カラオケでポッキーを楽しむいどくちゃんです
「あのねドイツ、今日はポッキーの日なんだって!」
日本が教えてくれたんだ、と歌うように続けながら店員が運んできたばかりの皿から一本摘んで、俺の目の前にそれをかざした。
「相変わらず日本はイベント好きだな」
「よく思いつくよね〜。みんなが同じ日に同じお菓子食べてるって思うと面白いね!」
ふとカラオケ機器の画面に視線をやると、ちょうどそのCMが流れていた。なるほど、商売の戦略でもあるのだな。その強かさに感心していると、ポッキーの柄をつぷりと唇に挟まれた。
「それでそれで、ポッキーの日ってね、日本だとみんなポッキーゲームってやつするんだって!俺たちもやろうよ」
なんだそれは、と咥えたものを落とさないようにして尋ねる。
「両端から一緒に齧っていって、途中で折ったり口離したら負け!それだけ!ね、やろうよ、ねーねー」
子供が駄々をこねるような様子で急かされ、ああともいやともつかない声が漏れた時には既に反対側の先端にイタリアが口をつけていた。全く仕方のないやつだ。始まってしまったからには付き合ってやろう。
カリカリと齧っていくうちにチョコのかかった部分に差し掛かり、さてはこいつわざと俺に柄の方を渡したなと気づき始め、戯れにもっと食べ進めてやろうとスピードをやや上げる。イタリアの顔がさらに近づき、俺たちの間のポッキーはあと一口あるかないかの長さになった。
そこで、ふとゲームの終わり方が気になった。勝ち負けのルールは聞かされたが、両者ともポッキーを折ったり口を離したりしなければどうするのか。中途半端なルール付けに、もしかしたらこのゲームもこいつが突発的に考えたものなのかもしれないという疑いが生じ始めた。
その疑念を口に出そうと唇を薄く開いた瞬間、残りのポッキーごと唇をぱくりと食いつかれた。口内の甘味が一層増す。
一瞬何が起こったのか分からず、理解した時には当たり前のように後頭部に手を回されて唇を吸われていた。慌ててイタリアの両肩を掴んで突き飛ばすように引き剥がす。
「いてぇっ」
「なっなんだこれは!!そういう意図があるなら最初に言え!!それにここは個室といえども公共の場だぞ!!」
「ゔぇはは〜ドイツ気づくのおっそ〜い」
俺の顔を指差してけらけらと呑気に笑っている腑抜けた頬を掴んで引き伸ばす。
「いひゃっいひゃいれふ!!らめ!!」
「お前はどうしてそうだらしがないんだ、大体このゲームとやらもどうせお前の思いつきだろう」
限界まで引っ張った頬を手放すと、元のポジションに咄嗟に戻った肉がぷるぷると弾んだ。イタリアはさぞ不満げに、赤く腫れた頬をさすりながら口を尖らせる。
「ひどいなー、これはれっきとした日本の文化だよ!調べてもないのに人んちの文化を否定するのは先進国の姿勢としてどうなんですかー!」
こんなふざけた文化があるわけ、と怒鳴りつけようとした口を慌てて閉じる。日本のことだ、俺たちとは大きく違った価値観を持つあの独特な島国でならありえないとも言い切れないのだ。たしかにイタリアの言うことも一理ある。
「…そうだな、その通りだ。だが何度も言っているように、キスやら何やらしたい時にはちゃんと一声かけろ」
「は〜い気をつけま〜す」
「本当に反省しているか?」
「してるよぉ」
ポッキーを2本同時に口に突っ込んでモグモグと頬張っている様子を見ていると信用する気にはなれない。まあこいつに何を言ったところでどうしようもないことは今までの経験上よくよく理解している。全くどうしたものかとため息をつくと、それを塞ぐようにまた唇に飛びつかれる。
「ため息したら幸せ逃げちゃうよ!!」
「ばかっ今反省したんじゃないのかっ」
「あとでまたはんせーしま〜す」
飛びつかれた勢いで防ぐ間もなく上半身を倒され、長椅子の硬いクッションとイタリアにしっかりと挟まれて身動きが取れなくなる。いや、取れるはずなのだが、どうしても体が強張って動けない。つくづく俺は不意打ちに弱く、困ったことにイタリアはそれをよく知っていた。
情けないことに、結局俺はされるがままに歯列を丁寧に舐め回され、歯列に残っていたチョコまでしっかりと舐め取られた。口を離した後の勝ち誇ったような顔が随分と腹立たしい。
「ね、せっかくだからもっかいしようよ」
「なにを」
「ポッキーゲームだよっ」
再び柄の方を口に差し込まれるが、仕返しのつもりでそれを引き抜いて180度回して、イタリアの口に突っ込んでやる。
「間接キスじゃん」
「どうせ今から」
直接するんだろ、とまでは言えず、黙ってポッキーを口に挟む。俺の言葉を待っていたイタリアも何かを察したのか、何やらにやつきながら反対側を咥えた。先程は何とも思わなかったこの距離が途端に恥ずかしく思えてくる。カリカリと両端から齧っていく音が鳴るたびに心拍数が上がる気がした。