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    Chickentabetai7

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    鯉博 一応お風呂ネタです 多分

    ゆりかご 好きなことは無いのか。そう問われたことがある。いつ、どこで、どんな時、誰に聞かれたかまでは思い出せないが、そういった質問をされたことだけは薄ぼんやりと覚えていた。
     その時ドクターはこう返した。
    「水の中に浸かるのが好きかな」

     ◆

    「さっきのはそういうことだったんですか……」
    「うん。だから、別に気絶してたわけでもなければ溺死したかった訳でもないんだ。ほんとうにごめんね」
     心配させてくれるな。そう言いたげな表情を隠しもしない男を見て、ドクターは素直に謝った。さっきまでの自分を見た彼──リーが、どんな気持ちになったかを正しく理解したがためだった。
     事の顛末はこうだ。
     本日の業務が滞りなく終了したドクターは、子供たちの元に顔を出しに行くというリーを見送って先に自室へと戻っていた。そもそも来艦すること自体があまり多くない恋人が来る日というのはつまり、そういう日になる。だからとっとと身体を清めるが吉と踏んで入浴していたのだ。今日も疲れたなあと思ったドクターは、髪も身体もきっちり洗った上で湯の中へとぷんと沈み、ふわふわぼんやり揺蕩っていた。そしてその状態のドクターを、部屋を訪ねても応答のないことを訝しんで名を呼びながら探していたリーが見つけ……大慌てで引っ張り出した。
     なんであんなことを。そう聞かれたので弁明した。それが先程終わったというわけだった。
     何も溺れたかったわけじゃない。希死念慮がないとは言わないが、今の己には与えられるべきでない安らぎを希うほど、ドクターは自分勝手にはなれない。けれど人は休息なしに走り続けることはできないことも事実だった。だから、"それ"を選んだ。
     記憶が無いということは、自分がどんなふうに育ったのかも知らないということだ。頼られることはあっても寄りかかる相手がいなかったドクターは、無意識のうちにそれを求めた。自分を否定しない、傷つけない、ただどこまでも安らかに穏やかに包んでくれるものを。その願いは胎内回帰願望にも似ていたが、本人は知る由もない。そもそも母がいたかどうかも定かでないのだ。
     それらの条件を満たしたのが水中であり、その内側へと沈み込むことだった。そしてドクターが最も手軽にその身を浸せる水はといえば、自室の浴槽である。したがってドクターは疲労が限界に達すると、己の頭のてっぺんから足の先までを湯に浸した。うっかり溺死なんてするわけにもいかないので、そのまま寝たりしないようにと気をつけながらではあるが。
     一連の行為はドクターに何にも代え難い安らぎをもたらした。半ば中毒状態になっていたという自覚もある。このままいけばいつか沈んだまま寝るだろうという予感も、それこそ本末転倒になるという自戒の念も。だがそれらが現実になる前に、この習慣はドクター自身も気づかないうちにひっそりと無くなっていた。つい先程までは。

