閣下は一年間アイドル活動を休業して、昭和基地に行った。勝手に。いつのまにか上層部が休業を認めており、いつのまにか手続きも終わっていて、俺が知らされたのは記者発表の当日だった。茨に言うと絶対止められるからとかなんとか言い訳をしながらごめんねなんて軽く謝罪をして会見に出ていく閣下の背中を俺は呆然と見つめていた。Eveの二人はもちろん知らされていて、呆気に取られた俺をジュンが気の毒そうな顔で見ていた。ムカつくので足を思いっきり踏んづけてやったら殿下に叱られた。でも仕方ない、聞いていて黙っていたのだからそっちが悪いだろう、なんて。俺は子どものような言い訳を頭の中で挙げ連ねて謝らなかった。それよりも何よりも、仮に一年間の休業はまだいいとしても、昭和基地ってなんだ。何しに行くのかさっぱりわからない。研究者にでもなったつもりなのか? 凍傷にでもなって閣下の美しい肢が損なわれでもしたらどうするんだとか、腹をすかせたシロクマに襲われないかとか、何かトラブルがあってライフラインが途絶えて死んでしまわないかとか、とにかく心配ごとが次から次に浮かんでくる。あの好奇心に素直で奔放な閣下が南極が危険だからと自身をセーブできるとはとても考えられない。誰が彼の手綱を引いてくれるというのか。それは俺にだけ許された特権なのだから、つまり閣下のいるべき場所は俺の隣以外にはないということだ。南極になんか死んでも行かせたくない。
「……永遠ではないものを探しに行くんだ」
閣下は意味のわからないことを言っていた。永遠ではないものなんてそこらじゅうにあるだろう。この世に永遠なんてものは存在しないのだから。全てのものは生まれたら必ず死ぬ。分かりきったことだ。この瞬間さえ1秒後には過去となり、この場にいた人間が死ねば全て消え去る。そんな当たり前の世の道理をわざわざ南極まで探しに行く理由がわからない。意味不明だ。
「君と、分かち合いたいものがあって」
そう言って出かけた閣下は美しい死体となって帰ってきた。髪の毛や爪先の一ミリたりとも損なわれていない完璧な閣下の死体は眠っているだけのようにしか見えない。今にもその長いまつ毛で覆われた薄い瞼が開かれて、おはよう茨、久しぶり、なんて声が聞こえてきそうなほどだ。長期間空気にさらされず、海水温も低かったため、屍蝋化したのだという。こういうことは海に限らず世界の各地で起こっていて、それこそイタリアにある世界一美しいミイラもこの手の理由で今なお現存しているということだった。
「ばかなやつ」
あなたは遥々南極まで、何を探しに行ったのでしょう。まるで死ぬためにそこへ行ったようなものではないですか。俺の横でアイドルをしていればよかったのに。そうすればあなたの好きなサイリウムの海で、あなたの父が求めた完璧なアイドルとして、たくさんの人々の笑顔の中で死んでいけたのに。
「おおばかやろう」