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    Chickentabetai7

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    Chickentabetai7

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    さっきの鯉博の続き ですが途中でもセルフ解釈違いを起こして死んだので未完です 許してください 解決策か代替案がいつか浮かんだら続きを書きます

    勝手に散らすな ドクターには恋が分からぬ。ドクターには、石棺より救い出される以前の記憶が無い。文字も書ければ会話もできるが、己がどのような人間であったか、どうやって生きてきたかをまるで思い出せぬ。であるので、かつての己が獲得した感情も学び直すよりほかなかった。
     不理解、恐怖、動揺。負の感情は瞬く間に拾い直された。では正の感情──親愛、友情などだ──はどうかと言えば、それも概ね並行して獲得した。だが恋は分からなかった。目にすることはあった、話に聞くこともあった。だが実体験として、時には身を焼く炎と形容されるそれを得たことはなかった。
     どんな感情を恋と呼ぶべきなのか、何をもって恋と定義するのか、ドクターは知らない。けれども別に構いやしなかった。今のドクターに必要なのは戦闘指揮の能力である。色恋に現を抜かしている暇など当然ない。
     故にドクターは、自分が他者に向ける正の感情のほぼ全てを親愛と友愛のふたつに振り分けた。それに打算が含まれていないかと問われれば嘘になるが、ドクターはたしかに彼ら彼女らを大切に思っている。皆等しく。
     だからきっと、この胸の痛みは何かの間違いなのだ。ドクターはそう考える。ぎりぎりと引き絞られるように痛む胸の中心に、無意識に手を伸ばしながら呟いた。
    「リーに、好きな人が」
     胸の痛みは消えない。

     ◆

     事の発端は些細な会話だ。
     一ヶ月ぶりに来艦したその男──リーから、煙草の匂いが薄れていた。以前はすれ違っただけでも鼻先を掠める程度には分かりやすかったはずのそれに気づいて、ドクターが声を掛けたのだ。禁煙でもしたのかい。そう、少しだけからかうような色を乗せて。
     ドクターにとって、リーは数少ない友人の一人だった。まともな人間は、己の指示で戦場に送り出さねばならぬ相手を友と呼ぶのだろうか。それは、果たして許されることなのか?そう考えるのは暫く前にやめた。
     自分だけ相手を友だと思っていたら寂しい。そんなふうに思うくらいの情緒はドクターにもある。だから、確実に自分をそう認識してくれているだろう相手のみを友人と呼ぶ。実に単純明快な理屈だとドクターは自負している。そしてリーはその中に含まれていた。
     したがって、その言葉は深い親愛の念の元に発されたものでしかない。すっかり嗅ぎ慣れてしまったその香りが遠くなってしまったことを僅かに惜しみながらも、二の句を継ごうとして。ドクターはその口を半端に開けたまま固まった。まあとりあえず座りなよとソファへと差し向けた手が中空を揺蕩って、ぽてりと落ちた。
     リーが、見たことのない表情をしていたからだ。口元には苦笑が浮かんでいるのに、その美しい瞳には滲み出すような温もりだけがある。さまざまな感情が混ざりあったそれをひとつひとつ分けることは、今のドクターにはできない。
     ……違う。近いものを見たことはある。子供たちと話しているのを見かけた時、たまにこんな顔をしていたはずだ。けれど何かが、何かが決定的に違う。なぜ彼は、私にこんな顔を向けている?
     数秒のうちに思考が駆け巡り、緩やかに動きを止める。滞留したそれは単純な文字を形作って、脳内でぷかぷかと浮いている。
     ──どうして。
    「……惚れた人が、あんまり好きじゃないって言うもんで」
     永遠にも感じられた数秒の間、鬱金の瞳から伸びる視線がドクターを音もなく刺す。それから、すうっと視線が他所へと逸らされた。
     瞬間、胸を一突きにされたような感覚がドクターを襲った。経験したことのない種のそれが何であるのか分からぬまま、反射的に胸元へと手を遣って、小さく息を吐いて。
     そこからの記憶が、まるでない。

