愛を語らうこのお話は九条夏樹がタケミチ以外の人間と言葉を話さない、をコンセプトにした作品です。会話はタケミチと2人の時だけ行い、それ以外は無言でいると思ってください。キャラが嫌いではなく、自分の声が嫌いであるからこその結果だと思ってください。
この話はドラ→夏←エマ主体の、総受けで進みます。
タケミチといる時の夏樹の感覚
声を出さない
タケミチ以外といる時の夏樹の感覚
声を出せない
それでは!以下設定と内容。
九条夏樹(♂)
目線などで全てを終わらせる系男子
タケミチ以外の人間とは喋らないので、現時点声を聞くのは不可能に近い
喧嘩は強い。
魚と虎時空の2人。
あっくん達は九条夏樹マスター
(視線だけで何を言っているのかわかる)
『目線』
「………(紙や携帯などの媒体を使っての会話)」
「(ただの心の声)」
「いつからこんなに憶病になったのだろう」
思わずそう呟く自分を見て、九条夏樹は“これは夢か”と納得した。彼と言う人間は、“花垣武道”以外の人間の前では決して声を上げることがない。それは鏡に映る自分にさえも。何千日と過ぎ去る時間の中で、九条はいつも思っている。こんな憶病な自分に、価値はあるのだろうか、と。
母譲りの黒とも言えぬ蒼の瞳が好きだ。
父譲りの低く伸びやかな声が好きだ。
あの日初めて手にした声変わり後の声帯に、いったい何の不憫さがあっただろうか。あの時、九条の周りにいた彼らは、耳の奥で這いずる星の声を、受け入れることが出来なかった。ただ、それだけ。それだけならもういいじゃないか。今の自分の傍には、あの時流れ落ちることが出来なかった星の声を、ちゃんと聞いてくれる人が居るのだから。俺の声に不快感を募らせる人がいる中で、あの男だけは、俺の声を好いていて、さらには自由に生かしてくれる。鏡の中の俺が言う。「ならもう、いいじゃないか」と。僅か一人。されど、特別な一人だ。だからもう、いいじゃないか、と。
「アイツ以外の人間に、お前の愛を語っても罰は当たんねぇよ」
「…今まで逃げてたのに?」
「お前が声を出したいと思ったんなら、誰も文句は言わんよ」
そう言って笑った夢の中のもう一人の自分は、あの日の小学生のままの俺の頭を撫でた。
*
事の発端なんて、些細なものだった。テレビで紹介されたクレープを食べてみたい。それだけだった。なのに実際は不良に絡まれるわ、餌を強請るへそ天の猫に誘惑されちゃうわ、道に迷うわ、猫集会に参加するわで大変だった。むしろ今も現在進行形で猫集会中なので大変である。
「………(俺クレープ屋に行きたいんだよ…)」
にゃー
「………(にゃーじゃなくってね?ねぇ聞こえてる?膝の上に載らないで?!アッ、ちょ、肩とか頭に乗らないで?!)」
にゃー
ひぇ!と思わず出そうになった言葉を飲み込んで、助けて、と武道にメールを送ろうとしたら、頭上の猫が消えた。白い靴下の猫さんが消えたので思わず顔を上げたら、蘭君と竜胆君がいた。
「深海魚ちゃんだぁ~」
「捕食されてんじゃん」
「………(ここ、もしや六本木?)」
こて、と首を傾げながらそう携帯のメモ機能を使ってそう尋ねれば、そっと猫さんと一緒に俺の視界を埋め尽くしながら、蘭君はゆっくりと笑って「そうだよ」と言ったので、どんだけ迷子になってんねん!!と頭を抱えた。
「ねぇ虎は~?」
「………(虎…?タケのこと?)」
「そうそう。魚は陸の上に住むための脚がないから、虎に声を捧げてきたんだろぉ?」
