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    banuuco

    @banuuco

    某Vtuverに沼った人間の絵と文章置き場.
    乱交大好きNot固定cp
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    banuuco

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    ▲後編1▲ 2ヶ月ぶりだべ!!!
    👹🦊

    ヴォが💙💙言いすぎてミがちょっと精神的におかしくなる話の続き。病みミに希望を抱いてる。
    #FoxAkuma

    #Foxakuma

    あの瞬間、俺の中で何かが弾けた。
    ヴォックスに腕を取られ、自分だけを一心に見つめられたあの瞬間。俺はシュウが引き止めてくれたにも関わらず、彼の手を取った。触れた箇所がじんわりと熱を持ち、思わず泣きそうになった。

    きっと俺の顔は見れたもんじゃなかっただろう。たとえばそう、恋する乙女の甘やかな表情。男の、ましてや同僚のそれなんて見れたもんじゃない。
    悲劇のヒロインよろしく俺はその日、同僚の男にさらわれた。



    俺の1日は大好きな男の声から始まる。狸寝入りしているのをわかっていながら、男は甘く溶ろけるような低音ボイスを耳元に寄越す。

    「ミスタ、良い子だ。ほら、起きなさい」

    俺がピクリと体を跳ねさせるのを、心底愉しげに見つめているに違いない。その証拠に毎回耳元で、ふっと息を吹きかけてくるのだこの男は。
    耳が弱いのを知っているくせに。

    「ミスタ」

    むくりと起き上がり、恨めしそうに睨め付ける。ここまでがワンセット。言うなれば前菜みたいなもんだ。お互いに戯れだと理解しているし、そのままセックスなんてザラである。
    朝からなんて不埒だと糾弾されるかもしれない。けれど朝起きて大好きな男が欲情してくれる。そんな素敵な日々を、俺は素直に享受することにしている。
    求められている、それだけで湿った吐息が漏れてしまう体にされてしまったけど。
    ほら今日も啄むようなバードキスを額に振りまく。そのまま瞼、頬ときて口元だ。ゆっくり口を開き、男の舌を迎え入れる。夢にまで見た男とのキスだ。

    「ミスタ、幸せか?」

    ああ、死にそうなくらいに。
    俺は声が出なくなったことに、心底感謝した。幸せすぎて死にそうなほどに。けれど『死んでもいい』なんて男に言った日には、俺は抱き潰されて一日中攻めたてられるのだろう。
    それでも良いなんて思うくらいには、絆されていた。

    シュウと離れてから約二ヶ月、俺は元同僚を思い出す間もないくらいヴォックスに愛されている。俺は愛されているのだ。たとえヴォックスの自室から、アイクに愛を囁く甘ったるい言葉が聞こえたとしても。
    『俺は愛されてる』
    白いシーツに埋もれた身体を持ち上げられ、深く深く抱擁された。つられて俺もゆっくりと両腕を男の首に回した。
    そのまま横抱きで腕に抱えられ、男の首筋に鼻を埋めた。わずかにローズのような香りが鼻腔をくすぐる。

    「今日の朝食は目玉焼きのベーコン添えだよ、ハニー」

    ああ、確かに香ばしい肉の匂いが漂ってくる。
    リビングにはきっと綺麗に盛られたSNS映えしそうなプレートが並んでいるはずだ。大きな手で器用にフライパンを扱い、隠し味にハーブソルトなんかを入れて、小洒落た皿に移して満足げな顔を浮かべる。そんな男の姿がありありと思い浮かんだ。

    何も持たずに男の家に転がり込んだため、上から下まで全身男からの借り物だ。本当は何も着たくないけれど、『さすがに服は着てくれ、毎日盛ってしまう』なんて言われたら着るしかない。
    ヴォックスは絶倫で遅漏で性欲旺盛だ。毎日盛られた日には、俺のケツが爆発する。妥協案として下着は着てないけどね。
    ヴォックスに抱えられリビングに行くと、やはりそこには二人分のプレートが対面に並んでいた。木製の椅子に下ろされると、向かい側に男が腰掛けた。
    お互い神には祈らない。祈ったところでどうにもならないことを身をもって知っているからだ。