     ◆

     自分はどうやら気絶したらしい。正気に戻ったドクターが最初に考えたことだ。見慣れた天井が視界いっぱいを埋めつくしている。つまりは自室だ。それもベッドの上。
     一体何がどうしてこんな。ぽこぽこ浮かぶ疑問符をそのままに身を起こすと、何かがずり落ちる音がした。反射的にそれを掴めば、薄らとした煙草の匂いが鼻に届く。ちょっと重い。煙草のにおい。しっかりした生地。気絶した己のそばにいたであろう人物。よく回らない頭で断片的な情報を繋ぎ合わせつつ視線を横へとずらす。そこには走り書きのメモが残されていた。

     ──ちゃんと寝てください。外套は明後日回収しに来ます
     追伸:掛け布団どこやったんですか 回収ついでに説教ですからね

    「親……」
     ドクターはぼやいた。メッセージの主の名前は無く、けれども誰であるかは一目瞭然だった。
     掛け布団って何だっけ。ドクターは暫く考えて、ああと声を上げた。洗濯に出して返ってきたのをそのまましまいこんでいたやつだ。ちょうど夏だったから無くてもいいかと思ったのだった。どうせ自室に帰りついても気絶するように眠っている身であるので、睡眠中の快適さなど端から求めちゃいない。
     でも今は秋だ。あのやり取りの後気絶したと思しき自分をここまで連れて来たリーは、さぞや困惑したことだろう。あの男が友人を寝台に放り投げるだけ放り投げて帰るわけがない。申し訳ないことをしてしまった。外套の替えは持っているんだろうか?
     勝手に浮かび上がる問いが消えた頃になってようやく、ドクターは己を今の有様に追い込んだ痛みが再び姿を表したことを自覚した。
    「いたい」
     当惑した幼子のような声だった。
     八割方覚醒した脳が、気絶前の記録を正しく脳裏に映していく。身体の主の意思に反して、再生機は何度も何度も同じ場面を繰り返し上映した。
    『……惚れた人が、あんまり好きじゃないって言うもんで』言葉。声色。表情。
     それら全てが苦痛を増幅させ、ドクターは浅く呼吸を繰り返した。近頃続いていた寝不足がもたらした不調だと思い込むことはできなかった。どこまでも冷静でたしかな証拠を元に全ての思考を編み上げる己が、それはお前が幾度も思い出しているものが原因だと吐き捨てている。
     愕然とした声が転がり落ちる。問いの形をしたそれに答える人間は誰もいない。
    「……私は、友人の幸せすら願えないほど狭量だったのか?」
     己の人間性の醜さに戦きながらも、ドクターは思考する。あの瞬間胸に去来した疑問と焦燥とを、ドクターは嫉妬と名付けた。きっと大きく間違ってはいないはずだ。ロドスの一人の職員として、そして親しみやすい上司を目指して様々な年代や性別のオペレーターたちと交わした会話の中で得た情報の中に、類似した例が存在する。概ね女性同士の友人間での話だったが、自分と彼の場合も適応されるだろうと踏んだ。
     だが、それで終わるのは早いと──何故かそう思う。違う違うと脳のどこかで誰かが叫び、じゃあ何なんだとドクターは叫び返す。分からない、分からないことは恐ろしい。記憶を失えどその知識の全てを喪失したわけではなかったドクターにとって、正しくラベリングすることが現状かなっていない感情は恐怖の対象でしかなかった。
    「なんで、なんで、なんで……わたし、私は……」
     半端に起こされていた上半身が力を失って、寝台へと倒れ込んだ。思考が黒く塗り潰されていく。それが限界を超えた恐怖によるものなのか、覚醒したばかりの脳を働かせすぎたことによるオーバーヒートによるものなのか分からないまま、あたたかな暗闇へと意識がのまれていく。
     迷路を当てどなく彷徨う子供と同じ顔をした人間を、黒い外套だけがやさしく包んでいる。
     
