箱庭の中の戦争 右手を寄越すのなら、命だけは助けてもいいとその男は言った。
学校の裏の林を必死で駆け上がる。あまり人の手が入っていない荒れた林だが、小さい頃から知っている場所だ。反対側の街への抜け道も体で覚えている。
木々の合間に透ける、血のように赤い夕焼けが恐ろしい。
(はあ、はあ…ッ)
木の幹に躓いて転びかける。耳のすぐ横を何かが掠めて、目の前の木に突き刺さる。──矢だ。フィクションでは知っていても、現実では初めて見る。硬い木の幹を易々と深く抉るのだから、骨だって貫通するかもしれない。
転ばなかったら、とぞっとする。スニーカーで落ち葉を蹴散らしてまた走る。
必死で駆け抜ける木々の向こうで夕日が沈む。日が落ちて何も見えなくなったら、と死を覚悟する。
最近の血のように赤い夕陽を見ると、何故か息が詰まる。だからなるべく早く帰るようにしていたのに。
右手の甲で血の滲む頬を擦る。右手には毒々しいほどに鮮やかな赤い痣が浮かび上がっている。盾、に似ているという印象を持った、朝にはなかったそれ。
早足で辿る帰り道の途中で、栗色の髪を肩に垂らした男の人に呼び止められた。道を聞きたいと言う。
幸いにも知っている場所だったので、右手で道の先を指し示した。その時になって初めて、手の甲におかしな汚れ──擦っても消えない、痣のようなものがあることに気付いた。
「……貴方の、それは……」
「え? ……あれ、何だろう、これ……」
「自ら望んで手にしたものではない?」
「あ、はい。今気付いて……」
「よろしい。ならば、」
男の人の手がこちらへ伸ばされて、手首を掴まれる寸前に何とか距離を取った。その手には鈍く光る、刃物のような、なにか、が。
「そのレイジュを持つ貴方を私は見過ごすことができない。せめて右手だけいただけるなら、命までは取らずにいて差し上げましょう」
手に持った鞄を投げつけ、すぐ側の林に逃げ込んだ。
もう一時間以上逃げ回っているようにも、まだほんの十分ほどにも思える。
ひゅっと風を切る音がして、右の腕に焼けつくような熱さを感じる。掠めた矢は目の前の木に深々と突き立った。
「ひっ……」
どろりと熱いものが服の下を流れて、手首まで滴る。赤い痣はまるで血を喜ぶかのように仄かに光ったように見える。
雑木林を無我夢中で駆けるうち、木々が途切れて開けたところに出てしまった。もう少しで人通りのあるところに出られるが、ここは見通しが良すぎる。
また放たれたらしい矢が足元に刺さって、足が縺れて腹から転ぶ。
「……子供を殺めたくはありませんが」
声はもう随分と近い。
血と泥に塗れた手を伸ばし、僅かでも這って前に進もうとする。
誰か、何か、
たすけてほしい。
ごう、と竜巻のように荒れ狂う風が落ち葉を巻き上げる。いつの間にかもうひとり、黒い髪の男がそこに立っていた。
「……見つけた。おまえが、俺のマスターだ」
低く掠れた声がそう言った。音もなく口だけ動かして、もう一言何か呟いた。
鋼色の目を眇めたその顔は、何故か泣きそうだ、と思った。
「……退け、アーチャー。ここでやり合えば目立つ」
「……いいでしょう。この聖杯戦争はまだ始まっていない」
そう言い残して、栗色の髪の男の姿が跡形もなく消えた。
◇
血でごわついた学ランを、男に手伝われながらなんとか脱いだ。真っ赤に染まったシャツが張り付いてよく見えないが、二の腕が恐らくそれなりの深さと範囲で裂けている。
……っ
見なくていい
恐ろしさで視線を外せずにいたら、男の手で首を左にそっと逸らされる。ようやく閉じることのできた瞼の間から涙が溢れる。
男が布を巻き付けながら「聖杯戦争って、知ってるか」と尋ねてきた。
……しらない
七人の魔術師──マスターと、七人の英霊──サーヴァントが聖杯を求めて争い合う。だから聖杯戦争。聖杯とは万能の願望器。
男に負ぶわれて林を進む。情けなかったが、立ち上がることもできなかった。よ、と勢いをつけて立ち上がった男は「え、軽……」と驚いたように数度蹈鞴を踏んだ。悔しさと恥ずかしさで力が入った腕をぽんとひとつ叩かれた。まだ背はこれから伸びる、はずだからそこはほっといてほしい。
聖杯戦争は、本来なら参加の意思を持った魔術師がセイイブツなりを用意して英霊召喚を行なって参加するもんだと思うんだが、
そこまで言って首を振る。
とにかく、俺はライダークラスのサーヴァント。おまえは俺のマスター。右手のレイジュがその証拠だ
気付けば浮かび上がっていた、恐ろしさすら感じるほど濃く赤い刻印。乾いた血は茶色くくすんでいたが、その下であかあかと存在を主張している。
聖杯戦争……を、不参加っていうのは?