「………(そこまでロマンチックな話ではないな?)」
ぼんやりと過去の事を遡り、九条はチラリと空をみた。朝方の早い時間に外へと出たおかげか、まだ午後に入ったばかりである。初対面の人間と目で会話するなんて稀だしなァ、と思っていれば、猫さんの前足とゆらゆらとさせながら、「俺とお目眼で話してほしいにゃぁ」と言ってきたので弟君に目線を渡した。
『君のお兄さん女にモテるやつだ』
「ウッワ、ぞわっとする!」
『失礼すぎない!?』
あぁ、でも君犬みたいだもんな。ぼんやりとそう呆れたような目で訴えていれば、ガッ、と頬を掴まれて、蘭君から「無視してんじゃねぇよ」って言われたので素直に「チャンネル合わせてただけだもん」、と目で訴えた。ついでに頬っぺた痛いってことも。
「チャンネル?」
『蘭君だけと会話しないといけないわけじゃないでしょう?それに、蘭君はチャンネル…俺と視線の会話が出来る人間ってわかっていたから、竜胆君のチャンネルに会わせてから、会話しようと思ったんだよ』
別に無視してなかったでしょう?そうゆるりと目を細めながら語る九条のその瞳を見ながら、蘭はぐわりと腹の奥から来る熱に首を傾げた。
「オメェ、何したの?」
『なに、とは?』
「腹から熱が来て、なんだろ、お前の事殺したぁい♡って感じ~?」
『物騒すぎて逆に笑うんだが?』
もうちょっと言葉選んで!?と眉間にしわを寄せて拗ねた顔を晒しながら訴えれば、うーん、と悩み始めたので、ぼんやりとその行動を竜胆君と一緒に観察する。お兄ちゃん大好きなのは分かったから俺に兄貴グッズ(警棒)押し付けないでってちょっと困惑しながら拒否ったら悲しい顔された。すまんと思う。
「あ!あれだ!」
『答え出た感じ?』
「んぁ?なっちじゃねぇか」
お前こんなところで何してんの?とかなんとか言いながらこっちに歩いてくる三ツ谷くんと、三ツ谷君の声につられて東卍のみんなが何々?って感じで来るんだけれど。猫かな?って思った。まぁそんなこと考える前に目の前の蘭君がパチンっ!と指を鳴らしたせいで冷汗酷いけれど。
『三ツ谷君って意外とタイミング悪いって言われな「セフレの女抱いてる時と同じだわ」なんて…?』
「灰谷ゴラァ!!!」
わぁ、修羅場。
*
「なっちなにもされてない!?」
『むしろ何かされる前に殺してる』
「何かされる前に殺されてるから蘭ちゃん、お魚に手を上げるとか一生無理~」
『そう言うさっぱりとした感じ、俺チョー好き♡』
今度タケも一緒に遊ぼうよ。そう言ってゆるりと目を細めてそう語れば、両隣からダメだと禁止されたので、キュッ、と眉間にしわを寄せたその時だ。柔らかな夏の太陽の日差しをまるっと引き連れて、俺の名前を、片割れが呼んだ。ざわりとざわめくマイキー君たち観客を捨て置いて、俺はゆっくりと、タケへと目を向け細める。なんか知んねぇけれど滅茶苦茶怒ってっから従っておこ~って心。
「家に行ったら紙切れ一つで探さないで下さいと来たもんだ。なつ、どこに行きたかったの?」
『クレープ屋。この間テレビで言ってたところ!』
「そう…。ここに居るってことはまた迷ったの?」
『気づいたら猫さん達にここまで拉致られてた』
「あぁ…。猫は魚が好きだからね」
捕食対象だったかなぁ、と笑いながら言うタケミチにそっと近寄れば、にっこりと笑って背後に控えていたアッくん達の方へと流れるように連れ戻された。俺じゃなかったら見逃しちゃうね!