    「だからふしぎなんだ。なんでまたやろうと思ったのか、自分でも分からなくて」
     とろとろとした穏やかな眠りの気配がその指先を伸ばしてくるのを感じながら、ドクターは呟いた。ふしぎですねえ、そう穏やかに返す男の声にちいさく頷く。寝間着越しの温もりはふたつある。ひとつは、掛布団に移ったドクター自身の体温。そしてもうひとつが、幼子をあやすように背と腹のあわいをゆったりと撫でる恋人の手だった。
     照明の落ちた部屋の中、リーは寝台に片肘を立てるような形でドクターの横に身を滑り込ませていた。一緒に寝るのではなく、寝かしつけるためにやっているのだから当然といえば当然だったが、ドクターはそれが少し寂しかった。いつもみたいにぎゅっとしてくれないのかなあ。そう口にせずに済んだのは、なけなしの恥じらいというものがまだあったからだ。
     湯に沈むドクターの姿を見るや否や、リーはその身体を引き揚げにかかった。未だ肉付きの悪い身体は容易に持ち上がる。その勢いでざぱりと跳ね上がった湯がいくらか降り掛かろうとも、リーは露ほども気にしなかった。そうして「何してるんですか」と心配の色濃い怒声が口から飛び出しそうになって──けれど、音にはならなかった。ゆっくりと目を瞬かせるその人が、何故だかそのまま水に溶け出して居なくなってしまうような気がしたのだ。
     ごめんなさい。そう呟くように口にした人の顔に、妙なことを考えていたわけではなさそうだと安堵する。だからといってまた一人にしておくのも不安だったリーは、そのままドクターを抱え上げてさっさと浴室を後にした。仮にも一糸まとわぬ恋人が目の前にいるというのに、彼の胸の内にあったのは心配と少しばかり尾を引いた恐れだけだった。
     身体は本人に任せて髪の水気をタオルでとってやり、火傷など万が一にもさせないように乾かしてやり、今日はもう寝ましょうと寝台へ引き込む。君はいいのかと言いたげな瞳ににっこりと微笑み返せば、ほんのり上気したままだった頬が元の色を取り戻す。あなたが寝たら入ります、そう言いたいのだと分かったからだ。裏を返せば自分が寝るまで彼が風呂に入る気はないのだと、それだけ心配させたのだということまで理解して、ドクターは大人しく寝かしつけられることを選んだ。
     わたしが早く寝ないと、リーがお風呂に入れないや。そう思いながらも、ドクターはやはり気がかりで仕方なかった。先の自分の行動は、ほぼ無意識のものだったのだ。おかしいな、なんでだろう。半分白旗を上げている脳で、それでも考える。どうしてかな。ちょっと前からやらなくなってたのに。ちょうどリーと付き合い始めてから。……
    「……ああ」
    「どうしたんです、ドクター」
    「いや、……なんでさっきあれやっちゃったのか、わかっただけ……」
     もっといっぱいくっつきたいのに、なんでくっついてくれないんだ。睡魔に殆ど支配された頭では支離滅裂な思考が巡り、子供の駄々じみた声が響く。それに身を任せて、ドクターはリーの胸元へと顔をすり寄せた。甘える子どものような仕草だった。
     頭上で微かに息をのむような音が聞こえたのに反応して、ドクターはゆるりと上向いた。暗闇の中でぽうっと輝くふたつの月は美しかった。手を伸ばせばすぐ届く場所にある月。いつかの自分はそれを己に禁じたが、結局どうにもならなかった。理性の鎖で縛り上げ、鉄の箱に封じ込めておくには、あまりにも肥大しすぎた。彼を見るたび胸に湧き上がる何かもが。
    「……さみしかったんだ、あえなくて」
     それで、きみがきてくれたのが、うれしかったんだ。
     問いの答えを見つけて無邪気にはしゃぐ子どもと同じ顔をしたドクターは、とろとろ笑んだ。そのまま恋人の口元にちうと口付けを落とす。息を詰める音、その後に小さなため息が聞こえて、ドクターの唇にもお返しが降った。穏やかで優しいあめが、何度も。
    「あんまりかわいいことしないでくださいよ、困っちまうから」
    「ふふ。……ねえ、ぎゅってしてよ」
    「聞いちゃいねぇや」
     そう言いつつ嬉しそうに抱きしめてくれる君が好きなんだと言ったら、きっと眠らせてもらえなくなるだろうな。そう思いながら、ドクターはあたたかな闇に埋もれていく。

     否定されない。傷つけられることもない。寄る辺のない自分を、どこまでもやさしく包み込んでくれるもの。
     今のドクターにとって、それはひとりの龍のかたちをしている。
     
     
     
     
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    Chickentabetai7

    DONE鯉博 一応お風呂ネタです 多分
    ゆりかご 好きなことは無いのか。そう問われたことがある。いつ、どこで、どんな時、誰に聞かれたかまでは思い出せないが、そういった質問をされたことだけは薄ぼんやりと覚えていた。
     その時ドクターはこう返した。
    「水の中に浸かるのが好きかな」

     ◆

    「さっきのはそういうことだったんですか……」
    「うん。だから、別に気絶してたわけでもなければ溺死したかった訳でもないんだ。ほんとうにごめんね」
     心配させてくれるな。そう言いたげな表情を隠しもしない男を見て、ドクターは素直に謝った。さっきまでの自分を見た彼──リーが、どんな気持ちになったかを正しく理解したがためだった。
     事の顛末はこうだ。
     本日の業務が滞りなく終了したドクターは、子供たちの元に顔を出しに行くというリーを見送って先に自室へと戻っていた。そもそも来艦すること自体があまり多くない恋人が来る日というのはつまり、そういう日になる。だからとっとと身体を清めるが吉と踏んで入浴していたのだ。今日も疲れたなあと思ったドクターは、髪も身体もきっちり洗った上で湯の中へとぷんと沈み、ふわふわぼんやり揺蕩っていた。そしてその状態のドクターを、部屋を訪ねても応答のないことを訝しんで名を呼びながら探していたリーが見つけ……大慌てで引っ張り出した。
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