しずく、しずか、しずむ【九】親戚の集まりって、本当に面倒だ。
けど、こういうのは出なかったら出なかったで、あとから余計に面倒になるんだよな。
お盆の時期に本家へ顔出して挨拶──ってやつだ。
まあ、小さい頃はじいさんにすごく可愛がられたし、今でもじいさんのことは嫌いじゃない。
だけどよ。
集まりの度にいつまでも嫁に逃げられた、だの言われるし。
円満離婚だっつーの。
草葉の陰でじいさん泣いてるよ、とか言ってさ。最後に会ったときも、じいさんは別に泣いてなかったってのに。
俺はもういい歳なのに、更に年上から、お前はこんな小さい頃はいつまでもおねしょして、へんなものが見えるって言って泣いて……なんて思い出話をされてさ。
いや、ずっと“視えて”るんだって。今もさ。
ただ、あんたらが俺がそう言うと変な顔するから、言わなくなっただけだよ。
なんて言えねぇから、いつものように乾いた笑いでごまかす。
「そういえば、じい様の別荘があったあの山、夏でも涼しくてよかったなぁ」
「今じゃあの辺も開発が進んでさ、次はなんだっけ、でかい商業施設が建つらしいよ」
「へえ、利運がまだ小さいときは、まだあったろ?」
「ああ、ええ……」
名前がつくような山じゃない。裏山って呼ばれてたくらいの場所だ。
避暑用に建てられた小さな別荘があって、夏でもひんやりしてて、でかい甲虫の類いがいっぱい採れたっけ。
その別荘ももうだいぶ前に手放して、今じゃ山は平らになってショッピングモールが並んでる。
「おまえ、あの山で白い蛇見つけたって言ってたな」
「ああ、そうそう。追いかけて迷子になって、あのとき一晩帰って来なかったんだぞ。翌朝ケロッと戻ってきてさ」
「……!? それって、いつの──」
前のめりになった拍子に、近くのビール瓶を倒してしまう。
寿司桶がビール浸しになって、笑いと叱責が一気に湧いた。
この歳でまた次回以降に語られるネタが一つ追加されてしまった。
大部屋を「便所」と言って抜け出し、外の空気を吸いにいく。
たばこに火を点ける。深く吸って、長く吐く。
──ほんと、いやになる。
会話してるようで、ただ言いたいことだけ一方的に言うだけなんだから。
「……」
静かだった。
お盆ってのは、先祖の霊が帰ってくるんだっていうけれど──
俺は、じいさんを“視た”ことが一度もない。
「……白蛇、か」
ぽつりとこぼす。
思い出そうとしても、はっきりとは浮かばない。
たばこの煙が蛇のような尾を引いて、何となくその形をなぞった。
あいつ、家でおとなしくしてるかな。
ぼんやりとした思考のなか、ふと、視界の端を何かが横切った。
猫かと思った。でも、違う。
まずい。この感じは、久しぶりだ。
気を抜いていた。
視えない。視てない。俺はただの一般人。普通の人間。
だから、こっちを見ないでくれ。
俺にはなにもできない。なにも。
そう念じて、顔を作って、会食の場に何もなかったように戻る。
帰り際の「泊まっていけばいいのに」を振り切って、俺は日帰りで自宅に戻った。
もう、くたくただ。
足取りも身体も重い。心もずっしりと重たい。
「ただいま……」
声をかけると、「おかえりなさい」と返してくる存在がいる。
怪異との暮らしのほうが、親戚の集まりよりよほど安心できるなんて、なんとも複雑だ。
闇の奥からぬるりと現れたウサミが、珍しく顔をしかめている。
「“それ”、なんですか?」
「え? ああ、これ?なんか持たされてさ。土産。おまえの口に合うかはわかんねえけど……」
紙袋を掲げて見せるが、ウサミはさらに眉をひそめる。
視線はその先の、俺の肩の後ろに向けられていた。
すう、とウサミの腕が伸びてきて、俺の肩にそっと手がかかる。
そのまま肩の向こう、空間にふっと息を吹きかけた。
「……なんか、ついてた?」
「さあ、よくわかりません。取るに足らないものでしょう」
糸くずでもついていた、みたいに怪異は言う。
ふしぎと身体が軽くなる。
玄関の戸を閉めて、俺はようやく「帰ってきた」と思える家に足を踏み入れた。
どっと疲れが押し寄せてきて、風呂にも入らず、そのまま昼近くまで寝てしまった。
それを「なんてだらしのない!」と、ウサミに小言を言われ続けるのだった。