     その眠りの中で、ドクターは夢を見た。
     視界は酷く朧気で、陽だまりのただ中にいるかのようにあたたかい。それが誰かの腕の中にいるからだと自覚するのに少し時間がかかった。そこから逃れようとする気持ちは、不思議と湧かなかった。
     その誰かの手が、病的なまでに白いドクターの頬を優しく撫でている。それを追いかけるように頬にすり寄せられたものは唇だろうか。けれど、唇にしてはやや硬質でひんやりしているように思えた。
     ぱた、ぱたと途切れ途切れに聞こえる音は穏やかな雨音に似て、触れ合った場所から仄かに伝わる体温がひどく愛おしかった。
     この時間が永遠に続けばいいのにと微睡む人間を、誰かが静かに愛でている。
     どこまでも穏やかで優しい夢。現実の自分に与えられることは、きっと永遠にない。
     夢は夢であると割り切って溺れるにはあまりにも理性的なまま、ドクターはとろとろとした甘い夢の海から手を伸ばす。もう、目覚めなくてはならない。自分はここにいてはいけない。そんなことは許されない。
     覚醒が近づく。それにしたがって、霞む視界が徐々に解像度をあげていった。
     そして気づいた。自分が誰の腕に抱かれていたのか。
     ──自分が、誰に愛されたかったのか。
     
     
     束の間の安らぎから目覚めた人間は、ぼろぼろと泣いている。
     謝罪の言葉だけがいくつも口をついて飛び出すのに任せて、ただ自分の元に残されたぬくもりだけは汚すまいと寝台の隅へと押しやって、膝を抱えて泣いた。
     
     その日、ドクターは恋を知った。
     開く前に散ると分かった花の名前だった。
     
     ◆
     
    「酷い顔をしているな」
     優雅に足を組んだままティーカップに僅かに口をつけた男が囁くように言った。
     雪原と同じ色の上に黒と灰が散った尾が、応接室のソファの座面に沿うように垂れている。案じてやまないといった視線を投げて寄越しておきながら、その口元は薄く笑んだままだ。相変わらず器用なことだとドクターは小さくため息をついた。

     起床後、ドクターは過去の己──恐らくどんな装いをするかを決めたのはかつての自分だろうと踏んでいるので──にいたく感謝しながら、泣き腫らした顔をそのままに出勤した。ありがとう記憶を失う前の自分よ。お前には言いたいことが山ほどあるけれど、服のセンスだけは抜群だった。嵐の日の海よりもひどい荒れ模様になった気持ちを少しでも仕事に向けるためにふざけたことを考えていたドクターに冷水がかけられたのは、一時間ほど前のことだ。
     なんのことはない。普段ロドスにいないオペレーターが来艦するというのを思い出したのだ。その人物の名はエンシオディス=シルバーアッシュ。カランド貿易の長にして、ドクターを盟友と呼ぶ男。
     彼は友たる人間が普段の装いのまま、つまりフェイスシールドをつけたまま接してくることを厭うた。打算の上での発言であれば一言拒否すればいいだけだったし、それに罪悪感を抱くこともなかっただろう。しかし実際は「友人の顔を見れないのは寂しい」を遠回しに伝えてくるような男だったものだから、少し前のドクターはあっけなく折れた。こいつこういうところあるよなあと思ってしまった時点で負けである。
     そういったわけで、ドクターは過去の己を呪いながら彼と相対し──結果、朝っぱらから泣いていたことを一発で見抜かれた上に、その理由も洗いざらい吐かされた。今から話すことをネタにしてゆすってきたりしたら友達やめるからなと言いかけたが、その言葉が口から出るより先に「お前相手に不誠実な真似はしない」と返ってきた。心を読むんじゃないと顔を顰めても、いつもの笑みが返るばかりである。
     向かい合って座る友人の図太さに半ば感服しながら、ドクターは口を開いた。
    「私の顔を見た時の君も大概だったけどな」
    「そう言ってくれるな。友が悲しんでいるとあっては私とて平静ではいられないのだ。それがお前であるのなら、尚のこと」
    「……はあ。これで素面なのが君の恐ろしいところだよ。一体何人のお嬢さんを泣かせてきたんだ?」
    「相手は選んでいる」
    「そういう問題じゃないんだよ」
    「お前以外に言ったこともなければ、言うつもりもない」
    「分かってて話通じないふりするのやめろって言ってるだろ……」
     ドクターがやや白い目を向け始めても、シルバーアッシュの態度は少しも変わらない。
     暫くの沈黙が応接室を満たした。二人の周りに時折漂う読み合いの気配によく似て非なるものだった。
     少しは気が晴れたか。静かに投げかけられた言葉に、ドクターは短い肯定だけを返した。
     僅かに赤い目元から、白磁の器の中で揺れる水面へと視線が落ちている。
    「■■」
     一個人としての名を呼ばれ、今度はなんだと面を上げて──そのまま硬直した。
     かの神が彼の一族に与えたものと同じ色の瞳が、ドクターを見つめている。その眼差しは熱線のようだった。思わずたじろいだ身体に反して、脳は追想を始める。
     昨日の彼の目と似ている。そう思ったところで、ドクターは泣きそうになった。
     嗚呼、なんて救いようのない。私は、私を友と呼んでくれる男を惚れた男と重ねて見ている!
     
