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    kth_0831

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    kth_0831

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    刀/ずおさに(鯰さに)
    ※女審神者
    2015年に書いた過去作

    じゃあ、勝負しましょーか「あ」
     引き抜かれたのはハートの10。手元に残ったジョーカーと見つめ合った瞬間、ぱしっとカードの山に二枚のハートが放り投げられる軽い音が響いた。
    「俺の勝ち、ですね!」
     空になった両手をぱっと広げて、鯰尾がにっこり笑う。心なしかトランプの中のジョーカーまで笑っているように見えて思わず苦笑いする。
    「参りました。……何度やっても、鯰尾には勝てませんね」
     ババ抜きという至極単純なゲームは、洞察力も必要だが運に左右される部分もある。何度もやっていればたまには勝てても良さそうなものだが、鯰尾と勝負して勝てたことは一度もなかった。
     普段から表情の豊かな鯰尾だが、このゲームをしている最中、意外にもその表情から読み取れる情報は少ない。どれを引こうかとわざとらしくカードの上で手を彷徨わせてみてもにこにこしているだけでどれがジョーカーなのかわからない。そのくせ、こちらのジョーカーは綺麗に避けて当たりのカードばかり引き抜いていってしまうのだから、何度やっても負けるわけだ。
    「私の反応、そんなにわかりやすいですか?」
    「そんなことないですよ? 勘です」
     つまり、隠すのも上手ければ運も強いということか。勝ち目がないのも納得してしまう。もう、鯰尾には勝てる気がしない。
    「……と、いうことで」
     ババ抜きで勝つのは諦めたほうが賢明かもしれない。そんなことを考えながらジョーカーをカードの山に放り込んだとき、鯰尾がぱちぱちと大きな瞳を瞬かせて掌ひとつぶんの距離を埋めてきた。
    「俺のお願い、なんでもひとつ聞いてくれるんですよね?」
     そうやって笑った顔は美少女顔負けの可憐さだが、その目に宿る熱を見れば彼が女の子ではありえないことを否が応でも思い知らされる。
     その熱に、ずっと気が付かないふりをしていた。いっそ彼が女の子であれば、こんなに悩むことはなかったのかもしれない。
    「ええ、そういう約束ですから」
    「何でも、ですよ?」
    「はい。何でも言ってください」
     念押しする鯰尾に、どんな無茶な願いを言われるのかと思わず身構えながら頷く。約束は約束、どんな願いを言われても叶えるしかない。
     主、ババ抜きしませんか。仕事の合間にそう誘われるのは珍しいことではなかったが、今日はその先に続く言葉があった。俺が勝ったら、ひとつだけなんでも言うことを聞いてください。そんな賭け事を持ち出されたのは初めてのことだったが、主が勝ったらなんでも言うことを聞きます、と言われてそれも面白そうかとつい乗ってしまった。勝てたためしがないというのに。
     じゃあ、勝負しましょーか。願望を聞き届けてもらう権利をかけていつものようにゲームを始めたときの鯰尾のその声は少し挑戦的な色を含んでいたが、いったい彼は何を願うつもりなのか。
     密かに肩に力を入れて告げられる願いを待っていると、ぱち、とまた一度、その瞳が瞬いた。
    「好き、って言って」
     拍子抜けするくらいあっさりとした口調で告げられた願いは、思わず流してしまいそうになるほど軽かった。それこそ、いつもの戯れの延長だとも思えるほどに。だというのに、その顔は先ほどまでの懐っこい笑顔を残してはいなかった。
     笑わない彼の目に宿る熱にまた気が付かないふりをして、すいと目をそらす。
     好きって言って。それがどういう意味なのか、そんなことは考えてはいけない。深い意味なんてない、深い意味があるのだと考えてはいけない。言葉の奥を探ろうとする思考を無理矢理にとめて、鯰尾の願いを叶えるべく口を開く。
    「わざわざお願いしなくても、私は鯰尾が好きですよ?」
     なんでもないように告げた「好き」の響きは軽かった。その瞳の中にゆらめくつよい光に気圧されて、上手く笑えたか自信がない。
    「ありがとうございます」
     だから、その言葉には安堵した。安堵して――少し落胆した自分に素知らぬふりをしたそのとき、手首をつかまれた。
    「でも、俺が欲しいのはその『好き』じゃないです」
     振りほどけばすぐに離れてしまいそうなほどの、それだけの力だった。それなのに、なぜかそれを振りほどくことができない。
    「どういう、意味ですか」
     目を合わせていられなくて床に視線を彷徨わせたが、それは答えを知っていて知らないふりをしていると相手に伝えているも同然だった。聡い鯰尾が、気づかぬはずがない。
    「すみません。……もう、見逃してあげられそうにないです」
     普段よりこころもち低く聞こえた声は、いつものように逃げようとすることを許してはくれなかった。
     逃げ道を塞ぐように合わせられた瞳に宿る、熱。
    「……気付いてるんでしょう?」
     鯰尾の言う通りだった。気付いている。気付いていた。それでも、知らないふりをするしかなかった。
     鯰尾の気持ちに気付いてしまえば、受け入れたいと思ってしまう。受け入れてしまえば、もう歯止めがきかなくなってしまうだろう。主として刀をまとめる立場にある自分が、特定の一人に感情を傾けること。それがどういうことか、それを思うと向き合うことが怖かった。
     そんな自分勝手な理由で逃げる私に知らないふりをして見逃してくれていた鯰尾は、今日は笑ってくれない。
    「好き、って言って」
     なんて無理難題を言ってくれるのだろう。
     こんなことなら、勝てない賭けなんてするんじゃなかった。そう思う一方で、本当はわかっていたのだと思う自分もいる。わざわざ勝てる見込みのない勝負に乗って、逃げ道をみずから塞いだのは他でもない、自分自身。
     気が付かないふりなんて、もう限界だと知っていた。
     鯰尾にも、この気持ちにも、どうしたって絶対に勝てない。
    「好き」
     漏れた本音は、もうなんでもないふりを装うことなどできなかった。
     ふと顔を上げれば、強い光を宿していた瞳がいっそあどけないほどの無邪気な色を浮かべてぱちぱちと瞬く。幼さすら感じるその表情を、ずるいと思った。時には大人のような顔をして、同時に子どものような顔もする。
     大人でも子どもでもない、その狭間をいったりきたりする鯰尾は、可愛らしい笑顔を浮かべて言うのだ。
    「ありがとうございます。俺も主が好きですよ!」

     ババ抜きも、恋も、どうやらこの刀に勝てる日は未来永劫来ないらしい。
     カードの山から覗く引き抜かれたハートの10を見つめながらそんなことを考えた。
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