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    banuuco

    @banuuco

    某Vtuverに沼った人間の絵と文章置き場.
    乱交大好きNot固定cp
    ミ🦊本BOOTHにて通販中

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    banuuco

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    ▲中編▲ みんなお待たせ!!!
    👹🦊+👟 

    ヴォが💙💙言いすぎてミがちょっと精神的におかしくなる話の続き。病みミに希望を抱いてる。(⚠️流血表現あり) 
    #FoxAkuma 
    #shusta

    #FoxAkuma
    #shusta

    どうしてこうも病院の待合室というものは落ち着かないのだろうか。
    ミスタはそわそわと足を組み直しては戻すを繰り返していた。真っ白な空間に放り投げられ、戸惑いと不安の中シュウの袖をひしと掴む。迷子の子供のように視線を彷徨わせる彼を見兼ね、シュウはそっと彼の手を優しく包みこんだ。
    「ミスタ、大丈夫。僕がいるよ」
    僕がいる、だから安心してと彼の耳元で囁けば、ほっとしたのか肩の力が抜け、視線も一定に定まったのが見てとれた。包帯まみれの手を包み込み、ゆっくりゆっくりと指の腹でさする。細く消えそうなほど静かに呼吸を繰り返していた。わずかに紫がかった唇が荒れていることに気づき、ああリップでも持ってくるんだったなとふと思った。彼の横顔は気の毒なほど顔色が優れず、揺れる瞳が庇護欲をチリリと駆り立てる。
    こんなことになるまで自分はミスタの顔をとっくりと見たことが無かったけれど、彼は存外に美しい顔をしていると思った。それはどこか壊れそうで、ひどく脆いガラスのような危うさだとどことなく感じる。そんな彼をここまで追い詰めた男に、ほんの少しだけ苛立ちを覚えた。
    「今日は何を食べようか。ミスタは何が食べたい?」
    答えが返ってこないことを知りつつ、彼に話しかけた。彼の顔は喋ることが出来ずとも雄弁にモノを語る。瞳がキョロキョロと空を泳ぐ。パクパクと薄い唇を開閉させてどうにか伝えようとしてくるその姿に、公共の場所とかそんなこと一切忘れて抱きしめたくなった。
    口の形でなんとなくミスタの食べたいものは理解したけれど、彼が必死に伝えてきてくれることが嬉しくて、しばらく見守ることにした。
    自分という男は思ったより意地悪な性格をしていたのだなと知る。優しいだけが取り柄のつまらない人間だと思っていた。けれど彼といると時折、人間の貪欲さを己に感じる時がある。ようやく地に足がついた感覚だ。
    つと彼の方に意識をやれば、僕の手の腹に指でアルファベットをなぞり、なんとか伝えようとしてくれている。その姿のなんと可愛らしいことか。兄弟がいたらこんな感覚なのだろうかと、無機質なアナウンスを聞きながらぼんやりと考えた。
    どこか上の空な僕の態度に不安を抱いたのか、形のいい眉をへにょりと下げどうして伝わらないのかと瞳で訴えかけてくる。流石にミスタが可哀想に思え、必死に指文字を書いていた手を握り返す。
    「オムライスでしょ、伝わった。今日はオムライスを作ろうね。ところでミスタはバターライスとケチャップライスどっちが好き?僕実はバターライスの方が好きなんだけど…ミスタ?」
    キラキラした何かを撒き散らしながら、勢いよく首元に抱きついてくる。
    思わず当たりを見回すも居るのは新聞を広げ読み深める老年の男性と、問診票をチェックしている受付の看護師のみ。突然の奇行を咎めるものはおらず、内心安堵してしまう。
    ほっとするのも束の間、両頬にひんやりとした冷たさを感じ視線を戻すと彼はふわりと笑い『お揃いだな』と口を動かした。天使のような微笑みとは裏腹に、包帯と絆創膏だらけの彼の手が嫌に目について離れなかった。
    結局ミスタが抱きついたまま退こうとしなかったから、そのまま二人でくっつき合っていると「5番でお待ちの方、診察室へとお入りください」呼ばれピクリと肩が跳ねる。いや、きっとミスタが強張った感覚が僕にも伝わったのだろう。
    その証拠に嫌々と駄々を捏ね始める。しかしもう呼ばれてしまっているし、受付の看護師は二度目のアナウンスをしている。僕のポケットに入っている番号も5番である。