    「それほど辛いのなら、私を選べ」
    「……は?」
     一切の誇張なしに、その瞬間ドクターの呼吸は止まった。自己嫌悪の念も自責のあまり押し潰されそうに痛んだ胸も、何もかも感じなくなっていた。
     言葉の真意がどこにあるのかも分からず、その双眸をじっと見つめる。そこで漸く気がついた。
     この男は、自分に逃げ道を与えようとしているのだということに。
     
    「……きみが、君が私に向けてくれているのは友情であると認識していたんだが」
    「ああ、相違ない。そして友が苦しんでいるとあれば、手を差し伸べるのが友情というものだろう?」
    「友情?君のそれは、そう呼ぶには度が過ぎている。それに、私には分不相応だ」
    「それを決めるのは、お前ではなく私だ」
     お前らしくもない。そう続いた言葉にドクターは力なく肩を落とした。その通りだと思ったからだった。
    「君は……私のことをそういう意味で好いていたのか?」
    「お前が望むように受け取ればいい。私からすれば大差ないのでな」
    「あるだろ、それは……流石に……」
     テーブルの上にティーカップがひとつ乗り、それを追いかけるようにもうひとつも乗った。ドクターは頭を抱えて、シルバーアッシュは緩く笑んでいる。
    「君、貴族の長男だろう。もう少し慎重になれ」
    「愛する友の拠り所になりたいと思うことは、それほどまでに咎められることか」
    「言葉遊びをしてるんじゃない。君のことを思って言ってるんだ」
    「ならば尚のこと、真剣に考えてもらいたいものだな。言っただろう、私の前ではもっと楽しそうにしてくれと」
     お前の笑顔は、何にも代え難いのだから。
     そう締め括った男を前に、ドクターは何も言葉を返せなくなった。これ以上口を開けば袋小路に追い込まれるだけだと気づいたのだ。
     一度置いたティーカップを再びとって口をつける。紅茶はとうの昔に冷えて、胃の腑に落ちるさまがいやでも分かった。
     きっと、なんと返したところでこの男の在り方は変わらないだろう。ドクターは思う。自分がその手を取ると言えば喜ぶのだろうし、取らないと言えばそうかと返すだけだ。もう付き合いもそれなりになる、言いそうなことくらい分かった。
     指し手と指し手として相対したあの日から随分と時が経ったように思う。お前と友人になりたいと自らこの艦にやってきた彼を正気かこいつはと見つめた自分は、今となってはすっかり絆されて彼を友と呼んでいる。
     そうだ、友だ。……友なのだ。
     
