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    kth_0831

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    kth_0831

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    刀/骨さに
    ※女審神者
    2015年に書いた過去作

    記憶の檻 その姿を初めてこの目に映したとき、まるで人形のようだと思った。
     炎に焼かれた過去を持つ骨喰藤四郎、その刀は美しく、それを欲した多くの権力者の手を渡ったという。しかし、それらの過去すべてを失った哀れな付喪神は、喪失を知る者特有の儚さを纏い、失ったものさえ覚えていないという途方もない喪失から来る空虚さを持ち合わせていた。
    (何て、綺麗な)
     今にも陽に透けて消え入りそうな色素の薄い髪や白磁のような肌、そしてそれらにそぐわないほどの密かな熱を孕ませた瞳。記憶も過去もなく、空っぽであるはずの美しい人形の、その瞳だけが炎のように色を宿していた。
     顔の造形だけで言うなら、同じ粟田口派の脇差である鯰尾藤四郎も骨喰に瓜二つで美しい。だが、鯰尾は人形ではありえなかった。よく笑い、くるくると変わるあの表情は生を感じさせた。鯰尾を生が放つ輝きを持った美しさだと表現するなら、骨喰は死を予感させる仄暗く儚い美しさだ。二振りは対極の存在といってもいい。
    「骨喰」
     名を音にして口の中で転がせば、死と生が共存する瞳がすっとあげられて視線がわずかにこちらへ向くのがわかった。
     まるで、籠の鳥だ。私は骨喰を出陣させることはせず、ただそばに置き続けている。刀としてその刃を振るう機会すら与えない私のことを骨喰は理解できないようだった。すべての刀に対してそうだというならまだしも、私がそのような扱いをするのは骨喰に対してだけだということが彼の疑心をさらに深める原因となっているらしい。
    「記憶は戻りましたか?」
     答えなどわかりきった質問を白々しく投げかけて薄く笑った私に感情の見えない瞳を向けた骨喰の表情は、相変わらず人形のようだった。だが、そこに微かな不快の色を読み取って私は笑みを深くする。
    「戻らない。こんなところでただ過ごしているだけでは、戻るとも思えない」
     骨喰にしては言葉数が多い。それが、彼の苛立ちを如実にあらわしている。
    「戦場に出たいのですか」
    「そのために俺を呼んだのだろう」
    「そうですね。確かに、審神者は戦のためにあなたたちに力を請う。ですが、あなたは出陣しなくとも構いません」
     骨喰は綺麗だが、その美しさはとても脆い。危ういバランスの上に成り立ったその美しさは、ちょっとした変化ですぐにでも崩れ去ってしまうだろう。外傷を受けて損なわれるという表面的なものだけではない。たとえば記憶の末端が戻っただけでも、今のこの美しさは失われる。
     すべてを、今のこの状態のまま。過去を持たない骨喰の時間を、私は止め続けているのだ。
    「あいつは出陣させているのにか」
    「鯰尾のことですか。彼は良いのですよ」
     そう言って笑みを浮かべた私に、骨喰は冷えた目を向けた。その瞳は冷やかでありながら、奥で蒼い炎を燃やしているかのようで、それがまたひどく綺麗だと思う。感情の乏しい、作り物のような顔の中でただひとつ色を宿すその瞳が際立って美しい。
     骨喰は、刀として扱われている兄弟が羨ましいのだろう。確かに、似通った顔立ちにほぼ変わらない能力、なぜ自分だけがと思うのも致し方ない。
    「あなたは戦場には出しません。こんなに、綺麗なんですもの」
     つ、と白い肌に指先で触れると、骨喰には珍しくそうとわかるほどに不快の色を浮かべた。それを見て思わず口の端を持ち上げると、骨喰はふいと顔をそらして私の手を払いのける。