    嫌がる人間に無理強いさせるのは心底気が乗らないけれど、嫌がるミスタをそっと退かし彼の目をまっすぐ見て伝えた。
    「大丈夫、僕がいる」
    なんとか僕の気持ちが伝わったのか、どこか決心したようにこくりと頷く。そして重い足取りでゆっくりと診察室へと向かった。彼が病院嫌いだというのは配信で知っていたけども、ここまで嫌がるなんて思いもしなかった。だからこそこんなにボロボロになるまで耐えてしまったんだろうけど。
    ぎゅっとシュウの裾を握りしめて離さない彼の様子に、一緒に来て心底よかったと思った。
    一歩下がったところで袖を掴んで離さないミスタをつれ、診察室の扉をゆっくりと開ける。新しく改築されたこの病棟は、ドアまでも気を遣っているらしい。耳障りな音を立てることもなく、扉は横に収納されていった。
    診察室の中へと視線を移す。ここの先生であろう中年の男が回転椅子に座り、ビール腹を重そうに携えパソコンに何かを打ち込んでいた。
    「こんにちは、そこの椅子にお掛けくださいね」
    ようやくこちらを見た男は細い目をさらに細くして、人好きのする笑みで椅子に座るよう促した。けれども椅子は一つしかないようで、ミスタを座らせその後ろに立つ。それがミスタの不安を煽ったようで、チラチラと後ろを気にする素振りを見せた。そんな彼を安心させるにはどうしたらいいかと考えあぐねていると、男に横に立ってと視線で指示され言われた通りにする。すると躊躇いがちに手を握ってきた。
    この光景を先生がどう思っているかは敢えて考えないことにした。

    「今日は喉の調子がおかしいから来てくれたんだね。いつ頃からかな?」
    看護師から渡されたであろう問診票を見ながら、時折こちらに視線を寄越す。問診票には声が出ないことを書いているから、きっと今の言葉は僕に対してだろう。
    「ミスタの、彼の声が出なくなっていることに昨日気づきまして」
    「昨日ね、なるほど。それじゃちょっと喉を見せてもらうね」
    そういうと男の後ろに控えていた看護師が銀色の器を渡し、先生はその中に入っていた器具を取り出した。「はい、大きく口を開けてねえ」と間伸びしたなんとも緊張感のない声でミスタに告げ、彼は怯えつつもしっかりと要求に応え形のいい口をぱかりと開いた。
    銀色に光る平らな棒を舌に押し付け、喉奥に光をあてつつ男はあーともうーともはっきりしない言葉を発した。
    見終わったのか「もう大丈夫だよ」とミスタに伝え、彼の唾液で濡れた器具を器に戻し看護師に渡す。液体で手指を消毒しながら、男は問いかけた。
    「急に声が出なくなったと」
    「はい」
    「なるほどねえ。こりゃ、おそらく精神的なものでしょうねえ。それを解決しないことには治療法はありません。心を軽くする薬なんてものもありますが、処方してもらうようにお願いしましょうか。処方と言っても一旦精神科の方に紹介状を書いてから、そちらで処方という形になりますが」
    ぽりぽりと薄くなった頭をかきながら、男ははっきりと告げる。正直喉に腫瘍か何か悪いものでもできて声が出なくなったんじゃないかと、その線を捨てきれずにひとまず咽喉科を訪ねてきたのだ。しかしその線も潰えてしまった。
    僕の中でも、ミスタの声は精神的なものだろうと思っていてはいた。しかしそれを医者でもないただの人間が、彼に告げることはよくないのではと考えた末の行動である。
    …本当は、ミスタに告げるのが怖かっただけかもしれないけれど。
    「ミスタ、薬処方してもらおうか?」
    そう言いながらミスタを伺うと、はっきりと「嫌だ」と言ったのが見てとれた。彼の気持ちも少しは理解できるため、漏れ出そうになった息を押しとどめ医者に言う。
    「薬は、大丈夫です」
    「そうですか。とはいえ精神科の方に一度行かれた方がいいでしょう。紹介状を書きますから近いうちに行ってみてください」
    「はい、ありがとうございます」
    そして医者はどこか言いづらそうに、まごつかせながら徐に口を開いた。
    「ところで、ご兄弟ですか」
    「いいえ…いいえ。同僚ですが、何か問題でも」
    「いえいえ、特に問題はないんですよ。ただね、彼のそばにいてあげられる人間がいた方が…好ましいと思いましてね。これでも昔精神科と咽喉科と迷った人間でして」
    そうして微笑んだ男の顔は、人柄の良さが滲み出ていた。人の良さゆえに精神科はしんどかったのかもしれないと、そう勝手に医者の背景を考えてしまう。
