「宇佐美、俺たち別れようぜ」
百之助が僕を見ないで言う。ちなみに僕らは喧嘩中でも何でもなくて、昨日はセックスしたし今朝は行ってきますのチューもしたし、さっきはお帰りのチューもした。
「わかった、いいよ」
百之助が別れを切り出すのは3ヶ月ぶり5回目。今回は早かったな。
「百之助、僕はお前のこと大好きだから付き合お」
やっとこっちを向いた。感情の読めない真っ黒な瞳に僕が映る。
「俺は冗談で言ってんじゃねぇぞ」
「僕も冗談じゃないけど? 言ったじゃん、別れようってお前が言った回数分僕は付き合おうって言うよ」
百之助が自分の髪を撫で付ける。今はセットしてないけどね。
「いいよ、別に。それがお前なりの愛情表現だってわかってるから」
おいで、と両手を広げるとおずおずと僕の腕の中に入る。初めて飼い主の家に来たネコか。
初めて別れ話をされたとき、理由を聞いたら百之助がこう言った。幸せ過ぎると不安になるんだって。幸せなときに裏切られたら悲しいから、最初っから幸せにならなきゃいいっていう百之助の超理論。幸福に慣れて腑抜けた自分が許せなくて、不幸のどん底にいる方が逆に安心するらしい。つくづく不器用で愛おしい。
「ほんと、百之助って面倒な性格だよね。でもそういうところが好き」
さっき百之助が自分で撫でた頭を僕が撫でて、つむじにキスをする。
「いとしげら、百之助」
背中にぎゅっと回された百之助の腕に縋られているように思ってしまう。こっちを見て、置いていかないで、嫌いにならないで。
「返事もらってないよ。僕と付き合ってくれる?」
青白い頬を掴んでむりやり目を合わせた。
「うんって言うまでチューしてやんない」
好きって言葉にできない百之助のために、頷くだけで済むように誘導してやる。けれど百之助は震える唇を動かして、「好き」と言った。
「好き、宇佐美」
嫌味や悪口なら流暢に言葉を紡ぐその口が、たった一言「好き」と言うのを躊躇う。だから百之助に好きとか愛してるとか言われることはないんだろうなと思ってたから急展開。
「っ、僕も好き〜!」
百之助をぎゅうと抱き締めて、これで元通り。
今日も明日も、これから先もずっと幸せにしてあげる。