「バッカ!!お前マジで馬鹿!!」
「今、武道珍しく不機嫌だから挑発すんじゃねぇよ!!」
『不機嫌だなぁってのは分かっていたけれど、俺には関係ないかなって』
「「「「関係あるわバカ!!!」」」」
そんなに怒んなくても良くない?思わず目で語れば、面倒なやつを引っ掛けるやつが悪いとアッくんに言われたので、お目眼チャックしておこう。
「(そんなんで俺が好きなヤツ出来たらどうするんだろ)」
「俺らが認めたやつ以外はちょっと…」
「特にタケミチな」
「「「わかる」」」
『人の心を勝手に読むのマジでやめてくんない!?』
俺にプライバシーってもんをくれ!!と目で訴えてみたけれど、全員勝手な行動するお前が悪いって言ったので俺の味方は此処にいないです。
「なつ。ついこの間マイキー君たちが俺たちに言った事、覚えてる?」
『覚えてるよ?それが?』
俺らには、関係ないでしょ?そう目で語りながらゆったりと笑う九条の顔をみて、その場に居た全員が、息を飲んだ。九条夏樹、という人間は、良くも悪くも言葉を選んだことがない。リアリスト寄りの思考を持ち、喧嘩での取捨選択はどんなに歳を重ねようとも九条には敵わないだろう。それほどまでに、“助ける”と“見捨てる”の区別が出来ている。
むやみやたらと人の心を暴いたりしない。
むやみやたらと手を差し伸べたりしない。
けれど、一度夏樹が心を許せば、その時は海を泳ぐ王者然たる意思をもって、手を差し伸べる。海に生きる生物のように、彼は仲間というものを大事にする。
『佐野くんが俺らの根城を欲しいというぐらい別に許してあげなよ。言うだけならお金もかからないんだから』
キュッ、と細められたその蒼を滲ませた黒々とした瞳が語る。その瞳を見て、思わず竜胆の口からひゅぅ、と笛の音が漏れる。この場を飲み込むほどのオーラ。海を生きる魚のように自由に泳ぐ九条を、誰もが水槽の中に入れたがっていて、誰もがその水槽の外から九条をみたがっている。
同じ土俵にもあがってくれない。誰も、同じように生きてはくれない。なんて思っていたら攫われた。誰にって?龍宮寺君に。タケの驚いた顔は見物だったけれど、恐らく帰ったら怒られる。油断するなって。
*
「………(おろして)」
バシッ!と強めに背中を叩いても無言だった。後ろから追いかけてくる三ツ谷君とだけが、どこか行くのか知っているようだった。誰もいないところまで走った彼は、息を切らしながらも俺を地面にゆっくりと置いて、震える手を俺の肩に置いた。
「…なっち、助けてくれ」
「………?(何を?)」
ジッ、とお互いを見つめる。彼が自分に声をかけるなんて珍しいことで、その珍しい理由は何となく分かっている。
「………(佐野エマを助けてくれというのであれば、俺は関係ないよ。面倒事に巻き込むのも、巻き込まれるのも好きじゃない)」
「ッ…、分かってる…お前は、俺らの敵で、俺らの声すら聞く必要がねぇってことだって…!でも頼む。この通りだ」
がばりと落とされた頭をじっと見つめて、深い息を吐く。面倒くさい事を持ち込まれたな、そう思いながら夏樹はバンカラマントを翻した。どこに連れ去られたのか、なんて分からないけれど、知ってそうなやつはいる。そう目で語って着いてくるように言えば、2人はゆっくりと足早に動く俺の後ろを着くように歩き始めた。
「………(恐らく柚葉ちゃんも連れ去られたんだろうな)」
三ツ谷くんが一緒にいるのがその証拠で、今言わないのは、恐らく大寿くんのことを考えてかな。俺が知るとバレるだろうし。彼はあぁ見えて家族思いだからな。ぼんやりと思考を動かしながら、面倒くさいなぁ、と脳内で悪態を着いた。
いっそ原作通りに動かれた方が楽だったのに。そう、思わずには居られなかった。
「せ、んど…」
その声を聴いた瞬間、千堂の耳が、余分な音を遮断した。低く美しい、伸びのある声だった。思わず抱きしめて泣いてしまいたくなるほどに、千堂は九条の声を待ち望んでいた。中学一年の頃から、今の今まで。たくさん遊びに行ったり、笑ったりして友情を育んで、彼を浅瀬の海に連れ出したかった。たった一人の人間にだけ声を上げるのではなくて、自分たちだけでも、一人の男だけが知る声を聞いてみたかった。