    「ミスタは、彼は僕が当分面倒を見ます」
    ぎゅっと、力強く袖を握られた。ごめん、とでも言うように彼はただひたすら俯く。気の毒になるほど俯く彼に、心配しないでという気持ちを込めて肩をぽんぽんと優しく叩く。そして男からもらった紹介状をカバンに仕舞った。
    「ついでですから、腕の傷も処置しておきますね」
    本当なら皮膚科にかかるべき傷だろうに、先生は腕の傷までも薬を塗って包帯を新しいものに変えてくれた。素人のそれだった巻き方が、男の手でみるみる内に正しく巻き直される。
    ミスタは何も言わず、ただじっとその光景を眺めていた。ほんの僅か指先が震えていることは、誰も指摘はしなかった。
    「はい終了です、お大事に」
    「…ありがとうございました、先生」
    最後にお礼を言い、診察室の扉を閉める。僕の傍からくっついて離れないミスタを、自分が守らなければと心の中で強く決意した。
    この生き物を、繊細で脆くて可哀想な生き物を守らねば、と。最初に僕を頼ってきてくれたミスタの気持ちを尊重したい。いや、きっと僕がそれを手放したくないんだと思う。彼が一番最初に僕を頼ってくれたって事実に。ルカでもアイクでもないこの僕を彼は選んでくれた。それに応えたい。
    「僕に弟がいたら、こんな感じなのかな」
    気づくとキョトンとした顔で、こちらを伺うミスタがいた。どうやら口に出してしまっていっていたらしい。「俺が弟?」だろうかこの顔の意味は。
    「ミスタは嫌?僕が兄になるの」
    その瞬間彼はブンブンと頭を横に振り、言葉を紡げぬ口を使って必死に訴えかけてくる。『嬉しい、嬉しいよ』と答えるその姿に、じわじわと心が温かくなるのを感じた。
    手間のかかる子ほど可愛いとはこのことだろうか。なんにせよその時から僕には弟ができた。
    ふわふわした気持ちのまま病院のソファに腰掛け、ミスタとともに呼ばれるまで待った。僕の右手は彼の左手と繋がっていて、指先を通してミスタの体温を感じる。思ったより彼の体温は、僕にとって心地よかった。もう少しこのままでいたかったけれど、十分そこらで呼び出されてしまう。ミスタと共に受付に行き、請求額を確認した。
    「診察料2500円です」
    受付の看護師は青いトレーをガラス一枚挟んだ向こう側から差し出してくる。名残惜しいけどミスタの手を解き、両親からもらった黒色のショルダーバッグから財布を取り出した。
    その様子を見ていた彼はわずかに戸惑い、キョロキョロと辺りを見回す。そして諦めたのか僕に対して『ごめん』と言った。彼のことだから自分で払おうと思ったのだろう。そして財布すら置いて、僕の家に来たのを思い出したのだ。
    「気にしないでミスタ。もし気にするようだったら今度返してくれたらそれでいいよ」
    本当は病院に来た時からお金は僕が払おうと思っていた。病院に行こうと言い出したのは僕だし、彼は嫌がっていた。この状況で金を払うのは僕の方だろう。けれどミスタは義理堅い人だから、返そうとしてくる気がする。本当に僕が払ってもいいんだけどね。
    ちらりと彼の方を伺うと、どこか眩しそうな表情を浮かべ何かに耐えていた。それどういう表情?なんて聞いてみてもよかったんだけど、ミスタはすぐにそれを消してしまった。掴み損ねた何かが無性に気になって仕方がなかったけれど、ここは病院だし目線で催促をしてくる受付の人の迷惑になりかねないのでトレーにぴったり2500円を置いた。受付の人はゆっくりとした手つきでレシートを機械から切り取り、再び青いトレーに乗せてこちらに渡す。それを受け取り、財布の中に折り畳んで収納した。ショルダーバッグに財布を戻し、もう一度彼の手を握った。
    「帰ろうか、ミスタ」
    この時の彼の笑顔は、僕の生涯を通してもきっと忘れないだろう。ミスタに悟られないよう目に焼き付けて、心の中の宝箱にそっとしまった。
    彼は、ヴォックスは知っているだろうか?ミスタが笑う時、ほんの少しだけ八重歯が見えることを。知らないと良い、僕だけが知っている秘密であったらいいなと彼と手を繋ぎながらふと思った。
    電車を乗り継ぎ、忙しそうに道ゆく人々を背に帰路に着く。その間一度も手を離すことはなく、僕たちは家に着いた。喋ることもできなかったけれど、不思議と心が安らいだ。
    301と書かれた無機質なプレートが飾ってあるアパートのドアを開ける。ミスタに先に中に入るよう促して、後ろ手にドアを閉め鍵をかけた。
