うわき　実家の爺ちゃんと婆ちゃん。
　俺が小さい頃から口酸っぱく「女の子とには手荒なことはしてはいけない」って教えられたよね。「無能力者に対して理由もなく能力を使ってはいけない」も同じくらい言われたし、今でもそれは正しいことだと思ってるよ。
　でも、今初めて「時と場合による」っていうカードを使ってもいいんじゃないかって思ってるんだけど、許してくれない？

　水辺蒼波、16歳。
　単なる知り合いというには少しばかりややこしい関係の、一学年上の異性の先輩の胸に埋もれながら絶賛現実逃避中。

「……あの、真練さん」
「……」
　無視か。
　HRが終わったと同時に捕まり全く笑ってない瞳のまま「今日来るよね？」と微笑まれ、有無を言わさずに連行された彼女と同居人の家。到着したと同時に抱き込まれてかれこれ30分はこのままである。
　俺だって決して暇ではなくて今日だって発売日の雑誌を買いに行こうとしていたし、何なら昼休みに光颯から午後は時雨さんが本部にいるって情報をもらったから手が空いているなら手合わせをお願いしに行こうと思っていたのに、何故こうして相変わらず何を考えているのか分からない先輩の腕の中にいるのか。
　言っておくが全くの不本意だ。シチュエーションこそ典型的な男子のロマンかもしれないけれど、これはそんな甘いものではない。……なんて誰に向かっているわけでもない弁明を胸の内で唱えたところで返してくれる人などいないし、ましてや状況が好転するわけでもないんだけど。
　でもこんなことでも考えて気を逸らしていないと色々とまずいことになるくらいには俺も普通の男子高校生なのでどうか許してほしい。というか誰でもいいから本当にこの状況から助けてほしい。切実に。
「この体勢は変えなくてもいいんで理由だけ教えてくれません？」
　また反応なしか。いやこの人がこうなる理由なんて一つしかないことはこの長くはない付き合いの中で嫌というほど知ってるんだけど。だとしても俺がこうして強制的に付き合わされることについては何も納得していないわけで。
　どこでそう判断されたのかは全く見当もつかないけれど、この人は俺に対しては何も取り繕わなくて良いとでも思っているのか雑に扱ってくるようになっている。
　確かに戻ってきた当初腫れ物のような扱いをされていたのがどうも気に入らなくて敢えて気にしないで関わりに行ってはいたけれど、それだってあの時の再戦をしたいってだけの単純な理由だったし。それなら文字通り”本気の”対決をしたらしい雷斗さんの方がよっぽどそれらしいとは思うのだけど、あの人含め俺以外に対しては以前とあまり変わらないノリだから本当に分からない。
　あんまりこっちからつついてこれ以上機嫌を損ねられるのも本意ではないけれど、仕方がない。
「このまま帰ってきたらその、勘違いとかされるんじゃないの。俺もそうだけどアンタの方が嫌でしょそんなの」
「……いいんだよ」
「え？」
「うわきだから、これ」
　そうして返ってきた言葉に、ええ……と声が漏れた。何がどうしてそうなったのか分からないし、そんなものに俺を巻き込まないでほしい。