やさしさ◇弓弦と茨
茨が時折夜中に泣いていることを知っている。その原因も、感情も理解しているつもりなので、そういう時は俺が起きていることを知られないように細心の注意をはらいながら寝たふりをする。あれでもこっそりと泣いているつもりなのだ。鼻を啜る音、声を殺してしゃくり上げる少し歪な呼吸音、身じろぐ衣擦れの音。見えずとも、茨が限界まで体を丸めて憤りを堪えようとしていることは容易に想像がついた。
茨がその体の幼さを、力の弱さを、搾取され続ける現状を悔しがっていることを知っている。だから俺は泣いているあの子の小さい体を抱きしめることも、代わりに喧嘩を買ってやることも、俺の持ちうる権力を使って相手を黙らせることもしない。ただ一人で生きていくと固く誓ったあの子が立派にその人生を全うできるように、明日も喝を入れ、檄を飛ばす。
◇凪砂と茨
茨が貼り付けた自然な笑顔の下にはらわたが煮えくり返るような怒りと屈辱感を綺麗に隠していることを知っている。そういうとき、彼はその負の感情をばねにそれとわからないように相手へ報復する。彼を見下した連中を見返すような圧倒的なパフォーマンスをもって。あるいは、お前には無理だと嘲笑われた企画の成功をもって。もちろん直接的に手を下すこともあるけれど、ごく稀だ。茨は社会の構造をよく理解している。出過ぎた杭は打たれるどころか潰されて二度と地面から出てくることはない。その加減を見誤ったりしない。老獪なお歴々の波間を縫って、失敗を誘い、ぼろを出した敵から少ない動きで素早く仕留める。
それでも彼の健やかな魂が傷付けられている事実は変わらない。その丸く美しい魂に裂傷が刻まれることが悲しく、歯痒い。だから私は、優しさを施しと受け取ってしまう捻くれた相棒が素直に助けてと言える日のために、彼の望む最終兵器として隣に在り続ける。その日まで、金で継ぐようにその魂の割れ目へこっそりと愛情を注ぐ。