    ひっそりと、だがしかし清廉な空気を纏って始まるこの日課が、俺は案外好きだった。一人暮らしにしては大きなリビングルームには、はためくカーテンの合間から光が差す。ヴォックスが作ってくれたご飯と、ヴォックスが用意してくれた服と、ヴォックスが整えてくれる身体で俺は構成されていく。
    今まで生きてきた暮らしよりも、シュウが世話してくれた数日よりも、どの生活よりも俺の中が満たされていくのがわかった。

    「どうだ、美味しいか?」

    ナイフとフォークを手に取り、厚切りベーコンを口の中に放り込む。じゅわりと広がる肉汁と、噛めば噛むほど溶ろけていく塊に自分の未来を見た。
    ヴォックスは俺を大切にしてくれるけど、コイツが俺を大事にするたびにこの肉みたいに俺の旨味が無くなっていく。きっとしゃぶり尽くされ、最後には骨だけが残るのだろう。
    ごくんと喉を鳴らしカケラを飲み込んで、にっこりと笑う。

    『美味い、ありがとう』

    と口パクで言えば、男は大輪の花が咲いたように笑うのだ。一人分の声しか聞こえない部屋で、ニコニコと男は幸せを撒き散らす。
    男に全身をゆっくり侵されていくのを感じながら、半熟の目玉焼きにナイフで切り込みを入れ、とろり溢れ出す黄身と一緒に白い部分を食べた。

    「誰かと食べるご飯は、良いものだな」

    伏せ目がちにちらりとこちらを伺い見る。

    「なあ、ミスタ。俺はお前が居てくれて嬉しいよ」

    ここのところ何度も聞くセリフだ。どうして毎日言ってくるかなんて分かりきっている。男の視線はむき出しになった腕を注視していた。

    「それだけは覚えておいてくれ」

    それだけを言うと、空になったプレートを持ってキッチンへと消えていった。
    誰もいなくなった目の前の席を、ぼんやりと見つめる。
    シュウの家にいた頃には止まっていた自傷行為が、ここ最近止められなくなっていた。彼の家には一ヶ月もいなかったけれど、とても穏やかに過ごせていた。今の生活は俺を満たしてくれるけど、トイレに行ったり、ちょっとした軽食を冷蔵庫に取りに行ったり、ヴォックスに甘えたくて部屋の前までいったときに、不意に聞こえてくるアイクへの蜜言。
    全身の血がざっと下に流れていくのだ。そして同時に玉流しそうなほど、血が駆け巡る感覚もある。怒りと、失望と、そして落胆。

    ヴォックスから「愛してる」なんて腐るほど言われた。それこそ毎日毎晩の日課になっているほどに。それでも付き合ってくれと直接言われたこともないし、俺たちの関係はセフレにも満たないだろう。
    ただただ慈しむ。男にとってセックスとは、子供をあやしているようなものなのだ。愛を嘯き、体を重ねれば身を委ねてくれる便利な道具。コミュニケーションツールの一環にすぎない。

    ランチョンマットと同じ色のマグカップが、反射して輝く。赤いそれは、男が引っ越しするからとお祝いに贈ったものだった。
    気づいたら赤色のマグを手に取っていた。どれもこれもアイツのパーソナルカラーが赤だからだろう。そんな単純な理由で選んだマグカップ、実はお揃いなんだ。
    そんなこと言ったらヴォックスは戸惑うだろうか。どうだろう、案外嬉しがってくれるかも。…いやそれはないか、俺の妄想もとうに行き過ぎている。
    赤とオレンジ色のマグカップが、テーブルに並ぶのを夢見ている。
    時折互いのマグカップをシェアしたり、夜中寝ぼけて相手のマグを使ったり、そんな夢に浸ってる。どうしようもない馬鹿だ。
    そんな未来はありゃしない。そう分かりつつも、男の優しさに自惚れそうになる。

