しずく、しずか、しずむ【一三】「僕、アルバイトしようと思って」
そんなこと言われたら鼻からビールも出る。
「ちょっと、なにしてるんですか!?」
「ゲホッ……そりゃこっちの台詞だろが」
盛大に吹き出したビールを拭きながら、とりあえず話だけは聞くことにした。
「だって、門倉さんっていつも疲れて帰ってくるじゃないですか。僕、何もしていませんから、負担を減らしたくて……だから──」
「やめろ!馬鹿っ!」
テーブルを拭いてた俺のふとももに絡みついてくる白い尾、せめてちゃんと脚にしてから言えよ。
「で、おまえは自分で何ができると思ってんの?」
「たとえば、コンビニの接客とか」
「コンビニの接客とか?」
想像してみる。こいつがレジに立って、接客してる姿。
手際は良さそうだな。スムーズにこなしていく。あれ、意外といける……?
「──それで、僕、たくさん観察するんです」
観察?それって働き蟻を見るようニュアンスで人間を、か?
「いや、そんな理由で許可できるか!ダメだ!!」
「ええ?」
「他にないのか、もっと無難なやつ」
「じゃあ、動物園の飼育員とか」
「動物園の飼育員とか??」
また想像してみる。爬虫類コーナーならワンチャンあるか?蛇と仲良くしてて、子供にやさしくて……いや、まあ、ギリいけるかも?
「けど、おまえ小動物相手にできるのか?ふれあいコーナーのうさぎとか……」
「そうなんです。うさぎとかモルモットとか、震えて出てこなくなっちゃって。なぜでしょう?」
なぜって、いやどう見ても理由は明確だろ。
「そんなの動物園側がパニックになるだろ」
「そうかもしれません」
「うぅん……、他には?」
「メイド喫茶とか」
「メイド喫茶とか!?!?」
想像、したくねぇよ。
というか、おまえ上半身がさぁ、男じゃん……。
「はい、僕、できると思います」
「その自信はどっから来るんだよぉ……」
「ご主人様と、ご奉仕と、おかえりなさいませと、オムライスと──」
「断片的なメイドだなぁ」
「でも、合ってますよね?」
「いや……まあ、概ねは……って違ぇよ!おまえ写真に写んねぇだろ。メイド喫茶って撮影サービスとかあるんじゃないの?」
「門倉さん、詳しいんですね。もしかして──」
「ちがう!!」
正直、疲れてるのはおまえのせいだって言いたい。
でも、言えないよな。
一応、建前だったとしても、俺のためにアルバイトしたい、とか言ってくる一ミリくらいの健気さはあるわけだ。こんな足に絡まってくる怪異でも、な。
「まあ、でもよ。無理すんなっていうか……おまえにはずっと家にいてほしいっつーか」
「門倉さん、それって……」
「ん?」
「ずぅーっとここで暮らそうってことですか!?」
「言ってねぇ!!」
カラコロと、空いたビール缶が床を転がっていく。
ああ、俺はいつもこうだ。