できる。俺もおまえはリタイアするべきだと思う
だが、
男が急に大きく跳んで、左腕で必死にしがみつく。
また襲い来る別のサーヴァント。
夜闇に乗じての奇襲、アサシンだな……
男は戦うよりも逃げることを選んだようで、鋼のついた木刀のようなもので打ち合いながらもひたすら走る。その背にしがみついていることしかできない。
住宅街の道に出たところで、相手が距離を取った。街灯の青白い明かりが照らす。
白いワンピースを着たごく普通の女性に見える。その手に大振りのナイフを握ってさえいなければ。
どうして……
……アンタか
せめて、わたしのマスターだったなら……。いいえ。貴方は、ここにいてはいけない人。ここから先へ進んではダメ。どこにも行かず、何も知らないまま、ここで……死んでください。わたしに、殺させてください
させるかよ
ふわりと体が浮かび上がる、男に背負われたままで更に馬に乗っている。
口閉じて歯ァ食いしばれ!
住宅街を何ブロックか駆けたところで、前を行く大型バイクに追いつき、乗っていた人から一瞬で奪って乗り換えてしまった。
道端に落とされた人の体が頽れる。
ひっ──……
気絶させただけ!
ぬ、ぬす、
ちっと借りるだけだって!
頭に直接響く声がいちいちばつが悪そうに教えてくれて、あれ、と思う。
(なんか、思ったより……)
いいひと、かもしれない。
大型バイクの後ろに乗せられて辛うじて逃げる。男の腰に巻きつけた腕を、男が上からしっかり掴んでいてくれなかったらすぐに振り落とされていただろう。
魔術は秘匿されるべき、らしいから、恐らく人の多いところで派手に襲ってくる奴はいない…筈だ
声が頭の中に響く。でもそれどころではない。目も開けられないし体ががちがちに強張っている。全身を打つ風が痛い。
大丈夫、大丈夫だから
ぽんぽんと宥めるように手を叩かれて、恐る恐る顔を上げる。
とんでもないスピードで暴走しているのだとばかり思っていたが、意外に安定している。
光がきらきらと流れる。夜の海に星が沈んでいるみたいだ。
途中でコンビニの駐車場に停まる。ぶかぶかのヘルメットを被せられる。
こわいのに捕まるよりも先に警察に捕まるんじゃないかな、なんて考える余裕が出てくる。さっきまで殺されそうになっていたのに。
さて、どこ行くか……
……オレの家に行こう
このひとは信じてもいいと思えた。
◇
立香の家。両親は出張でしばらくいない。バイクは後でこっそり返してきてくれると言う。
まず腕の手当てをするぞ
あまりの出来事の連続に痛みも忘れかけていたが、思い出すとずきずきと激しく痛みだす。
応急処置の布を解き、すっかり血を吸った重いワイシャツを脱いで半袖になるまで、男がするのに任せる。無骨な見た目に反して、手つきはひどく丁寧なのがすこし意外だった。
何か使えるものは……
そこの戸棚に、救急箱が
借りるな
しばらく物珍しげに眺めていたかと思えば、ひとつ頷いて消毒液や軟膏、ガーゼらを取り出しててきぱきと進める。
滲みるぞ
──……ッ、う、ぅ
唇を噛み締め、叫びそうになるのを寸手のところで堪える。ぼやけた視界で、男の方が余程痛そうな顔をした、ように見えた。
しっかり包帯まで巻かれる。
……ありがとう……
ぽん、と頭を撫でられる。
何か食いモンあるか?
