僕がための駆け引き 布面積のやたら少ない露出度高めのタンクトップは、正直に言って目のやり場に困った。あろうことか組み合わせて身に付けているのは、緩めのホットパンツ。大きめのラグにうつ伏せに寝転がり、だらしなく漫画を読みつつも、足を組み替えるたびに張りのある太ももが揺れる。
「………なぜ貴様がここにおる」
殺気を放つ面堂の一方、あたるは一貫して平然としていた。
「さあ、なんでだろうな?」
「真面目に答えろ」
「だあって、気付いたらいたんだもん」
女性の姿になったところで、所詮中身は諸星あたる。斬るつもりはなくとも、脅すつもりで刀を振りかざす。刃が床に突き刺さろうとも、あたるは気にも留めない。
ふうふうと呼吸を荒げたまま、よく避けたな、と凄みをきかせた。
「…やけに荒ぶっとるじゃないか」
「誰のせいだと思っとるんだ」
「誰のせいだろ?」
「お前だ…ああ、もう…」
あたるはいちいちと言って良いほど、面堂の神経を逆なでする。大仰にため息を散らして刀を床から抜き、鞘に戻した。
「………いいぞ」
自室のドア前で待機をしているサングラス部隊に、下がるよう目配せをした。数人の足音に続いてドアが閉められ、程なくして部屋には二人以外誰もいなくなった。
こんな状況でも、あたるは漫画を読む手を止めない。ぱらぱらとページをめくる音が、静寂のなかに落ちていった。
「――また、女になったのか?」
静かに尋ねると、あたるが「うん」と短く答えた。
「そうみたいね」
ぱらぱら。紙と指が擦れる音がする。
「…そうみたいって、他人事みたいに」
「たぶんきっとすぐ元に戻るわよ。――あ、面堂くん、この巻の続きある?」
「………お前な」
あたるが寝返りを打つので、ふくよかな胸も一緒に揺れた。薄い布地に張り付くきめ細かい肌、無防備な格好に眩暈がしそうだ。
「――おい、諸星」
右手で刀に触れながら、名を呼ぶ。これに触れていると、自然と落ち着くことが出来た。いついかなる時も支えてくれた。長年技を磨いてきたという矜持にも似た気持ち。精神安定剤だ、きっと。
気持ちを整えるように大きく息を吸い込んで吐き出すと、自然と言葉が零れ落ちた。
「――そんな格好だと襲われるぞ」
浅い呼吸のなか、氷で砥いだみたいな声。
あたるが薄く笑って、また寝返りを打った。
「――誰に?」
誰に襲われるって言うんだよ。
意味深長な笑みで、「誰にだ?」ともう一度同じ台詞。鷹揚な態度が癪に障る。
それなのに、触れたくて、たまらなくなる。
「誰にだと思う?」
「え~、分からないから私に教えて」
「教えたら警戒するか?」
「さあ、それは分からないわ」
ふざけた三文芝居だ。あたるがふっと笑って、読んでいた漫画本を置いた。
そのまま四つん這いの格好で、面堂に近付いてくる。面堂くん、と節をつけながら楽しげに。今にも胸元がこぼれてしまう危うい体勢に、こめかみのあたりが熱くなった。
「………はしたない格好をするんじゃない」
「見たのぉ? すけべぇ」
「馬鹿言え、見せてるんじゃないか」
「なによぉ、人を痴女みたいに」
「…お前とは話にならん」
頭を振って、ソファに腰を下ろすと、あたるがすり寄ってきた。
細い指がふくらはぎをやらしく撫で、そのまま太ももの付け根へと移動していくのを、信じられないものを見るような気持ちで眺めた。
「面堂くん、俺と気持ち良いことする?」
「………せん」
「はあ? なんでじゃ、つまらん意地を張りおって」
「せんったらせん!」
「意地っ張り!」
「お前に言われとおない!」
言い返せば言い返すほどヒートアップして、ついには押し倒された。
「………したいくせに。素直にならんか」
あたるが馬乗りになり、面堂の手首をソファに縫い付ける。掠れたような声が、切羽詰まっているようにも聞こえた。
「………素直になるのはお前の方だろう?」
「は? 何を言う…あっ、お前、んっ…」
勢いに任せて掴み返したあたるの手首は、折れてしまいそうなほど細かった。壊してしまわないよう、努めて丁重に扱い、素肌の感触を確かめる。出っ張った骨の部分を人差し指でぐりぐりと撫でつけると、胸元から「ん、ん」と艶っぽい声が聞こえてくる。
「…どうした?」
「…おい面堂、調子に乗るなよ」
「先に煽ってきたのはお前だろう?」
「別に、俺は、………あっ」
かんたんにはだけてしまう頼りない肩紐を外し、こぼれた乳房を食むと、あたるが小さく喘いだ。
「…あっ、やっ、…なに、すんだ…んっ、あんっ…――」
身をよじって快楽を受け入れる姿が官能的でむかつく。女性好きを公言しているからか、立ち居振る舞いに嫋やかさや妙な色気がある。男を誘う仕草や視線を熟知しているように思えて、腹立たしかった。
柔らかな胸を泣けるほどに手に馴染む。力任せに揉みしだくことも出来ずに、指を這わせ、隆起した胸元に顔を埋めた。ばふん、と勢いよく。息を吸い込むと、くらくらするほどの甘い匂いがした。
「………やわらかい」
それはそれは、涙が出るほど。
「………そうか」
「………悔しい」
「………そうか、俺もこの胸に顔を埋めたいとしんそこ思うぞ」
ピンと尖った突起に触れたり、食んだりしながら愛撫をすると、あたるの目元が蕩けていく。
いちいち期待をして、反応して、気分が華やいだり落ち込んだり苛立ったり、もうさすがに疲れた。疲れるのに、なぜか一緒にいる。生きる張り合いみたいなものを、諸星あたるに感じている。
「――最後までしたら、後悔するぞ」
そんなことを言えば、あたるが目を閉じて、後悔くらいもうしとる、と涼やかに笑った。