    「ミスタ、どうした手が止まってるぞ。俺が手ずから食べさせてやったほうがいいか?俺はどちらでも構わないが」

    マグカップも洗うためだろう、こちらに戻ってきたヴォックスに声をかけられる。手際よく朱に染められた竹製のランチョンマットを片付けつつ、俺の様子を伺った。

    『ヴォックス、食べさせて』

    男をじっと見つめながら、要求を口にする。すると一瞬驚いたような顔を見せたがすぐに嬉しそうに、隣の席に座り俺の手に握っていたフォークを取った。
    乱雑に切り分けられたベーコンに、フォークの先を突き刺す。そのままゆっくりと口元に差し出した。肉汁が垂れないよう左手を添えて、ヴォックスの形のいい唇がかぱりと開くから、つられて俺も口を開く。

    「ん、いい子だ」

    はく、と差し出されたフォークに噛みつき、舐るように肉の塊を口内へと転がした。そのまま舌の上で転がす。
    雛鳥にでもなった気分だ。
    親鳥が入手した餌を、親鳥に食べさせてもらう。いい歳こいた大人が、こんなことで喜んでしまうのだ。口の端についた汁を、舌先で舐めとる、男に見せつけるように。
    男は徐に片手で顔を覆った。よくよく観察すると、俯くヴォックスの腰はわずかに引いていた。今はまだ少なからず、男の劣情を誘うことができている。そのことに安心した。
    唸るように腹の底から、獣じみた声を耳が拾う。

    「…やめてくれミスタ、朝から腰が立なくされたいのか」

    本当は、してくれたっていいんだけど。
    男の腰に伸ばそうとした手を、そっと引っ込める。そういえば今日はコラボ配信の日だ。そんな日に寝てしまったら、みんながこの男の色気にやられてしまう。
    俺は独占したい、みんなが愛してやまないヴォックスを。だから今日は大人しく部屋に籠っていよう。

    プレートが空になるまで、ヴォックスはひたすら俺の口に食べ物を捧げた。ゆっくり、ゆっくり、この時間を噛み締めるように食べていたから、男にしたらもどかしい時間だっただろうけど。

    「完食できて偉いなミスタ」

    …時々この男の目に俺は小さな子供に映っているんじゃないかと思う時がある。等身大の男としては見ていないだろ絶対。

    『どういう意味だよ』
    「いや単純に嬉しかっただけさ。作ったものを完食してもらえると、嬉しいだろう?お前にもそんな経験、あるんじゃないのか。…いや待てミスタ、お前は料理が壊滅的だったな。すまんこの話は無しだ」

    口をぱくぱくして怒っていたら、笑いながら俺を貶すもんだから少しムッとした。俺だって料理くらい作ったことあるし、シュウは嬉しそうに食べてくれた。

    ヴォックスは知らない。俺がオムライスを苦戦しながら作ったことを。シュウが心底丁寧に教えてくれて、出来上がったオムライスを見て「美味しそうだね、一緒に食べよう」と言ってくれたことも。
    俺に気づかれないように、写真を撮っていたことも。不器用ながらにケチャップで”shu”と書いたことに、とても喜んでいたことも。コイツは何一つ知らない。

    『俺だって経験してる』
    「なんだって?経験があるって言ったかお前…一体誰に何を作ったんだ」
    『ナイショ』

    ここ二ヶ月一緒に住んでいたおかげで、ヴォックスは読唇術ができるようになっていた。7割程度の性確率だが、筆談などに時間を割かなくてよくなった。
    目を白黒させながら、問い詰めてくるヴォックスを交わしつつ食器をキッチンまで持っていく。

    ヴォックスの家のキッチンは、広々としている。黒と白を基調としたシックなモデルルームで、コンロが三つもあればシンクは食器を一週間貯めても山盛りにならないだろう大きさを誇っている。
    一人暮らしにしては少々物寂しい部屋だ。
    雫型スポンジに洗剤を垂らし、洗っていく。何か言いたそうなヴォックスを置いて、黙々と食器を洗った。泡が残っていないか確認しつつ、シンクの横に置かれたカゴに水気を切って並べる。

    『俺、部屋に戻るよ』

    チラチラこちらを伺い見るヴォックスに視線を合わせ、ゆっくりと口をひらいた。カウンター式のキッチン越しに、ヴォックスは歯切れが悪そうに頷いた。

    「何かあったら言ってくれ。俺は配信しているけれど、いつでもお前が大切だからな」
    『ありがと』

    リビングを出ようとヴォックスの側を通る。最後に思い出したように振り返り『ご飯美味しかった』そう呟くと、ひとまず満足したのか、口の端が上がっていて少し可愛かった。椅子の背もたれに肘を置いて、慈愛の目を向けてくる。
    その仕草に、体温が僅かに上がった。思わず駆け寄ってキスを強請りそうになり、勢いよく首を振って邪念を振り払った。