カップ麺なら
多めにストックしてあるカップ麺二つを出して、お湯を沸かしつつ作り方を説明する。男はひとつひとつにふんふんと頷きながら興味を示している。
(いかにもゲームか映画から出てきましたって感じの恰好だし……)
冷蔵庫から麦茶と、食器棚からコップと箸を出せば、「大体分かった。あっちで座ってろ」とリビングへ背中を押されたので大人しく従う。正直立っているだけでもしんどい。
ダイニングテーブルに突っ伏して、少し寝ていたらしい。男に頭をつつかれて顔を上げると、食べ頃のカップ麺を差し出された。
男はフォークに麺を巻きつけて器用に食べている。黒髪に白いメッシュ、灰色の目。ぱっと見は日本人に見えなくもない色合いだが、もっと彫りの深い顔立ちだ。けれど、どこの国かはよく分からない。
あなた、……の、名前は
呼び掛けようとして、まだ名前すら知らないことにようやく気付く。
……ライダー、でいいよ
ライダークラスのサー? なんとかって
名前ではないのでは、と聞き返す。
サーヴァント、な。……本当の名前、真の名はそうそう明かさないもんなんだ。真名が割れると、宝具──必殺技つうかな、弱点とかもバレちまう恐れがある
今回は意味ないかもだけど、とちいさく言う。
とにかく、ライダーって呼べばいい
……うん。オレは、立香
リツカ。ぽつりと繰り返す男の口元をじっと見る。
まじゅつし? でもなんでもない、ただの一般家庭の、どこにでもいるただの中学生、と話す。
今、年は
十四
あー、そうかー……
それきり会話が途切れて麺を啜る。男は啜らずに大きく開けた口に巻き取った麺をどんどん飲み込んでいく。食べるスピードは早いのに、所作は静かで綺麗だ。
これ、美味いな
……こっちも食べる?
一口
フォークを差し出されたので巻き取ってやって、しかし返そうとする前に手を掴まれて、がっと開いた口の中へしまわれていく。塩味の麺を咀嚼して美味いと頷く。
体温の高い手は大きくて硬い。赤々と存在を主張するしるしをざらついた指先が撫でた。
この刻印、令呪っつーんだけど。大事にしろよ。これがある限り、助けてやれる
あの、アーチャー? ってひとは、右手を寄越せば命は取らないって言った
チッと舌打ちが響く。
確かに、令呪を失えば資格はなくなる。……だからって、やれるわけないだろ
大きくて温かい手に包まれるまま、指を丸める。命と引き換えだとしても、失くすことを考えなくていいと言ってくれているようで、気持ちがすこし楽になる。
……うん
しかし、素直にリタイアさせてもらえるか、わかんなくなってきたな……
あの、女のひとも
アサシン。……アイツも、単に聖杯目当てとは思えねえし……
聖杯戦争──聖杯のための戦争。
ライダー、も、聖杯がほしい?
彷徨わせていた視線を上げる。男はずっとこちらを見ていたらしかった。
必要なら手に入れる
淡々と明瞭に言う。可能不可能ではなく。
叶えたい願いがある?
