新入りが独占欲を刺激した(メフコン)「納得いかん!」
アーチャー・メフメト二世はあぐらをかいて頭をターバン越しにかいた。完全に拗ねてしまっている。
しかし立香も貴人の扱いには慣れてきた。伊達に英雄王や太陽王、三皇五帝を凌駕した真人などに仕えてきたわけではない。
「スルタ~ン、ご機嫌直してくださいよぉ」
「何が少年少女の夢だ、また全体バスターアーチャーを増やしおって」
口を尖らせるメフメトに、立香は笑顔を返す。正直、とても機嫌がいい。
「日本の少年少女はメカに憧れるように育てられるんです。スルタンもあの駆動音を聞けばわかりますよ」
「わかるか! 第一何だ、無敵貫通に防御無視だと? 完全に私とかぶるじゃないか」
「スルタン、そんなにわたしに使われたいんです?」
「ウルバン砲撃つぞ」
細長い六角メガネの奥の目を憎々しげに細めたメフメトだったが、立香の後方から聞こえる機械の足音に気づいたようだ。立香も振り向いて満面の笑顔を作る。
「為朝さん!」
「周回より帰還。マスター、素材はこちらに」
源為朝はデュアルアイを赤く光らせた。機械じかけの巨躯の、両腕にところ狭しと素材の入った袋をぶら下げている。
その存在が、そもそも魅力的だ。
立香は女児向けだけでなく、男児向けのアニメや特撮もよく見ていた。巨大ロボットを駆って世界平和のために戦う主人公に憧れ、いつか現実の技術が物語に追いつく日を夢見ていた。
そんな立香はいろいろあって世界最後のマスターに選ばれ、さまざまなサーヴァントを召喚してきた。
もちろん魅力的な人はたくさんいるが、為朝はその誰とも違っていた。
搭乗型ではないものの、常人よりもはるかに大きな機械の身体を持っている。
重厚なたたずまいに反して俊敏で、その上剛力だ。五人張りの強弓から放たれる矢は轟音を立ててエネミーに突き刺さる。
その上宝具は月から受け取ったエネルギーを征矢に託して放つ、軍船を沈めた生前の逸話を再現した『轟沈・弓張月』。
夢中になるなというのが間違っている。
為朝を召喚してからこちら、立香のテンションは鎮まる兆しも見えない。
今も周回に連れ出し、何度も宝具を撃たせては悦に入っている。
カルデアに帰って不機嫌なメフメトに遭遇して、その意味を察することができても、つい嬉しさを押しつけてしまう。
「お前は顔を見せるな、ゲンジロボット。不愉快だ」
「異国の帝王、不興。私が原因。陳謝」
「聞き分けのいいことを抜かすな!」
「理不尽」
メフメトの難癖に為朝がどんよりとした空気を発するが、立香は取り成す。
「大丈夫、スルタンは妬いてるだけだから」
「心外だ、誰が機械なんかに妬くか」
と口では言うが、本心を隠すことはできていない。
困った人なんだ、と巨躯をかがめさせて耳打ちしていると、背後から高笑いが聞こえてきた。その艶やかな低音の持ち主は、ギルガメッシュでもオジマンディアスでも始皇帝でもない。むしろ普段は静かに微笑む人のものだ。
「ざまぁないな」
メフメトを相手にする時だけ、コンスタンティノス十一世は態度も言葉遣いも荒い。
「丸かぶりの為朝殿が来たからお役御免なんだろう。おめでとうマスター、もうこんな男の世話にならずに済むぞ」
第一再臨のスーツに身を包んだコンスタンティノスは、まるで自分が勲を挙げたかのように機嫌がいい。
「陛下、スルタンは戦力ですから!」
「このカルデアには既にギルガメッシュ王もナポレオン殿もおられる。為朝殿も加わったら百人力、こんな男は霊基保管室の隅にでも転がしておけばいい」
「――お前!」
メフメトは立ち上がり、コンスタンティノスのスーツの襟首を掴んだ。
「私は……」
「無様だな帝王、戦力外がそんなに怖いか」
コンスタンティノスのあからさまな侮蔑に、メフメトは頬を紅潮させて首を振る。
「違う! そんなことはどうでもいい。私は私の特権を脅かされるのが許せないだけだ!」
「何を言う」
「お前があの日まで誇った『祈誓たるは三重の貴壁』を! 破るのは! 私の『鉄壁要塞陥落』だけだ!」
切実に叫ぶメフメトを、コンスタンティノスはなおも鼻で嗤った。
「何を言っているんだ。私たちはマスターに従い、人理の漂白化から汎人類史を救うサーヴァント。よもや為朝殿がマスターに弓を引くと?」
「お前、本当はわかっているんだろう」
「知るか。もしお前の方がマスターを裏切るなら、この俺が三重防壁で守護りきってやるが」
「そうじゃなくて!」
コンスタンティノスはメフメトに揺さぶられながらも涼しい顔を崩さない。
為朝は小声で立香に言った。
「この状況を端的に表現する言葉を推測……『犬も食わない』」
「まだ為朝さんには紹介してなかったね、この二人はいつもこうなんだ」
「理解。記録」
立香は為朝を見上げた。
「スルタンのご機嫌も持ち直したみたいだし、また周回行こ? ギルガメッシュ王も呼んで。素材は倉庫に置いて、キッチンでお弁当ももらって」
「私に食事は不要」
「わたしの魔力が為朝さんを動かす足しになるんだから」
「納得」
立香は踊り出しそうな足取りで為朝の前に立ち、先導した。
――またあの駆動音が聞きたい! メカニカル弓術最高! 源氏武者ばんざい!
今の立香にとって、メフメトとコンスタンティノスのことは相対的に優先度が低い。
スルタンと皇帝のいさかいは、廊下に出ると遠ざかっていった。