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    kth_0831

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    kth_0831

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    刀/骨さに
    ※女審神者
    2015年に書いた過去作

    約束 風のない夜だった。闇に喰まれたかのような月は残った半身で白く朧な光を放っている。それは少なくともまばゆい陽射しよりは安心するものだった。眩しすぎるものは、恐ろしい。とりわけ夕陽は嫌いだった。
     この身体を与えられ、人の身として刀身を振るうようになってまだ間もない。この器を得たとき、骨喰には何もなかった。あったのは恐ろしい炎の記憶だけで、それは今も変わらない。
     人間の身体というものは不便だった。睡眠を取らなければ否が応でも疲労を訴えるくせに、眠ろうとすれば嫌な夢ばかり見る。案の定今宵も眠れず、夜風に当たろうと庭に出てきたところだった。
     ふと視界の端を白いものがよぎり、意識もしないまま手を伸ばした。図ったようにこの手のうちに降りてきた小さな花弁を見つめる。薄桃色の花びらは、この闇の中では白くぼうっと発色しているようだった。てのひらを傾け桜の花びらを逃がしたとき、歩み寄る気配に気付いてはっと振り向く。
    「骨喰」
     名を呼んだのはこの本丸の主、骨喰にこの身体を与えた張本人だった。その姿を認め、すぐにふいと瞳をそらす。それでも立ち去る気配がないのでもう一度振り向いた。
    「何だ」
    「いえ。少し夜風に当たりたくなったので出てきたらあなたがいたので」
     そう言ったきり、彼女は何もしない。立ち去るでもなく、何か言うでもなく。ただ隣に立っているだけだ。何がしたいのだろうと考えていると、先ほどまで静かだった空気が震えて風が通り抜けた。それに合わせて、主が笑いをこぼす。
    「花びらが」
     白い手がすっと骨喰の髪に触れた。次の瞬間、彼女の手から桃色と呼ぶには色の見えない白い花弁がこぼれる。
    「ほっといてくれ」
     思わずその手を振り払うようにしてしまったのがどうしてなのか、自らの感情はよくわからない。だが、すみませんと言って素直に引いたその手を見ていると、何か複雑なものが心の内でざわめいた。
    「……隣に座ってもいいですか?」
     ふと思い出したように尋ねられて頷いた後、ああそうかと思った。座ってはどうかと、言えば良かったのだ。何もわからず、何も感じず、ひどく足元が覚束ない。自分自身でさえ、この存在を掴み切れないのだ。
    「眠れませんか?」
     しばらくの沈黙の後、ふと闇に紛れそうな声でそう問いかけられる。問いの形をとっていながら答えを知っているかのような声だったが、黙って頷いた。それ以外にどうすればいいのかわからなかったし、眠れないのは事実だった。
     そうですか、とだけ返した主にもう一度頷いた後、白い光を放つ半月を見上げる。あれも、夜が明ければ見えなくなる。
    「……夢を、見る」
     ぽつりとこぼしたのは彼女に対して、というわけではなかった。
    「炎の夢を見るんだ。それ以外はない。俺には、炎しかない」
     眠りに落ちれば炎を見る。それで目覚めても記憶の欠片すら戻ってこない。まるで何度も記憶を焼かれているようだと思う。何かを思い出しても夢の中の炎にまた焼かれ、目覚めたときにはまたゼロに戻っている。そんな気がする。
     そんな表現しがたいものが胸の内でざわつくが、それを伝える術を骨喰は持たなかった。ただぼんやりと夜の闇を瞳に映していると、骨喰、と名を呼ばれて視線を流す。
    「ひとつ、約束をしてはいただけませんか」
    「? 約束……?」
    「はい」
     相変わらず微笑んだまま、主は頷いた。
     記憶を持たない骨喰は、彼女以外の主を知らない。だから他の主というものがどうなのかはわからなかったが、それでも約束という言葉には首を傾げた。主なら命令すればいいだけの話なのではないか。だというのに約束という言葉を持ち出した彼女がよくわからなかった。
    「あなたが何をして、何を果たして、何を思ったか、それを私に教えてくれると約束してほしいのです」
    「……?」
     主の言いたいことがよくわからず、骨喰は無意識にその瞳をじっと見つめ返す。主はそんな骨喰に頬を緩め、しばらく言葉を探すように上を向いた。
    「何て言えばいいのか……ああ、そうです。報告をしてほしい、ということです」
    「報告?」
    「はい。小さなことでも構いません。戦場から帰ったら帰ったと報告するだとか、そんなことでも」
    「それは今もしている」
    「いえ、これは物の例えで……今日みたいに、眠れないのだとか夢を見るのだとか、そういうことを教えてほしいんです」
     主も何と伝えればいいのかと言葉を探しているらしかった。しばらく月を見て考え込んでいた彼女が、何かを思いついたようにあ、と手を叩いた。
    「記憶を、ください」
    「……?」
    「ここで過ごして、その日に骨喰が得た新しい記憶を教えてください。どんな小さなことでも構いませんから」
    「新しい記憶?」
    「はい。出陣して帰ってくるのだって、その日に増えた記憶の一部でしょう?」
     それはそうなのだろうが。
     しかし、そんな業務連絡ならともかく、その日に骨喰が何を思ったのかなどそんなことを聞いて彼女はどうするというのだろうか。意味があるとは思えない。
     無言でそんなことを考えていると、主が声に出して笑った。
    「すみません。そんなに難しく考えなくても報告すると約束してくれればそれでいいです」
    「……わかった」
     とにかく、その日起きたことや果たしたことを報告すればいいということか。それなら、と頷くと主はどこか安心したようによかったと口元を綻ばせた。そんな主のことを、よくわからない人だと思う。
     そう思いながら見上げた半月は、ちょうど雲に覆われて隠れようとしているところだった。そろそろ戻って寝たほうがいいかもしれない。眠れるかどうかは別としても。
    「もう寝る」
     これも報告になるのだろうかと考えながら言ってみる。
    「おやすみなさい」
     返ってきたその声を背に、歩き出す。月の灯りさえもなくなる闇が訪れる前に、すべてが闇に喰まれるその前に。
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