    ドアスコープは入居初日にガムテープで塞いである。それを見たミスタの第一声がもう…すごかった。ものすごい目で見られたし、「なっ…はぁ?」なんて低い声で言われたら心臓がヒュッてなるだろう。ミスタ曰く、シュウがこんな雑なことをする人間だと思わなかったと言われてしまった。これは俺やルカがすることであって、決してシュウがやってはいけないことだとコンコンと諭されてしまったのは記憶に新しい。数日前の出来事なのにやけに懐かしく感じる。
    ぼんやりと思い出しながら玄関に直に座り、もたつきながら何とか一人で靴を脱ごうとしているミスタの前にしゃがみ込む。靴紐を解き、踵から脱がしていった。彼の形の良い足が顕になる。黒色に塗られたペディキュアが、ミスタの足を一層飾り立てていた。けれど所々剥げてしまっている。
    「マニキュアが売っている店、近くにあったかな」
    明日買ってくるよと彼に告げ、靴下を履いてないことに今更気づく。素足でスニーカーなんて不快だったのではないだろうか。そういえば服は貸せるけど靴下はサイズが合わないからって貸してなかったな。申し訳ないことをした。マニキュアと靴下を明日早急に買いに行かねばなるまい。黙々と靴を脱がせていると、どこかあの有名な童話のようだと一人で笑った。それを見たミスタは『どうしたんだ急に』と不審者を見る目でこちらを見つめる。
    僕は足の甲を指の腹で撫でながら、なんでもないよと言った。少しくすぐったそうに身を捩るミスタは、本当に可愛くて僕が守ってあげなくちゃ、そう再確認した。
    靴を脱いだ彼はペタペタとフローリングと足の裏をくっつけながら、勝手知ったる顔でリビングへと進む。その後ろから僕も着いていった。するとキッチンの方へ体を向け、何やらゴソゴソとしている。何をするんだろうと様子を見ていると、冷蔵庫の中から水を取り出し、コップを2個持ってこちらにやってきた。ソファに腰掛けていた僕のそばに、そのままちょこんと座る。そして楕円形のガラステーブルに置いたコップに、ゆっくりと溢れないよう水を注ぎ、その内の一つを手に取って僕に渡してきた。
    「ありがとう、ミスタ」
    内心驚いたものの、彼が僕のために水を注いでくれたのが純粋に嬉しかった。この数日間ミスタはほとんどこの家のことを何もしていない。僕に対して初めて自主的にやってくれたことなんじゃないだろうか。自分の口角が上がるのがわかる。気持ち悪い顔を浮かべてはないだろうか。
    こほんと一つ咳払いをして、場を誤魔化した。
    「あれ、その水はどうするの」
    ミスタが飲む分だとばかり思っていたもう片方の水を、ミスタは手に取りソファから腰を浮かす。狼狽える僕をよそに彼は言い放った。
    『パキラの分』
    当然でしょと言わんばかりの態度で、首を傾げながら彼の口が動いていた。
    「それじゃあ君の分の水じゃないじゃない。僕の飲みなよ」
    それもそうかと感心したように頷くミスタの中の優先順位というか、ミスタ自身への無頓着さがほんの少し怖くなった。
    ミスタはトプトプとコップに注いだ水を観葉植物にあげている。何なら大きくなれよとでも言っているのだろうか。口元がぱくぱくしていた。とうの本人はなんとも嬉しそうである。親の心子知らずとはこの事を言うんだろうと、この言葉を残した先人の苦労を知った。
    注ぎ終わったのか人差し指で葉っぱをピンと弾き、こちらへと帰ってくるミスタ。僕の横に座り、不意に肩に頭を乗せてきた。右の肩にかかる重みに、ミスタがまだ存在していると実感する。
    今日洗面所で血まみれの姿を見つけた時、心臓が止まってしまうかと思った。
    ぼんやりと心ここに在らずといった風貌で、真っ赤に濡れた両手を投げ出し目を伏せたまま動かないミスタに、血の気がひいた。全身から血液がすっと消えていく感じとでもいうんだろうか。ピクリともしない彼に、正直生きた心地がしなかった。ミスタには申し訳ないけど、彼の体を何度も揺さぶって「ミスタ、ミスタ」と話しかける。彼が答えてくれた時には本当に泣きそうになった。
    何度も洗ったのだろうミスタの両腕は、傷口がぐちゃぐちゃになり所々傷が抉られていた。指先も擦り切れ、手の甲は石鹸のせいか乾燥して真っ赤になっていたし。一時期はどうなることかと思ったけど、彼が生きていてくれて本当に良かった。
    「ミスタ、一緒にオムライス作る?」
    徐に指を絡める。そっと親指の腹で、彼の指の付け根を撫でた。
