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    名無し

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    名無し

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    チリ主♀+可哀想なアオキさん
    アオキさん視点、口調不安定
    バレンタインの要素がほぼ薄いです

    飛ぶ鳥オトす看板娘~バレンタイン小話~営業の仕事を早めに終わらせる事が出来た2月14日の午後。街中の甘い香りに心を揺さぶられながらリーグ内にある事務所の扉を開いた。
    憂鬱な四天王としての雑務だが、宝食堂の女将から頂いた菓子のおかげで心が軽い。さっさと終わらせて定時退社を目指そうとしたが、目の前の異様な光景でその心意気は一気に萎えてしまった。

    「アオイ、あ~ん。」
    「…あ、あ~…ん!?」

    同僚のチリが自分の席でアオイさんを横向きに膝に乗せ、何かを食べさせていたのだった。
    つい数秒前までアオイさんを蕩けるような目で見つめていたチリは、自分の姿を確認するとその成りを潜めて冷たい視線を寄越した。膝の上のアオイさんは目が飛び出るのではないかというくらい見開いて、「誰も来ないって言ったじゃないですか!」と叫びながらその場から逃れようともがく。が、チリに耳元で何かを囁かれると、動力を無くした機械のようにピタリと動きを止めて大人しく彼女の腕におさまった。

    「アオキさんこんにちは。随分とお早いご出勤で。」
    「…貴女達は何をしているのですか?」
    「これですか?見て分かりません?バレンタインのチョコ交換やけど。」

    チリの机の上にはガトーショコラと思われる物が置いてある。先程食べさせていたのはどうやらこれらしい。その横には小箱に詰められたチョコレートの詰め合わせがあった。これを彼女達が交換していただけなら話は分かる。

    「…自分には、交換というより食べさせているように見受けられますが。」
    「どうせ食べるんやから、交換しながら食べても構わんやろ。」

    ということはこのケーキがチリの贈り物で、チョコレートがアオイさんの贈り物らしい。どうでも良い事に気付いたが、右から左に流しつつ自分の席に着いて書類を取り出した。良くない事に、自分の席はチリの目の前にある。

    「…お好きになさって構いませんが、ここは職場です。」
    「アオキさんがいつも通り出勤されてたら良かったんですよ。…はぁ、折角二人きりになれたのに。しゃーない、アオイ最後に一粒だけ食べさせぇな?」
    「は、はいぃ…お口開けてください。」

    アオイさんは箱からチョコレートを一粒取り出してチリの口元に近付けた。だが、チリは首を振るとにっこり笑う。

    「アオイ?」
    「……あ、あ~ん。」
    「あ~ん。」

    大きく開いたチリの口の中に、アオイさんがチョコレートを入れる。手を引こうとしたようだが、それより先にチリの口がパクリと食らいついた。指ごと咥えられ、さらに吸い付かれているらしく、アオイさんは小さく声を上げたが、聞いてないふりをした。

    「んっ…おおきに。残りは仕事の合間に貰うわ。ほな、うちから最後に特別サービス。」
    「…は、へ?んぅっ!?」

    チリはガトーショコラを口に含むと、アオイさんの後頭部を掴み、呆気に取られている彼女に口付けをした。抵抗しようと押し退けようとする手は一纏めに掴まれ、なすがままにされている。口付けの音がしんとした部屋に響くのを聞かないふりをし続けた。

    「チリちゃん特製のガトーショコラ。美味かったか?」
    「は、はひ…ごちそーさまでした…。」
    「よしよし。余ったぶんは持って帰りや。残さずに食べて貰えると嬉しいわ。」
    「もちろんです。…その、私のも全部食べてくれますか?チョコを溶かして固めただけなんですけど、想いは沢山込めたので…。」
    「当たり前やろ。…ほんまかわいー…大好きや。」
    「…私もです。チリさん、…大好き。」

    アオイさんは顔を真っ赤にして、こてんとチリの胸にもたれる。それを愛おしそうに見つめ、チリは頭を撫でた。二人きりの世界に入り甘ったるい空気が漂い始めるが、仕事をこなさないと帰れないので作業に集中しようとした。
    とその時、自分の席から電話のコール音が鳴る。何時もはただただ面倒なだけだが、今は救いを求めるように瞬時に受話器をとった。

    「…はい。アオキです。」
    『やっと誰かに繋がった!…あ、すみませんアオキさん、受付です。そこにチリさんはいらっしゃいますか?』
    「…?えぇ、まぁ。」
    『すみませんが、代わってください!早く!』
    「わ、分かりました。…チリ受付からです。」