……いいや
伸ばされた手がくしゃりと前髪をかき混ぜてくる。
俺の唯一の願いはもう叶った。だが、手に入れなきゃ終わんねえってことなら、何をしてでも
その手の陰で、どんな表情をしていたのかは分からない。
俺たちの勝利条件はおまえが生き残ることだ。とにかく生きてりゃ勝ち、ってな
引っ掻き回した髪を撫で付けるようにしてから手が離れる。
男、ライダーは、笑っていた。何の含みもない無邪気な笑顔だった。ずっと鋼か岩のような、鋭く硬いばかりの顔を見ていたけれど、本当の顔はこちらなんだと思った。
安心したからか、急に眠くなってきた。
いいよ、寝ちまえ。……っと、薬だけ飲んどけ
大体食べ終えていたカップ麺の容器と箸を回収されて、引き替えに常備薬の痛み止めと水のコップを渡される。なんとか薬を飲む。ダイニングテーブルに懐く前に抱え上げられた。
軽……ちっさ……
何か言っているがよく聞こえない。
たぶん2階の自室のベッドに下ろされた。よく知ったシーツの匂いと感触。
おやすみ、……──
顔に落ちかかった前髪を軽く払われた。壊れ物に触るかのような微かな感触だった。
◇
翌日、起きたら十時を過ぎていた。
がっこう……
今更行くのは面倒くさい。体もひどく重い。
ベッドの下にぼろぼろになった鞄が置かれていて、伸ばした右手はずきりと痛んだ。すべて夢ではなかったらしい。
学校に体調不良の連絡だけ入れておく。
起きたか
男、ライダーが入ってくる。鎧をすべて外した軽装。
ぼんやり見ていると近寄ってきたライダーは額に手を当ててくる。
ちっとあるな……
インスタントのスープと薬。
もう一眠りするように勧められるが、体の汚れの方が気になった。
お風呂入りたい……
確かに風呂には入りたかったが、入れてくれというつもりではなかった。
包帯の部分に適当にゴミ袋を被せて入ろうとしたら、ライダーがついてきた。風呂のつくりに興味があるか、ライダーも入りたいのかもしれない。食事もしていたし。
あの……
その手じゃ髪とか洗えねえだろ
となって、髪を洗われている。優しい手つきにまた眠気がぶり返す。痛み止めのせいもあるかもしれない。いつのまにか体も洗われている気がする。
肩、背中、腹、腿、脹脛。とん、とん、と確かめるように指先が軽く突く。
筋肉もろくについていない、ひょろひょろした体だ。背はもうすこし伸びるといいと思っているが。
途中で起こされて、でも結局湯船でまた寝かけて、ライダーに終始世話を焼かれながらなんとか風呂を済ませた。
片手でドライヤーを使っていると、要領を得たらしいライダーがやってくれる。
なんか、楽しそう……?
ん? あー、まあ……
楽しい、とやけに低めた声で真剣に言う。一般的なたのしいって感じとはたぶん違うと思う。
弟とかいた?
弟妹はいたけど、そういうんでもないな……。よし、こんなもんか。後は包帯替えるぞ
うん……?
昼寝して夕飯食べる。ご飯炊くのだけやって、あとはライダーがつくってくれる。野菜炒めとか?
調理器具も調味料も初めて見る様子なのに、一度把握すると手際がいい。
ライダーっていつの、どこのひと?
あー、うー……結構昔の、こっからだいぶ遠い国……?
誤魔化すような言い方にすこし腹が立ったが、眉を下げた困り顔をしていたので何も言えなくなった。
いろいろ、慣れるの早いなって
聖杯からの知識ってやつらしい
便利だね……?
よく分からなくてお互い困る。
夜寝る前、もう少し話す。
ベッドはいらない、眠らないしレイタイ化するから。
聖杯戦争は正式に始まっているかもしれない。七騎揃ったか分からない。
監督役の教会で辞退を告げれば保護してもらえる筈。……本来なら。
でもアーチャーとアサシンが直接おまえを狙っている可能性があるから、様子を見ようと言う。
外に出る時は必要最低限に、人目のあるときに。
学校は行かない方がいい?
えー、あー……ガッコウ、かー……
なんだかそわそわしているっぽい。
……学校、気になる?
行くなら霊体化してついていく、と言われてびっくり。
レイタイ化ってなに?
すうっと消える。声だけ頭の中に聞こえる。省エネルギー化でもある。
ついてってもいいなら行ってもいい、と言われて迷うけど行く。
◇
朝ごはんは納豆と昨日炊いたご飯の残りとインスタント味噌汁。昨日ライダーがつくってくれた野菜炒めをレンジで温める。
ライダーが興味を示したので二人分用意する。納豆が苦手だったら残していいと言ったが、終始微妙な顔をしながら食べきった。
……日本人は皆これ食べてんのか?
好き嫌いあるけど、わりと……?
登校して授業を受けて。いつも通りすぎて嘘みたいに思える。ライダーは話しかけてくるようなことはなく、いるかいないかさえ分からない。大きめの絆創膏で隠した右手の甲と、ぶり返す傷の痛みさえなければ、今までの日常と何も変わらないのに。
給食の前、ライダーは「学校の中と周辺を見てくる」と言って出かけた、らしい。
昼休みと放課後、ライダーが戻ってくるまでは図書室で時間を潰した。
夕方の帰り道。
何か食べたいものある?
おまえの好きなものは?
