正しい魔力供給とは(メフコン) サーヴァントでも魔力を消耗すれば疲れる。しかしメフメトはそれが眠気という形で発露するとは知らなかった。
歴史の乱れが見られた特異点を修正するため、例によってマスター・藤丸立香と彼女のサーヴァントたちが駆り出された。その一員であるアーチャー・メフメト二世も現在、宝具『鉄壁城塞陥落』でセイバークラスのホムンクルスを粉砕する作業を強いられている。
生前のメフメトは帝王として命令する側だったが、今はマスターに仕える身だ。善良な少女の顔を見ていると、ある程度の願いは聞きたくなってしまう。サーヴァントとして現界した際に、英霊の座から干渉を受けたせいもあるのだろうか。
ともあれ、メフメトたちは十八世紀の西ヨーロッパ風の都市にいる。立ち並ぶアパートメントの裏側の少し開けた空間は昼なお暗く、夜になればますますおどろおどろしい。キャスター・メディアが張っている結界がなければ、とうてい身も心も休まらないだろう。
「眠い……」
魔術がかかって乾いた敷布に横たわり、ぐったりしているメフメトの顔に影が差す。薄目を開ければ、不機嫌そうなコンスタンティノス十一世の顔があった。
「弱音を吐くな」
「『疲れた』くらいは言ってもいいだろう」
メフメトがこぼしても、コンスタンティノスは肩上までの髪を揺らすだけだ。
「バスター全体宝具で召喚されたお前が悪い」
「……それ、私のせいなのか?」
「お前が露払いして、ギルガメッシュ王がボスサーヴァントを討つ。適材適所で素晴らしいじゃないか」
「……」
納得がいかない。
とはいえ、魔力の枯渇のせいであまりまともな思考もできない。メフメトは薄闇の中で濃いはしばみ色の瞳を見上げた。
「そもそも、なんでお前は来ているんだったか」
「私は万一の時にマスターやメディア殿たちを護る壁だ。殿になって、少しでも時間を稼がなければ」
「護る対象に私は含まれてないのか」
「お前は私の見ているところでやられるタマじゃないだろう」
コンスタンティノスの笑顔は冷たい。言葉遣いも、皇帝らしからぬぞんざいなものだ。
そうさせるほどのことを生前やらかした覚えがあるから、やめてくれとは言わない。
その代わり。
「魔力が切れた」
メフメトの言葉に、コンスタンティノスはうなずく。
「見ればわかる」
「私の宝具もギルガメッシュ王の『天地乖離す開闢の星』も魔力消費量が大きい。マスターに負担をかける」
「それがどうした」
「だから……」
メフメトは少し言葉を止める。視線で先をうながすコンスタンティノスへ、口角を上げてみせる。
「お前はまだ魔力を消費してないだろう。魔力供給してくれ」
メフメトは手を差し出した。
サーヴァントは、マスターから供給される魔術を動力源としている。
ただし藤丸立香は例外で、数多くのサーヴァントへ回せるほどの魔力がないから、カルデアでは電力を魔力に変換させている。
カルデア内部で過ごすならいいが、レイシフト先では魔力の供給がままならなくなる時もある。
そんな時、マスターとサーヴァントが、あるいはサーヴァント同士が触れ合うことで魔力を融通できる。どのサーヴァントでも当然知っていることだ。
だから、メフメトはコンスタンティノスに乞うた。
マスターには頼れない。他のアーチャーたちも余裕がない。メディアは寄りついてくれない。
そして、コンスタンティノスの魔力は効きそうだ。それはメフメトがコンスタンティノスへ向けている感情による。
生前憧れ、焦がれた者から尽くされてやる気の出ない男はいない。
手を握られるだけでも、魔力の受け渡しができるから、それを狙ってメフメトは手を挙げたのだが――
「ふん」
コンスタンティノスはメフメトの手を握った。緩やかに、暖かなものが流れ込んでくる。メフメトは目を閉じようとした。
しかし、掴まれた手を強く引き寄せられる。あわてて目を開ければ、間近にコンスタンティノスの美麗な顔があった。
