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    はじめ

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    はじめ

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    大人面あた
    大雨の日に停電した会社に取り残されちゃう二人。

    「お前は昔から変わらんな。泣いても雨はやまんぞ」って言いつつ受け入れてあげるあたるくん。一枚の毛布に包まりながら二人で朝を待つ話。

    #面あた
    face
    ##大人面あた

    嵐の晩に 暖かく湿った空気が前線に流れ込んだ影響で、日本列島は広い範囲で大雨に見舞われるという。昼過ぎから友引町の空は重ぼったい雨雲に覆われ始め、薄暮に迫った頃にはぽつぽつと雨が降り始めた。あっという間に雨脚は強くなって、ばらばらと米櫃をひっくり返したような雨粒に変わる。
    「――それにしてもよお降る」
     社長室の窓からブラインド越しに外を見やると、黒と灰色をごちゃまぜにしたような空が浮かんでいた。最上階にある社長室は一番空に近く、横殴りの雨に視界も曇る。
     この分では公共交通機関に影響が出るかもしれない。ふと道路を見下ろせば、帰路を急ぐ車やバスによって、すでに渋滞が出来始めていた。喧しいクラクションさえも掻き消す雨音。なかなかスムーズに進まない車の列を、どこか悠然とした気持ちで眺めた。
    「――この雨、一晩中降るらしい。被害が出なければ良いが」
     書類をまとめているのか、紙束を擦り合わせたような音とともに、面堂の相槌が聞こえた。社員たちにも早く帰宅してもらわないとな、と続けては秘書に電話をし始めたので、思わず振り返った。
    「早くって、もう帰っても良いのか?」
    「ああ、このまま降り続けば帰れなくなる人も出るかもしれないからな。…ところで、貴様はここで何をしているんだ?」
    「ん?」
    「ん、じゃなくて」
     いつの間やら電話を終えて、あたるの近くにいる我が雇い主。気難しそうな表情を浮かべながら仁王立ちをしている。程なくして全巻放送が鳴り始め、社員たちが帰宅準備をしているのがドア越しから空気で伝わってきた。
    「怖い顔してどうした」
    「どうしたもこうしたもあるか、どうしてここに居るのかと聞いている」
    「おれが居たらおかしいか?」
    「おかしいに決まっとろう」
    「またまたぁ」
     にっこりと笑みで返すも、眉を顰められ、このたわけ、と一蹴された。
    「ぼくの前でアホ面を下げるんじゃない」
    「失礼なやっちゃな。休憩してるだけなのに」
    「休憩だと? 社長の前で平然とサボるやつがあるか」
    「今更なにを言うんじゃ」
    「開き直るんじゃない」
     やいややいやと口喧嘩をしている間にさらに雲行きが怪しくなって、一瞬だけ空の奥の方がぴかっと光った。灰色の空に浮かぶ細切れの稲光、微かに雷鳴、それが次第に近付いてくる。雷には打たれ慣れているので、これはやばいぞと咄嗟に危険を察知した。なあ面堂と呼び掛けてみたが、空模様よりも小言を言いたいお年頃らしい。「だいたい君は身の丈ってものを分かっとらん」などと聞く耳を持たない。
    「社長室に我が物顔で出入りをされては示しがつかんだろう」
     面堂がまた一歩、あたるに近寄る。その瞬間、また空がびりびりと光った。
    「…おわ、また光ったぞ」
    「ましてやソファーに寝そべったり好き勝手過ごしたりするやつがいるか? クビになっても文句は言えないぞ」
    「…これ、下手したらほんまに帰れんくなるぞ、なあ面堂」
    「休憩と言ってはぼくの部屋に来てひとしきりだらけて帰っていくだろ。貴様は会社になにしに来てるんだ」
    「面堂ったら面堂」
    「なんだ!」
     ぼくが喋っているじゃないか、と面堂が一歩分あたるに近付いたタイミングで、まるで見計らったようにひときわ大きい雷鳴が轟いた。