んー……今食べたいのはラーメンかハンバーガーかなあ
ラーメンはカップ麺とは違うのか?
似たやつもあるけど、昨日食べたのとは結構違う
ふーん……?
ライダーは食事が好きらしいので、結局一緒に食べられるようにスーパーで惣菜と弁当を買うことにした。
うわっ……
夕方のスーパーの人の多さと賑やかさに圧倒されている。
出来合いの惣菜コーナーに向かおうとすると、野菜や果物は、と気にしてくる。
両親がいるときは食べてるけど、今はちょっと……
右腕が痛むのはだいぶ不便。
あー、実体化すれば荷物持ってやれるんだが……
この恰好だとマズいよな、というのに思いきり頷きそうになって、寸前で小さく返事をする。
弁当や揚げ物のおかずをいくつか買って帰る。
普通の学生の生活って、皆こんな感じなのか?
スーパーに寄って帰る中学生はあんまりいない、かも
仕事でいないんだったか
あとは人によって部活に行ったり塾に行ったり、もっと忙しくしてる人も多いと思うけど。朝学校に行って、一日ああやって授業受けて、夕方帰るのは大体一緒
そっか。……今十四、だっけか
うん
そうかー……
家に入ると実体化する。
王と冒険者はやったことがあるけど、学生はないからよく分からない、と言う。
オレにとっては王様業と冒険者の方が全然分からないよ
頭ひとつぶん背が高いひとを見上げる。
大丈夫だ、これから伸びる。ちゃんと飯食って寝てればな
◇
すこし日常に不思議が追加されただけだと勘違いしそうになっていた。
夕方の帰り道、ふと人気がないことに気づいた時には遅かった。
ライダーに急に抱えられて倒れ込む。矢が刺さる。
人気のない公園かどっかで襲ってきた一騎、アーチャーを辛うじて迎撃する。
もし戦闘になったら視界の中で離れた物陰にいるように言われていたけれど、弓の狙いはこちらにつけられたままで。
庇うライダーがいくつも傷を負う。
これは聖杯戦争などではなかった
七騎揃うことは決してない
なら俺達が戦うことにも意味はない!
彼をここで殺す。それで変わる未来がひとつでもあるなら、意味はそれでいい
アンタが縋り付いてるのは所詮行き止まりだ
ここだってそうであるかもしれないのに?
……いや。それはない
はっきり断言するライダー。
“俺”が喚ばれた。ならばこの道はあの海に続き、その先へ続く……!
リツカ!
ライダーが真っ直ぐにこっちを見ている。目がしっかり合う。
レイジュを使ってくれ
ど、どうやって
掲げて、勝利を願うだけでいい
(あのひとに。オレを助けてくれるライダーに、どうか、勝利を)
燃えるように手の甲に熱が走る。
……勝って、ライダー!
不帯剣の誓い(セルマン・デ・デュランダル)!
折れた木刀の落ちる乾いた音が響く。
金色の光となって消えていくアーチャー。
何故、貴方は、貴方達は先に進めるのか……
アンタのマスターがいれば、結果は違ったかもしれないが。
歴史をつくるのは、過去も未来も、人であるべきだ
ただ一人でも?
ライダーは応えず、こちらを見る。つられたようにアーチャーもこちらに顔を向ける。二人の会話の意味がすべて分かったわけではない。けれど、人のすがたをしたひとでないものが争い合うこの戦いの明暗を分けたのが、マスターという人間の存在らしいことはなんとなく分かった。
人はあまりに脆く、か細く、だが眩しい……
ここで斃れぬのなら、全てを踏み越えてでも、進みなさい
消える前に初めて見たアーチャーの笑い顔とその言葉が、心にひとつ重しをつけた。
血だらけで倒れるライダー。自分も体に力が入らなくて膝をつく。
制服の裾で目に入りそうな血を拭ってやる。その手を取られて止められる。何かできることはないか、と聞く
マスターと接触していると魔力が回復する、と言う。
すこしだけ、……
広げられた腕の中にそっと寝転がる。
夜露が肩を湿らせる。吐いた息が白い。目の前の男の体はひどく熱い。
頬の擦り傷から滲んだ血を、男の指が優しく拭う。口に含もうとするのを止めるが、これも魔力回復に必要なのだと言う。
それならば、と先ほどの戦いで折れた男の木刀の破片を握り込む。
うぁっ
やめろ!