    ピクリと体が跳ね、躊躇いがちにミスタも返してくる。これは「一緒に作る」というサインだろうか。いや多分そうだろう。その証拠にこちらを一身に見つめる目が、とてもキラキラして輝いていたからだ。
    十分ほどそうしていただろうか。お互いうつらうつらと頭をもたげ、互いに大きなあくびをした。「眠ってもいいよ、僕が起こしてあげる」そう言うと、ミスタはゆっくりと目を閉じて一層の重さを僕に預けてきた。そのまま僕も波に攫われ、沈むように眠気に身を任せた。


    二人して長時間のお昼寝タイムの後、気づいたら既に夜の18時だった。「なんで起こしてくれないの」と詰め寄るミスタに「僕も寝ちゃってたんだって」と言い訳をして、慌てて準備に取り掛かった。僕だけで作ったら1時間もかからないはずなのに、その日はなんと2時間もかかってしまったのは完全に計算間違いである。台所に立たせてはいけないメンバー不動の一位である彼は、本当にやばかった。
    卵も割れない、火を扱う姿は悪魔の如く恐ろしい、不器用な手つきで卵をぐちゃぐちゃとかき混ぜる。当然の如くキッチンは大惨事であった。
    けれどもその日の夕食のオムライスはとても不恰好で、原型を全く留めていなかったけど今までで一番美味しかった。ミスタがケチャップで頑張って書いてくれた”シュウ”の文字に、不覚にも泣きそうになったのは彼には内緒だ。ミスタ作オムライスは、食べる前にもちろんスマホで写真を撮っている。当然である。
    二人でテーブルを囲み、黙々と食べすすめた。お互い喋らないけれど目配せでなんとなく言いたいことは理解できたから、特別気まずいこともなく。むしろ嬉しそうに頬を膨らませて食べているミスタに、僕まで嬉しくなった。
    食べ終わった後は、手を怪我しているミスタに代わって僕が皿を洗う。その横で彼はじっとこちらを見つめていた。
    「ミスタ、先にお風呂入ってきていいよ」
    まだまだ終わりそうにない片付けを見て「でも」と口ごもる彼にそっと声をかける。
    「問題ないよ、今日は疲れたでしょ?ゆっくりしておいで」
    そういうと渋々ながらミスタはお風呂場へと向かった。彼の後ろ姿を確認した後、すぐに他のメンバー全員に個人チャットで連絡をする。メンバーの空いている時間を確認し、みんなに大切な話があるからと。ミスタのことで言わなきゃいけない事があるからと、絶対に来てほしいと送信する。
    そのまま紹介状をもらった病院のホームページに飛んで、オンライン予約をした。希望日時が空いているか不安だったけれど、どうにかメンバー全員で話を聞くことができそうだった。ひとまず安心して、スマホを閉じる。けれど先にお風呂に行かせたミスタが、今手を負傷中なのをすっかり失念していたのである。
    「っミスタ!ミスタ大丈夫!?」
    慌ててお風呂場に行き、鍵のかかっていない扉を思い切り開ける。そこにはオロオロと立ち往生しているミスタが、キュンキュンと子犬のように助けを求めていた。服は脱げたものの、どうやってシャワーを浴びようか考えあぐねていたんだろう。これは僕が悪い。自分の考えの至らなさに眉間を揉む。
    「ごめんねミスタ…僕が悪かった。包帯の部分にはラップを巻いて水が入らないようにしようか。自分で入れそう?ミスタが嫌じゃなかったら僕がいれてあげるけど…それとも洗面台で頭だけ洗ってあげようか。体は蒸しタオルで拭けばいいんじゃないかな。君はどうしたい?」
    パンツ姿で視線を彷徨わせているミスタは、どうしたらいいのか悩んでいるんだろう。僕だってミスタの立場になったらそうすると思う。同僚に体を洗ってもらうのは如何なものか、でも体はスッキリさせたい。そんな感じだろうな、ミスタの今の心の中は。そしてようやく答えが出たのか、ミスタはスマホを取り出し、メモ機能に文字を打ち込んだ。その画面をずいと近づけて、目の前で見せてくる。
    「髪、洗面台で洗って蒸しタオルで体拭いてほしんだね。わかった」
    流石に裸の付き合いは恥ずかしかったのか、照れ臭そうに要望を伝えてくる。そんなパンイチの彼に、寒そうだからズボン履いてもいいんだよと言うと、いそいそとその辺に投げ散らかしてあったズボンを手に取って履いた。
    その姿がなぜかおかしくて声に出して笑うと、どうやら機嫌を損ねてしまったらしく不貞腐れてしまう。…本当に弟ができたみたいだった。
    そのあと僕らは四苦八苦しながら小さな洗面台で髪を洗い、ドライヤーでミスタの髪を乾かした。
