていた。
2人には少し悪いことをしたな、と思いながらタバコに火をつけると後ろから勢いよく抱きつかれる。
「左馬刻ー!」
「あぶねぇな!」
「ごめんごめん。それより、いきなり呼び出しといて手伝わせたボクたちになんにも食べさせないなんて酷くなーい?」
「あぁ?」
「いつもの、あれ、二次会行こーよ」
心なしか乱数声が緊張しているように聞こえた。わだかまりは解けた。だからといって全てがチャラになった訳では無い。けれど、今なら言える気がした。
「……しょうがねぇな」
俺の言葉に驚いたのか、乱数は勢いよく顔を上げ俺を凝視したあと、ほっとしたような表情をして笑った。
「よぉし! 今日は左馬刻の奢りだー!」
「シンジュクなら私が案内しましょう」
「へんな店だったら承知しないからね」
「銃兎、理鶯。悪ぃんだけど」
「あぁ、行ってこい」
今度2人にはなにか詫びをしなければいけないと考えていると、
「左馬刻、ついでです。未成年は送っていってやるよ」
銃兎が親指で一郎の弟たちを指す。
「親睦を深めるのはいい事だ」
……今度いい酒を奢ってやらなければならない。
「わりぃな」
俺は一郎の背後に近づくと、弟たちと話している一郎のフードを掴んで歩き出す。急な衝撃に転びかけるのにも構わず2人の方に向かう。
「ちょっ、」
「お前も来んだよ、もう子供じゃねぇだろ」
「はぁ?」
本当は知っていた。未成年の一郎を送り届けて二次会に向かう俺たちを羨ましそうに、寂しそうにコイツが見ていたことを。
「でも、弟が」
「銃兎と理鶯が送ってくれんだと」
それに、
「肉を焼く側の気持ちが分かるようになった一郎くんには、当時の俺たちのあの頃の苦労をたっぷり聞かせてやんないとなぁ?」
「……しょうがねーな!」
◇◆◇
鳥の鳴き声で自然と目が覚める。ボサボサ頭でむっくりと起き上がり、周りを見渡すと辺りはカラの酒瓶や空けられたおつまみ等が散らばっていた。そしてそれらのゴミと一緒に大人が3人転がっていた。
あの後4人で二次会に行き、更にその後ドン・キホーテで買い物をして寂雷先生の家に行って朝方まで騒いだのだ。ついでに寂雷先生が三次会の時点でとうとうアルコールを摂取してしまったため、俺の後ろの壁には無惨にも穴が空いてしまっている。修理代はいくらになるのだろうか……。
寝ている3人をよく見ると先生はなにをどうしたらそうなるのか分からないが普段はサラサラの髪が天高く盛られているし、乱数は机の上で寝ているし、左馬刻は顔に落書きがされていた。重い頭で昨日のことを思い出す。昨晩は沢山あの頃の苦労話という名の思い出話を聞かされた。そんな中でも3人はことある事に「一郎お腹いっぱいか?」「一郎君満腹ですか?」「お腹空いたら言うんだよ!」と言ってきてこの人たちは本当に相変わらずだなぁ、と思った。
TDDの時にもこの3人はやたら俺を満腹にしたがっていたのは知っていた。でも満腹になるとそのまま施設に送られて、3人が楽しそうに二次会に行くのを見送ることになるから、本当は少し、焼肉に行くのが苦手だったんだ。
だから今日は本当に嬉しかった。あんまり酒には強くないので飲む量はセーブしていたつもりだったが、初めて最後まで一緒にいれたのが嬉しくて気が昂っていたのか段々目頭が熱くなってしまい、泣き顔を見られたくなくて寝たふりをして誤魔化していたらいつの間にか本当に寝てしまっていたのだ。
「俺ももう大人なのに、アンタらはすぐ甘やかすから、いつの間にか子供に戻っちまうなぁ……」
上には毛布がかけられていて、床で寝たせいか体は痛いが風邪を引くことはなさそうだ。