オレには何も分からない。何もできない。だからせめて、
いいんだ。おまえはそんなことしなくていい。……俺が、守るから
溢れる血を男が柔らかく啜る。その後で盾に結いていた布を巻かれた。こんな小さな傷より、ライダーの方がよほど傷だらけなのに。二の腕の手当ての時もそうだった。自分の傷よりも、痛そうな顔をする。
(どうしてこんなに、)
助けてくれるのだろう。守ってくれるのだろう。
オレはあなたのことを何も知らないのに。──あなたは、オレのことを知っている、のに。
『リツカ』
名前を呼ばれて分かった。初めて会った日、あの瞬間、彼は自分の名前を呼ぼうとしていたのだと。
何も知らない。
それでもひとつ分かるのは、彼を信じていいということ。彼の優しさを、真摯さを、自分のために流す血を信じなかったら、そっちの方が後悔するということ。
緩く包まれていた腕の中で、その広い背を強く抱き返す。
ありがとう、ライダー。……信じてる
誰かに向かって心底からそう言うのは、自分のぜんぶを預けてもいいなんて気持ちになるのは、きっと初めてだった。こんな局面が訪れるなんて思ったこともなかったのだから。
あなたのことを何も知らない。
けれどあなたの強さを。あなたがオレを守ってくれるという言葉を、信じる。信じられる。
──どうせまた子どものようにぽんぽんとされるのだろうと思ったのに。
息が止まりそうなほどにきつく抱きしめられた。
ああ。──ああ、おまえが信じてくれるなら、俺は──……
耳のあたりを大きくて熱い手のひらに覆われて、くぐもった声はうまく拾えなかった。ど、ど、と重く強く打つ相手の鼓動が、自分の体にも一緒に響いて、熱を移すみたいだった。
顔にまでのぼってくる熱に茹だりそうになって、身動いで冬空を見上げる。一際目立つ、かろうじて知っている星座。
……オリオン座
ぽつりとつぶやく。ライダーが仰向けに転がって大の字になる。途端に身を切るような寒さを思い出す。
……俺も、あんな大英雄だったらな……
オリオンもえいれい?なの?
おう。
長く昏い夜がようやく明ける。
夜が明ける頃、家に帰る。
◇
アサシンが家に来る?
話をする。
ライダー。貴方も見たでしょう。この世界を。この国を。あまりに平和なこの街を。
それでも、ここから外に出したいんですか?
聖杯戦争でないなら、争う必要はない。
たまたまテレビから流れてきた映画を少し観る。指輪。
この映画好き、というと興味を示す。
でも三時間が三本ということで諦める。
ベッドを譲ろうとするが聞かない。
少しでも回復するように、と一緒に寝る。
映画のあらすじを聞かれて話す。
偶然に指輪という大きな力を持ってしまった主人公が、それを捨てに行く話
指輪は捨てられた?
うん。でも、彼は故郷でねむることはできなくなって、最後は友達も置いて帰らない旅に出るんだ
……どうして、この映画が好きなんだ?
英雄でもなんでもない、力が弱くて戦いを望まない種族の彼が、色んなひとに助けられて戦いを終わらせるところ、かな
皆、自分にできる戦いをしてる
抱き締められる。
目の前の男は、旅の序盤から主人公を助けてくれる謎めいた戦士にすこし似ているのかもしれないと気がついた。
命を懸けて誰かを信じる、という状況に自分が置かれていることにはどうにもピンとこない。
教会に行く、というライダー。
半ばで道が分かたれても、最後まで戦士は主人公の支えのひとつだった。
(……あなたも、そうあってくれるのかな)
◇
元の日常に戻りたいと願ったはずだった。
ほんの数日一緒にいただけなのに。
教会まで来たところで、セイバーのディオスクロイに襲われる。
あの屈辱を消せるのなら
カルデアの人間。いずれ神を殺すもの。神の国を壊すもの。お前をここで殺すために我らは喚ばれた
圧倒的な力ですぐに追い詰められる。
アサシンが加勢してくれる。二対一でも尚及ばない神の力。
一撃だ。この一撃で、あいつを止める。だが、それで最後だ。……それで、このレイキは消滅する
走って教会に入れ、と言う。監督役が正しくいるかは分からないが、ディオスクロイがここを守っていたことからも教会には何かあるはず
──まだそんな希望を持っていたのか
これは聖杯戦争などではない、と嘲り笑うディオスクロイ。
主はなく、大義もない。ただお前(貴様?)を殺すためだけにつくられた空想の舞台。お前という存在の根を断つ。
貴様さえいなければ
この先、悪魔と蔑まれ、世界が、何万という命が貴様のせいで喪われる
俺がここにいる。それがリツカが存在し続ける証だ
おまえを守れれば、それが俺の勝利だ
あなたを、……キミを、知っている。
キミがくれた言葉を。祈りを。知っている。
キミのマスターはオレだ。
ライダー、……マンド、リカルド!