    猫っ毛な髪はすぐにふわふわになり、毛並みの良い猫の完成である。ミスタを伴ってリビングに戻り、サクッと蒸しタオルを作りミスタの体を拭く。温度が心地いいのか、随分と気持ちよさそうにうとうとしている。
    「今日はゆっくりおやすみ。もしよかったら僕のベッドで寝る?」
    こちらまで和みながら、ふと思ったことを口に出す。するとギョッとしたような目でミスタはこちらを凝視した。5日間も彼はソファで寝ていたのだ。もうそろそろ体もバキバキになることだと思ったんだけど。
    「僕はソファで寝るよ」
    いい提案だと思ったんだけど、彼は頑なに頭を縦に振らなかった。
    ミスタは少し頑固なところがあるから、仕方なくそれ以上提案するのはやめた。両腕を使い、バッテンの文字を作る彼は中々可愛かったのは内緒である。そうこうしているうちに全身を拭き終わり、キッチンで彼のためにハニーミルクを作った。せめてミスタが安心してくれますようにと心を込めて。
    その様子をぼんやりと眺めるミスタに、一言声をかける。
    「おやすみ。また明日ねミスタ」
    彼はふんわり微笑んで、また明日と言ってくれた。それだけで体が軽くなる。思考をどこかに攫われたまま、綿毛のような足取りで自室へと向かった。
    電気も点けずにベッドに寝転がる。この気持ちのまま眠りたかった。この甘く切ない気持ちのまま、泥のように眠ってしまいたかった。毛布を手繰り寄せ頭まですっぽりと覆う。そして心臓を下にして、横向きに蹲った。
    「明日はフレンチトーストでも作ろうかな」
    ぼんやりと薄らぐ波の中、明日の献立を考える。きっとミスタは何を作っても美味しいと言ってくれる。そのことが嬉しくてたくさん作りたくなるのだ。フレンチトースト好きだといいんだけど。
    ざぶんざぶんと波に足元が攫われる。攫われて攫われてとうとう頭まですっぽりと水が覆い、かぱりと開けた口から塩水が体の中へと侵入する。体の芯まで浸される水が思いの外心地よくて、そのまま体身を委ねた。




    揺れるカーテンを目を細め眺める。真っ白なそれは日差しを柔らかく包み込み、診察室を明るく照らしていた。
    初めて病院に行ってから数日が経った。
    僕はミスタを伴い、紹介状を持ってとある病院に来ている。小さな診察室には成人済み男性が四人、所狭しと立ち竦んでいた。周りにはルカ、アイク、ヴォックスそれと僕がミスタを囲むように立つ。ミスタはパイプ椅子に座り、呆然としていた。彼に黙ってみんなを呼んだことが、自責の念となって背中にどしりとのしかかった。僕は今になって負い目を感じている。それでも間違った選択はしていないと自身に言い聞かせた。ミスタはきっと皆に事実を告げる事なく、活動休止していただろうから。
    息を潜め、そっと辺りを見回す。ルカは泣きそうな顔をしているし、アイクはきっと何かを悟ったんだろうヴォックスの方をしきりに気にしていた。とうのヴォックスは、この状況がうまく飲み込めていない様子だった。
    「えー、同僚の方々ですね?」
    「無理を言ってしまいすみません。どうしても仕事に影響があるため、同僚を呼びました」
    細身のまだ若そうな見た目の医師は、戸惑いつつも第一声を発した。一応前もって連絡していたものの、担当の医師に一言断る。保護者でもない人間が複数人いるのだ、戸惑って当然である。
    しかしこちらとしても配信業務やコラボに影響を与えかねない。みんなで聞いておいて損はないと結論した結果だ。そこにミスタの意見を反映しなかったのは、僕の判断でもあり僕の責任である。
    「わかりました。それでは診断の内容をお伝えしますと、声が出ないのは精神的なものから来る症状だと思われます。何か心当たりはありますか」
    「…はい、あります」
    言うかどうか迷ったが、ここで嘘を言っても意味がないと思い勝手に答える。僕の前に座るミスタの肩が、ぴくりと震えるのが見てとれた。医師は胡乱げな目をこちらに向けるも、何も言わずカルテに再び目を落とす。
    「えー…心当たりがあるのであれば、その要因を取り除いてあげるのが一番の近道だと思います。ストレス性の症状は、そのストレスを和らげたり、緩和したり、解決したりすることが良いとされていますので。今日は心を軽くするお薬を処方しておきます。また一ヶ月後にいらしてください。ゆっくりと治していきましょう」
    医師はパソコンを見ながら、つらつらと述べる。
    このストレス社会では、特に珍しいことでもないのかもしれない。
