埋まらない距離 放課後の教室に男が二人。
机に突っ伏しているところに面堂がやってきて、近くにあった椅子をガタガタと引き寄せて座る。
「――ところで諸星。お前は、金さえもらえればお前は男とでもするのか」
至極真面目な顔で突拍子もないことを聞きやがる。
まともに答えてやる義理はないので、瞼を閉じたまま「いくらくれんの」と尋ねた。
「…ということは、するんだな」
予想不能な思考回路は、予想だにしない回答を導いたらしい。邪魔したな。やけに神妙な顔で去ろうとする面堂の腕を思わず掴んだ。
「おい待て面堂。俺は、する、とは言っとらん。いくらくれるんだ、と聞いとるんだ」
「それは、する、という意味ではないのか?」
「ええい、違う。だから、つまり、お前はいくらくれるんだ、と聞いとる」
あたるが失言に気付いたのと、面堂が返事をしたのは、ほとんど同時だった。凛々しい眉と目が視界に入り、無意識に眉を顰めた。この利発さと精悍さは、いつだってあたるの心をかき乱していく。
「………僕?」
呆気に取られた顔と目が合い、居た堪れない。誤魔化すように、お前じゃないのか、と聞けば、僕の話だったのか、と呆れた返事が返ってきた。
「………じゃあ、なんで、んなこと聞いたんだよ」
「………変な噂を聞いたもので」
これは失敬、といつになく仰々しい態度で面堂が咳払いをするものだから、ちょっと萎えた。あ~あ、あほらし。この話は永遠に終わりにしよう。
「…つまらんこと聞いた罰として俺に牛丼を奢れ」
枕代わりにしていた潰れた鞄を持って立ち上がる。教室を出る頃には、空に真っ赤な夕焼けが浮かんでいた。
「なんで僕が」
「自分の胸に聞いてみろ」
焦る面堂を置いて廊下を大股で駆ける。廊下に伸びる自分の影をちらほらと眺めながら、ラーメンでも良いな、と適当なことを思った。
「ほら行くぞ。はよせんとラムに勘付かれる」
振り返ると予想していたよりも近くに面堂がいて焦った。
「…ラムさんがいたらだめなのか?」
子どもが置いてけぼりをくらったかのような顔と声で聞かれた。咄嗟のことに返事に詰まる。
「…だめじゃないのか?」
返事が欲しいわけではないので、独り言に留めた。
だめだと思っているのは、俺かお前か。
さあ、どっちだろう。