目を見開く。
マンドリカルドに、勝利を!
最後の一画を使う。
おおおおおっ──……!
リツカ。……またな
マンドリカルド……!!
振り返る顔は満足気に笑っている。
金色の光になって消えていく。
(ああ、せっかく、会えたのに)
ずっと側にいてくれたのに。オレがキミを憶えていなくとも。キミを知る前のオレであっても、守ってくれたのに。
届かない。消えていく。
余波で吹き飛ぶ。破片で強く頭を打つ。朦朧としたままで、それでも一歩ずつ教会の方へ進む。
全身に深手を負って尚立ち上がったディオスクロイが追ってくる。追いつかれる方が早い。
振るわれた剣は体を紙のように容易く貫いた。──白いワンピースが翻る。
貴方をわたしが死なせてあげられないのなら。どうしても進むというのなら、わたしは貴方の道になりたい
貴方は貴方のままで、どうか、良い人生を。そうしてもう一度、
わたしと出会って。
心臓が痛みを覚えるほどに綺麗な笑い顔だった。
シャ、ル、ロット
目を見開いて、花が咲くように笑う。
やっぱり、貴方だったんですね
背中を強く押されて、教会の中へ倒れ込んだ。
意識が二重にぶれる。重なっていたからだから引き剥がされるように。
視界は真っ暗になって/レイシフトの光に包まれて
……──
◇
高校の門で友人と別れ、帰路につく。マフラーを引き上げる。
何年か経った冬の日。
夕焼けが綺麗で、何年か前、中学生だった頃のことをぼんやりと思う。
事故に巻き込まれて、頭を強く打って入院したことがある。数日の記憶は何もない。
ただ、あれから本をよく読むようになった。苦手だったはずの夕焼けをつい眺めてしまう。背も手足も伸びて、街の風景も少し変わったけれど、この赤さは変わらない。
放課後、献血にご協力ください、と声を掛けられて。振り返った先の夕焼けがあまりに見事だったから、何となく頷いてしまった。
◇
↓なんかこういうことにしたかったやつ
オリュンポスのアフロディーテの権能の名残?深層心理に触れられたから、とか
ぐだくんの夢と空想樹の枝?根?が反応した的な/または空想樹の中のシミュレーションのひとつ
「ぐだくんのいない世界」が想像されようとしてた(過程)
ぐだくんは最後の最後で自分の夢って気づく→令呪の形が今のものと同じ理由、なんとなく形は気になってたからたびたび見てた→令呪が気になってたんじゃなくてこの形の令呪を知ってたから、という。「これは“オレ”の令呪だ」
(マンドリカルドは間際の一撃を使おうとしてるとことか)
対ディオスクロイ、最後の1画の令呪でマンドリカルドにデュランダルを使わせる?(プロフ読み込む)オレの記憶の中に確かにある、「キミが真にデュランダルを使えることを、オレもキミも知ってる!」的な
アルテミス(神)の光をも止めたキミが、負けるはずない!!とか
カルデア?で目が覚めるぐだ
ダ・ヴィンチちゃんもしくはシオンの解説
深く夢に囚われたままでキミが「死んだ」と認識してしまったら、本当に死ぬところだった
聖杯戦争でなくて特異点のなりかけ
アトランティスとオリュンポスの記憶がある鯖はぐだくんを殺そうとする
ディオスクロイは自分が自分であるならば“カルデア”の“人間”であるお前を生かしておけない、いずれ持ち得る“神殺し”の因果が生まれる前にここで断つ、とか