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    hoshinami629

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    hoshinami629

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    この後、珠晶と利広が会って久しぶりに色々話す予定だったのだけど、珠晶が利広に改めて話したくなるような事が余り思いつかず没になった。

    #十二国記
    theTwelveKingdoms

     新春、紅梅の匂い立つ、満月の夜だった。即位百年を記念した行事も今日で一段落して、珠晶は肩に掛かる重たい荷物を、漸く一つ降ろした様な心持ちだった。大体、自分が祝われる為に何故こうも様々なことの采配をしなくてはならないのか。記念として下賜する品の決定から、どの使節を掌客殿のどの房室に通すかまで、全ての最終決定権は珠晶にある。確かに客人の序列や記念の品々に関しては、多くの利権と思惑の絡む処だから、誰とも知らぬ官に勝手に決められてしまっては困る。とはいえ、これでは自分が自分を祝って居る様なもので、主賓と供応役を一遍に担っているのと同じこと。嬉しさよりも多忙への恨みに心が傾いていた。みんな忙しいのが嫌なのに、他人を平気で忙しくさせるのね、と百年前と全く変わらない、筋の通った我儘が首を擡げる。
     そんな気持ちも今日で一区切り、と思っていたのに、取り巻きの女官がさんざめく様に寿ぎを口にするものだから、思わず不快を顔に出し兼ねない程に苛立ってしまった。老人が鼓腹撃壌し、家々が戸締りを忘れる様な世の中が名君の治世であるのだとするならば、在位の年数をしつこく覚えられて、これだけ祝いの言葉をかけられる自分は一体何なのか、とひねたことを思った。天邪鬼な自分が幼く感じられて、猶更腹が立つ。もう知らない、と思って深更、月影を頼りに広い園林へと飛び出した。路寝を突っ切り、誰か思わぬ人に会えないだろうか、と小さく思って掌客殿の方へ歩を進めた。自分の采配に無関係な、それこそ記念すべき出来事が、一つくらい起こっても良いと思った。
     滲む岩清水を頼みに、しっとりと苔生す岩壁に囲まれた、小さな梅園がある。掌客殿から少し西へ行った先、岩肌を削り取った階の下に在る、密やかな園林だ。客人をもてなす為の洒脱なものとは異なり、偶然が重なって梅が咲き乱れる景色になったのではないかとも感じられる程よい野趣がある。百年の間に珠晶が見付けた、誰にも言わないお気に入りの場所の一つだった。夜露に濡れた階を用心深く降り終えると、捻じれた臥龍梅の太い幹に腰掛け、紅白の間から照る月をぼんやりと眺める。成長の止まった身体だったから、足は宙に浮いてぶらぶらと揺れる。昼間は御簾の奥で、誰にも見られない癖にしつこい程結い上げてあった髪も、今は一つに纏めてあるだけだ。寒さを用心して着込んで出て来たものの、案外春は間近まで来ているらしい。夜を清める東風は、香しく暖かい。
     誰かに会えないかと考えたのに、こうして自分だけが知って居る秘密の場所に来てしまったのは何故だろう、と暫くして珠晶は苦笑する。誰か、というのは自分が思ってもいない人の事だ。珠晶は今、自分が想定出来る人物には会いたくなかった。例えばあの、朴訥な宰輔だとか、風の様に気儘な奏の太子だとか。どちらも祝いの言葉を口にしてくれたし、それはそれで真心が籠り、嬉しいものだったのだけれど、でも。
     我儘よねえ、と独りごちる。あの頃から全く変わっていなかった。自分で自分の過去を振り返って、思わず苦笑してしまう。あの頃。王になる前、人間の少女として生を送っていた頃。無鉄砲で、向こう見ずで、家を飛び出して、黄海へ行った頃。利広と頑丘と共に、あの荒々しい陸の海を歩いた頃。
    「懐かしいな。あんな冒険、もう二度と出来ないわよね」
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