未定一つ前のヒュペルボレアで頭突きする話の続き。
まだまだ修正するかも。
終末の災厄。それが如何にしてこの星に齎されたものなのかが判明した今、コレーはもうここにいる理由を失った。あとはこの真実を持って元の時代に戻り、今も戦い続けている皆の所へ帰らなければいけない。このままヘルメスやエメトセルク達、ヴェーネスがどうなるのかを知りたい気持ちはもちろんあるが、それはもう彼らがこれから自分たちの手で歩んでいかなければいけない。未来からやってきた自分が干渉することは本来なら良くないのだと。後ろ髪を引かれる思いが確かにあるけれど、もう、行かなければ。
「メーティオンの様子は、どう?」
造物院の一室、未だメーティオンの意識は戻っていない。意識のつながった姉妹達をどうやって回収するべきなのか、いくら十四人委員会の座についていた者達がいるとしてもこの場で答えを出せる訳もなく。そのためやはりメーティオンを連れて、ヘルメスは皆とアーモロートへと向かうことになった。
「今はまだ、意識を戻せる状態じゃない。この後の対応は……十四人委員会と決めることになるだろう」
目の下に酷い隈を作り答える姿にコレーはそっと、大きいけれど小さい背中に手を当て摩る。本当は彼もメーティオンも無事に済む方法を一緒に見つけたい。けれどもそれは”この時代の人々”の領域であり、自分が手を出せる事ではない。頭では理解しているけれどそれがどうしようもなく悔しい。
「少しだけ外で話がしたいな」
コレーが声をかけるとヘルメスは顔を上げ、少し狼狽えるように視線を彷徨わせた。その後に頷いて立ち上がる。二人が部屋を出ると外にはエメトセルク達が待機をしていた。最後にメーティオンを止めたとしても、一度反逆したヘルメスを完全に信頼し切る事は出来ず、監視をするとエメトセルクが告げたからだ。
「大丈夫、二人で外の空気吸いながら話がしたいの」
訝しげに眉を動かしたエメトセルクだったがため息を吐いてとっとと行ってこいと言わんばかりに手を振った。彼の事だ、追跡の魔法もかけているのだろう。それでもコレーを信頼して外に出る事を許してくれたのがありがたかった。
「少しくらい寝てもいいと思うけど、やっぱりそんな気持ちにはなれないか」
夜の帳が落ちたボレアースの黙劇を歩きながらコレーは後ろを着いて歩くヘルメスに話しかける。以前なら返事を返してくれのだが今のヘルメスは何かを言いたげに小さく口を動かしては止めてしまう。それを指摘するでもなく、コレーは苦笑して辺りを見回す。座るのに良さそうな場所を見つけて先に座り、隣の場所を手で示せばヘルメスも居心地が悪そうに隣に座った。
「明日にはここを立とうと思う。本当は今すぐにでも帰らないといけないけど、みんながアーモロートへ向かうのを見届けてから行きたくて」
コレーが切り出すとヘルメスは息を呑んだようだった。そして少しの沈黙の後、コレーの顔をじっと見つめる。
「君に……謝りたかったんだ」
涙を流しはしないけれど、泣きそうな顔をしているように見えた。コレーはヘルメスと視線を交わらせて「うん」と返事をする。
「君を、置いて行った。君は、エメトセルク達と同じ立場だと、そう思って、自分一人でメーティオンの答えを聞き届けようと……本当に、すまなかった」
コレーが怒りを露わにした理由。
ヘルメスはコレーを置いて行った事を謝罪した。
「メーティオンの声が聞こえて、託されて。だからこの時代の終末も何とかして食い止めたいって改めて思った矢先にヘルメスは行っちゃって、正直本当に怒ったし悲しかった」
コレーの言葉にヘルメスは眉根を寄せて唇を噛み締める。その顔に小さなコレーの手が伸びた。優しく顳顬を、頭を撫でる。
「ずっと苦しかったんだよね。何度も自分の感じた違和感を手折られて」
自分の正体が明かす事が出来ず、彼にかけたい言葉はあったけれど余計な干渉をしてはいけないのだと口を噤んでいた。でももう自分が何者なのか知られてしまった今、そんな我慢は要らない。もう会えないかもしれない。だから伝えられるだけの想いを伝えたかった。
「私は、あなたのした事を肯定はできないけれど、でも、否定もできなくて、きっとあなたがいたから私は生まれてきて、ここまで辿り着いて」
この人は時折、瞳の中に煮え滾るような怒りを、悲しみを燃やしている。きっと今まで幾度も訴えては手折られた彼の激情なのだと。簡単に創り出しては解かれてしまう生命と、それを創り出す人への苦しみと痛みと悲しみと。なのにその想いは無いものとして扱われて来た。だからこそ、彼はメーティオンと手に入れた外の世界からの返答を"無かった事"にされる訳にはいかなかったのだろう。
「だから、きっとあなたの想いは、抗った結果は、この星に残るよ」
ヴェーネスもアゼムもいる。きっと彼の痛みは"無かった事"にはならない。だから、今は悲しみと苦しみに沈んでいたとしてもいつかまたメーティオンと一緒に前を向いて欲しい。
「もし苦しくなったら、アゼムにでも頼んで私を喚んでみてよ。もしかしたら現れちゃうかもしれない」
屈託のない無邪気な笑顔でコレーは笑う。
初めて見る、彼女の本当の笑顔だった。
いつも一線を引いて遠慮がちにしていた彼女が初めて全てを露わにして笑ってくれたのだと理解する。それがとても愛おしくて、もう二度と会う事が出来なくなると考えたら裂けそうなほどに胸が痛む。もっともっと話したい事があった。君の事を知りたかった。もっと、メーティオンと、君と。
言葉にできずに顔を歪ませたヘルメスにコレーは頭を撫でていた片手を戻し、今度は両手を伸ばして大きな身体を抱き寄せた。と言ってもコレーが小さいので自分の肩に彼の頭を乗せるので精一杯だったのだが。
抱き寄せられたヘルメスはコレーの小さな背に手を回して少しだけ体重を預けた。コレーの優しさが嬉しくて、同じくらいに寂しかった。