『恋人同士の約束』(プリコン20無配)「はい、一ノ瀬さんもセット完了です」
「ありがとうございます」
ヘアメイクの方に言われて鏡に映る自分の姿をみると頭に狐のような尖った耳が付いている。尾てい骨の辺りには長い尻尾まで付いていた。
これはハロウィンの撮影用の衣装なので、このように少し変わっている。今年は獣の耳と尻尾、着物に身を包み、不思議な森に棲む『幻想獣』という生き物の設定なのだとか。この装いは私と聖川さんと寿さんだけで、他の方たちは違う形の耳や角、衣装のテイストも違うらしい。
ビジュアルごとにそれぞれ撮影日が異なり、同じ企画であっても解禁されるまで細かい情報は互いにオフレコでと言われている。
手鏡も使って、問題ないかヘアメイクの方とチェックしていると鏡の奥に見えた同じ耳を付けた聖川さんが微笑んで、私も自然と小さく笑みを返す。
チェックも終わり、控え室に二人きりになった事を確認してから聖川さんの方へ振り返ると先に声を掛けられた。
「一ノ瀬、よく似合っているな」
そう言って椅子から立ち上がった聖川さんは、しゃんと背筋が伸びており、自分と同じ深い臙脂色の着物もさすがによく似合っていた。
「聖川さんこそ素敵です……おや?」
衣装の違いはてっきり着物に付いている飾りだけが違うと思っていたが明確な違いがあることに気がついて、私はメイク台の椅子から立ち上がった。
「どうした?」
近くに来ても私の視線がやや下に向いてしまっていたためか、聖川さんが不思議そうに問い掛けてきた。
「あ、すみません。聖川さんの衣装には肌が見えている部分があったのですね」
「ん、ああ。そのようだな。基本は同じに見えるが三人とも少しずつ違うところがあるらしい。寿先輩の衣装も拝見したかったな」
今日は本当ならば寿さんもいるはずなのだが、前の現場が押しているらしく、日をずらして改めて撮影することになったと連絡があったので今日は不在だ。
(それにしても・・・・・・)
見えている部分はウエストの辺りで、ついその白い肌に目がいってしまう。
(夜、ちゃんと見られないことが多いので気付けなかったですが、以前よりも程よく筋肉が付いていて引き締まっていますね)
恋人として付き合っているのだから肌を合わせることは当然ある。けれど、私の要望で部屋は間接照明で薄暗くしてもらっているので明るい場所では見ることがあまりない。
(羨ましい・・・・・・私は何故、筋肉がつきにくいのでしょうか。聖川さんは意外と腰もがっしりとしているのに)
「・・・・・・一ノ瀬、あまり、そのように触れられると・・・・・・あと、その体勢のお前をここから見ると少々、目の毒なのだが」
「え? ・・・・・っ!? あっ、すっ、すみません!」
私は無意識に聖川さんのウエストまで身体を屈めて、手で素肌に触れてしまっていた。そんな私を上から見ると下半身に顔を近づけているように見えたのか、聖川さんは気まずそうに顔を逸らしてしまっている。
私は謝りながら慌てて手を離して身体を起こすと聖川さんの右手が延びてきて、腰をぐっと引き寄せられた。
「まったく・・・・・・このような所で煽ってくれるな」
耳元で囁かれた声は低く身体の芯に響き、顔が熱を持って熱い。
「・・・・・・ッ、あ、煽ったわけでは」
本当にそんな意図のなかった私は言い返したが、聖川さんはくすりと小さく笑って、唇で耳朶を食まれてしまい身体がびくんっと震えてしまった。
「・・・・・・っ!」
突然のことに足に力が入らなくなった私は膝を折ってしまったが、聖川さんがしっかりと支えてくれてほっと息を吐く。
――― コン、コンッ
不意にドアがノックされて、反射的にそちらに視線を遣るとスタッフの方の声が聞こえてきた。
「聖川さん、一ノ瀬さん。いま大丈夫ですか?」
「すみません。衣装の着崩れを直しているので申し訳ないのですが、このままでもいいでしょうか?」
聖川さんは私を抱きしめたまま、さらりと言ってのけてスタッフの方とドア越しに会話を始めた。私はこの姿を見られたりしないかと離してくれない腕の中で落ち着かない。
スタッフの方の話は今日、最初に予定していた寿さんの撮影が無くなったので、予定の時間よりは少し早いが私たち二人の準備が終わっていればもう撮影が始められるとのことだった。
「分かりました。では、俺からお願いします。一ノ瀬はもう少し掛かりそうですので」
スタッフの方がお願いします! と返すと早々に走ってスタジオまで戻ったようで、すぐに足音が遠くなっていった。
「あの、聖川さん。準備なら私も終わっていま・・・・・・っ!?」
聖川さんの左手が頬をそっと撫でてきて私は言葉を続けられなくなってしまった。
「このような赤い顔で撮影をするのはさすがに良くないと思うのだが?」
メイク台の鏡で自分の顔をちらりと見みれば、頬はまだ赤みを帯びていた。・・・・・・赤いのは聖川さんの所為ですが、確かにこのままでは撮影に支障をきたしてしまう。
「そのような愛らしい顔は、俺以外に見せて欲しくないからな」
「な、別に私は愛ら・・・・・・んっ」
愛らしくなどない、と抗議する間もなく頬に置かれた手が顎を捉えて唇が塞がれた。熱い舌が咥内をまさぐって私の舌に絡みつくと頬だけでなく、身体全体が熱くなっていくようで身体を支えるために聖川さんの着物をぎゅっと掴んだ。
はぁ、と互いに熱い吐息を漏らして唇がゆっくりと離れていく。
「・・・・・撮影が早まるお蔭で久しぶりに早く帰れそうだな」
時計に視線を向けて呟いた聖川さんは、自分が先ほどまで座っていた椅子にぼうっとしている私を座らせると肩に手を置いて身を軽く屈めた。
「一ノ瀬。今宵、キスの続きを・・・・・してもよいだろうか?」
「えっ、は、・・・・・・はい」
再び耳元で囁かれて、思わず返事をしてしまうと聖川さんは満足気な顔で立ち上がり、ドアに向かって歩いていった。
「では、先に行っている・・・・・・後で、な」
聖川さんは唇に弧を描いてドアの向こうへと消えていった。
(……ぼうっとしていて思わず返事をしてしまいましたが、「キスの続き」って……そういう意味、ですよね……?)
あんな風に夜の約束をしたことはいままでなく、いまさら心臓が煩く騒ぐ。いつもは冷たい手も熱を持っていて、頬に当てても冷めることは無く……赤みはもうしばらく引きそうになかった。