    「うお」
    「………凄い音だな」
     思わず二人して固まる。あまりの音に、落雷だ、と直感で思った。雷鳴の直撃を受けた鼓膜はびりびりと震えていた。空は一瞬にして暗闇に包まれ、ごろごろと低い唸り声がひっきりなしに響き始める。
    「…これ、近くに落ちたんじゃないか」
     点滅し出す照明を見上げつつ、独り言のように呟くと、案の定面堂があからさまに動揺する。
    「…お、落ちただと」
    「凄い音だったろ。もしかしたら停電するかもしれん」
    「…停電、なんて」
     うそだ、と消え入りそうな声。ただでさえ部屋は黒い雲のおかげで薄暗くなっていた。青ざめていく面堂を横目で見ながら、面倒なことになった、と思った。その矢先だった。全ての光源を詰め込んだように、社長室の照明がひときわ大きく光る。
    「あっ」
     と思ったその刹那、照明がぱっと消えて室内が暗闇に包まれた。力尽きたのか停電なのか。ガタン、と大きな音を立ててエアコンが止まったところを見ると、停電の可能性が高い。灯滅せんとして光を増すじゃ、なんて呑気なことを思いながら雨音を聞いた。それにしても、鬱陶しいくらいによく降る。
     電気が消えた瞬間に大仰に喚き、あたるに抱きついてきた面堂の頭をぽかぽかと殴りながら、一瞬にして闇と同化した室内をぐるり見回す。面堂のことだから懐中電灯は常備しているはずだった。空調設備もやられたとなると、暗闇だけでなく寒さにも耐えなければいけない。あたるにとってはそちらの方が堪えた。
    「…ひ、暗い、怖い…」
    「なあ面堂、懐中電灯どこじゃ」
    「…ひっ、暗い…怖い…っ」
    「おいこらお前ひとの話を聞かんか」
     どこにあるんだ、と聞いている。ぽろぽろと大粒の涙を流して狼狽える面堂の頬を両手で包み、泣くなと一喝する。人差し指の背で涙を拭ってやるも、次から次へと零れる涙。
    「だって…だって、暗い…怖い…あ、あそこ、デスクの…」
    「だってもへったくれもあるかい。デスクだな、ちょっと取ってくるから離れてくれんか」
    「嫌だ、嫌だ、怖い怖い…」
    「お前な…」
     諸星行くな、ぼくを置いて行くな。あたるよりも背が高い分、面堂に抱きつかれると身動きが取りにくい。殴ったり蹴飛ばしたりして正当防衛を発動することは容易いが、泣かれると煩くてかなわなかった。
    「一緒に連れてってやるから泣き止んでくれんか」
    「…うっ、うっ、怖い…」
    「はあ、もう…」
     でかい赤ん坊じゃ、などと呆れながら、目瞑ってたらましだ、と提案をする。すると面堂が両目をぎゅっと瞑るので、従順な姿にちょっと感動した。手を握ってくれ、とお願いされ、仕方なく冷えた手を握り、壁を伝いながら一緒にデスクに向かった。
    「なんでおれが暗闇で面堂と手を繋がなならんのじゃ」
    「ぼくだって…いやだ…ひ、怖い…諸星、諸星どこにいる」
    「ここにおるわ」
     デスクに辿り着き、べたべたと手探りで引き出しを見つけ出すタイミングで手を離すと、間髪入れずに面堂に腕を取られた。邪魔だと押し返しても、それ以上の力でひっついてくるので、途中で抵抗すること自体を諦めた。その間もずっと、空では雷鳴が暴れている。
    「お前は昔から変わらんな」
    「な、なにが」
    「泣いたって雨は止まんぞ」
    「うるさい、怖いものは怖いんだ、仕方ないだろ…ひっく」
    「いつまで泣くつもりじゃ」
     密着する肌から鼓動や息遣いが伝わる。激しい雨音のおかげで、心臓の音がかき消される。
    「ほれ、あったぞ」
     なんとか見つけ出した懐中電灯のスイッチを入れるとぱっとあたりが明るくなった。明かりをつけると、思っていたよりも近くに泣きはらした面堂がいたので何故か気が抜けてしまった。闇と豪雨と雷鳴と、それからいつ助けが来るか分からないような孤独のなかで見る、悔しいかな見慣れてしまった憎たらしい顔に、これほどまでに安心してしまうなんて。