    カタカタとパソコンのカルテに、処方箋だと思わしき書類を打ち込んでいた。僕らは互いに喋らず、促されるまま診察室を後にした。
    俯き誰とも目を合わせようとしないミスタ。その背中に手を添えて、待合室まで歩く。
    「ねえ、今後どうする」
    アイクが特にずれてもいない眼鏡を直しながら、ボソリと言った。彼も動揺しているんだろう。
    「どうもこうも、ミスタの声が出るまで支えていく。ミスタ、俺支えるよ」
    ニッカリと人好きのする笑みを浮かべ、ルカがミスタに笑った。POGPOGと小さく呟く姿は、どうにかしてミスタを安心させようとしている風に見えて、じんわりと目が温かくなった。
    空いていた長椅子に向かい合って座り、五人で互いに目を合わせる。
    「ミスタは、当分僕の家に居てもらおうと思ってる」
    どれくらいの時間が経っただろうか。1分にも1秒にも1時間にも思えたそれは、時間にすればわずか数分だっただろう。みんな固まり、じっと僕の目を見つめる。ミスタだけが目を合わせてくれなかった。
    「この十数日、僕はミスタと一緒にいた。これからもミスタの症状が治るまで僕はそばにいたい。皆が賛成してくれたら嬉しいんだけど。でも当人のミスタが嫌だって言うんなら、僕は何も言わないよ。…ミスタは、どうしたい?」
    お願いだから、どうか僕を選んでくれ。どうか。
    そんな願いが伝わったのか、ミスタはゆっくりとこちらを向いた。うろうろと視線を彷徨わせ、何かを思案するそぶりを見せたあと、音の出ない口で「Please」と言った。急激に体の足先から温かくなるのを感じる。ミスタが僕を選んでくれたことに、計り知れない嬉しさが込み上げてきた。アイクとルカはそれぞれミスタが良いなら、と言ってくれた。
    「じゃあ、」
    「待った」
    真横に座っていたミスタの手を握り、今後の話をしようと彼に体を向けた。けれどもヴォックスが話を遮り、僕たちの前に立ちはだかる。
    ゆらりと揺れる長い髪に隠れ、彼の表情が窺えない。突然の出来事に静止するルカとアイク。僕はもう一度、ミスタの手を握り直した。
    「俺は賛同できない」
    「どうして、ミスタが賛成してくれたんだ。ヴォックスの意見は求めてないよ」
    彼は何かを逃すように、長い長いため息を吐く。
    「俺が面倒を見る。いいだろう、ミスタ?」
    急に問いかけられたミスタは動揺したのか、僕とヴォックスの二人をチラチラとみた。一髪触発の険悪な雰囲気が伝わったのかもしれない。僕としては正直ヴォックスにだけは渡したくなかった。なぜなら彼は、ミスタが体調を崩した原因の張本人だからだ。その原因である彼は、きっと知らない。自分が原因だってこと。
    「だめだ」
    「シュウ、君には聞いていない。…ミスタ、お前はどうしたい」
    ミスタは泣きそうな顔でこちらを見つめてくる。彼には選べないのだ。優しくしてくれた僕のところで当分療養するのが一番いいけれど、大好きなヴォックスのそばにいたいのも事実。どちらも捨てられない。
    「ミスタが困ってる」
    ルカがヴォックスに対して言う。けれども声の鬼であるヴォックスから「少し口を閉じていてくれ」と言われ、虚を突かれたように口をつぐんでしまった。アイクは片手で顔を覆っていた。やがて覚悟を決めたのか、目が据わる。そしてヴォックスに告げた。
    「僕はシュウといた方がいいと思うけど。…ヴォックス、君じゃだめだ」
    「…どうして、君までそんなことを言うんだい?」
    足を揺さぶり苛々した様子でボソリと埒が明かないな、と言った彼の言葉に、ぞわりと体から嫌な気が騒めき立つ。表情の見えない彼の顔が、はっきりと見えた気がした。
    彼は、ヴォックスは怒っていた。目は赤く染まり、体が凍りそうなほど冷たい目をしていた。
    「っ!?ま、何するのヴォックス!」
    突然強い力で振り解かれた。その拍子にミスタの手をヴォックスが乱雑に掴み、するりと僕の手から離れていく。
    「ッミスタ!ヴォックス自分が何してるかわかってる!?」
    必死にもう片方の手を掴み、ヴォックスの暴挙を防ぐ。アイクとルカも立ち上がり、一緒に止めようとしてくれている。どうしてヴォックスがこんな暴挙に出たのか、何もわからなかった。ただ一つ言えることは、彼は確かに怒っていた。久しぶりにヴォックスに会い、こんな形での接触になったミスタが心配で、彼の顔をどうにか伺った。
    「ミスタ…?」
    ミスタは、頬を赤らめていた。潤んだ瞳で、とても大好きな人を一心に見つめていた。