    「シルバーアッシュ」
    「決まったか」
    「ああ。……すまない」
     フェリーンは数秒瞑目し、構わないと告げた。そういう人間だからこそ友と呼ぶのだと、満足気に笑みすら浮かべている。
     いったいどこからが建前でどこからが本音だったのかまるで分からず、ドクターは顔を引き攣らせた。
    「私をおもちゃにしないでくれるか」
    「お前が我が盟友となった後ならば、不誠実な真似をした覚えはないな」
    「はいはいそうだね、うちに来てくれた後の君はいつだって誠実だよありがとうな!……はあ……」
     今日だけで何回目になるか分からないため息の後に立ち上がる。元より少し話して秘書を頼むのが通例であったというのに、随分と時間を食ってしまった。
     先導するように歩いて応接室を出る。普段から忙しい君には悪いが今日も手伝ってもらうぞ。そう言いかけたドクターを、大きな影が覆った。他でもないシルバーアッシュの身体だった。
    「ん?何、」
    「茶菓子の欠片が口元についている」
     数秒の沈黙。情けない悲鳴がそれを割く。
    「ハ!?」
    「実を言えば、話している間もずっと気になっていてな」
    「え、は、君なあ、そういうのは早く言ってくれよ」
     じゃあさっきのわりと真面目な話の間、ずっと自分は「こいつ口元に食べかすついてるな……」と思われていたということか。人の心を持たないと方々から言われるドクターであるが、流石にこれには堪えた。一応身体は大人のはずであるので。
     口元を軽く撫で、これで取れたかと問いかける。今の自分は間違いなく情けない顔をしているだろうなとドクターは思った。
    「取れていない。顔を貸してくれ」
     長身が軽く屈み、白哲の美貌がぐっと近づく。ウワッと声を上げた友人を他所に、シルバーアッシュはその口元を軽く拭って払った。
    「取れたぞ」
    「ありがとう……なあ。ホントはなんにも付いてなかったってオチはないか?流石に情けなさすぎる」
    「ふむ。どうだろうな」
    「……は?ちょっと待て。君嘘ついたのか」
     鉄色の瞳があらぬ方向を見る。あからさまに過ぎるその様子に、ドクターは体勢をそのままにきゃんきゃん噛み付いた。おいこっち向け、どこ見てるんだ。その言葉と共にシルバーアッシュの視線を辿って──呼吸と一緒に心臓も止まった。

    「どうもすみません、お邪魔しちまったみたいで」
     ただまあ、ここ一応廊下ですからね。程々にしといた方がいいですよ。
     そう続けた男がくるりと踵を返す。その手には資料の束があった。どうして彼がここにいるのかは分からないまま、彼が何故書類なんか持っているのかだけが分かった。それが現実逃避がわりの思考に過ぎないことも。きっとここに来る途中にドクターに渡せと押し付けられたのだろうなと呟く理性を放り投げて、ドクターは自分を覆った影からするりと抜け出した。
    「待って……待ってよ、リー!」
     
     
     
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    Chickentabetai7

    DONE鯉博 一応お風呂ネタです 多分
    ゆりかご 好きなことは無いのか。そう問われたことがある。いつ、どこで、どんな時、誰に聞かれたかまでは思い出せないが、そういった質問をされたことだけは薄ぼんやりと覚えていた。
     その時ドクターはこう返した。
    「水の中に浸かるのが好きかな」

     ◆

    「さっきのはそういうことだったんですか……」
    「うん。だから、別に気絶してたわけでもなければ溺死したかった訳でもないんだ。ほんとうにごめんね」
     心配させてくれるな。そう言いたげな表情を隠しもしない男を見て、ドクターは素直に謝った。さっきまでの自分を見た彼──リーが、どんな気持ちになったかを正しく理解したがためだった。
     事の顛末はこうだ。
     本日の業務が滞りなく終了したドクターは、子供たちの元に顔を出しに行くというリーを見送って先に自室へと戻っていた。そもそも来艦すること自体があまり多くない恋人が来る日というのはつまり、そういう日になる。だからとっとと身体を清めるが吉と踏んで入浴していたのだ。今日も疲れたなあと思ったドクターは、髪も身体もきっちり洗った上で湯の中へとぷんと沈み、ふわふわぼんやり揺蕩っていた。そしてその状態のドクターを、部屋を訪ねても応答のないことを訝しんで名を呼びながら探していたリーが見つけ……大慌てで引っ張り出した。
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