その第一歩。まさか自分とは。そう思いながら嬉しくてうれしくて、千堂は泣いた。ホロホロと溢れる涙が、彼の肩を濡らそうとも、止まることがなかった。そのあとやってきたマコト達からも泣きながら抱き着かれ、夏樹は困った顔で何度も肩を濡らした。低く伸びのある声。美しい声だと思った。誰にも聞かせたくない。自分だけに声を上げて欲しい。そう。無意識に思ってしまうほどに、美しい声色。
「夏樹の声、綺麗だな」
「…気持ち悪くねぇの…?」
「は?」
それはねぇわ。と真顔で答えた彼らの顔を見ながら、夏樹は過去を話した。あの時、タケミチが護ってくれなかったら、俺はきっと誰にも声を発することが出来なくなっていたと思う。声変わりが終わって、変な高低差がなくなって嬉しくて声を上げた俺を突き放すようなあの言葉は、今でも心の奥深くに潜んだままだ。きっとこの棘は抜けない。けれど腐り切った自分が話せる言葉の羅列を聞きながら、俺の背中をみんなさすってくれた。
あの時から随分と時間がかかってしまったけれど、ようやっと泣けた気がした。あの時欲しかったぬくもりが、帰ってきたような、そんな気がしてならなかった。あの、声変わりが終わったあの時期に、初めて九条は帰ってこれたような。そんな気がしてならなかった。
「…そう言えば、なんで俺らここに呼び出したんだ?」
「そう言えば…?」
「あー、じつはなつがちょっと気になることを言っててさ。あっ君たち知ってるかな、と…」
「気になること?」
「なに?」
「最近の少女誘拐事件、アジトが黒龍だと思うんだけど、どう思う?」
その言葉に、全員がは?と声を上げたのは、まぁ、仕方のない事だと思う。
「今回被害にあっているのは佐野エマと、柴柚葉。こんな事言うのもなんだけれど、俺は関わりたくないことでもあってさ。黒龍は今大寿くん達が再興に向けて足掻いているところで、原因である人間は直ぐに消えると思っていた」
「思っていた?」
思わず。山岸が九条の言葉を聞き返せば、こくりと頷いて、実は、と続けて声を上げた。
「柴柚葉を誘拐した時点で、恐らく大寿くんの失脚を目論んでいると思う」
低いその声に乗せられた怒気。自分達の根城が汚されていると理解してしまったからこそ、九条はグッと眉間に皺を寄せた。彼だからこそ、託した。彼だからこそ、九条とタケミチは、黒龍を託したのだ。
彼ら2人と、柴大寿の出会いは、随分と昔に遡る。夏樹が声を出せなくなってしばらくした時だ。
家族内の暴力にタケミチが止めた。初めはそんな出会いだった。ただ彼は真っ直ぐだった。自分の兄弟を強く育てるために武力を行使し、自分が居なくなったとしても強く生きてくれるように躾ていたに過ぎない。九条はそれがわかっていたから、彼を見逃していた。実際止めようと思えば止められていたのだ。“深海魚”という特殊な2つ名を貰っている自分だったから。しかし、彼にかける言葉が音となって喉を震わせてくれない。それが、九条にとってどうにもならない事実で、どうにもならない結果だった。だからこそ、自身の片割れに託した。きっと彼なら止めてくれる。それが、九条には分かっていたから。
そうして柴大寿の行いを改めさせ、家族内で仲良くもなった。花垣タケミチは。九条はその様子をそっと遠くから見るだけだった。人と関わり合いたくなかった。どれほど声が出ないと言っても片割れのそばにいる時は誤って声を上げそうになる。だからこそ、まだ自身の制御が覚束無い自分が、彼らの傍にいる訳にもいかなかった。
大寿はそんな九条の傍に居続けてくれた。強い人間だと判断したからか分からないが、彼は九条に何も言わず、何もさせずにそばにいるだけだった。
だからこそ、そんな優しい一面がある柴大寿だからこそ、夏樹もタケミチも黒龍の再興に大寿が関わると聞いて安心したのだ。7代目の政権がいつ復活するかも分からないチームの波を抑えるために、彼は適任だと思ったから。しかし、だ。
「俺は、大寿くんの時代が好きだ。けれど、それを良しとしない人が出てくるなら、奪ってやろうとも思っている」
「それは…」
「俺らが、黒龍を継ぐ。そのために、アッくんにも、マコにも、カズやタクにも、手伝って貰いたい」
俺らの一世一代の大博打。買ってくれるか?