    その表情を見た瞬間、体から力が抜け、彼を掴んでいた腕がだらりと垂れた。どうして好きな人に連れられ、頬を染める彼を邪魔できようか。ミスタの表情が物語っているではないか。僕ではなく、ヴォックスを選んだ。
    「ミスタ」
    僕の問いかけにも振り向くことなく、ヴォックスと共に病院を去るミスタをぼんやりと眺める。
    ルカは呆然とし、アイクは今度こそ項垂れた。どかりとソファに腰掛け、髪を雑にかきわける。アイクの形のいいつむじが見えた。彼は右巻きなんだなと茫と考える。今はそれどころじゃないこともわかっているけれど、現実を直視できなかった。
    他の利用者の不躾な視線と、ナースの僕らを注意する声だけが頭に響いた。





    その日どうやって家に帰ったのか、二人はどうしたのか何も記憶になかった。
    気づいたら自分の部屋で突っ立っていた。真っ暗な部屋の中、夜の寒さにようやく己の現状に気がつく。片手が重い気がして、ふと視線を下ろすと半透明のビニール袋を下げていた。右手の掌にうっすらと走る赤い線が、過ぎ去った時間を物語っている。
    あるのはただミスタに渡すはずだった薬と、彼のいない部屋だけ。ミスタが今朝使っていたマグカップが、サイドテーブルにぽつんと残る。
    そういえばミスタが寝坊して、食器を洗う暇もなく外に出たんだったと思い出した。彼が暮らしていたリビングには、生活していた跡がまだたくさん残っていた。
    投げっぱなしのシャツに、気持程度に畳んだシーツ。なぜか大事に育てていた観葉植物と、フローリングに転がる包帯。ありありとミスタと暮らしていた情景が頭に浮かんだ。
    薬局でもらったらしい薬の袋を、適当にダイニングテーブルに投げる。中身が少し出てしまったが、気にならなかった。
    キッチンに行き冷蔵庫から牛乳を取り出して、そのまま口をつけて飲む。行儀が悪いことも承知の上。もうコップを使う気力もなかった。喉を潤し、冷蔵庫に戻すことなく牛乳をキッチンに置く。覚束ない足取りで、リビングまで戻った。そしてミスタが寝泊まりしていたソファに、どさりと腰掛ける。少しでもミスタを感じたくて彼が使っていた毛布を手繰り寄せ、うずくまった。
    ぼんやりと何も無い部屋の一点を眺める。そうしていつもの癖でなんの用もないのにスマホに手を伸ばした。スマホのロック画面には緑のアイコンがズラっと表示される。どれも同じ人間からだった。
    そこでようやくスマホに何十件もの着信があったことに気がついた。驚いたのも束の間、アイクから再び着信が鳴る。手の中で震え、何度も甲高い音を鳴らす携帯に煩わしさを感じ、投げやりに電源を落とした。
    自分にはもうスマホを持つ気力もなくて。するりと携帯が手から滑り落ち、音を立てフローリングにあたった。ゴツン、と硬い音が聞こえたけれど、確認する活力も湧くはずがなく。
    ふとパキラが目に入った。彼が大事に育てていたそれは、僕が水やりをしていたときよりも生き生きしていて。
    頬を赤らめるミスタの顔が、脳裏に焼き付いて離れなかった。この部屋で過ごした彼が、決して見せてくれなかった表情。ヴォックスにだけ見せた表情。あの時引き留めることが正解だったのかもしれない。けれどんなに嬉しそうなミスタを見たら、止められるはずもない。
    ただ祈るのは、これがミスタにとって最善の選択であってほしい。ただそれだけだった。





    「…ミスタ、思ったより元気そうだね」
    数日後、ソーシャルメディアにて活動休止が発表された。
    彼がどんな気持ちでコメントを投稿したのか僕にはわからなかったけれど、文章を見る限りミスタの鬱屈さは軽減されているように思えた。同僚として彼のコメントに返信をする。『いつでも待ってるよ』とありったけの本心を乗せて、送信ボタンを押した。
    そのまま配信用パソコンの横に置いた数本のネイルを掴み取る。彼のために内緒で買ったマニキュアを、ゴミ箱の中に投げ入れた。ミスタに似合うだろうと思って一目惚れしたオレンジ色のマニキュアが、弧を描いてゴミ箱の底に落ちていく。もうこれを使うことはないのだから、取っておく必要もない。
    きっとヴォックスなら、よりミスタに似合うものを買ってあげられるだろう。

    「Hello」
    いつものようににっこりと微笑み、配信を開始した。
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