    「放っておいてくれ」
     苛立ちを含んだその声は、淡々と話す彼にしては強い響きをもっていた。
     おそらく、その言葉が骨喰の心中のすべてなのだろう。私が関わることで、骨喰は自身の時間すら自由に扱えない。過去を持たず、今を進むことさえ許されず、ただゆるゆると時の檻の中で飼い殺しにされている状態だ。その状態を忌み、そしてそれを強いる私を嫌う。まるで当然のように思えるそんな心の流れさえ、出会ったばかりの骨喰には見出せなかった。
     現状を厭う気持ちが骨喰の中にあることが嬉しかった。虚無であるかのように見えるが、そうではない。記憶を持たない彼の心はひどく無垢だった。感情がないのではない。感情のあらわし方さえ、忘れているだけだ。そしてそれは、彼自身も気付いていないところでだんだんと戻り始めている。今、綺麗な顔に不快の色を浮かべているように。
    「骨喰。私を嫌いだと思うその気持ちを、忘れないでおきなさい。それはあなたの感情、あなたが人形ではない証です」
     陶磁のようになめらかな頬にそっと手を添えて、その瞳をとらえる。
     人間というものは、負の感情に敏感だ。何かを厭い、忌み嫌う気持ちは時として大きな感情の動きを呼ぶ。神とはいえ、人の身を与えられた今、彼も例外ではないだろう。
     それでも、何もないよりは、空虚な心を持て余すよりは余程良い。どんな形であれ彼の空虚を埋める何かを呼び覚ませるなら、私はいくらでも厭われよう。それが神の力を呼び、協力を請う私――審神者の責任だ。
     ゆるりと動いた瞳は、先ほどとは違う感情を宿して私を見つめた。私の意図を図りかねる、そうとでも言いたげな目だ。聡いこの刀は、何かに勘付いたかもしれない。
     そろそろ、潮時か。
    「ふふ、ここに鏡があれば良かったですね。そうすれば、あなたが今どんな顔をしているのか見せることができたのに」
     過去も記憶も持たない骨喰は、自らの足場すら覚束ない状態でひどく不安定だった。そんな状態の刀を戦場に放り出すわけにはいかない。己の身に虚ろを見出すものは、自身の命に執着を持たないからだ。
     記憶がなくとも、昨日がなくとも。新しく降り積もった日々の中に確かなものを見つけるまでは彼の時を止めてしまおうと決めた。だが、それもそろそろ必要なさそうだ。
     骨喰は意図的にとめられた時間の中で、確かに感情をあらわした。
     戸惑ったような表情は、私の初めて見る骨喰の顔だった。思わず声に出して笑ってしまう。まるでひとつひとつ感情を覚えていく幼子のように、無垢な白い心は彼だけの感情に染まっていく。
     ふるりと微かに震えた瞼に伸ばした指先は、今度は振り払われることはなかった。
    「……さわるな」
     こぼされた拒絶の言葉は戸惑いを多分に含んでいて、拒んでいながらその意図を感じさせなかった。ごめんなさいね、と触れていた手を離してから、確かな感情を宿す瞳を覗き込む。藍に近い黒い瞳が、今では死を連想させないことに安堵した。
    「大丈夫ですよ。記憶がなくても、昨日がなくても、あなたはあなたです。……なんとかなりますよ」
     我ながら無責任で軽い言葉だと思う。だが、私に言えるのはそれだけだ。私は、私と出会ってからの骨喰しか知らない。そしてそれが、私の知る骨喰なのだ。
     死を予感させるその美しさを芸術だと言ってしまえばその通りなのだろう。そしてそれは、彼がこの先記憶を取り戻したり感情を覚えていく過程で失われる美しさでもある。
     それでも、骨喰はきっと綺麗であり続けるのだろう。美しさの形を変えて、今に足場を見つけられるのなら、もう彼の時間を止める必要はない。
    「骨喰藤四郎。出陣をお願いできますか」
     姿勢を正し、揺るがない瞳を見据えてそう言えば、骨喰はかすかに笑ったように見えた。
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