そう言ってスッ、と手を差し出した九条の手を、誰も振り払うことなどしなかった。
「ありがとう…」
「決行は…?」
「タク、カズ。情報は集められる?」
「喧嘩しなくていいなら!」
「ふはっ…!」
潔いいカズのそういうところ、大好きだ。
ゆるりと目を細めてそういった九条に、山岸はニッ、と少し照れたように頬を赤らめて笑って見せた。
*
「………(柚葉ちゃん)」
「なっ!?…夏樹?」
シッ、と口許に人差し指を当て、息を歯で鳴らして大きく出そうになった彼女の声を咎める。随分と粗末な扱いをされているな、と思いながら、九条は彼女の掌に、監禁されて何日目?と書き連ねた。数日お風呂に入っていないのか泥もそのままなのは放っておけない。これで3日以上なら勝手に連れ出そうと個人的に決めて、彼女に質問をしたが、答えが5日と帰ってきて顔を覆った。龍宮寺達から聞いて速攻で場所を特定し、動いたのだが、それより前に捕まっていたとは。恐らく2日ほどかえってこない日が続いたから、捜索し始めた、というところだろう。女のコ大事にしろ!!!と声を大にして言いたい。声なんて彼らの前以外では出ないけれど。
「………(帰ろう。俺が、お外に連れてってあげる)」
「なつ、き…」
キラリ。星がの瞬く音が広がる。女の子とチャンネルが合うのは稀だけれど、こういう時でも自分の心はしっかりと彼女達のために動いているのだと思えば、笑ってしまえた。
「夏樹、エマは…」
『彼女は俺が連れていくから』
柚葉ちゃんは動ける?そう目で尋ねれば、こくり、と頷いて大丈夫だ、と声を上げるのを聞いて、口角を上げる。壁に横たわる少女の手を叩いてうっすらと目を見開く彼女に、助けに来たよ、と目で語って見せれば、声も出さずにポロポロと泣き出していた。
『出口は分かってる。敵に見つかっても、俺が全部倒す。いいかい、これは大寿くんがやったわけじゃないし、ココくんもイヌピーくんも、関与していない。後で詳しく説明するけれど、それだけは理解して欲しい』
「…わかった」
そう言って九条から受け取ったゼリー飲料を飲み終えた柚葉がコクリと頷き、少しの水と、渡されたゼリー飲料を3分の1ほど飲み終え、弱々しく夏樹の手を握る佐野エマを見て、九条はスッ、と弱りきった佐野エマを横抱きにして、柚葉にアイコンタクトをした瞬間、一気に走り出した。
喧騒はびこる声を置き去りに、九条達は走る、走る。今日はあの3人が居ないということを知っているからここにはこの誘拐事件の関係者しか居ないのだ。“虎の尾を踏むな、魚腹に葬られる前に罪を認めろ”俺に楯突いている時点で、自分の罪は認めていないということ。盛大に暴れて、潰す。
ギリッ、と奥歯を深く噛みつき、魚が狭い廊下を悠々自適に泳ぐ。銀の髪がアジトに取り付けられたランプの光を反射して、美しい月の光を反射させる海の水面を、柚葉の脳裏が連想した。
「(数が多いな)」
チッ、と小さく舌を打ち、ぎゅうっ、と少女をキツく抱きしめる。早く連れ出さないと、彼女達の体力に限界がきてしまう。海に置き去りには出来ない。もっと早く来ればよかった、というのは自己の反省だ。こればかりはどうしようもない時間で、助けられた事をまずは思いっきり自分で認めてやろう。目の前で海に溺れる奴らに余罪は沢山ある。けれど、それでも罪を認めて欲しかった。自分の顔を見て、何もせずに遠巻きに見ていてもらいたかった。けれどそれすらなく、掴みかかって彼女達を取り返そうとするならば、自分の罪を認めてしまわないなら、生かす意味などない。
『少し、揺れる』
「大丈夫…」
きゅっ、とバンカラマントを弱々しくも握る少女の温もりを見失わないように、九条は一気に加速した。目の前で倒され、地に伏していく男どもを見て、柚葉は昔、兄の大寿から聞かされた言葉を思い起こす。
“魚を敵に回すな”
__あれは神の使徒であり、海に棲う存在。手を差し伸べられれば取り、悪さをしたなら、平伏しろ。それが、陸を生きる為の作法だ。
正しくその通りだと、開けた視界と、見え始めた外の景色に柚葉は思わず油断した。
海の中では、油断したものから死んでいく。それは、太古の昔から語り継がれる物語。海を恐れた人間が繋ぐ伝統。
「…ッ!!」
柚葉の背後。動く気配。それを、九条は感じ取った。ここで傷をつけては行けない。たったそれだけの覚悟の中で、九条は声を出せない自身の喉を呪いながら、腕に抱える彼女ごと庇う。
一撃喰らう覚悟でいる九条の前に、東卍の特服を着込んだ、長髪の男が、間に割り込み相手の顔をぶん殴った。
「なっち!無事か!?」
「ばじ、くん…」
はふり。抜けた息が、低く艶のある音を連れて場を揺らした。