    「ミスタ?どうかしたか」
    『いや、特に何も?』

    顔まわりが熱い。これは耳が赤くなってやしまいか。恥ずかしさからか、隠すように両手で耳を覆う。
    くるりとヴォックスに背を向けて、顔を手で仰ぎながら男から与えられた部屋に急足で向かった。
    ー・・・後ろで気遣わしげに自分を見る、ヴォックスの表情に気づくことも出来ずに。





    最近の朝食を終えた後の日課といえば、二つしかない。寝ることか、同期の配信を見ること。それだけだ。
    日々微睡んでいる。ぼんやりと思考を波の渦に放り投げて、ただひたすらはためくカーテンを眺めている。その隙間から見える街並みが、案外みていて楽しいことに気づいたのは最近のことだ。

    ドレスの裾のように風をなびかせ、光を帯びた真っ白なカーテンは、自分の場所はここじゃないと突きつけられる。俺にはこんな綺麗な場所は似合わないとばかりに、シーツに映る自分の影が嗤った。
    そういえば、最近SNSを見ていない。ヴォックスがみない方がいい、なんて言うから律儀に守ってたけど…少し見る分には問題ないだろ。
    当分開いていなかったSNSには、通知が山ほど来ていた。慌てて通知をオフにして、目についたコメントを見ていった。

    『ミスタまだ復帰しないの?』
    『寂しい』
    『自分達は彼の帰りを待つことしかできない』
    『最近推し変しちゃった』
    『休止した人を待つのは辛いから、もう別の人を探すことにするよ』

    愕然とした。どこかでみんなは俺のことを、無条件に待っていてくれるだろうという無意識の決めつけがあった。実際にはそんなことはなくて。

    何割かの人たちは待ってくれている感じだけど、二ヶ月の間にフォロワーは数万人単位で減っている。これがもう数ヶ月、一年、二年と増えていけばいくほど減っていくのか。
    Vtuber界隈は毎日新しい新人がデビューしていく。その中で埋もれていく人がほとんどだけど、大手企業からの大型新人ライバーには新規客がつきやすい。いつ復帰するかもわからない俺より、フレッシュで真新しい方に食いつくのは自然の摂理だった。

    (そりゃ、そうか)

    ストン、と腑に落ちた。俺がヴォックスとイチャイチャしている間にルカもアイクもシュウも、他のライバーもみんな頑張って配信を続けている。もちろんヴォックスもだ。
    俺だけが進んでいない。一時停止したまんま、一歩も踏み出してなかった。たかが二ヶ月、されど二ヶ月。俺のこの二ヶ月はとてもゆったりとした時間だったけれど、周りの人にとっては目まぐるしく変わりゆく時の一つだった。

    俺が毎日ファンのみんなに向けて配信をしていたからこそ、みんなついてきてくれていた。今はどうだ?何も、何もしていない。あと数ヶ月もしたらみんなの記憶の中から消えてしまうんじゃないのか。いやきっと、消えてしまう。

    恐ろしい。
    そう気づいた瞬間、体が悲鳴を上げていた。戦慄く唇と、痙攣する両手。悪寒のする体を抱きしめることでやり過ごし、覚束ない足取りでヴォックスの部屋へと向かった。

    ヴォックス、ヴォックス。
    このまま俺は、みんなに忘れられていくのか?
    いやだ。そんなのは嫌だ。
    ヴォックス、助けて。

    よろよろと今にも崩れ落ちそうな脚を叱咤し、廊下を壁伝いに歩いた。さっきベッドから落ちた時にぶつけた膝小僧が痛い。足元も見ずにベッドから降りようとしたもんだから、シーツが絡まり盛大に落ちてしまった。
    水の膜を潤ませ、今にもこぼれ落ちそうな涙を拭くことすらせず、彼の部屋へと向かう。
    そんなに距離がないはずの廊下でさえ、体は数十分ほどに感じた。ずる、ずると体を壁に預け、芋虫のように這った。一歩ずつ歩いて歩いて、ようやくヴォックスの配信部屋にたどり着く。ホッとしたのも束の間、彼の部屋から聞こえてくる声にぎくりと体がこわばった。