歯がぶつかる。痛い、とうめく間もなく舌が口腔に入り込んできた。下顎の裏側を舐められ、唾液をなすりつけられる。燃えるような感覚に襲われ、メフメトは目を白黒させた。
そんなことなどお構いなしとばかりにメフメトの舌を蹂躙し、コンスタンティノスは顔を上げた。眉間の皺は刻まれたままだ。
「くれてやったぞ、魔力」
ため息とともに言われ、メフメトはまばたきする。確かに、尽きていたものが三分ほどは補給されている。
魔力供給の仕組みの説明には続きがある。
手を握る、肌を接するだけでも魔力を行き来させることはできるが、粘膜で体液を交換する方がより効率がいい。
もちろん普通の魔術師にとってはパスを通じて魔力を与える方が圧倒的に話が早いから、こんな方法はまず取らない。
ただし、今の藤丸立香を囲む状況はあまりにも特殊だ。普通でないこともまかり通る。
――とはいえ。
メフメトは思わず己の唇を指でたどる。
確かに柔らかい感触は残っている。魔力の残滓も。
コンスタンティノスはメフメトを嫌っている――とメフメトは思っている。今までも、生前のしがらみを越えて歩み寄ろうとして、散々な塩対応を繰り返されてきた。
それが、この接触だ。
メフメトは再度見上げるが、はしばみ色の視線の冷たさは変わらない。
「マスターのためだ」
そこには、マスターに仕えるサーヴァントとしての、そして三重防壁を駆使してコンスタンティニエを守ろうと努めた皇帝としての矜持があった。
メフメトと触れ合うことなど、マスターを守るための手段に過ぎないのだろう。
(……あぁ!)
メフメトは危うく上がりそうになる声を抑えた。
「どうした、気持ち悪い」
「お前、お前のそういうとこ……!」
悶絶するメフメトを、コンスタンティノスは憐れみの目で見る。
しかしメフメトは、転がり回ることを自制するのに必死だった。
(どれだけ――どれだけ私を惹き込めば気が済むんだ!)
この男の宝具は、決して陥ちない『祈誓たるは三重の貴壁』。だからこそ、この男はメフメトとの接触を恐れない。
男としての征服欲を、これほどかき立てることがあるだろうか。
『征服者』と呼ばれたメフメトは、確かに圧倒的な武力でコンスタンティニエを陥落させた。
しかし、皇帝の衣裳である紫衣を脱ぎ捨て、兵卒とともに最期の特攻をかけたコンスタンティノスを、メフメトは確実には討ち取れなかった。それらしき遺体を見つけ、弔っただけだ。
憧れの都を攻略しきれなかったという後悔の念は、サーヴァントとして現界しても残っている。
だからこそ、人理の影法師となっても、この欲を遂げたい。
「ほんと、ほんと……!」
喘ぎさえ上げるメフメトに、遠くから呼ぶ声があった。
「スルタン、休憩できました? 行きますよー!」
「雑種、貴様――王への謙譲をもう一度教え込んでやる必要があると見えるな……!」
立香の呼び声に、ギルガメッシュが気分を害している。いつものやり取りだ。
そう、このようなことで威厳を損ねるわけにはいかない。メフメトも、時代は下るとはいえ小アジアと東南ヨーロッパを束ねた帝王なのだ。
だから、コンスタンティノスへの感情を――抑えねば――
「無理!」
「ほんと気持ち悪いな、お前」
呆れるコンスタンティノスの手を引き、メフメトは起き上がった。
「いつか絶対征服してやるからな」
「願うだけなら自由だよな」
コンスタンティノスは温度の低い声を出す。
「さっさと行け、マスターを待たせるな」
「わかってる」
ローマ最後の皇帝から、視線をマスターの方へ向ける。
強い意欲が湧いている。心なしか、宝具レベルも上がった気もする。今ならホムンクルスどもを木っ端みじんにできそうだ。
「スルターン」
「今行く」
マスターの声を受け、メフメトは一歩を踏み出した。ターバンの端布が、動きに伴って揺れる。
「ほんと、本気で俺をどうにかできると思ってるのか……」
コンスタンティノスの小声の嘆きは、誰にも聞こえなかった。