これが私のサマーメモリー眩しくて直視できない夏の日差しを浴びながらなお、顔を上げる。どこまでも高く伸びる青い空、陽の光を反射してきらきらひかる穏やかな青い海。少し遠くで聞こえる、強く足場を蹴る音。リズミカルにたん、たん、と続いて、乱れて、どぽん!大きな水音と共に水柱が立つ。それから控えめな泡と一緒に彼が上って来る。側には小さな影が寄り添っていた。
(あ、今度はペンギンと一緒だ)
何度目の挑戦からか、落下したマンドリカルドは可愛いお客様と一緒に上って来るようになった。ふわふわのアザラシやシロクマを抱いて水面に浮かぶ様はちょっぴりファンシーでかわいくて、実はかなり彼に似合っていると思う。
そんなことを言ったら彼は怒るだろうか。きっと「か、かわいい……っすか、そうか……」と静かに落ち込んでいそうだ。ふふ、かわいいな。
頭の先からびっしょり濡れた彼が、一緒に泳ぐペンギンをゆっくり抱き上げる。身じろぎしたペンギンの羽が、何かを話しかける彼の肩を掠めた。その様子が本当に″″落ち込む彼″″と″″慰めるペンギン″″に見えて、今度こそ我慢しきれず笑い声が漏れた。
幸い辺りには誰もいないし、マンドリカルドがいる水辺にも距離がある。少し高台にあるこのベンチは穴場のようで、訪れる客は一時的に羽根を休める海鳥くらいだった。聖杯を回収したあとも賑わうアークティックサマーワールドの喧騒を遠くに聞きながら、道中でもらったアイスを頬張る。いちごとバニラが溶けて混ざった甘さが、穏やかに流れるひとりきりの時間の長さを語っているようだった。
初めのうちはアトラクションに乗ったり、ヒーローショーを見たり、食べ歩きをしたり、思いきりはしゃいでいたのだ。ただでさえ広いアークティックサマーワールドはどこも楽しくて、限られた時間じゃ回りきれないと自分を急かしながら。でも、足を止めてしまった。一緒に園内を回ってくれたみんなに断って離れてまで。エリセランドの奥、他より人混みが少ないその場所で、見つけてしまったから。びしょ濡れの彼を。
それからずっと、誰も来ないのをいいことに、このベンチに座ってマンドリカルドの挑戦を見守っている。遠くから見ているだけなのに、彼の一挙一動から感情が見て取れて、いくら時間が経っても全く飽きなかった。
ほとんど溶けてとろとろの液状になったアイスを流し込む。もう体温ほどにぬるくて、甘い。
じりじりと肌を焼くこんな炎天下じゃ、いくらアイスがあっても足りないし。声もかけず、こっそり見守るなんて私の柄じゃないし。それなのに、なんで私はここでのんびり眺めているんだろう。ああ、でも、なんで、
「なんで、頑張ってるマンドリカルドって、こんなにかっこいいんだろな……」
マンドリカルドは、ずるい。
自称・陰キャで、一人で考え込むと驚くくらい捻くれた結果に辿り着くこともあるくせに、ここぞというときにはまっすぐ前を向いて頑張れる人だと、私は知っている。私のことを案じて側にいてくれたひと。私の両手で抱えきれないほどの勇気をくれたひと。私が私であることを許してくれたひと。
それなのに特別な友達のままでいさせてくれない。友達ではない私たちの在り方を選んでくれた。
マンドリカルドは、ずるい。
ずるいけど、だから、他の誰でもなく、他のマンドリカルドでもなく、あなたを好きになってしまった。頑張るあなたの横顔が世界で一番かっこいいことを、知ってしまった私だから。
たん、たん、たん!甲板を蹴り上げる音が聞こえる。見ているだけの私も拳を一層強く握った。もう少し。さっきまで届かなかった船に爪先が届く。あと少し。空を切っていた指先がゴールテープに、届く。届く。届く!
「マンドリカルドー!!おめでとうー!!」
「え?! 立香見て……あー、そうじゃなくて……ん、おう!」
思わず叫んだ私のほうを振り返り、驚いて、額に張り付く前髪を払い、嬉しそうに笑ってくれたマンドリカルドの顔を見たら、もやもやと胸を曇らす気持ちなんて一瞬で晴れてしまう。
空は高く、海は穏やかに、青い。今年の夏も暑く暑く過ぎていく。私はこの夏、ずっと前から好きだった彼のことをまた好きになってしまった。ただそれだけなのでした。