約束 風のない夜だった。闇に喰まれたかのような月は残った半身で白く朧な光を放っている。それは少なくともまばゆい陽射しよりは安心するものだった。眩しすぎるものは、恐ろしい。とりわけ夕陽は嫌いだった。
この身体を与えられ、人の身として刀身を振るうようになってまだ間もない。この器を得たとき、骨喰には何もなかった。あったのは恐ろしい炎の記憶だけで、それは今も変わらない。
人間の身体というものは不便だった。睡眠を取らなければ否が応でも疲労を訴えるくせに、眠ろうとすれば嫌な夢ばかり見る。案の定今宵も眠れず、夜風に当たろうと庭に出てきたところだった。
ふと視界の端を白いものがよぎり、意識もしないまま手を伸ばした。図ったようにこの手のうちに降りてきた小さな花弁を見つめる。薄桃色の花びらは、この闇の中では白くぼうっと発色しているようだった。てのひらを傾け桜の花びらを逃がしたとき、歩み寄る気配に気付いてはっと振り向く。
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