未定「転身が…保てない…!!」
大きな体躯が崩れて苦悶の声が上がる。霧散するエーテルからよく見知った姿が現れ、天脈層の舞台に膝をついた。
彼女にとっては自身の一番着慣れた装備で、格好で、本来の姿で、対峙する。ローブで覆い隠していた全てを彼に見せて、手にした弓を握りしめて、彼女は悔しさに震えていた。
口を開いて前に進もうとしたエメトセルクを制して視線を送る。
「先に、話をさせて」
一体何を、と訝しげな顔をするエメトセルクよりも前に歩み、そしてそのまま彼女はヘルメスめがけて走り出した。勢いのままに膝をつく彼のローブの胸倉を掴んで歪んだ顔を突き合わせる。そうして彼女はヘルメスの額めがけて自身の頭蓋を振り下ろしたのだった。
「がッ……!?!」
鈍い骨と骨がぶつかる音が離れて佇むエメトセルク達にも届き、皆息を呑んで固まった。そのまま仰向けに倒れ込んだヘルメスの上に馬乗りになり、コレーは顔を顰めて彼のフードを握りしめている。あまりの痛みに一瞬意識が遠のきかけたヘルメスだったが、今にも泣き出しそうな、それでいて怒りに満ちた顔で自分を見つめる彼女と目が合うと、逸らせずに呆然とその顔を見つめていた。一緒にいた中では始終笑っていた彼女が、歯を食い縛り明確に自分に対して怒っているのだと理解が追い付いて、その顔をただ見つめることしかできない。
焼き尽くすような、激情を見ていた。
「なんで」
搾り出すように出た声は酷く寂しそうで。
「なんで一人で行ったの」
予想だにしていない言葉にヘルメスの息が止まる。自分の行動を咎めるのだと思った。本来ならばすぐにでもこれから起こる可能性のある終末へ対処するためにメーティオンを連れてアーモロートへ行かねばならない中、全てを振り払い、創造生物達を死に追いやってここまで逃げたのだ。馬鹿な事をして、と咎めるのだと思った。けれども、
「私がいればもっと、時間を稼げたかもしれなかったのに」
彼女はヘルメスが一人でここまで来た事に怒っていた。
「約束、したのに…あの夜のお礼に、私にも聞かせてくれるって」
ヘルメスのローブを掴む手が悔しさに小さく震える。
「私にだって最後まで聞かせて欲しかった…!!」
あの日、メーティオンに手を引かれて暗く染められたエルピスの花を見せられた日。そう、あの日の礼として彼女にメーティオンが持ち帰った報告を聞かせるのだと約束をした。だから彼女は一人で背を向けてメーティオンと共に飛び立った事に殊更腹を立てていたのだ。
ヘルメスが返す言葉を見つけられないまま彼女を見つめていると掴んだ胸倉を引き寄せられて彼女の顔が近づいた。
「過去視、できるでしょ?」
突然何をと思った。確かにその場、ヒトを介してエーテルの残滓を辿り、過去の記憶を垣間見る事は超える力の有無など関係無く、古代の人々であれば誰でも可能だった。けれども、何故今ここでと彼は狼狽える。
「メーティオンの声を聞いて。共有意識や星々からじゃない、ずっと一緒にいた、メーティオン自身の声を」
強固なエーテルの肉体を持つ彼等だからこそ、その声は届かなかった。彼女にしか届かなかったメーティオンの願いを聞いてほしかった。それを届けなければいけないと思った。
コレーが目を閉じると、ヘルメスも続いて目を閉じた。彼女のエーテルの流れを辿り、彼女の見て、聞いた景色が、音が、自身に流れ込んでくる。