    「アイク、今日もキャビアトーストを食べたのか?」
    『もちろん、朝食に食べたよ。それが何?』
    「いや私はアイクのことならなんでも知っているからな。きっと今日も食べたのだろうと思ったんだ。これは愛だな愛」
    『はいはい、愛ね。僕もキャビアトーストを愛してるよ』
    「私もお前ごと愛しているよ」
    『じゃあ今度一緒にキャビアトーストね』
    「それは無理だ」

    ヴォックスとアイクの声だ。
    ドアノブを捻ろうと、伸ばした腕が止まる。なんの取り留めもない話をしている二人、ただの雑談、ただの会話、特に深い意味もないだろうそんな軽い会話。

    なのに俺の心はドロドロに煮え立っていた。沸々と湧き上がる良くない感情と、ないまぜになった行き場のない想い。醜いそれらが一瞬にしてミスタの体を襲った。
    楽しそうに話をしている二人と、俺との間には確かに距離があった。俺は今休止中の何の役にも立たないメンバーで、かたやアイクは毎日配信をしてリスナーやファンの人たちにたくさんのものを供給している。
    彼は必要なメンバーだ。じゃあ、俺は?

    (いても居なくてもいい、メンバーじゃんね)

    きっとメンバーの皆んなもそう思ってる。アイクだっていつまでも俺のことを待っているわけないし、シュウだってルカだってそうだ。彼らには彼らの生活があるし、彼らが俺を待つ義務もない。
    それに、ヴォックスが毎日言ってくれる俺への『愛』は、とてもとても軽いものだった。毎朝の日課のような。けれどアイクへの『愛』は愛おしくて大切で、何者にも変え難い言葉のように感じた。

    ヴォックス、俺はなんだ?
    お前のなんだ?何に当たる?

    ぶれる視界の中、そっと腕を下ろした。ぼたぼたと溢れる涙が、大理石調の床に水面を映す。男にバレないよう、元来た道を戻った。
    こんなにも人を恨んだことはない。

    カビて固くなったパンを投げつけてきた隣の意地汚いババァにも、俺が計算できないだろうと賃金を誤魔化しやがったクソ店長も、片親だからと言って虐めてきたガキ大将も、何もかも赦してきた。恨まなかった。だって恨んだらそいつらと同じ土俵に立っちまうと思って生きてきたから。だけど、だけどさ。

    ヴォックス、お前を恨んでもいいか。俺を、俺をこんなに腑抜けた野郎にしてしまったお前を。
    綿で優しく包んだ言葉だけ与えて、直接言ってもくれやしない。宙ぶらりんな心のまま、お前をずっと待っている。
    今の俺は、お前が居ないと生きていけない。お前がそうしたんだろ、お前が、お前のせいで俺はお前から離れられなくなってしまった。こんな、お前と出会ってたった数ヶ月の間で、俺の心は柔らかくなってしまった。昔はちょっとやそっとのことじゃ動じなかったのに、何も感じなかったのに、今はどうだ?
    喚きたいのに微かに漏れる息遣いしか聞こえない。しとどに頬を濡らす涙で後れ毛が張り付いて気持ち悪かった。

    …もはやどうして泣いているのかも、ミスタには分からなかった。















    気づいた時にはベッドの上にいた。
    心ここに在らずといった風貌で、ヴォックスから貰ったシャツを握りしめながら外を見る。

    止まることを知らない水は、高級そうなシーツを濡らし不快感を煽った。人々が忙しなく道を急いている。飛び跳ねる魚も、子供たちの楽しそうな笑い声も、散歩を満喫している犬も、学校帰りと思わしき学生たちも、ここからは何もかもを眺めることができた。
    先ほどからぴこぴこと鳴る、男からの夕飯の連絡も聞こえない。

    ただただ窓から吹く風に、身を預けていた。




    END
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