土曜の夜は茨と二人でラジオの看板番組を持っている。夜といっても朝の方が近い深夜三時から一時間の生放送は長寿番組として知られておりリスナーもさまざまだ。お便りをくれるのはオレたちのファンである十代〜二十代の子から七十のタクシー運転手まで職業や年齢を問わない。深夜帯ということもありオレたちにしてはトークテーマも結構攻めていて、よくあの茨がオッケーだしたなあといつも驚いてしまう。まあ本人も客層を広げたい、みたいなことは言っていたしメインターゲットは深夜帯にラジオを聞いているような人間なのだろう。年嵩の方から娘や孫との会話のネタになってよかったというお便りが届いたり、パン屋や新聞配達など朝の早い職業についている人たちがここで聞いて気に入った曲をダウンロードしましたなんて教えてくれたりもする。そうやって一歩ずつ着実にファンが増えていくのが目に見えるのはとても嬉しくて、正直こんな時間のラジオなんてオレには向いてない(睡眠時間的にも)と思っていたけれど、だんだんそれが楽しくなってきて、茨から来年度も契約更新となったと告げられたときは思わずガッツポーズをしてしまった。
オレの楽しみはそうやって可視化された客層だけじゃなく、生放送終了後にもある。
「朝メシどうします〜?」
「……朝ですけど、肉食べたいですね」
「あ、わかります! さっきの限定ステーキのお便りヤバかったですよね!」
「この時間帯にアレは良くないですよね……」
まだ社員が出社してくるにはいくらも早いラジオ局のエントランスを抜け、薄らと白んできた世界に一歩足を踏み入れる。やっと始発が動き始めたかな、という時間帯の街には人気がなかった。ガラス張りの高層ビルがほの青く照らされて、それがそこらじゅうに乱立しているビル群に反射して余計に静けさを演出している。それが昔々訪れた遊園地の鏡の迷路みたいでなんだかちょっと怖かったのは内緒だ。取り残されて、一生この世界から出られないような恐怖感は今でも新鮮に思い出せるけれど、一年も通えばすっかり慣れてしまった。それに、ここにいるのはオレ一人ではないから。
「とはいえ、この時間ではどこも開いていないでしょうし、いつものファミレスに行くしかないんですけど」
「春メニューまだ制覇してないからいっすよお。肉は今度行きましょ、行ってみたい店あるんですよねえ、ほらあそこ、駅の近くの」
「ああ、あの外資の店ですね。では今度のオフにでも予約しておきましょう」
「茨様〜!」
茨ともこの赤裸々深夜番組のお陰で前よりもずっと打ち解けられた気がする。別に仲が悪かったわけではないけれど、こちらから近づいていってもするりとかわされることが多かった。それがこんなふうにラジオのお便りをきっかけにどこの店に行こう、なんて遊びの約束を取り付けることも、この一年で格段に増えた。仲良し営業じゃない、本当に気安い友達みたいな間柄が、オレは嬉しい。トーク内容が本当か嘘かはまだ見抜けないし、その度にアレ信じてたんですか?と笑われるのは腑に落ちないが。それもいつか分かるようになるのだろう、これからもこの番組を通して。
振り返って見上げたビルは、やっぱり鈍く青色に光り、オレたちを見下ろしていた。