狗巻君お誕生日おめでとう記念今日は俺の誕生日。
学校が休みな事もあって、同級生、後輩、先生が、ささやかながらも楽しい誕生日会を開いてくれた。
沢山のプレゼントにお祝いの言葉、お腹いっぱい食べたご飯とケーキ。満たされた筈なのに、解散して寮に戻る前、外を歩いているとふと彼を思い出した。
遠い異国にいる最愛の人。
空を見上げると、日は既に沈んでいた。都会より離れた場所にあるここは、空気が澄んでいるので星が綺麗に光って見える。今彼のいる場所では、太陽が昇っているのだろうか。
ポケットにしまっていたスマホを手に取りメッセージを開く。そこには、今日の零時丁度に送られた一文があった。
ーお誕生日おめでとうー
時差もあって慣れない場所で大変だろうに、時間ピッタリに送るとは彼らしい。
もし誕生日に願いが叶うなら。
俺は物なんて望まない。
食べ物もケーキもいらない。
ただ一つだけ、憂太に会いたい。
あの朗らかで温かい笑顔で、俺を包み込んで欲しかった。
「…くー…ん!……き、くー…ん!」
情けないと自嘲気味に笑う。ついに幻聴まで聞こえてくるなんて、俺ってこんなに脆かったかな。
もう部屋に帰って寝てしまおう。寮に向かって歩を進めようとした時、腕をガシッと何かが掴んだ。
「狗巻君!良かったやっと見つかった!もう、こんな時にスマホの充電が切れるなんて!」
俺を狗巻君と呼ぶのは一人しかいない。振り返ると息を切らし汗だくの、今まさに会いたかった人が立っていた。
「…ゆ、うた…。」
「久し振り!元気だった?って、連絡取り合ってるから知ってはいるんだけど。」
眉を下げてふにゃりと笑う。腕を掴んだ手を外し、その手を両手で握った。
温かい確かがここにある。
憂太だ。ずっと会いたかった、憂太が目の前にいるんだ。
どうしてここに?という疑問より、嬉しい気持ちと愛しいという気持ちが胸いっぱいに広がる。
抱き締めようと手を伸ばそうとすると、憂太の顔は申し訳なさそうに歪んだ。
「ごめん、時間があまりとれないからゆっくりお祝いできないんだ。でも、どうしても直接言いたくて。お誕生日おめでとう。」
そう言って手に持っていた紙袋から花束を取り出した。赤い薔薇が五本の小さな花束を。
「本当はもっと良い物を送りたかったんだけど、海外じゃ見付からなくて。帰国したらきちんとプレゼントを買うから。今はこれで。」
まさか自分の誕生日に花束なんて洒落た物を送られるとは思わなかった。それが、大切な人からだと、こんなに嬉しい気持ちになるなんて思わなかった。
ありがとう。とお礼をいう前にふと思い出した。確か本数には意味があるらしい。これはどういう意味があるのだろう。
「高菜?」
「い、意味?!…どうせ調べたら分かることだよな…うん。」
憂太は頬を赤くして視線を反らしながら、恥ずかしそうに答えた。
「五本の薔薇はね、貴方に出会えて心から嬉しい、って意味なんだよ。」
出会えて、心から嬉しい。
「もちろん里香ちゃんや高専の皆に出会えた事は、僕の一生の宝物だよ。だけど、狗巻君はその中でも、もっともっと特別だから…だから。」
憂太の持っていた紙袋と竹刀袋が、音を立てて地面に落ちる。気付いたら花束ごと抱き締められめいた。
「産まれてきてくれてありがとう。これからも狗巻君が、大好きです。」
どくん、どくんという心臓の鼓動と体温が、俺を侵食するように蝕んでいく。このまま憂太と混ざりあって一つになるんじゃないかと思った。
いや、一つになれば良い。憂太と離れるくらいなら、このまま混ざりあってしまいたい。それくらい、今の言葉が俺を幸福で満たしてくれた。
俺も伝えたい。大好きだと。直接言えないのがこんなにもどかしい。
だから、せめて行動でこの気持ちを伝えていく。
俺は憂太の唇に指を這わせた。キスがしたい。そう視線で訴える。
「…うん。僕も、したかった…んっ。」
全て答える前に俺は唇を重ねた。憂太の唇は少しかさついてたから、潤すように舌で唾液を塗るように舐める。だけど憂太はそれを、口を開け。と解釈したようで、おずおずと口を開いてちらりと赤い舌を見せた。そんな勘違いも可愛くて、お望み通り舌を中に突っ込んだ。
「ふぁっ…んっ。」
舌を絡ませて口内を貪る。久々のキスに気持ち良くなって、ついつい夢中になってしまったらしい。俺の背を力強く掴まれる。最後に舌を思いっきり吸ってゆっくり口を離した。
目をとろんとさせて頬を赤くし、呼吸を整える憂太。その赤い頬に何度も口付ける。
「ふふっ、…狗巻君、くすぐったいよ。」
「しゃけしゃけ。」
「…ふふっ、あははっ。」
あー、このままこうしてたい。時間が止まれば良いのに。
そんな俺の願いはむなしく、この場にそぐわないアラームの音が鳴る。
「あ…もう、行かなきゃ。」
「すじこ!?」
「うん、無理言って戻って来たから。出来ることなら真希さんとパンダ君にも会いたかったけど、また今度にするよ。一番の目的は果たしたからね。」
まさか、本当に俺の為だけに帰ってきたなんて。ここにいる時間より往復する時間の方が絶対長い。どれだけ俺を好きにさせれば気が済むんだ。
せめて最後に、と唇に触れるだけのキスを送った。それを受け止めて、憂太は名残惜しそうに俺から離れていく。
「じゃあ行くね。任務もうすぐ終わりそうだから、戻ったら一番に連絡する。」
「しゃけ。」
「その時は、一緒にプレゼント買いに行こうね!」
「高菜!」
もちろん!と約束し、闇の中に消える憂太を見送った。先程の事は夢だったのかと錯覚しそうになるが、手の中の薔薇の花束が現実だと教えてくれる。
貴方に出会えて心から嬉しい、か。
でもそれは憂太だけじゃない。俺だって…。
さっき会ったばっかりなのに、もう会いたくなってきた。
どうしよう。次に会ったら二度と手離せてやれないかもしれない…。