    チリは眉をつり上げて明らかに嫌そうにしているが、出るように促すと渋々受話器をとった。アオイさんは二人の世界から現実に戻り、自分の存在を思い出したようで、体を震わせ真っ赤になった顔を瞬時に反らした。集中すると周りが見えなくなる癖は相変わらずのようですね。

    「代わりましたチリです。…はぁ?そう言われましても、今年からは受けとらないと言いましたが?…その、自分に言われても困ります、全員追い払ってください。……はぁ、分かりました。向かいます。」

    ちっ、と舌打ちして彼女は電話を切った。そしてアオイさんを膝から降ろして席を立ち、そのまま彼女を自分の椅子に座らす。眉を潜めて寂しそうに真正面から彼女を見つめた。

    「アオイかんにんな。受付で面倒な客達が来とるようやから、チリちゃんちっと席外すわ。直ぐに戻ってくるさかい、ここで大人しゅうしといてな?」
    「あ、あの、私そろそろチャンプルタウンへ帰ろうかと…。」

    チリは首を横に振るとにっこりと笑った。

    「直ぐ、戻る。」
    「お待ちしてます。」
    「おん、愛しとるよアオイ。ほな行ってくるわ。」

    額に口付けてチリは部屋を後にした。自分をひと睨みする事も忘れずに。アオイさんとの時間を邪魔した恨みと牽制が込められているのだろう。何度もアオイさんに恋愛感情を抱く事はないと伝えているのですが、分かって貰えません面倒な事に。
    それは置いておき、残る私とアオイさんとの間に何とも言えない気まずい空気が流れた。黙ったまま俯く彼女が不憫で、労いの言葉を送ろうと口を開いた。

    「…貴女も大変ですね。」
    「……場所さえ、場所さえ弁えて下されば…うぅ…恥ずかしい。」
    「…どんまい、です。」
    「お見苦しい所をお見せしました…。あ、アオキさん、これいつもお世話になっているお礼に。」

    アオイさんは鞄から紙袋を取り出すと自分に差し出した。袋には『エントツ山名物 フエンせんべい』と書かれている。

    「…これは、ホウエン地方の?まさか取り寄せたのですか?」
    「はい。アオキさんは、チョコよりこういう物がお好きかと思いまして。」
    「…ありがとうございます。嬉しいです。」

    正直食べてみたいご当地名物の一つであったから、内心はとても嬉しかった。早く開けたくて柄にもなくそわそわとする。

    「喜んで貰えて私も嬉しいです。あの、もし良ければなんですけど、お願いが。」
    「…何でしょう?」
    「ハッサク先生と、ポピーちゃん、委員長とボタンさんにこちらを渡していただけませんでしょうか?」

    彼女はいくつか同じような袋を取り出した。曰くチリのあの状態だと全員に配れそうにないとの事らしい。
    まぁそうだろう、自分でも簡単に予想できる。
    せんべいも頂きましたし、これくらいは引き受けてもいいだろう。

    「…分かりました、渡しておきます。」
    「ありがとうございます!助かります!」

    預かった袋を引き出しに仕舞ったのと同時に入口のドアが勢い良く開かれた。ぐったりとしたチリは迷うこと無く自分の席に足を進めた。

    「アオイお待たせ~。疲れたわ…ぎゅってさせてぇな?」
    「いや、あの、アオキさんの前……。」

    アオイさんが言い終わる前に、椅子に座ってる彼女を抱きしめる。慣れたように自分の目の前で。

    「はぁ、癒される~。アオイがおらんとチリちゃん生きていけへん~。」
    「そ、そんな、大袈裟な…。」
    「大袈裟ちゃうよ?なぁ~アオイ~やっぱ今アオイのチョコ全部食べさせて?」
    「えぇ!?私本当に帰らないと…。」
    「い~や~や~!アオイが全部食べさせてくれるまで帰させへん~!折角のバレンタインやのにお別れなんて嫌や~!もっと一緒にいたい~イチャイチャしたい~!」
    「…も、もぉ…チリさんったら…。」

    口では困ったかのように言うアオイさんですが、抱きしめられた腕を振りほどくこと無くチリの頭を撫で続けた。その後二人は仮眠室で満足いくまで接触をして別れたようでした。チリの機嫌はシビルドン昇りで、仕事もスムーズに進み定時退社への希望が出る。

    「せや、アオキさん、そのせんべいどないしたんですか?」
    「…?先程アオイさんから頂きましたが?」
    「………は?アオイからやて?」

    希望は、一瞬にして絶望へと変わった。
    後にチリが荒れに荒れたのは言うまでもない。
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