    「…なんちゅう顔しとるんじゃ」
    「だって…怖くて…」
    「泣き止んだだけましだな。これでなんとか凌げるだろ。あと、これもあった」
     懐中電灯と並んでしまわれていた簡易ラジオを取り出し、ツマミを回して周波数を合わせる。ジジジ、とノイズ交じりの雑音が次第にクリアになっていって、公共放送のニュース番組が聞こえた。
     おそろしく滑舌の良いアナウンサーによると、大雨による土砂崩れの影響で、変電所の復旧作業に時間が掛かっているという。しばらく雨は止まない。あまつさえ勢いを増す。朝を待つしかないかもしれない。
    「…腹くくった方がええかもしれんな」
    「なにがだ」
    「会社で寝る覚悟だよ」
     へたに移動して二次災害を被ったら元も子もない。毛布くらいあるだろ。そう言ってから立ち上がり、伸びをすると、凝り固まった肩からぽきぽきと小気味の良い音が聞こえた。
     先ほどに比べて明るくなったはずなのに、面堂はまだ怖いらしい。じっとあたるの方を見るので、仕方なく右手を差し出す。
    「…雨が止むまでだぞ」
    「…ああ、分かってる」
     そう言って、手を握る。親指の腹で指を撫でたり、指の長さを確かめたり、懐中電灯の明かりだけが頼りの部屋で、面堂の存在を確かめるとほっとした。
    「諸星の手を借りるなんて屈辱以外のなにものでもない」
    「よう言うわ。そんなに嫌ならあとで殴っちゃる」
    「なんでぼくが殴られなならんのだ」
    「頭を打ったら忘れるかもしれんだろ」
     ソファーに二人で腰かけて、クローゼットに収納されていた災害用の毛布にくるまった。いざという時に電池切れなんて事態に陥ったら笑えないので、懐中電灯をオフにした。面堂は頑なに嫌がったが、手を握っててやるから安心しろ、と言うと押し黙った。
    「寒い」
    「寒いな」
    「ちょっと面堂くん、ぼくにもうちょっと毛布寄越しなさいよ」
    「一枚しかないんだから、仕方ないだろ」
    「おれの方が狭い気がする」
    「馬鹿言え、ちょうど半分だ」
     ぴったりと身を寄せながらソファーで朝を待つ。途中で疲れて、面堂の肩にこてんと頭を乗せた。面堂はなにも言わなかった。毛布のなかでは手を握ったまま。肩や足先は冷えているのに、手の指先だけがじんじんと熱い。雷鳴が響くたびに室内や面堂の横顔がオレンジに光った。
    「よう降る」
    「ああ、そうだな」
    「はよ止めば良いのに」
    「全くだ」
    「お前、ずいぶんと余裕そうだが、暗闇に慣れたんか」
    「慣れるわけなかろう」
    「勝ち誇ったように言うことではないじゃろ」
    「でも、一人じゃないからかもしれん」
     囁くように呟いて、面堂が目を瞑る。細くて長い繊細な睫毛が反射した雷を受けて頬に影を落とした。ぎゅっと一度だけ強く、指を握られた。握り返そうか迷っているうちに、頭に寄り掛かられた。
     女性がいたらどんな暗闇でも狭いところでも我慢出来るのを知っている。とんだかっこつけだと思う反面、本来の自分をさらけ出して「暗い怖い」と取り乱して泣けるのは、男であるあたるの前だからで。面堂の苦手な暗闇で手を差し出せることに対する愉悦と優越と背徳と報復。
     こんな嵐、知らなくて良かったのに。
    「…遣らずの雨じゃ」
     そんなことを呟けば、帰りたくなかったのか、と面堂が驚いたように言った。息遣いがくすぐったくて甘くて。頭をくっつけているので、直接鼓膜に面堂の声が届く。反響する艶っぽい声に、うっとりとした気持ちで返事をする。
    「…こんな激しいのは望んどらん」
     もっとささやかな雨で良かったのに。さみしいくらいの、焦れったいくらいの、物足りないくらいの触れ合いで良かった。
     雨が止んだら、もうこの手は握れないのだろうか。
     荒れゆく空を身を寄せ眺めつつ、まだ暫くは止んでくれるなと我儘に思う。
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